アジア

ハワイ・グアム・サイパン・フィジー・ニューカレドニアなど

北アメリカ

中央・南アメリカ

ヨーロッパ

オーストラリア・ニュージーランド

アフリカ

いのうえの海外旅行記

いのうえの海外旅行写真記

日本の宿

日本のレストラン

トップ

ルーマニア・ハンガリー・スロバキアの旅行情報


なお、これはわたしが個人的にテレビを見て書いたものであり、各テレビ局や番組とは全く関係はありません。
すべての文章の無断使用・転載を禁止いたします。
またここの情報を使って、何か問題が起こったとしても私は一切責任は持ちませんのであしからず。


テレビ番組「にじいろジーン 地球まるごと見聞録 ブカレスト」

 2010年3月6日放送。イスタンブールで1泊する際は、1泊分のホテルを提供する「one night Istanbul 」キャンペーンを実施中のトルコ航空で行きました。

●ブカレスト
 人口200万人が暮らす、ルーマニアの首都で、歴史的建造物が建ち並び、古くから「バルカン半島の小さなパリ」と言われてきた。
 一際目をひくのが、「国民の館」。社会主義時代に建設され、ペンタゴンに次いで世界で2番目に大きな建物。
 夏は40度近くまで気温が上がるが、冬は氷点下。ルーマニアの人々は東欧で唯一のラテン民族で陽気で明るい。

 小説ドラキュラ伯爵のモデルとなった「ワラキア公ウラド3世」が築いた砦の跡「旧王宮跡」。
 にじいろガイドはブルンドシャ・ベルナチックさん(20歳)。

 市場「マタケ市場」に行く。パプリカは1kg約250円、ルーマニアの人の大好物のクルミ1kg約500円、リンゴ1kg4個約160円。ペットボトル入りの液体がある。これはルーマニアの伝統的な調味料「ボルシュ」で、小麦を発酵させたもので、ルーマニア料理には欠かせない。
 伝統料理の店「ブレビスタ」で、ボルシュを使ったスープを食べる。にんじん、たまねぎ、パプリカ、セロリを細かく切り、鍋の中に入れ、トマトベースのスープに、別の鍋で取った牛肉のだし汁を加えていく。これにボルシュを入れ、このスープを柔らかく煮込まれた牛肉の上に注いで、ルーマニアの冬の定番料理「チョルバ」約250円が完成。これは仕上げにサワークリームを入れると味がまろやかになって、さらに美味しくなる。

 ワインの専門店「トハニ」に行く。ヨーロッパの中でも安くて美味しいワインの産地としてルーマニアは知られている。みんなペットボトルを持参して、好きな量だけ持ち帰っている。1リットルで約180円。ここのお店で「ホット・ワイン」をいただく。コップにワインを入れ、オレンジ、リンゴを入れ、シナモン、砂糖、胡椒をたっぷり入れ、沸騰寸前まで温める。ルーマニアでは、このホットワインが昔から愛されている。1杯約90円。スーパーでもホットワイン・スパイス・セット「Vin fiert 」が約60円で売られている。

 夜のお勧めはオペラ。国立オペラ劇場では、「Revelion 2009-2010 」で「Liliacul 」などをやっていた。ドレスアップした人は少なく、子どもや家族連れも気軽にオペラを楽しめる。こういう文化的活動は国が全面的に支援しているので、チケット料金も約200円〜で、ボックス席でも1500円。今回見たのは、「ナブッコ」というイタリアの名作オペラ。1841年にジュゼッペ・ヴェルディが作曲した紀元前のバビロニア王ナブッコの復讐劇。

 世界でも一、二を争う美女大国のルーマニア。街でも美女を多く見かける。美容の先進国でもある。薬局でも「ジェロビタール Gerovital 」というのを売っているが、これは国が開発した化粧品。50年以上もアンチエイジングの研究をしており、アナ・アスラン博士が開発した。
 現在、「国立ジェロビタール研究所」では、ジェロビタールを使ったエステを観光客も体験することができる。エステ料金は50分間で約4500円。お肌のクレンジングから、トリートメントまで。ソフィア・ローレン、チャールズ・チャップリン、毛沢東も使っていたという。
 街のエステ店「アピエステ Api Estetic 」では、「Kleral System 」を使うらしい。100%天然のハチミツを使ったエステを行なっている。アカシア(Miere de Albine )を贅沢に使って、背中のツボを刺激していく。30年前に誕生した、このちょっと変わったエステは30分約1500円。赤くなるのは血行がよくなった証拠。デトックス効果もあり、白いダマになるらしい。タバコを吸っている人は灰色になるとか。

●ブザウ Buzau
 乗合バスで1時間半。片道約600円。18世紀頃から工業の街として栄えている。この街にはルーマニアが誇る有名なアーティストがいる。
 最も有名な工房は「コマンデザイン Coman Design 」で、ガラス工芸をする。オーナーはミシュ・コマンさんで、ガラスアートを見せてもらった。この街では、世界的な芸術化エミール・ガレのスタイルを受け継いだ作品を数多く制作してきた。ガレのスタイルは、彼が愛した自然界に生きる植物、昆虫、四季の風景を平面的に表現している。その絵柄が浮き上がるランプには、高度な技術が必要とされる。色づけをした後に、熱したガラスを木型に入れて形を整える。さらにコマンさんがあるイメージを施しながら追加していく。ブドウをモチーフにしたガラス・アートが有名です。

●ブカレスト
 ブカレストのおすすめホテルは、レンタル・アパート。中心地にある物件で、2LDK109平方mで、センスあふれた家具が並び、本格的なキッチンが完備されている。2寝室で宿泊客は空港までの送迎が無料で、6名まで宿泊できて1泊575レイ(約1.7万円)。


テレビ番組「知っとこ! ハンガリー共和国ペーチ」

 2010年2月27日放送。

●ペーチ
 人口16万人の都市で、オスマントルコの雰囲気を残しているハンガリー南部の町。キラーイ通り Kiraly utca を歩くと、きれいな街並み。この町はハンガリーの中でも歴史は古く、昔からの建造物が今も残っている。壁にきれいなタイル画が描かれた建物もある。屋根にもきれいな装飾がある。これはジョルナイのタイルで作られている。
 「ジョルナイ Zsolnay 」はこの町で創業した陶磁器工房。お店の中は食器がズラリと並んでいる。金属みたいな陶器もあるが、独自に開発した釉薬でこの色を出している。工房のオーナーだったジョルナイ・ヴィルモシュが酸化金属の入った独自の釉薬を開発したという。これで世界的に有名になった「ジョルナイ焼」。

 街中の市場「セーチェーニ・テール」に行く。野菜、果物がズラリと並ぶ。大根色でにんじん風の野菜がある。これはフェペールレーパというパセリの根。スープによく使われる定番らしい。唐辛子、キュウリ、カリフラワー、まるごとキャベツなどを漬物にしたものも、透明なビニールの袋に入れて売っている。冬のビタミン補給の保存食としている。

 ラーコーチ通りの屋台で、バウムクーヘンのようなものを売っている。これはクルトゥーシュカラーチという伝統的な焼き菓子。小麦粉と卵などで作った生地を細くのばし、木の棒にくるくる巻く。これに砂糖をつけ、炭火の上で回しながらじっくり焼く。ココアパウダーやシナモンをつけて棒からはずせば完成。1個600フォリント(約270円)。

 フェニュー・ペーターさん(24歳)が紹介してくれたのは、「セントヤーノシュ・ホテル&レストラン」のレストランにある伝統料理「レチョーシュ・スーゼーレム」。ラードでベーコンをしっかり炒め、トマト、たまねぎなどを加え、パプリカと塩などで味付け。そこにスープを加えてソースを作る。別のフライパンで豚肉を焼き、表面に焦げ目をつけて肉汁を閉じ込める。小麦粉と卵などで作った生地をスプーンで細かくとりながら、お湯に入れて、カルシカ?という付け合せを作る。お皿に盛り付けて完成。

●モハーチ
 郊外の町。ブショー祭りといって冬を追い払うお祭りがある。羊の着ぐるみを着たような人が通りを練り歩く。昔トルコの軍隊を奇怪な風貌と音で追い払ったのが起源とされる。この日はいたずらをしても許される日ということで、着ぐるみを着た人が女性に抱きついていました(笑)

●ペーチ
 高台の住宅地に住むモーラス・リタさん(30歳)。画家の夫シガティ・デュラさんの作品が並ぶ家に住む。1品目「チュルク・ペークネー・モードラ」リンゴ、たまねぎ、じゃがいも、ベーコンなどを一口大に切る。ローマイ・タールという伝統の調理道具を出してきて、その内側にオリーブオイルを塗り、材料を敷き詰める。大きな皮つき豚肉に大きな切れ目を数筋入れ、さきほどの容器の中に入れ、上にも野菜をたっぷり載せて、ふたをしてオーブンでじっくりと焼く。
 2品目「ブロッコリ・クレーム・レヴェシュ」。たまねぎとにんにくを鍋でしっかりと炒め、香りと甘みを引き出し、たっぷりの水を注ぐ。「パセリの根」の皮をむき、一口大に切り、鍋の中に入れる。火が通るまでしっかりと煮込む。野菜がやわらかくなったら、ハンドミキサーでペースト状にする。最後に生クリームを入れてよく混ぜ合わせる。
 3品目「ツェークラ・シャラータ」はツェークラと呼ばれる赤カブの皮をむいて、細かくカットする。砕いたクルミとリンゴを加え、全体をよく混ぜる。ドレッシンは、卵黄に塩とマスタード、サワークリームを入れてよく混ぜる。


テレビ番組「世界!弾丸トラベラー 青田典子、小原正子さんでブダペスト」

 2010年2月20日、27日放送。青田典子(42歳)、小原正子さん(34歳)はハンガリー出身者にはイケメンが多いという。ハンガリーは世界有数の温泉大国。国土の80%から温泉が湧き出ている。AF277、AF2794便で日本から15時間30分。

●予定
 1日目、21:55、成田空港発AF277便。
 2日目、4:25、シャルル・ド・ゴール国際空港着。7:40、シャルル・ド・ゴール国際空港発AF2794便、9:55、フェリヘジ国際空港着。11:00、タクシーでブダペスト市内に。11:45、ヴァーツィ通りでガイドと待ち合わせ。12:15、人気の美肌温泉。14:00、中央市場でランチ。15:00、姿勢が良くなる温泉。17:00、カフェ「ジェルボー」。18:30、ハンガリーで人気のエステ。21:00、キレイになるディナー。22:00、ホテルにチェックイン。
 3日目、7:00、キレイになる朝食。8:30、二酸化炭素温泉。9:00エグルに移動。11:00、キレイになるランチ。12:30、人気の美肌温泉。14:30、空港に移動。18:40、フェリヘジ国際空港発AF2295便、23:25、シャルル・ド・ゴール国際空港発AF278便。
 4日目、19:00、成田国際空港着。

●ブダペスト
 ドナウ川をはさみ、ブダ地区とペスト地区に分かれる街。空港から市内に向かうタクシーの運転手が恰好よかった。青田さんのリサーチでは、ハンガリー人は日本人に特別な思いがあるという。
 ヴァーツィ通りは、若者が集まるブダペスト随一の繁華街。19世紀の建物が数多く残る。ワインの店を見つけて、入ってしまった。「バッカス」で甘口のトカイワインをテイスティング。フランスのルイ14世も絶賛したという、ハンガリーを代表する世界最古の貴腐ワイン。貴腐菌を付着させ、腐らせることで水分が蒸発し、糖分だけが残ったブドウで造ったワイン。「トカイ・フルミント」3500フォリント(約1750円)、「トカイ・アスー」15990フォリント(約8000円)もいただいて購入。

 現地ガイドはシャンドルさん(26歳)。クラチュというハンガリーの水筒を持っていました。ウェルカム・ドリンクとして食前酒の「桃のバーリンカ」をいただいた。これは50度だそうです。

 やってきたのは、セーチェニ温泉。ハンガリーを代表する温泉の一つで、1913年創設。バロック様式の華麗な建物。ヨーロッパ最大規模の温泉施設。効能は、肌荒れ、関節痛、筋肉痛で、泉質は炭酸水素系硫黄温泉。温泉の中でチェスをしている人がいる。水着を着て入りました。外の気温は0度。水温は38度でした。気持ちいいそうです。入浴料2時間で3500フォリント(約1750円)。2人ともきれいになっているそうです。

 次はガラス張りの建物「セント・イシュヴァン井戸」。ジョッキに温泉水が入っているのを飲む。中からキレイにする。効能は胃腸、気管支、腎臓の機能促進、成分はカルシウム、マグネシウムなど。

 中央市場に行ってランチ。ランゴシュ(揚げパン)は、1400フォリント(約700円)で、ピザの柔らかい生地の上にチーズ、ハム、サワークリームなどの具をのせたもの。これは美味しいそうです。ホットワインもある。300フォリント(約150円)はアップルティーみたいだそうです。

 4つ星ホテル「ダヌビウス・ヘルス・スパリゾート・マルギットシゲット」に行く。テルマル温泉はカルシウムを多く含む泉質で、医療施設が併設されている。水着姿でクビに謎の機械をつける。手を放すとクビに体重がかかる。重量風呂(通称:首つり温泉)で、水中に吊るすことで、自然にコリをほぐし姿勢を矯正する。10分でしたが、時間が経つとラクチンだそうです。

 カフェ「ジェルボー」に行く。オーストリア王妃エリザベートが足しげく通った由緒あるカフェ。シシコーヒー1750フォリント(約900円)にはピーチのリキュールが入っているそうです。「エステル・ハージー」850フォリント(約430円)。

 人気のエステ・サロン「オーガニック・エステ」に行く。今回は一番人気のパプリカを使う「パプリカ・パック」で、毛細血管を広げ血行をよくし、肌を活性化する。温かくなってくるそうです。少し痛いとか。

 夜は王宮、くさり橋がライトアップされて美しい。

 夕食はレストラン「ピエロ」。ワインは「ヤーノシュ・ヘジ」。メインは「フォアグラのソテーとフルーツピューレ」4950フォリント(約2500円)で、フォアグラが3枚。鉄分、ビタミンが豊富で、ハンガリーでは古くから美肌食材として人気がある。

 とても人気のある出会いのスポット、王宮の対岸に接岸された船上バー「コロンブス・ジャズクラブ」に行く。お店に行くと、みんながサルサを踊っていた。ハンガリーでは5年前からサルサがブームで、終末には出会いの場所として若者が集まる。ガイドさんの友人のダーヴィッドさんたちを紹介されました。4人でサルサを踊る。
 ホテルは「ダヌビウス・ホテル・ゲッレールト」で、24時に入っても小原さんはまだ飲んでいました。おかげで翌朝は朝寝坊し、朝食はパスしました。

 翌朝、車で2時間かけて二酸化炭素温泉「モフェッタ」に行く。ここはお湯ではなく、ガスが入っている温泉。なので洋服を着て入る。酸素よりも重い二酸化炭素が下側に溜まる。そこに入ると血管が拡張し、足のむくみが取れるという。わかるように、シャボン玉を吹くと、ある一定の位置よりも下には落ちないで、漂っていました。足が熱くなったそうです。15分で終了。

●エゲル
 ハンガリー北東部の町で、とても有名なお店「イモラ」に行く。ハンガリー産地ビール「ドレーハー」をいただく。「マンガリッツァ豚のロースト」3270フォリント(約1630円)は、ハンガリー国有豚で、コレステロールが極めて少なく、ミネラルと鉄分が豊富。ギトギト感がないそうです。

 小原さんが求める彼氏の条件は、お酒が飲めて、定職に就いていて、関西人だそうです。青田さんは尊敬できる人だそうです。

●エゲルサローク温泉
 世界に3つしかない温泉に行く。白いのは天然の石灰棚。長い年月をかけ、温泉の成分である炭酸カルシウムが沈殿して固まったもの。こういう温泉に入れるのは、アメリカのイエローストーン、トルコのパムッカレ。効能は肌の活性化、神経痛など。泉質はマグネシウム系炭酸水素温泉。すごく気持ちいいそうです。観光客にも人気です。

●美女の谷
 少し時間があるので、美女の谷に行く。約50店ものワイナリーが建ち並ぶ。世界各国からワイン好きが集まる人気の場所。30分しかないが、ワイナリー「コーシャ・ピンツェーセト」、「セイント・ヴィンツェ」、「ボロゾー」、「マーシ・ピンツェ」、「ガチャル・ピンツェ」、「コチシュ・チャラート」。「ファルサング」、「ワンダ・ボルハーズ」、「ヘジ・ボルハーズ」、「キッシュ・ピンツェーセト」に行って、全てテイスティング。


テレビ番組「ちょっと贅沢!欧州列車旅行」

 2010年1月17日放送。6回に渡り中央ヨーロッパの旅。ウィーンを出発し、ブダペスト、ルーマニアのブラショフ、ブカレスト、ソフィアに。今回はソフィアから夜行列車でセルビアに入り、ベオグラードで乗り換え、まずザグレブに向かう。次に南に向かい世界遺産ドブロブニクが目的地。旅チャンネル・JIC製作。

●ソフィア〜ベオグラード
 ソフィア中央駅、ブルガリア国鉄の赤い車両の寝台列車292号でベオグラードに向かう。3人用の個室寝台には洗面台も付いている。21:20発車。6時間半でベオグラードに到着するので、寝ている間。夜の間にセルビアに入る。ベオグラードは5時前に着くはずが、6時35分に到着した。中央ヨーロッパでは列車の遅れはよくあること。
 ここで乗り換えだが、4時間あるので、駅の外に出てみた。ベオグラードはセルビアの首都。中央駅のホームは簡素な造り。構内のカフェや両替所も早くから営業している。

●ザグレブに向かう
 10時45分発のセルビア国鉄の列車B414号で向かう。7時間の旅。車両は清潔感のあるコンパートメント・タイプ。オープンサロン・タイプもある。列車の速度はなかなか上がらない。
 セルビアは北海道とほぼ同じ面積の大きさ。石炭や石油などの資源にも恵まれている。
 ベオグラードを出発しておよそ2時間で、Sremska Mitrovica 駅に到着。3時間で国境駅のSid 駅に到着。停車中にパスポート・チェックが行なわれる。クロアチアに入ると、列車はスピードを上げて走り始めた。車窓に民家が見えてきた。建物が少なかったセルビアとはだいぶ違う。
 クロアチアはセルビアより一周り小さく、450万人が暮らす。1991年に旧ユーゴスラビアから独立した。豊かな観光資源を持つ。
 クロアチアに入って2時間後、Nova Gradiska 駅に到着。ザグレブまではあと2時間。列車には食堂車があるが、食事ができるのはザグレブを通過してから。それまでは飲み物だけ。
 Dugo Selo 駅に到着。ここを出るとほどなくザグレブ。

●ザグレブ
 高い建物が目立ち始めた。17:48分にザグレブ中央駅 Zagreb Glavnl Kolodvor に到着。夕暮れの構内が旅人たちで賑わう。
 駅の正面は公園で、トラムが走っている。80万人の市民が住む。長い間オーストリア、ハンガリーに影響を受けた町。壮麗な建物が並ぶ旧市街と、カラフルな建物が並ぶ新市街。ウィーンを思わせる街並み。
 中世の面影を残すのは、丘の上の旧市街。南側は19世紀以降の街並みが広がる新市街。ザグレブの中心は旧市街と新市街にはさまれたイエラチッチ広場。
 駅前にはトミスラフ広場 King Tomislav Square、ストロスマエル広場、ズリンスキー広場の3つの広場が連なる。イェラチッチ広場までは1km。
 イェラチッチ広場では、白、ピンク、黄色などのカラフルな色合いの建物に囲まれている。たくさんのトラムが停車し、いつも賑わっている。カフェなどのショップも多い。中心には19世紀のバーン・ヨシップ・イェラチッチ総督の像がある。彼はハプスブルク家に自治権を要求した民族独立運動の英雄。広場の北側に花を売る市場がある。市場の奥から階段を上がると、ザグレブの旧市街が広がる。
 旧市街にはケーブルカーででも行ける。乗り場は広場から西に200mイリツァ通りを歩いていった所にある。ケーブルカーは1890年の創業。地元の人からは「年をとった貴婦人」と呼ばれている。優雅なブルーの車両が高低差30mを1分で移動する。到着すると展望台で、新市街を一望できる。展望台の後ろにあるのは、ロトルシュチャク城。13世紀に建てられ、町を守っていた城壁の2代目。窓からは大砲が顔を出している。毎日正午には今でも轟音を発する。
 塔から一望できるのは、旧市街。旧市街は元々グラデツ、カプトルという2つの町に分かれていた。17世紀頃から2つをあわせてザグレブと言われていたが、正式に確定したのは、19世紀から。
 塔を出て北に向かって歩く。30mほどで白い聖カタリナ教会がある。1632年に完成したイエズス会の教会。教会の裏手は広場になっている。そこからはザグレブのシンボルの大聖堂が見える。
 すぐ近くに聖マルコ教会がある。13世紀に建設された。屋根がきれい。紋章を表わしていて、赤と白が中世時代のクロアチア王国、三頭のライオンはダルマチア地方、星とイタチ?がセラゴニア地方。右側がザグレブ市の紋章、
 聖マルコ教会の隣は国会議事堂。1918年ここでオーストリア・ハンガリー帝国からの離脱が決定した。1991年にユーゴスラビアからの独立が報告されたのも、この場所だった。しかしユーゴスラビアとの戦争は1995年まで続いた。
 聖マルコ教会の西側にクロアチア歴史博物館がある。バロック様式の建物は、18世紀の貴族の館を利用したもの。14万点以上の品が納められている。
http://www.hismus.hr/

 聖マルコ教会から東に進むと、「石の門」がある。ザグレブが2つの町だった時代に、2つをつないでいた城壁。集まっているのは礼拝に訪れた市民たち。門の中が礼拝堂になっているため。鉄の扉の中に納められているのは、「奇跡のイコン(聖母子のイコン)」。18世紀半ば、ここに火災が起き、その当時木製だった門は焼け落ちたが、灰の中から無傷のイコンだけが見つかった。人々は奇跡のイコンを納めた礼拝堂を造った。
 ラディッチ通りは旧市街の石畳が続く道。その通りの東側に並行して走るのは、トカルチチェヴァ通り。今はカフェやレストランがひしめく賑やかな通り。19世紀末までは小川が流れ、グラデツとカピタルの境になっていた。1850年に2つの都市が合併し、ザグレブとなった。小川はその翌年埋められた。ここは別名「カフェ通り」。
 カフェ通りから歩いてすぐのところにあるのが、ザグレブのシンボル「大聖堂」。正式名称は「聖母被昇天大聖堂」13世紀〜18世紀に渡って建てられた。塔の高さは104mもある。現在の外観は1880年の大地震の後に修復されたもの。大聖堂の脇には、かつてカプトルの町を取り囲んでいた城壁の一部が残されている。城壁は16世紀、オスマントルコの攻撃から町を守るために造られた。
 大聖堂とカフェ通りの間にある広場では、青果市場が開かれる。月曜〜金曜は7時〜16時、土日は7時〜12時。1930年から続くザグレブの名物。
 市場の隣、大聖堂寄りに建っているのは、刺繍専門店「エトゥノー・スタイル・フニッチ・プロメト Ethno-Style Hunic Promet 」(住所:Dolac 7、Tel:095-90-21-035、営業時間:月〜土 9am-5pm、日曜 9am-2pm )。店内にはテーブルクロス、ドレス、スカーフなどの刺繍製品がある。ほとんど半額以下?中には100年以上前に作られた物もある。刺繍はクロアチアの伝統工芸の一つ。民族衣装はレプリカ1600Kn〜2000Kn(約3万円)、オリジナルが2600Kn〜5000Kn。

 イェラチッチ広場に戻る。ここから南はカラフルな色の建物の新市街。小さなウィーンと称される。町を歩いて目につくのはカフェの多さ。クロアチアの人は食事は自宅で、飲み物はカフェで取るのが習慣。一部紹介すると、「オリエント・エクスプレス Orient Express 」(住所:Teslina 10 Zagreb、電話:+385(1)4810-548、営業時間:4〜9月は8〜23時、日曜休み)はオリエント急行の内装を忠実に再現してある。1920年代にはザグレブ中央駅に停車していた。
 2軒目は、「カフェ・バー・ヴェルディ Caffe Bar Verdi 」(住所:Gunduliceva 4、Tel:01-4830-789、無休、営業:7am-1am )は音楽アカデミーの隣に建つカフェ。音楽家たちの溜まり場。店の名はジュゼッペ・ヴェルディに由来している。音楽好きのオーナーが細部にまでこだわって作ったカフェ。著名な音楽家の写真や、由緒ある楽器が店内に展示されている。一番人気はホット・チョコレート15Kn(約240円)。

 新市街で最も目をひく建物がクロアチア国立劇場。1894年、音楽の都ウィーン出身の2人の建築家によって建てられた。
 そのすぐ傍に建つ「ミマラ博物館」。広い館内には彫刻、絵画、陶磁器などが常設展示されている。絵画の展示室にはラファエロ、ゴヤ、ルーベンスなどの作品もある。

●ドブロブニクに
 早朝ザグレブ中央駅、営業をはじめているのはパン屋。6時50分発のインターシティでスプリットを目指す。


テレビ番組「THE 世界遺産 船でめぐるドナウ」

 2010年1月10日放送。ヨーロッパをつないだ2つの道があった。船と鉄道。2回に渡り特集する。ドナウ川はヨーロッパを東西に流れる2800kmの大河。ドイツを源に発し、10ヶ国を通って黒海に注ぐ。ドナウ川の岸辺には6つの世界遺産がある。

●ドナウエッシンゲン
 ドイツ南部の町。教会と宮殿の間に挟まれるようにある丸いもの。ここがドナウの源泉。18世紀、この地方の領主が湧き水を大理石で囲み、ここが水源であると宣言した。それ以来、ドナウの水源といえば、ここをさすようになった。辺には母と子の像。母は右手でドナウが流れていく東を指し、若い娘を旅に送りだそうとしている。そして宮殿の脇を流れるブリバッハ川へと注ぐ。そして次の流れと出あってから、ドナウ川と呼ばれる川になる。生まれたての川は「ユンゲドナウ」(若きドナウ)と呼ばれる。
 その後100mの断崖の険しい渓谷へ。ここでは小型の船でしか通ることができない。

●レーゲンスブルク旧市街 Regensburg
 源流から400km。最初の大きな都市。町のたたずまいは1000年前とほとんど変わらない。町の黄金時代に建てられた聖ペテロ大聖堂。塔の高さは100mを越える。
 ドナウの辺に建つ巨大な倉庫には、アルプスで採れる塩がある。塩は白い黄金と呼ばれるほど高価だった。ここから塩が各地に運ばれた。12世紀、富をつぎこんで建設されたのが、ドナウ川で最も古い石橋。昔のままで900年。未だに人と車が通れる。重い石を運ぶ職人のために、ドイツ名物「ソーセージ」が生まれた。ドイツで一番古いソーセージの店として観光客が必ず立ち寄る人気スポットとなっている店がある。
 ここから先、大型船が通れるようになる。19世紀に出版された旅行記に、「レーゲンスブルクとウィーンの間がドナウで最も旅人に愛された」と書いてありました。

●ヴァッハウ街道 Wachau
 オーストリアにある。ドナウで一番美しい渓谷。城と川と自然が織り成す風景はドナウではここだけ。ゆったりした時間を過ごせる。
 この渓谷で一際豪華な建物が「メルク修道院」。聖堂内はまるで地上に現れた天国。黄金に光輝いている。これを建築したのは、ハプスブルク家の皇帝だった。
 その皇帝に愛されたものはワイン。ワインの文化を育んだものは修道院。修道院は手作りのワインで巡礼者をもてなした。ヴァッハウ渓谷のワインは「王様」と呼ばれ、皇帝や貴族の食卓にも運ばれた。

●ウィーン歴史地区
 芸術や文化が花開いた街。19世紀後半、「美しき青きドナウ」を書いたのは、ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世。
 もう一つの文化はカフェ。
 マリア・テレジアが情熱をかけて作りあげたシェーンブルン宮殿。その中心が大広間。彼女が特に好きだったお菓子は、薄くのばした生地にリンゴをくるんで焼くアップルパイの元になった「アプフェル・シュトルーデル」。宮殿のカフェで味わうことができる。

●ブダペスト Budapest
 ドナウは街の真中をゆったりと流れる。国会議事堂が美しい。19世紀末に建てられた自由と独立のシンボル。ヨーロッパ一豪華な議事堂として知られている。
 中央市場は100年前に鉄とガラスを使い、時代を先駆けた建築だった。ハンガリーは世界一のパプリカの名産地。16世紀にアメリカ大陸からスペインの船に乗って伝えられた。魚市場では川で取れた魚が並ぶ。鯉の仲間はクリスマスに食べるそうです。

●ドナウデルタ
 源流から2850km。河口にやってきた。デルタ状に広がり、広大な湿地となる。ここは野鳥たちの世界。およそ300種いて、渡り鳥の楽園としても知られる。湿原は見渡す限り葦で覆いつくされている。ここでは人の暮らしも葦とともにある。中に空気が保たれ、いい保温材となっている。
 ドナウデルタの小さな村。葦はすぐれた建築材料で、葦で屋根をふくと50年もつという。
 そして黒海。昔は多くの商人がドナウを目の前にして交易品と一緒に沈んだという。それでも人々はドナウを目指した。


テレビ番組「世界の果てまでイッテQ! 世界の果て温泉同好会 ハンガリー」

 2009年12月20日放送。森三中さんが旅をした。

●ブダペスト
 市内観光していたら、バスがドナウ川に入った。水陸両用でした。この街では100箇所以上で温泉が湧き出している。
 「ゲッレールト温泉」に行く。立派な建物です。温度は36度。「セーチェニ温泉」は露天で、チェスをしている人もいる。ぐるぐる回る流れる温泉もあるが流れが早い。
 サーカスの綱渡りに挑戦。まずは高さ1mから。
 世界最大の天然の露天風呂「ヘーヴィーズ温泉湖」に行く。温度は低いが、温泉の香りがする。最も深い場所で水深38m。湖底からは37度のお湯が湧き出ているが、この日は27度。

●オーストリア
 「Seaper Ranch 」というホテルには「藁風呂」がある。温泉につけたワラをベッドに敷き詰める。全身をワラでくるんだら、ビニールでくるんで、その上にもワラを敷く。ワラが発酵し、中はほどよいサウナ状態。35度くらい。
 高原にあるアクティビティに参加。赤い車のボブスレー。最高時速は150kmにも達する。雪のない時に使う練習用のボブスレーだが、時速100kmにもなる。体重が重いと早くなる。全長1270m、標高差124mのオリンピックのコースを体験。
http://www.seaperranch.at/SeaperAlm-d.html


テレビ番組「THE 世界遺産 ハンガリーのホローケー」

 2009年12月13日放送。

●ホローケー
 ハンガリー1美味しい村と呼ばれるホローケー。山間にひっそりとたたずむ13世紀から続く集落は、700年前から変わらない。木と土壁で造られた民家で、昔ながらの暮らしを続けている家並みは、世界でも数少ないことからホローケーは1987年に世界遺産に登録された。しかし、登録から20年、急速な時代の変化によって、村の人口は16世帯36人までに減った。暮らしぶりも変わりつつある。昔のままの生活を続けるおばあさんと、これからを担う幼い女の子。二つの世代の村人を通して、伝統を守り伝える、小さな集落の今を見つる。

 国土のほとんどを平地が覆うハンガリーにあって、ホローケーは山間部。ブダペストはヨーロッパで指折りの華麗な都。ブダペストから北東へおよそ100km、2時間車を走らせるとホローケーに到着する。
 わずか67軒の小さな農村。昔の集落がそのままの形で残るのは、ハンガリーではここだけ。木造りなので、何度も火事にあったが、何度も建て直された。昔ながらの集落は、あとは世界には白川郷、スロバキアのヴルコリニェツしかない。どちらも古い民家で暮らしを営む難しさに直面している。村の主な産業は観光で、年間10万人が訪れる。ただ1台の機織機は観光客用だが、昔はこれで生計をたてていた。20世紀の半ばまで、ホローケーには400人が住んでいた。住むのは、ハンガリーの人口の5%にも満たないハローズ?彼らには伝統建築があった。白い壁は泥とワラで塗り、石灰で仕上げたもの。建物の土台は、石を積み上げて築き、その中に収穫物の貯蔵庫を作った。屋根にも煙突の役目をする壁などの工夫、「板壁のすかし」があった。家に入るとまず台所、その両側に2部屋あるのが伝統的な家。雨が多い地域なので、ひさしには、雨よけが作られている。
 若者がでていき村は高齢化した。老人だけが住むわけにはいかず、手放す人が増えた。サボー・フィレンツェニさん(70歳)は一人暮らし。生活を支えるのは、わずかな年金と昔から伝わる刺繍。刺繍にはブドウの模様が多く使われる。花飾りの模様は国中に有名。
 山の斜面は昔はぶどう畑だったが、数年前から荒地になっている。ホローケーに受け継がれたワイン造りは途絶えてしまった。老人ばかりになった村では、農作業を続けていくのは難しい。庭の小さな畑を耕すのが精一杯。
 家に人が住み続けないと村は死んでしまう。村を生き残らせるための試みが始まっている。村に住む人に優先的に貸し出すことになっている。村長のサボー・チャバさん(41歳)は、観光の目玉である秋祭りに追われている。
 また小学校から教育にホローケーの伝統を教えている。世界遺産の村落からここに通う子は11名。レーギ・ビボルさん(7歳)もその一人。子供たちは秋祭りで自慢の民族衣装を着て、歌と踊りを発表する。お父さんのレーギ・ラズローさんは陶芸をして土産物を売る。人を増やすために、外観は昔のままで、内部は現代風に換えてもよいようになった。

 秋祭りの日は、かつては収穫祭と言われていた。最近はぶどうも採れなくなったが、村をあげてのお祭りにしている。昔から暮らすサボーおばあさんも歌を歌い踊りました。ビボルさんもうまく踊れました。そして馬車に乗って移動。

 住民がいなくて博物館だけになってしまう村ではなく、生きた村であり続けること。世界遺産としては、昔ながらの生活も含まれている。ホローケーの未来への取り組みが始まっている。


テレビ番組「ちょっと贅沢!欧州列車旅行22 ブルガリアのソフィア」

 2009年12月6日放送。ウィーンを出発し、ブダペスト、ルーマニアのブラショフ、ブカレスト、ソフィアに。今回はソフィアで、以後、セルビアからベルグラードで乗り換え、クロアチアのザグレブ、ドブロブニクに向かう。

●ブカレストから
 ブカレスト北駅 Bucuresti Nord から急行列車に乗って出発。乗り込む列車は12時15分発のソフィア行きで、表示板にはR463号 Thessaloniki の Giurgiu Nord と書いてある。30分前に列車は入線。今回は6人がけのコンパートメント・タイプの個室。9時間半の旅。ソフィア行きは全て2等車両で構成されている。列車は南に向かって進む。車窓にはルーマニア南部のバラキア平原。
 2時間でルーマニア側の国境駅ギュルギュウ駅に到着。一部の人は自転車を列車から降ろしてルーマニアを旅するようです。出国のためのパスポート・チェックを行い出発。

 ドナウ川を越えるとブルガリア。ブルガリア側の国境駅ルセ駅 Pyce に到着。入国審査をする。ソフィアまではあと7時間?。
 車窓のトルコ風の建物は、ルーマニアでは見られなかった。ブルガリアは日本のほぼ3分の1の広さに、およそ730万人が暮らす。肥沃な土地では穀物の栽培や酪農が行なわれてきた。
 3時間後、ゴルナ駅 Gorna に到着。ここでしばし停車。トルコ行きの列車との切り離しが行なわれる。先頭車両が青いルーマニア国鉄から、赤いブルガリア国鉄に変わった。20分後に出発。あと3時間半。
 あたりが暗くなってきた。
 午後9時43分、ソフィア中央駅に到着。この駅は1日に3万人が利用するが、夜は閑散としている。外に出ると黄色いタクシーがたくさん客を待っていた。

●ブルガリア
 ソフィアには多くの大企業の本社が置かれているし、ソフィアにはたくさんの大学があり、教育の街としても知られている。紀元前からの長い歴史を持つ都市でもある。ブルガリアにはブルガリア人、トルコ人、インドから移住してきたとされるロマ人など、さまざまな人類が暮らしている。8割を占めるブルガリア人は、5世紀以降この地にやってきたスラブ人とトルコ系遊牧民ブルガール人との間に生まれた子孫たち。公用語はブルガリア語で、トルコやロシアの言葉がベースになった語彙も数多く聞かれる。
 民族と同様に宗教も数多く混在する。大多数を占めるブルガリア正教、イスラム教、ローマ・カトリック、プロテスタント、ユダヤ教などを信仰する人々がいる。
 ソフィアの南西に車で15分のボヤナの街にある「国立歴史博物館」に行く。かつては迎賓館として使われていた建物を使用したこの国最大の博物館。2万点以上の文物が展示されている。以前はトラキアと呼ばれていて、紀元前4000年頃の遺跡群れが近年見つかり、ヴァルナの黄金製品が出土している。紀元前6世紀頃、トラキア人たちが住んでいたこの地域にギリシャ人たちがやってきて、職人都市を建設した。「パナギュリシュテの黄金製品」は紀元前400年頃のもの。その後アケメネス朝やマケドニアによる支配が行なわれた。やがて勢力をのばしていたローマ帝国はマケドニアを滅ぼし、この地を支配化に置いた。その後ローマ帝国が東西に分裂し、異民族の侵入が活発化、5−6世紀にかけて、スラヴ人やブルガール人たちが移住してきた。7世紀、ブルガール人がブルガリア帝国を建国。少数民族だったため、先住民族のスラヴ人と交わり、同化することで、勢力を伸ばした。11世紀ブルガリア帝国は東ローマ帝国により滅ぼされ、12世紀に再び独立、14世紀にオスマン帝国に滅ぼされ、500年間支配された。その時の支配によって、ブルガリアの言語や風俗には、トルコの影響が色濃く残された。19世紀、オスマン帝国がロシアとの戦争に敗れたことで、長きに渡る支配を解かれ、独立した。20世紀にはバルカン戦争に続いて2度の世界大戦を経験し、共産主義を経て民主化し、2007年にEU加盟国となった。

●ソフィア
 ヨーロッパでも古い都市の一つ。街には高い建物がほとんどない。中央駅の中には両替所があるが、日本円からの両替は限られた場所でしかできないので、予めユーロに換金しておいた方がよい。中央駅は市街地の北側に位置し、昼間でも都会の喧騒は感じられない。市街地までは駅前から出ている赤いトラムが便利。料金は1乗車0.7レフ(約45円)。1日券もある。
 ソフィアの中心部にある「スヴェタ・ネデリャ広場」。見所はここから歩いて回れる範囲に集まっている。聖ネデリャ教会 St. Nedelya Church、聖ゲオルギ教会、聖ペトカ地下教会、バーニャ・バシ・ジャーミヤ、聖ソフィア教会、アレクサンダル・ネフスキー寺院、聖ニコライ・ロシア教会など。
 ネデリャ広場の北側に立つソフィア像。右手に勝利を表す月桂樹を持ち、左手には智恵を表わすフクロウが止まっている。ソフィア像に向かい合う場所にあるのが、「旧共産党本部」。建物の手前に地下道へと続く階段がある。この地下道は、カフェやお店が並び、地下鉄の駅へと続く。通路の脇には、岩が積み上げられたような一角がある。古代ローマの都市「セルディカの遺跡」である。地下鉄工事で偶然発見された。
 通りの反対側に出ると「大統領府」。衛兵の交替式が行なわれていた。白地に赤い紐の征服です。
 大統領府の裏側に「聖ゲオルギ教会」がある。四方を近代的な建物に囲まれているが、4世紀ローマ帝国によって建てられた。キリスト教は当時の皇帝コンスタンティヌス帝により公認され、その後ローマの国教となった。教会の後ろには、ローマ時代の浴場の跡が残っている。
 「聖ソフィア教会」は6世紀、東ローマ帝国のユスティヌアス帝が建てた教会で、首都ソフィアの名前はこれに由来する。ビザンツ様式とロマネスク様式による初期キリスト教の教会堂で、オスマン帝国に支配されていた時代は、イスラム寺院として使われていた。ソフィアはギリシャ語で「智恵」を意味する。6世紀に建てられた建物は地震で倒壊し、現在の建物は20世紀に復元されたもの。開場は夏は 7am-7pm、冬は 7:30am - 6pmで、無休。
 ブルガリアでは9世紀頃から宗教的な対立が顕著となり、正教会の力が強くなった。聖ネデリャ教会はブルガリア正教の教会。ネデリャは日曜日を意味する。元々は小さな教会だったが、オスマン帝国からの解放後に、トルコの影響を受けた建築法で再建された。ブルガリア正教会は9世紀末に成立し、現在は国民の約8割650万人が信仰する。10世紀に建立されたという聖ネデリャ教会には毎日大勢の信徒が訪れる。オスマン帝国時代には、聖ペトカ地下教会に潜伏した。窓のない教会内部は極めて質素。かつては鮮やかな色彩で描かれたフレスコ画も現在は一部しか残っていない。
 マリア・ルイザ通りには、その真反対になる「バーニャ・バシ・ジャーミヤ」は16世紀に建立されたイスラム寺院。オスマン帝国最大の建築家といわれるミマール・スィナンによる設計。2001年に修復された寺院は、鮮やかな色彩で、オスマン帝国の最盛期を今に伝える。今も周辺に暮すトルコ系住民たちの信仰の拠り所となっている。バーニャは風呂という意味で、寺院近くの温泉施設に由来する。温泉は無料で水道の蛇口から出ていて、近くの住民がペットボトル持参で早朝から汲みに来る。
 通りをはさんで「バーニャ・バシ・ジャーミヤ」の反対側にあるのは、かつての中央市場「セントラル・ハリ」。1910年に建てられた市場は、ショッピング・センターとなっている。食料品店を中心に130店が軒を連ねる。見て歩くだけでも楽しい。土産物の豊富な店もある。ブルガリアはヨーロッパにおけるバラの産地としても知られている。バラの栽培は、16世紀後半、オスマン帝国から伝えられたもの。ブルガリアの中央には「バラの谷」と呼ばれる場所があり、ローズオイルはブルガリア土産に最適。その他、ハンドクリームやキャンドルなどの様々なバラ製品が並んでいる。
 ブルガリアが独立したきっかけは、19世紀後半に勃発したロト戦争。ロシアに敗れたオスマン帝国が講和条約を受け入れ、ブルガリアの自治権が認められた。「アレクサンダル・ネフスキー寺院」は、ブルガリア正教の大聖堂。ロト戦争で亡くなったロシア兵を称えて建立された。黄金色に輝くドームをはじめ、合計12のドームからなるビザンチン様式の豪華な建物。内部にはメノウや大理石をふんだんに使った豪華なモザイク画が施され、巨大なシャンデリアが輝きを放つ。収容人数5000人、バルカン半島最大にして最も美しいと言われる寺院は、1882年から40年の歳月をかけて完成した。寺院の祭壇は全部で3つ。向かって右がブルガリア、左はスラヴ諸国に捧げられたもの。中央のロシアの祭壇には、聖人になった中世ロシアの英雄アレクサンダル・ネフスキーが描かれている。
 アレクサンダル・ネフスキー寺院のすぐ傍に、「聖ニコライ・ロシア教会」がある。1913年、ロシア皇帝で後に聖人となったニコライ2世を祀るために建てられた。たまねぎ型をした金色色のドームはロシア古典様式で、モスクワの赤の広場に建つ大聖堂を思わせる。同じ正教でもロシア人の宗教上のアイデンティティを守るために建てられたという。

 ソフィアの中心部から車で南西に15分、ヴィトシャ山の麓にあるボヤナに是非足を運びたい場所がある。バスでも訪れることができるこの場所は、かつては貴族の別荘地としても栄えた場所。ひっそり建つのが世界遺産ボヤナ教会。ボヤナ教会 Boyana Church は11世紀に創建され、13世紀、19世紀と2度の増築を重ねた。第二聖堂は1259年に建てられた。第二聖堂の前に壁に一面に描かれたフレスコ画がある。作者は不明だが、13世紀ビザンチン様式の貴重な壁画は、1979年、世界遺産に登録された。ルネサンスの前兆ともいえるフレスコ画は見る者を圧倒する。

●ベオグラードに
 夜行列車に乗って、ソフィア中央駅からベオグラードに向かう。寝台列車M292号で、午後9時20分、中央駅を発車した。


テレビ番組「世界遺産への招待状24 コソボ共和国」

 2009年11月9日放送。今も国際治安維持部隊が警備している。国のいたるところに戦争によって破壊された家々の残骸が残る。コソボ紛争は1990年代後半に起きたアルバニア人とセルビア人の民族紛争。現在紛争に勝利した人口の9割を占める国となった。
 10年前、セルビア治安部隊はアルバニア人に対する弾圧を加えた。子供が多数犠牲となる虐殺事件が起きた。殺されたアルバニア人は1万人にのぼった。1999年セルビア部隊を阻止するため、NATO軍が空爆し、セルビア部隊は撤退した。以来立場は逆転し、アルバニア人による報復が始まった。2008年、アルバニア人はコソボの独立を宣言したが、根深い民族対立は解消されていない。

●リェヴィシャ聖母教会
 教会の扉は鉄条網で覆われ鎖で閉ざされていた。警察に開けてもらった。14世紀に建てられ、5年前何者かに放火された。壁一面に描かれていた700年前の宗教画は黒いススで覆われていた。聖母マリアが泣いているように見えた。

●デチャニ修道院
 少数派となったセルビア人の教会。入口にも国際部隊(イタリア人)が駐屯していた。身分証明書を提出して許可が下りた。ほとんどの国の人が許可されるが、アルバニア人が許可されることはほとんどないという。実は紛争終結後にもアルバニア人による破壊行為が続いていた。サア神父はその状況をインターネットで伝えてきた。以前より状況はよくなったが、まだ安全とは言えないそうです。紛争終結後も攻撃を受けていて、最近だと2年前のロケット弾。
 14世紀に建てられたセルビア正教の教会。案内はサヴァ神父。西のロマネスク様式と東のビザンチン様式が融合している教会。教会に入ると壁はフレスコ画で埋め尽くされていた。深みのある色彩。
 12世紀から14世紀にセルビアに君臨したネマニッチ王の「ネマニッチ家の家系図」がフレスコ画になっている。1本の木として描かれている。下の方にはセルビア王国を初めて築いた初代ネマニヤ王が描かれている。オスマン帝国がこの地を支配していた時代に目はえぐられてしまった。
 セルビア正教では、中世セルビア王国の王が宗教上の聖人として崇拝されている。この教会を作ったのも当時の王「ステファン・デチャンスキー王」だった。この王が亡くなってから、遺体には次々と奇跡が起こった。この教会にある遺体は腐敗していない。厚い布に覆われていてミイラになっている右手だけが見えた。14世紀はセルビア民族が繁栄した栄光の時代だった。国王の遺体は今も人々の誇りとなっている。
 朝8時礼拝が始まる。礼拝に集まる人は半分に減った。セルビア人は各地に点在する「セルビア人居住区」で生活している。これまでアルバニア人により破壊された教会は100を越えるという。自分の村の教会を壊された人は軍隊により守られているこの修道院に集まるようになった。テオドシオ修道院長に続いて、在オーストラリアのセルビア正教ネラッド神父が挨拶した。ここでは世界中の修道院から寄付を集め、セルビア人に与えている。修道院長の外出にもEUの警備部隊が同行する。

 心に傷を負っているのはアルバニア人も同じ。デチャニは人口3万人。紛争の傷跡は生々しく残っている。デチャニはコソボの中でもセルビアへの抵抗運動が特に激しい町だった。この日、町の広場に大勢のアルバニア人が集まっていた。18年前にセルビア警察に殺された青年の追悼集会と銅像公開だった。そのメントール・トライさんはコソボの英雄となっている。
 西に30km?のプチェク?という村のセルビア人居住区に向かった。700人が暮らす村。リゥビシャ・ジョシッチさんが中を見せてくれました。裏庭の家畜小屋に案内された。豚、ヒツジなど修道院から支援してもらったという。以前住んでいた集落に行ってみた。一族の住んでいた家は破壊され略奪され、ほとんど何も残っていなかった。どんなにお金を積まれても、この土地を離れるわけにはいかないという。
 両者を結びつける試みも始まっている。お互いの宗教施設を訪れるイベントが開かれた。イスラム教徒であるアルバニア人はほとんどが教会に来たことがない。それぞれの文化に理解を深めることで、交流するきっかけを作ろうという。参加者30人のうち、4人がセルビア人だった。まずデチャニ修道院、次いで隣町のモスク。ここはセルビア人によって破壊されたが、修復中だった。この日、直接交流する機会はほとんど生まれなかった。

●ペチ修道院
 女性だけが暮す修道院。高い壁によって囲まれている。20人の修道女が暮らしている。教会は13世紀に建てられ、最も位の高い「総主教座」が置かれてきた。管理しているドブリラ・ボジョビッチさんが案内してくれました。まわりの地域の破壊された教会の品々が置かれている。多くはイコンで、たくさんのイコンが焼かれたが、被害を受けたものは展示したくないそうです。それを強調して見せて人の内面の憎しみを暴くべきではない。テレビは心の奥底にある憎しみを明らかにしても平和にはならない。テレビの映像は平和にすべきだという。ドブリラさんの知っているアルバニア人はいい人ばかりだという。悪い人もいるだろうが、それはセルビア人も一緒だという。
 この教会を作り、セルビア正教を創設した聖サヴァが描かれている。他の聖人はみな武器を持っているが、聖サヴァだけが違って十字架だった。彼は平和を説き、全てのセルビア人に迫害や争いをやめさせた。


テレビ番組「旅サラダ 2009年9月は熊田曜子さんでルーマニア、ブルガリア」

 トルコ航空で行ったようです。

●ソフィア
 人口760万人のブルガリアの首都。少し前まで社会主義国家だということを今はあまり感じられない。古くはローマ帝国、オスマン帝国の支配下にあった。ライオンがこの国のシンボル。建物が御伽噺のような姿。ブルガリアはヨーロッパで美女大国とも呼ばれている。街のあちこちで幸せになるから「青い首飾り」をあげるといわれたくらい心が暖まる国だったようです。

 「アレクサンダー・ネフスキー寺院(教会)」(住所:Sofia1000, Ploshtad Alexander Nevsky.、Tel:+359 2 988 1704、開門日:年中無休、開門時間:7:00〜19:00 )は、ブルガリア最大で最も美しいといわれる寺院。ブルガリア正教会はキリスト教の宗派の一つで、ブルガリアでは大多数の人が信仰している。ここには地下室があり、そこに、国中から集められたイコン(ギリシア教会でまつる、キリスト・殉職者などの画像)を展示する博物館がある。博物館の入場料は6leva (約450円)。
 もう一つは「聖ニコライ・ロシア教会」(住所:Sofia1000, Blvd.Tsar Osvoboditel. 3、Tel:+359 2 986 2715、開門日:年中無休、開門時間:8:00〜18:30 )は、アレクサンダー・ネフスキー寺院から歩いて10分ほどにある教会。5つの金色のネギボウズ型ドームと、エメラルドグリーンの尖塔が美しい。

 ソフィア中心部にある広場「国立文化宮殿」で案内人のラリツァ・ステファノヴァさん(31歳)と待ち合わせ。普段はテレビのレポーターをしている。
 青空市場「ジェンスキ・パザール」に行く。ヨーグルト専門店があった(住所:Sofia1000, Jenski Pazar、営業日:年中無休、営業時間:7:00〜19:00 )。ブルガリアのヨーグルト消費量は1人あたり年間32kgで世界一。ちなみに日本では5kg。ヨーグルトは1個0.60leva(約45円)〜。ラリツァさんおすすめの白地に青い文字のヨーグルト「Ky...」は1個0.80leva(約60円)。
 P.エフティミ通りは町一番の繁華街。地下の倉庫を利用して作られたコンビニは、膝下の場所に窓があり、ここで購入する。チョコを買いました。
 ブルガリアで最も美味しいと評判のピッツァの屋台のようなお店「ピッツァ・ナ・パルチェ」(住所:Sofia1000, Blvd.Vitosha.とBlvd.P.Evtimiのコーナー、営業日:年中無休、営業時間:10:00〜22:00 )は地下のコンビニのすぐそば。1個の大きなピッツァを10個に切り分けて売っている。1ピースが1.80leva(約130円)。ブルガリアではピッツァにはマヨネーズ、ケチャップ、マスタードをかけるのが定番。

 ローマ時代の遺跡の上に建つ5つ星ホテル「アリーナ・ディ・セルディカ」(住所:Sofia1000, Str.Budapeshta. 2-4、Tel:+359 2 8107 777 )で、レジデンス・ホテル。ロビーで若い女性たちのグループ「フィリップ・クーテフ合唱団」に特別に歌を歌ってもらいました。これが「ブルガリアン・ヴォイス」。この音楽は1977年に打ち上げられた無人惑星探査機ボイジャーの宇宙人に向けたオールデン・レコード?の中にも収録されている。
http://www.arenadiserdica.com/

●田舎
 毎年夏にはブルガリア中で黄色い絨毯のようなヒマワリを見られる。ブルガリアはバルカン半島の山々に囲まれている。教会の上、電柱の上にはコウノトリが巣を作っている。田舎の道では馬車が走る。

●ブルガリアのプロヴディフ
 ブルガリア第二の都市。街の中心にモスクがある。ブルガリアは19世紀終わりまでの500年間オスマン帝国に支配されていた。ここでは今年の「バラの女王」のポリーナ・ヴラジェヴァさん(19歳)が案内をしてくれました。初夏に行なわれる「バラ祭り」で今年女王に選ばれました。
 メイン・ストリート「アレクサンダー・バテンベルク通り」はパステル・カラーが美しい。ここにある「ソヴィニエール・ド・リムスキ・ルイーニ」(住所:Plovdiv, Str.AleXnder Batenberg、Tel:+359 895 489 636、営業日:年中無休、営業時間:10:00〜20:00 )は、日本でも大人気のバラのコスメが売られているお店。ブルガリア中で、このようにバラ製品を売るお店をみかける。
 女王のお勧めは「ローズウォーター(350mL)」3.00leva(約220円)、「ローズ香水」8.00leva(約600円)、「ローズ・ソープ」1.50leva(約120円)、「ローズ・ナイトクリーム」5.50leva(約400円)、「ローズ・シャワージェル(男性用)」6.00leva(約450円)。

 屋台風の「アイスクリームハウス・アフレッド」(住所:Plovdiv, Str.Gladston ?2、営業日:年中無休、営業時間:8:00〜22:00 )は、ブルガリアでは有名なお店。女王様が大好きなのは、「ヨーグルトのアイスクリーム」100g1.29leva(約90円)。他のアイスも同じ値段で街頭販売は全て計り売り。100g1.29leva(約90円)

 美しい石畳の旧市街を歩く。夕暮れ時。その先の断崖には「古代ローマ劇場」(住所:Plovdiv, Old city, Ancient theatre、Tel:+359 32 62 70、開門日:年中無休、開門時間:9:00〜17:30 )は、ローマ時代の半円形の劇場跡で、3000人が収容でき、現在もコンサートなどに使われている。入場料:3.00leva(約220円)。今回はタキシードの紳士たちがパッヘルベルの「カノン」を演奏していました。今晩演奏する「ソフィア・ブリステン」というブルガリア屈指の弦楽合奏団でした。指揮者はプラメン・デュロフ?さんは日本語で少し挨拶してくれました。2人のためにカノンを特別に演奏してくれました。この合奏団は45年以上の長い歴史と伝統を誇り、レパートリーはバロックから現代まで400以上。これまでヨーロッパをはじめ、ロシア、南北アメリカ、オーストラリア、中国、韓国、日本など国際的に活躍していて、2009年10月からは、東京・大阪他、日本各地で「名曲の花束」と題したコンサートツアーを行う。


●ブルガリアのスモーリャン地方のロドピ地方
 スモーリャン州はブルガリア南部でギリシャと国境を接する。ブルガリアの中でも80歳以上の元気なお年寄りが多いことで有名。長寿の秘訣の一つとして、自家製ヨーグルトを毎日食べていることだといわれている。
 山岳地帯に位置するロドピ地方で、自家製ヨーグルトの作り方をミルカーナ・ヨルダノヴァさんに教えてもらった。まず新鮮なミルクを取りに行く。この地方の牛からはとても高品質の牛乳が取れるそうです。このブルガルスカ・ロドバ・クラバ牛はジャージー牛とブルガリア純潔種の交配で生まれた牛。このミルクを煮て、作り置きのヨーグルトを入れる。この中にはブルガリア菌という乳酸菌が含まれている。毛布でくるんで2−3時間温度を一定に保ち、冷蔵庫で一晩熟成する。次はヨーグルトからジュースを造る。ブタルカという昔からの道具を使って、中にヨーグルトと水を入れ攪拌し、水分と脂肪を分離させる。意外とたいへんで押したり引いたりを繰り返す。ブルガリアでは喧嘩をした夫婦がこの作業をすると仲直りすると言われている。1時間で「アイリャン」というヨーグルト・ジュースができた。ヨーグルトの脂肪分はバターになる。これはパンに塗って食べました。
 ミルカーナさんは、ペンション「コンプレックス・ムレチェン・ドム」を経営していて、お客さんから希望があれば、自家製ヨーグルトなどの作り方を教えてくれる。今回作ったヨーグルトジュース「タラトゥール」は、ブルガリア料理屋さんに行けば、飲むことができる。

●スモーリャン州ロドピ地方シロカ・ルカ
 伝統音楽の村として有名で、人口はおよそ500人。案内はストヤンカ・テノヴァさん。健康を運んでくれるズドラヴェッツという草をプレゼントしてくれました。草を渡すのがブルガリア伝統の歓迎法。
 ストヤンカさんは「国立シロカルカ民族音楽芸術学校」(住所:4710 Shiroka Luka、Tel:+359 3030 333 )の校長先生。14歳〜19歳で現在135名の生徒ブルガリア中から学びに来ている。ブルガリアの民俗音楽を告ぎの世代に伝承するため、伝統音楽に特化した学校で、ブルガリアの伝統音楽を教えているのはブルガリアでここだけ。伝統楽器ガイーダは、羊の皮で作られたバグパイプ。
 民俗学を大切に守る「民俗学」と「民俗音楽」の特別保護区として国に指定されているシロカルカ村を、ブルガリア国民は「ブルガリア人の魂」と形容して大切に扱っている。

 ランチは村一番のブルガリア料理レストランでいただいた。「ホテル・カリーナ」の「メハナ・プリ・スラフチェフ」(住所:4710 Shiroka Luka、Tel:+359 3030 2675 )。ヨーグルトはブルガリアの食卓には欠かせないものとなっていて、ブルガリア料理はヨーグルトを使った料理が多い。「キャベツのサルミ」4.5leva(約310円)は、塩漬けのキャベツまたは葡萄の葉に、生米と挽肉と玉葱、ハーブを混ぜたものを包み煮込んだ家庭料理で、お好みでニンニクの効いたヨーグルトソースをつけて食べる。「キュフテ」1個1.2leva(約85円)は豚と牛の挽肉を7:3の割合で混ぜ、玉ねぎを加え、コショウなどで味付けした、ハンバーグのような料理で、ハーブやスパイスが効いている。「タラトゥール」2leva(約140円)は、ヨーグルトの冷たいスープ。チキンスープやミートボールのスープ、モツのスープなど温かいスープにもヨーグルトは使われている。タラトゥールでは昔から夏にスタミナと栄養をつけるためのスープとして食べられてきた。
http://shirokaluka-kalina.com/

 草原地帯でストヤンカさんが紹介してくれたのは、この地方の音楽。学校で出会った生徒さんたちがブルガリア伝統音楽をプレゼントしてもらいました。

●ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォ
 12世紀後半から14世紀までブルガリア王国の首都だった古都。人口7万人。ブルガリア人に人気の観光地で、上品で貴賓のある中世の街並み。案内人はヨリーナ・コストヴァさん(17歳)。
 オスマン帝国の支配が終わる19世紀末に、ブルガリアの伝統を残すために国中から職人たちを集めて作った職人街「サモヴォットスカ・チャルジア」を案内してもらった。どのお店も工房を兼ねている。
 陶器の店「ポッテリー・ワークショップ・ブレイク・アンド・バイ」(住所:Str.”G.S.Rakovski“, No.21, Veliko Tarnovo 5000、Tel:+359 899 120 636 )で職人さんの作業も見学。陶器の値段は5〜500leva前後(約350円〜約3.5万円)。
 すぐ近くに銀細工のお店「アルゲント」(住所:Str.”G.S.Rakovski“, No.23, Veliko Tarnovo 5000、Tel:+359 888 380 810、営業時間:10:00〜19:00(夏季は21時頃まで)、定休日:基本的に年中無休)があった。職人のトドル・クシュレフさんが説明してくれました。口を使ったバーナーは見事。銀細工の値段は5〜12000leva(約350円〜約82.6万円)。最も安い5levaは小さなアクセサリー、最も高い1.2万levaは大きな十字架。
 この職人街には、他にも鍛冶職人、織物職人など数十軒ある。

 夜に教会の建つツァレヴェッツの丘全体を使った「光と音のショー」が開催された。光と音でブルガリアの侵略と繁栄の歴史を表現し、観光客が希望した時にだけ1回400ユーロで行われる。お客さんは、丘全体が見渡せる「VIPルーム」に案内され、流れてくる音楽を聴きながら見ることができる。街にいると光っているのは見えるが、音楽はVIPルームでしか流れない。街の人も協力的で、家のライトを消したり、車も通行止めになる。これの予約やお問合せについては、ヴェリコタルノヴォ観光局、「光と音のショー」部門(電話:+359 88 686 0556)へ。


●ルーマニアのブカレスト
 国境を越えてルーマニアに入った。ブルガリアはおとぎの国だったが、ルーマニアはセピア色の国だった。人口は2150万人、面積は24万平方kmで、日本の本州とほぼ同じ。1989年の革命を経て現在はEU加盟国。今は、第一外国語は英語だが、かつてはフランス語だった。
 ルーマニアの南部に位置する首都ブカレストは人口およそ200万人の大都市。案内はオリビア・ペルギアヌさん。
 「凱旋門」は、パリよりも一回り小さい。第一次世界大戦の勝利を記念して1919年に建てられた。
 かつて「バルカンの小パリ」と称されるほど美しい街並みだったのだが、1989年の民主革命によって処刑された、チャウシェスク元大統領の独裁政権により、街の歴史的な建築物や、古い教会などは全て破壊され、共産主義の建物に建て替えられた。現在も、街には共産主義時代の建物が数多く残っており、同じ色をした巨大な建物が並ぶ。
 「旧共産党本部(現在は労働省)」で1989年12月、当時のチャウシェスク大統領の最後の演説がテラスで行なわれた。集まったおよそ10万人の市民からはブーイングの嵐が起こり、屋上からヘリコプターで逃走した。これがルーマニア革命の始まりとなった。人々が不満だったのは、当時のチャウシェスク大統領の独裁政治。革命により全国で1200人以上の犠牲者がでた。多くは社会を変えたいという農民だった。「革命広場」には革命の犠牲者のために建てられた慰霊碑がある。パリのシャンゼリゼを真似て作られた「統一大通り」は、権力を誇示するために作られ、本物よりも幅がほんの少し広く作られている。
 「国民の館(議会宮殿)」(住所:str.Izvor nr.2-4, sect.5, Bucuresti、Tel:+40-21-316-0300, +40-21-414-1111 )は贅の限りを尽くされた巨大な宮殿。故チャウシェスク大統領が総工費約1500億円を投じて作らせたという。部屋数は3000を超え、アメリカの国防総省ペンタゴンに次ぐ規模だという。当時市民は苦しい生活を強いられていた。当時は配給制で月にタマゴ7個、バター200g、肉1kgだった。そしてルーマニアは生まれ変わった。たくさんの観光客が訪れ、中も見学することができる。

 宿泊は「ラディソン・サス。ホテル Radisson SAS Hotel 」(住所:Calea Victoriei nr 63-81, bucharest、Tel:+40-21-311-9000、Fax:+40-21-313-9000 )は、2008年1月にオープンした高級5つ星ホテル。今回は最上階の「ジュニア・スイート」で、室料は1泊250ユーロ(約3.4万円)。この日はスペイン王子も宿泊していたとか。

●黒海沿岸
 黒海沿岸は国内最大のビーチ・リゾート。夏になると国内はもちろん、西ヨーロッパからもたくさんのバカンス客が集まる。大胆な水着の女性が多い。ルーマニアは今は自由と解放という言葉が似合っている。

●ブラン城
 ルーマニアにはカルパチア山脈が南北に横たわっている。ブラン城(住所:Str. General Traian Mosoiu nr. 28, Bran, Jud Brasov、Tel:+40-268-238-332 )はオスマン・トルコ帝国など他国からの侵略から守るために作られた城で、ドラキュラ城のモデルとなった。お城は典型的な中世の城砦で、1377年作られた。14世紀末、ワラキア公ヴラド1世(ドラキュラのモデルとなったヴラド3世の祖父)が、ここを居城としていた。中は博物館となっており、たくさんの観光客でいつも賑わう。
 ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」の舞台は、ルーマニア。15世紀に実在した、ワラキア公ヴラド3世、別名ヴラド・ツェペシュ(串刺し公)という人がドラキュラのモデル。当時、裏切り者や敵対していたオスマントルコの兵士を串刺しにしていたことから、串刺し公と呼ばれるようになった。ドラキュラは人の生き血を吸い、ルーマニア語でドラキュラは「悪魔」という意味も持つが、ヴラド・ツェペシュはルーマニアでは、国を守った英雄として称えられている。ルーマニア各地で、ドラキュラゆかりの地がある。
 ブラン城の門前町には楽しいお店(営業時間:8:00〜18:00、定休日:なし)が並ぶ。珍しいのは、ヒツジの胃袋に包まれているチーズ。1kg20Leii(約630円)。香り付けのためにモミの木の皮で覆われたものは1kg25Leii(約780円)。試食してみたら、アイパッチ?をしたお母さんが「プラムから作ったお酒」を飲ませてくれました。他にはドラキュラのマグカップ12Leii(約380円)。ウラド・ツェペシュのマグカップ、灰皿など15〜20Leii(470〜630円)。「ドラキュラの血」というワイン1本14Leii(440円)で、少し辛口。
 他にもドラキュラグッズが並ぶ。をはじめとし、チーズを売るお店、伝統衣裳を売るお店など様々なお店が軒を並べる。

●ルーマニアのシギショアラ
 ブカレストから北西に約300km、トランシルヴァニア地方の中心に位置する街。中世の面影を色濃く残し、城塞都市のひとつで歴史地区が世界遺産に登録されている。毎年7月には中世の祭りが行われる。
 街のシンボルは時計塔。案内はクリスティナ・ポンドルさん(34歳)と娘のアンドレア(17歳)、パウラ(14歳)さん。この街には吸血鬼ドラキュラにまつわるある観光地名所がある。
 「ヴラド・ドラクルの家(Casa Lui Vlad Dracul)」(住所:Str. Cositorarilor 5。Tel:+40-265-771-108、定休日:月曜日、営業時間:10:00〜15:30 )は、ドラキュラが生まれた家。14世紀に建てられ、1980年代からはレストランになっている。 薄暗い店内にはウラド・ツェペシュにまつわる絵画や置物が置いてある。お皿の上は赤一色。デザート以外にも、「伯爵の前菜」や「ドラキュラシチュー」などドラキュラにちなんだ料理があるが、今回はデザートをいただきました。「クパ・ドラクルCupa Dracul(ドラキュラ・カップという意味)」20Lei (約630円)はラズベリー・アイスにブドウや果物が入ったアイスクリーム。血が入ったように見せている。

 宿泊は、5つ星ホテル「フロニウス」(住所:13 Scolii street, Sighisoara zip 545400、Tel:+40-265-779-173 )で、世界遺産のホテル。街のシンボル時計塔が見える場所にあり、17世紀に建てられ、かつてフロニウスという名前の貴族の家で、火事で周辺の家々はほとんど燃えてしまったが、この家は残った。内観は、中世そのまま。「パトリシア・スイート」は室料1泊100ユーロ。
http://www.fronius-residence.ro/en/sighisoara_rooms_fronius.html

 14世紀に建てられた世界遺産の「山上教会」(住所:Str. 1 Decembrie 1918, Sighisoara, Jud. Mures、開館時間:10:00-18:00(夏季)、冬は閉館)は、街が見下ろせるところにあるプロテスタントの教会。 いつも日曜日にパイプオルガンが演奏される。
 ルーマニアには他国からの侵略のために、多くのドイツ人が移住してきた歴史がある。ここはドイツ人のために作られた教会。
 案内人のクリスティナさんのお宅を訪問。祖父のニコラエ・チェサルさんの家も。この家も世界遺産。ニコラエさんは時計塔を修理する時計職人。みんなで踊りも楽しみました。

●ルーマニアのシビウ
 トランシルヴァニア高原の南端に位置する古都で、12世紀にドイツ人によって開かれた街でヘルマン・シュタットと言った。東西の交通の要衝として栄えた、中世ヨーロッパ辺境の商業都市。2007年ヨーロッパ文化都市として選ばれた。赤い瓦屋根の家々が並び、中世の面影を残す。屋根には目のような小窓がついており、遠くから見張るためのものだった。目のような小窓は、シビウとシビウ近郊で見ることができる。案内はジェオルジェタ・ポパさん(大学生)。
 街の中心にある「福音教会」はドイツ人によって建てられたプロテスタントの教会。
 「うそつき橋(ポドル・ミンチノシロル)」は大広場から小広場に出ると、正面にかかる橋。シビウで一番古い橋で、うそつき橋と呼ばれる。恋人たちがこの橋の上で愛を語りあった時、うそをつくと橋が崩れるという言い伝えがある。
 ルーマニアで87%の人が信仰するルーマニア正教。「カトレダラ・ミトロポリタナ・スフンタ・トレイメ」(住所:Str. Mitropoliei, Sibiu)はイスタンブールの聖ソフィア大聖堂を模して作られているルーマニア正教の大聖堂。1902〜1906年の間に築かれた。毎日、朝と午後にミサが行われる。描かれているのは、キリスト、マリア、聖人たち、聖書の教え。イコンも多く置いてある。人々がイコンの前に祈りを捧げる。

●ルーマニアのシビエル村
 人口500人の小さな村。ジェオルジェタさんの両親(アレクサンドル、レギナさん)が経営するペンション「ペンシウネア・レギナ」(住所:Sat Sibiel Nr. 290, Jud. Sibiu、Tel:+40−269−552−559 )。ルーマニアの家庭料理がいただける。イコン画体験もできる。
 今回泊まった部屋は木の温もりを感じる部屋で、朝食・夕食付きで1人1箔30ユーロ。
 午後8時、食卓を囲む。自家製の野菜や果物を使った家庭料理。「スパ・ク・ガルシュテェ」はチキン・コンソメ・スープ。パスタの原料となる小麦粉をタマゴで練りこんだものが入っている。「サルマーレ」はお米が入ったブルガリア風ロール・キャベツ。ソーセージやチーズやワインまで自家製。
 イコン作りに挑戦。

●ルーマニアの世界遺産ドナウデルタ
 ヨーロッパを横断するドナウ川は、最後に黒海に流れ込む。その河口に6800平方kmにも及ぶ大湿地帯が、1991年世界自然遺産に登録された。ここには、3400種以上の魚に、300種以上の野鳥が暮らしている。ヨーロッパ最大のペリカンの群生地でもある。

 隣には2005年にオープンした5つ星ホテル「デルタ・ネイチャー・リゾート」(住所:Somova Parches Km.3, Tulcea、Tel:+40−372−408−000 )がある。自然に囲まれたリゾートホテルで、12ヘクタールの敷地に30個のヴィラがある。「自然とフレンドリー」をコンセプトに作られ、アメニティーも自然から作られたもの。ヴィラの他、プールやジム、ヘリポートまであり、目の前の湖は予約をすれば船で散策できる。今回の105号室「シングル・プレミュム(Single Premium)」は1人1泊朝食付き132ユーロ(約17700円)。週末は料金が異なります。
 朝、目の前に広がる大自然。湖畔にアフリカから渡ってくるモモイロペリカンを発見。
 夕方、ホテル・スタッフのアウルル・メヘテニイチュ?さんに船で湖を散策させてもらいました。ここでもドナウデルタ同様に300種類以上の野鳥が生活しているという。カワウやサギの種類が多い。1時間150ユーロ(約20100円)。空が波一つない湖に映っていました。午後8時過ぎ、エンジンを止めて自然の音に耳を傾けた。夕日もきれいでした。
http://www.deltaresort.com/


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん ハンガリーのショプロン」

 2009年8月29日放送。

●ショプロン
 人口5.7万人、オーストリアとの国境に近いハンガリーの町。戦争ではほとんど被害を受けなかったために、昔の建物が残る。600年前にできた火の見櫓がシンボル。高さ61m、昔は市民が交代で番をした。登ってみると、街が一望できる。
 旧市街を歩くと、変わった看板が多い。中世では文字が読めない人が多かったので、何屋さんかすぐわかるようになっていた。ゾウ、ライオンの看板があるが、これは当時住所がなかったので、通りを表わすための目印。

 「ミニタクシー」は観光用の貸切タクシー。1時間から貸切で、どこへでも連れて行ってくれる。先頭車が牽引する形で後部車には4人〜6人乗れる?1時間500?フォリント〜(約250円?〜)値段はハッキリ読めなかったので、自分で確かめてね!
http://www.mini-taxi.hu/
 20分でオーストリアとの国境まで行った。歩いて国境を越えられる。20年前に東欧が民主化する事件がこの国境の道路で起こった。8月に自由を求めて東欧の人1000人が国境を越えてオーストリアに逃亡した。その成功に勇気を得た東欧の人たちが各地で立ち上がりベルリンの壁崩壊のきっかけになった。

 世界的にも有名なブドウの産地で、これを利用した赤ワイン「ケークフランコシュ」も世界的に有名。それを楽しめるのが「シーザー・ピンツェ Cezar Pince 」1杯200フォリント(100円)ととっても安い。

 ネメット・ヨージェフ?さん(24歳)がお勧めしていたのは、夏の名物料理「フルーツスープ」880フォリント(440円)で、「ラシュピ Raspi 」でいただいた。材料はスイカ、モモ、梨、ミント、生クリームなど。

 この街ではやたらと歯医者の看板が目につく。ハンガリーは治療費が安く、国境が近いこの町には遠くから歯の治療に訪れる人も多いため、ホテル付の歯医者が多数存在している。イギリスと比べると半額なので、イギリスからも来るとか。全部で100軒ほどもあるそうです。

 新婚さんの朝ごはん。1軒屋に住むトブレ・カタリンさん(46歳)が作るのは、1品目「クルズットのオープンサンド」。たまねぎをみじん切りしてボウルに入れ、カッテージ・チーズとサワー・クリームを加え、粉のパプリカ、クミン、塩などを混ぜる。これをパンにたっぷり塗る。最後に生のパプリカをのせる。ハンガリーの朝の定番料理。
 2品目「レチョー」。パプリカはハンガリーが消費量が世界一。みじん切りしたたまねぎをフライパンでしっかり炒め、粉のパプリカをふり、生のパプリカ、トマトを加えて炒める。最後にソーセージととき卵を入れ、伝統料理の完成。
 3品目「ハンガリー風オムレツ」。野ブタのサラミを切り、フライパンで炒め、ときタマゴを加える。


テレビ番組「世界!弾丸トラベラー 鈴木杏さんでブルガリア」

 2009年7月25日放送。鈴木杏さん(22歳)はブルガリアでオリジナルのローズ・ウォーターを作りたい。ローズ・ウォーターは肌の活性化、香りのリラクゼーション効果があり、天然のバラだけで作られた今話題の化粧水。梨花さんは自信がない時に自信をつけてくれるという。エールフランス227便、2686便で日本から15時間。1泊4日の旅。

●予定
 1日目、21:55、成田空港発、AF277便。
 2日目、4:15シャルル・ド・ゴール空港着。10:10、シャルル・ド・ゴール空港発AF2686便、13:55、ソフィア・ヴラジテヴナ国際空港着。15:00、ヌフスキー大聖堂でガイドと待ち合わせ。16:30、カザンラクに移動。18:30、ガイドお勧めの場所へ。19:30、「バルガラン」でディナー。21:30、ホテルにチェックイン。
 3日目、6:00、ホテル出発しバラ畑に。7:00、バラ摘み、オリジナルのローズ・ウォーター作り。10:30、空港に向かう。14:45、ソフィア・ヴラジテヴナ国際空港発AF2687便、16:40、シャルル・ド・ゴール空港着。23:35、シャルル・ド・ゴール空港発AF278便。
 4日目、18:00、成田国際空港着。

●ソフィア
 雨でした。タクシーでアレクサンダル・ネフスキー大聖堂に。世界最大級の正教会の聖堂で、収容人数5000人。ブルガリアで最も美しいといわれている。金色のドームが特徴。ガイドはイヴァノフさん(20歳)で、日本語は堪能。

●カザンラク Kazanlak
 バラの谷にある町で、バラ一色。まずガイドさんのお勧めの場所「ダマスチェナ・バラ園」。ミレフさんが案内してくれました。約65種類のバラを栽培する、カザンラクを代表する観光名所。イントゥリーグとヒンスドライフをかけあわせたものがあったが、まだ名前はないものもある。一見バラとは思えない。「アゴラ」はバラ界待望の青いバラといわれ、世界中で話題になった。咲き進むうちに平開し、色も青みがかかる。3種類のバラ(マスカレード、ファウスト、カールハーブスト)を混合した「ハルシャシタ・ロザ」。杏さんにプレゼントされたのは、「ガルミャシタ・ロザ」。血の色に近いことから、別名「血のバラ」と呼ばれる。特徴は非常に香りが強いこと。

 地元で超人気のレストラン「バルガラン」で夕食。バラで囲まれた店内で食べられるブルガリア料理はどれも絶品。「ハイドゥシキ・シッシュ」(豚肉と野菜の串焼き)は来る時はフェンシングの剣みたいなのに突き刺してきます。ケバブですね。かなり美味しいようです。イヴァノフはピーマン嫌いです(笑)
「バラジャム入り自家製ヨーグルト」は、「ツェデノ・キセロ・ムリャコ」というヨーグルトに美肌効果があるバラ・ジャムをのせたデザート。

 ホテル「ヒサール・スパ・コンプレックス Hissal Spa Complex 」(4つ星?)に宿泊。充実したスパ施設を完備。約30種類のエステが楽しめる。観光客に人気の理由は、バラを使った様々なコース。ローズ・マッサージ・アロマ・テラピー・バラ風呂など。最高級のバラから抽出したローズオイルを使用。主成分はバラ油とアーモンドオイルで、肌を活性化させ、保湿効果を高める。ローズオイルを全身にすりこむようにマッサージ。ローズ・マッサージは85レヴァ(5500円)。

 翌朝、晴れていました。30分で目的地「ブラッタルス・カンパニー」に到着。「ブルガリアの香水」という名のバラの蒸留所で、様々なバラからできる加工品を作っている。タチアナさんが今回は指導してくれました。
 ブルガリアの民族衣装に着替えてから、カルッツァという馬車(というか荷台)に乗って畑に向かう。15分で到着。一面バラです。栽培されているのは、バラの女王と言われる「ダマスクローズ」。クレオパトラやフランス皇妃が愛した「バラの女王」。2万種類以上あるバラの中で最も香りが良いといわれる。花摘みは楽しいそうです。1時間で作れるだけの量を収穫。
 バラの工場に持ち帰り、カザンという蒸留装置を使って作る。カザンは17世紀頃から使われている伝統的なバラの蒸留装置で、バラの町「カザンラク」の名前の由来にもなった。まず、カザンにバラの花をそのまま入れる。カザン1台に30リットルの水を投入。薪を入れて火を起こし、バラの成分は水蒸気と混ざって筒を通り冷やされて、再び液体「ローズ・ウォーター」となる。加熱して30分くらいしてから出てくる。手に塗ってみると、スベスベになるそうです。


テレビ番組「にじいろジーン 地球まるごと見聞録 ザグレブ」

 2009年7月18日放送。

●ザグレブ
 パリを経由して14時間で到着。小高い丘と緑に囲まれたクロアチアの美しい都。人口80万人。空港からはダミル・ツルンコヴィッチさんのタクシーで市内へ。初乗りは300円、町の中心部まで30分。シンボルは大聖堂「聖母被昇天大聖堂」などの13世紀からの歴史的な建物。クロアチアは1990年代にユーゴスラビアから独立した新しい国。トミスラフ広場は四季の花々で溢れる。
 ザグレブ名物のケーブルカーは世界一短い。Zet Uspinjaoa と書いてありました。片道80円で青い車体。10人乗り?程度。丘の高さ約10m?所要時間30秒。
 にじいろガイドはイレナ・トバルロージャさん(28歳)。まずは市場に行く。「ドラツ青果市場」は赤いパラソルが並ぶ。この青空市場には近郊から新鮮な野菜がある。オリーブオイルもビネガーもドマチ。ドマチとは「自家製の食品」という意味で、健康志向のクロアチア人には大人気。少々高くても、手間隙かけたドマチが売れるそうです。一番人気はフレッシュチーズで1個200円。包装もされていないので、お客は容器持参で買いに来る。
 このチーズを使ったツウな料理がある。レストラン「ラグヴィッチ Lagvic 」で、伝統的な朝ご飯「シル・イ・ブルホニエ」をいただく。チーズにヨーグルトをかけて、野菜を食べる。  正午には毎日、大砲が鳴る。

 クロアチア生まれで世界的に有名なのは、ネクタイ。17世紀にクロアチアの兵隊が首元に結んだスカーフから生まれた。それを見たフランスのルイ14世が気に入って世界中に広まった。欧州ではクロアチア人という意味の「クラヴァト」と呼ばれている。その専門店「クロアタ Croata 」の一番人気はクロアチアの犬「ダルメシアン」の柄、9世紀頃使われていたグラゴール文字をモチーフにしたもの。電気の研究者ニコラ・テスラの柄もある。よりフォーマルな時はスカーフに近い太めのネクタイを着用するのが、クロアチア流。
 ネクタイの普及活動を行なう「クラヴァト・アカデミー」を訪問した。2003年にプーラという町の円形劇場に巨大なネクタイを巻いた時の写真がある。普通のネクタイの4.5万本分の布で、長さが808m、重さは450kg。何百人というスタッフが5日間かけて、ネクタイを結んだ。建物やバスや銅像にもネクタイを結んだ時の写真がありました。

 お昼は人気のレストラン「イストラ100%」。クロアチアはフランス、イタリアと並んで有数のトリュフの産地。マカロニのようなパスタを茹で、フライパンの上で贅沢に削ったトリュフをたっぷりのバターで炒め、そこにパスタを加えてからめ仕上げにチーズをかける。「トリュフ・パスタ」1600円。もう一つ人気なのは、エビと生ハムが入ったふわふわのオムレツの上にトリュフをトッピングした「トリュフのオムレツ」1000円。
 クロアチア流のツウなワインの飲み方。ワインと水のデキャンタが運ばれてきた。まず赤ワインをグラスに1cm入れ、水で倍に薄める。「ベヴァンダ」は赤ワインを水で割る飲み物。クロアチアではランチなどでさっぱり飲みたい時に利用する。「ゲシュミト」は白ワインを炭酸水で割ったもの。これは中世の頃から行なわれているとか。

 不動産屋「Kastel 」で、情報収集。山の手の高級住宅街の一戸建て。3LDK150平方mの家具付き賃貸住宅。広いテラスからの眺めがいい。1ヶ月の家賃は1.5万クーナ(25万円)。

●プリトヴィチェ湖畔国立公園
 バスで南に110km2時間半。大小16の湖と92箇所の??が、東京ドームおよそ4000個分の森林に広がる。エメラルド・グリーンの水辺の美しさを見に、世界中から年間90万人の観光客が訪れる。生態系維持のために、泳いだり、生物に危害を与えることは禁止されている。
 池の中の木が白くなっている。これを「石灰華」という。これに含まれているカルシウムとマグネシウムの成分が、エメラルド・グリーンの世界を生み出している。この周辺は数百万年前に形成された石灰岩地域。


テレビ番組「世界遺産への招待11 クロアチア」

 2009年6月15日放送。1000を越す島々と複雑に入り組んだ半島があるクロアチアのアドリア海沿岸。シベニクの大聖堂、スプリトの宮殿、ドゥブロブニクを船で巡る。NHK製作。

●スプリト
 人口22万人の都市。海岸通り沿いの大通りは地中海のリゾート地という感じ。旧市街の建物が続く中に宮殿がある。スプリト市観光局のヴェドラン・マトシチさんに案内してもらった。高い所から見るとわかるというので、ヘリで飛んだ。宮殿の中に一般市民が暮らしているので、わからない観光客が多い。広場の先に一際古い建物が見える。宮殿テラスと呼ばれる建物。これは皇帝が市民に挨拶をするための舞台となっていた。西暦305年に建てられた。テラスを飾るのは、皇帝がエジプトから持ち帰ったスフィンクス。北アフリカ一帯を支配した大帝国の力を誇示している。地下はほぼ完璧の形で残っているという。200人近くを収容できる地下の大広間。石を積み重ねた柱は周囲5mにも及ぶ。皇帝の宴会場として使われていたらしい。皇帝専用の浴室もある。宮殿を建てたディオクレティアヌス皇帝(在位は284-306年)は、自ら皇帝の座を退いて、この地で余生を送った。宮殿は5世紀、ローマ帝国の滅亡と共に廃墟となった。
 7世紀に、難民たちが攻撃的な人たちから逃れてここにやってきた。ここの石で家を建てて新しい町を作ったという。今でも遺跡の階段にクッションを置いてカフェテラスにしたり、有効利用されている。この門の横にはホテルも建っている。宮殿内には銀行もある。中にはローマ時代の柱もそのまま残っている。あるブティックでは、床に宮殿の石をはめこんでいる。
 キリスト教のお祭り「聖ドムニウス祭」。スプリト大聖堂の中は、中世の古い祭壇や十字架が並ぶ。大聖堂の管理人のイヴィツァ・ツルノゴラツさんが説明してくれました。今は大聖堂だが、元はローマ皇帝の霊廟だった。

●シベニク
 白い聖ヤコブ大聖堂が建っている。青い海に映える白亜の大聖堂。それを美しく見せているのはドーム状の屋根。これはルネサンス様式で、1555年に建設された。大聖堂の壁に珍しいものがあるという。顔が72描かれているが、その当時の市民。昔は聖人の姿しか描かれなかったが、初めて市民の顔が描かれた。全ての市民の代表として飾られた。
 他の街はローマ人が作ったもので、大きな聖堂があった。シベニクはクロアチア人が作った街だが、小さな聖堂しかなかった。15世紀に大聖堂の建築が決定し、有能な建築家を探していた。コーライ・ダルマティナツはクロアチア出身でイタリアで才能を開花させていた。人々はお金を出し、自らも労働してダルマティナツに協力した。こうして100年かけて完成した。当時最先端を行くルネサンス様式を取り入れたもの。ダルマティナスは市民に感謝し、この町を愛した。だからみんなの顔を彫刻にして大聖堂の壁を飾った。
 シベニク守備隊隊長のヨシコ・ババチチさんは、1991年クロアチアの内戦で町を守った。町は包囲され大聖堂のドームも傷ついた。終戦後にミロスラヴ・シュクゴールさんはドームを修復した。

●ドゥブロブニク
 アドリア海の真珠と呼ばれる。ここも内戦で大きな被害を受けた。壊滅的な被害を受け、危機遺産となった。7年かけて市民は町を復興させた。
 14世紀から栄えた海洋交易都市だった。町の中心の石畳の大通り「プラツァ通り」は、鏡のように反射している。多くの人が行き交った。この輝きはいかに街が繁栄を極めたかを物語る。大国に支配されることなく、400年以上も独立を守りつづけた。上下水道などインフラも充実し、16世紀頃のヨーロッパで最先端の都市国家だった。2km四方の小さな町を城壁で囲まれている。
 ロヴリェナツ砦の壁に繁栄の秘密が書いてあるという。それはドゥブロブニクの人が大切にしてきた言葉「どんな黄金に換えても、自由を売り渡してはならない。」自由というリベルタスという言葉はドゥブロブニクでは特別な意味があるという。15世紀頃、オスマン帝国が勢力を拡大した。城壁を増強したが、武力を放棄した。ではどうして生き延びたのか?古文書館(スポンザ館)に資料が残っていた。オスマン帝国に毎年金40kg(今では130億円)を支払っていた。ヴェスナ・ミオヴィチさんが説明してくれました。またオスマンの皇帝が「ドゥブロブニクはどの国とも自由に交易ができる」と認めた。その記録も残っている。ドブロブニクの船に掲げられた旗には、リベルタスと書かれていた。町を守るという伝説の騎士「ローランドの像」がある。町の自由の象徴となっていて、像の前では毎月、選挙の結果や議会で決まったことが発表されている。

 ドブロブニクで昔から歌われている歌がある。
♪麗しく、愛しく
 香ばしきかな 自由よ
 ドゥブロブニクのただひとつの印
 すべての金銀
 いかなる命をもってしても
 自由の清き美しさには
 かなうまい

 この詩は国中に広く伝えられ、クロアチアの人々に愛されつづけている。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん クロアチアのドゥブロヴニク」

 2009年5月16日放送。ビデオが不調でした。

●ドゥブロヴニク
 「アドリア海の真珠」と称される。ブルッサリェ地区には大きな城壁がある。ドゥブロヴニクの街は城壁に囲まれている。
 オゥトプーチャの青空市場。自分で考えた調理器具を売っているオジサンがいた。キャベツの千切りが簡単にできる皮むきや、ジャガイモがらせん状にくりぬける料理器具などが並んでいた。
 ホテル「プチチ・パレス」のあるプラツァ通りに面した建物のドアが不思議な形をしている。これは共和国時代の名残で、当時はドアの形が決められていたため。
 イケメンが紹介してくれたのは、定番スイーツ「マカロニ・ケーキ」で、一度茹でたマカロニにチョコクリームを混ぜたもの。断面にはマカロニの穴がポコポコある。
 「フランシスコ会修道院」の中に突然壁一面が真っ白な部屋がある。中に入って聞いてみると、何と世界で三番目に古い薬局がある。ここでは、最近は中世のレシピで作ったコスメなどが人気。

 新婚さんの朝ごはん。市内に住むレミさんが作るのは、1品目「グレガダ」。耐熱トレイに白身魚を並べ、切ったジャガイモ、レモン、ネギ、パセリを敷き詰める。これにオリーブオイル、白ワインをかけ、ミックス・ハーブで味付けし、オーブンで約40分焼く。
 2品目「タコサラダ」。タコを切って茹で、切った玉ネギ・ミニトマトを加え、ケッパー、パセリ、オリーブオイル、ホワイト・ビネガーを加え、全体を混ぜ合わせる。最後にレモンの絞り汁、塩胡椒をかけて完成。
 3品目「オレンジとイチジクのクレープ」。卵、小麦粉、塩、牛乳を混ぜ合わせ、生地を作る。これを油を敷いたフライパンで焼き上げ、切ったイチジク、オレンジをこれで包む。ハチミツをかけ、ミントをのせて完成。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん ブルガリア共和国プロヴディフ」

 2008年10月25日放送。

●プロヴディフ
 首都ソフィアの東南東、国のほぼ中央にあるブルガリア第二の都市。人口35万人。ソフィアから電車で2時間。美人の多い町として有名。交通の要所として栄えてきた。2000年前のローマ時代の遺跡(劇場跡)もある。町の真中にイスラム教の礼拝堂がある。
 人が集まっているところがある。「デュネル・ケバブ」の店で2レヴァ(130円)。ドネル・ケバブとほぼ同じで最後はヨーグルト・ソースをかけたサンドイッチです。
 旧市街には3000年前から賑わっていたという跡がある。ろくろを回して陶器を作っている人がいる。目のまわりに波がある模様はブルガリア独特。波は孔雀の羽を表わしている。水を少し入れて吹くと鳥の鳴き声になる陶器もある。
 アレクサンダル通りは現代風。美人が多い。
 郊外の「トドロフ Todoroff」という町に「美人になる素」があるという。ヨーグルトで、毎日食べて便秘もしないという。食べた後はヨーグルトをお肌に塗ります。お婆さんも83歳と思えないほどきれいなお肌でした。
 トドロフはワインの産地でもあるので、ワインを使ったエステがある。「ワイン・エステ」はブドウの皮や種から取れる栄養素に、ヨーグルトなどの美容成分をワインで溶いて体に塗る。最後はワインの樽でできたジャグジー(ジャクージ)。ここでもたっぷりワインを入れます。ワイン・エステ&スパは、75分80レヴァ〜(5400円〜)

 ストヤン・カツァロフさんが紹介してくれたのは、日本人なら誰でも知っている銅像。桃太郎さんの銅像が公園の中にあった。岡山市と姉妹都市のために記念に贈られたそうです。犬の耳を触るといいことがあるそうなので、みんな触っています。

 新婚さんの朝ごはん。郊外の一軒屋に住むナデジダ・ミトレヴァさん(26歳)が作っているのは、1品目「パニッツァ」。自家製ヨーグルトを卵とペタ・チーズに加えて混ぜる。ヨーグルトを練りこんだ生地の上に少量かけ、くるくる巻いて耐熱皿に隙間なく詰める。オーブンで30分焼く。
 2品目はこの町の伝統料理「ロゾヴィ・サルミ」。たまねぎ、にんじんを細かく刻み炒める。生のお米を入れ、クミン、胡椒、塩などで味をつけ、茹でたブドウの葉で巻く。これはサルミという。鍋に入れて茹でる。ソースはヨーグルトににんにく、パセリ、塩を加えてよく混ぜお皿にたらす。これにサルミをのせる。酸味の効いたヨーグルト・ソースが味のポイント。
 3品目「スパ・トプチュタ(ミートボール入りスープ)」。挽肉に香辛料のミックスと塩を加え、少量を手に取って丸め、可愛いミートボールを作り、お湯の中に入れ、細かく刻んだジャガイモ、ピーマン、にんじん、たまねぎも入れてしばらく煮込む。ヨーグルトに卵と塩を入れてよく混ぜて、鍋に注ぐ。最後にオレガノやパセリで風味をつける。


テレビ番組「にじいろジーン 世界ぐるぐるジーン ルーマニアのブカレスト」

 2008年10月11日放送。

●ブカレスト
 トルコ航空でイスタンブールから1時間25分。東ヨーロッパで唯一のラテン系民族で、陽気で明るい国民性。路上駐車がとても多いのは、駐車場があまりないため。1989年の民主革命から約20年。昨年EUにも加盟し、国際的にも成長著しい国。共産主義時代の面影も残す。旧共産党本部、チャウシェスク元大統領が築いた巨大な宮殿「国民の館」。凱旋門もあります。
 ブカレスト大学の周辺の町は若者たちで活気に溢れている。街角には古本を売る露店がずらりと並ぶ。緑豊かな公園が多い町。
 市内の住宅地に住むオリビア・ベルギアヌさん(49歳)の夫のアラルドさんは旅行会社を経営。1男1女の4人家族で2階建1軒屋の1階部分がマイホームで、5LDK200平方m。
 青果市場の野菜はほとんどが有機野菜。効率優先の農業をしてこなかったため。キャベツ1kg75円(日本は150円)、オクラは450円(日本1500円)。
 子供たちが紹介してくれたのは、堅焼きスナック「コブリッジ」で、安くて美味しい。お店は「Patiserie Comenzi 」と書いてありました。塩味のビスケットのような食感で、見た目がプリッツェル。1本およそ25円で主食にもおやつにもなる。
 美容クリーム「ジェロビタール Gerovital」はルーマニア人にとって大事。ルーマニア国立加齢科学研究所では、1950年代からアンチ・エージングが科学的に研究されていて、ジェロビタールもその一環として開発された。
 昔首相官邸だった建物がカフェになっていて人気。フルーツ・ティー300円。日本の急須みたいなのに入ってきます。約100種類のお茶が楽しめる。長男は急須に砂糖を4杯入れてました。

 郊外の学校に行ってみた。野球+ドッジボールみたいな「オイナ」というルーマニアの伝統スポーツを子供たちがやっていた。1チーム11人で、14世紀発祥のスポーツ。

 130年前に建てられたブカレストで一番有名なビア・ホールに行く。看板には Caru cu Bere 」と書いてありました。豪華なレストランのように思える。3年前にリニューアル・オープン。1リットルのビール・ジョッキ。毎晩ルーマニアの伝統的ダンスも披露されます。
http://www.carucubere.ro/

 夕食は伝統料理の「サルマーレ」というロール・キャベツ。キャベツを塩の入ったお湯に浸して2日間発酵させ、酸っぱくしたものを使う。ルーマニアでは酸っぱいキャベツで作るのが常識。刻んだたまねぎとお米をあわせてフライパンで炒め、色どりのためのパプリカを加え、挽肉と混ぜ合わせ、ロールキャベツの中身とする。キャベツで包み、鍋に敷き、トマトを加えて鍋を火にかけ、2時間煮込む。特別な記念日に欠かせない料理です。ロール・キャベツにはサワー・クリームをかけて酸味をプラスして食べる。


テレビ番組「にじいろジーン 世界ぐるぐるジーン ブルガリア」

 2008年8月30日放送。

●ソフィア
 西ヨーロッパとは一風変わった建物が多い。キリスト教の教会も東方正教会。人々は毎日参拝する。

 少し郊外に行くと田園風景。ひまわり畑もある。郊外の村に住むルイザ・ルメノヴァ・ゴルチェヴァさん(28歳)の家族は長女アイリンさん、祖母リリアさん、夫はダニエル・スラチェフ・スラチェフさん。伯父さん一家も同居している。4階建4LDK450平方m。別棟で朝食だが、ヨーグルトがある。食べる量は世界一とか。食べた後は顔に塗って、古い角質を取るそうです。残ったものは牛乳の中に入れて自家製ヨーグルトにする。混ぜる時は唇をすぼめてチューとします。布などに包んで半日置いて完成。
 ヨーグルトパックは10分パンの上に置いて水分を取り、ブルガリアのバラで作られたローズウォーターなどを加えて混ぜ、顔に塗るだけ。
 ノーの場合は首を縦に振り、イエスの場合は横に振ります。
 また、伝統の歌と踊りは国民の誇りでもある。
 ユージェン・パークというソフィアで一番大きくてきれいな森林公園。子供向きの遊具もある。芝生の上でランチタイム。パンには塩とハーブの粉をかける。チーズにもかけるそうです。
 街の歩行者天国。ブルガリアは「世界で一番美人の多い国」と言われている。昔からいろんな国の民族が混じりあってきたかららしい。
 地下室が多かったので、地下のお店がある。みんなかがんで買っていく。家賃が安いからうまく利用しているそうです。
 大きなコウノトリの巣がある。ここではコウノトリが巣を作る街は反映すると言われている。数が減ってきているそうです。特に3月に出会うと幸運とされている。その時は紅白のヒモを木に結べば健康に過ごせるといわれている。

 ショッピング・モールで買い物。トマトは1kg110円(日本は630円)、キャベツ35円(日本170円)。ヨーグルトは1回3.5リットル程度買うそうです。
 帰りには水を汲む。ブルガリアは温泉が豊富で、いろいろな場所で湧き出している。無料で温泉を汲める場所があるので、みんなが利用している。
 夕食は「スネジャンカ」というヨーグルト・サラダ。ニンニクをすりつぶし、ヨーグルト、キュウリ、クルミ、ハーブ、塩を加え混ぜ合わせる。「カヴァルマ」は伝統的な家庭料理で、家によって味や作り方が違うそうです。野菜と甘味とトマトの風味が味を引き立てるそうです。
 パフティは銀細工を施した民族衣装につけるベルトで、代々受け継いでいくもの。


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 ルーマニアのマラムレシュの木造教会」

 2008年7月26日放送。守本奈美アナウンサーが案内。ルーマニアの北端マラムレシュにはヨーロッパで一番高い木造の教会がある。村々はカルパチア山脈の麓に点在している。世界遺産には8つの村にある木造教会が登録された。

●マラムレシュ
 ブカレストから午後6時50分発の夜行列車で北へ600km、10時間。さらにバスで1時間、人口2400人のシュルデシティ村に到着した。5月末に訪問しました。伝統的な牧畜と農業で暮らしており、ほぼ自給自足でした。
 山道で会ったお婆さんに羊のチーズをいただきました。林の中に教会の塔が見えました。門も木造で彫刻がありました。聖大天使教会は高さ72m、1767年に建造。材料はモミの木、屋根板の形はツバメの尻尾と呼ばれ、マラムレシュ独特のもの。この地方の木材だけで作り上げた。ルーマニア・ゴシックと呼ばれている。木の素朴感をそのまま使っている。
 中は天井にまで絵が描かれている。無名の農民画家が描いている。キリストは光であると聖書に書いてあるので、キリストは光となっている。司祭のイオアン・コズムツァさんが説明してくれました。壁に白い服がかけてあるが、村の女性が作ったものを寄付している。塔に上がってみたら、斜めの木材で塔を支えていた。11年間乾燥させた材木を用いている。凹凸をつけてはめこんであった。一番上には鐘がある。朝、お昼、夜8時に鳴らすそうです。

 間もなく結婚式を挙げるというガブリエラ・ブダさん(21歳)に話を聞いた。裏庭では家族が豚をさばいていました。父のイリエ・ブダさんが注いでくれたのは、強いお酒でした。生の豚肉も食べましたが、おいしいそうです。母のイラーナ・ブダさんから羊のチーズが入ったお菓子もいただいた。お肉は特別な時だけに食べるようです。この日はソーセージを作っていました。女性は地鶏の卵を使ってデザートを作りました。400人分作るそうです。
 ローマ帝国の皇帝トラヤヌスが作った柱「トラヤヌス記念柱」の複製がある。そこにはダキア人と書いてある。2世紀にローマはダキア人を攻略した。ローマ人はダキア人を「山にくっついている人々」と表現した。ダキア人は森に住むオオカミを信仰の対象にしていた。
 民家でも立派な木造の門の家がある。清めの門で、生命の木は天と地をつなぐ。縄は結束と友情、丸と十字架は十字架が刻まれた聖なるパンを表わす。門の上には太陽、その上には「オオカミの牙」が守っている。
 ガブリエラさんの兄ギョルゲさんの馬車で山の上に行く。1時間半で到着。イリエさんは夏の間は山の上に住み、羊のチーズを作る。夜6時に200頭の羊が帰ってきた。1日2回羊を移動させ、朝、昼、晩と乳を搾る。羊の乳は量が少ないが、乳脂肪が牛の3倍だそうです。今回は25リットル取れました。液を入れ、火の傍で15分。ミルクが固まったら、ゆっくりかき混ぜる。最後に布にとり水分を取る。太陽が真っ赤に沈みました。羊飼いはオオカミが羊を襲わないように見張るから、よく眠れないそうです。
 翌日、村人がとても大切にしているモミの木を見せてくれました。モミの木はまっすぐ伸びるし、緑なので、永遠を意味する。普通の暮らしが永遠に変わらないことが一番だと言います。8つある世界遺産の教会のうち、昔ながらの礼拝が行なわれているのは4つだけ。

 毎週日曜日の礼拝、入りきれない人たちは外で祈る。独特の信仰となっている。
 新郎のイオネル・プッツさん(27歳)は森のモミの木を2本切り、枝を馬車にのせ、持ち帰った。
 結婚式当日、新郎が親戚に付き添われて教会に来た。次は新婦のガブリエラさん。誓いの言葉の後に、教会の中を新郎新婦は3回歩く。
 夜8時、村の公民館で披露宴が開かれた。新郎が切ってきたモミの枝は、村人を迎える門になっていた。500人近くやってきて、みんな朝まで踊る。


テレビ番組「地球街道 桜井幸子さんでブルガリア」

 2008年7月19日、26日放送。ブルガリアはバルカン半島にあり苦難の歴史を持つ。トルコによる支配、2度の世界大戦の敗戦、社会主義体制。

●ソフィア
 年々活気を増している。ジェンスキ・バザールに行く。きれいな陶器があるが、全て手作り。トロヤン焼き。水を入れて吹くとピヨピヨとなる器もある。ヨーグルト屋さんもある。食べてみると濃いそうです。羊のものです。
 ここから国道6号線を東に走る。かつてこの道はバルカン半島を黒海に抜ける重要な通商路だった。

●コプリフシティツア
 ブルガリアで最も美しいと言われる町が、国道6号線の少し南にある。路地は石畳で、石壁が続く。イスの敷物を編んでいるお婆さんがいた。2階部分が木造で大きくせりだした家がある。築200年の元豪商の家。突き出した部分は応接室でした。隠し部屋もある。トルコ統治時代は盗みなどが横行していたそうです。

●トロヤン地方テルジイスコ
 バルカン山脈にあるトロヤン焼きの故郷。工場長のドチョ・トドロフさんの小さな工房を訪ねた。400年の歴史を持つというトロヤン焼き。トトゥカ・ストイコヴァさんが彩色していました。まずロクロを使って何色もの色をのせ、器の淵にリズミカルに垂らし、竹ヒゴで色を崩し、3本の針金で筋を入れる。4分半で完成。桜井さんもやってみました。

●ペイナ
 バルカン山脈を北に越え、国道4号線を東に向かう。宿に行くが、丘陵だけで、宿が見えない。バルカン山脈を越える交通の要所で、昔ながらの旅籠が点在している。わずか6世帯しかない小さな村。庭には鶏と犬の鳴き声。ゲンチョ・ベネフ、ペリスラバ・モラブレヴァさんのお宅は、140年前からの旅籠。1人1泊朝食付きで50レヴァ(4500円)。

 室内は昔の感じの部屋。トロヤン焼きのミルク入れが置いてあった。ヨーグルトはいつも自分で作っている。残りと沸騰させて冷ましたミルクを素焼きの壷に入れ、布に包んで温かい場所に3時間置く。これに水を入れたドリンクは、塩と胡椒を入れて飲む。「カタック」はヨーグルトと白チーズを混ぜたサラダ。「ムサカ」はヨーグルトに卵、小麦粉を混ぜたものを肉やじゃがいもの上にかけてオーブンで焼いたもの。長女のフリスディナ・モラブンヴァさんも作るそうです。
 食後にみんなが民族衣装を着て集まってくれて踊ってくれました。

●ヴェリコ・タルノヴォ
 ブルガリア中部北の拠点。人口10万人、中世に栄華を誇った第二ブルガリア帝国の都だった。ブルガリアの心の故郷とも言われている。さくらんぼを採っている人がいた。コンポートやジャムにするそうです。ツァンカ・ステファノヴァ・コセヴァさんは二階からきれいな景色を見せてくれました。
 ニコラ・ピコロ通りはブルガリアの伝統技術を受け継ぐ職人たちの町。仕事ぶりは通りから眺めることができる。緻密な銀細工を作っていたのは、トドル・クシュレフさん。とっておきの作品は教会における十字架で、1900レヴァ(17万円)で、半年かかったそうです。極細の針金を作り作品を作っていきます。粘着剤でつける。

●アルバナシ
 5月と6月は1年のうちで最も雨が多い季節。
 トルコ統治時代に特権階級が住んでいた街。ブルガリアで屈指の美しさを持つ教会がある。平屋建風のいたって素朴な外観の生誕教会。中は天井やハリや壁が美しいフレスコ画で埋めつくされている。教会全体で3500人の人物が描かれている。トルコが支配していた16世紀後半に建てられた。抑圧されたブルガリア人たちの敬虔な信仰の場だった。

●バラの谷
 北緯42度、東経25度、ブルガリアの中央部、何万本ものバラが咲いている。毎年5月〜6月にかけて巡ってくる。ヴェリコ・タルノヴォから南へ90kmの道はかつては交通の難所だった。標高1306mのシプカ峠からは、今回は雨のためにバラの谷が霧で見えない。
 人口1300人の村「ロゾヴォ」にやってきた。ロゾヴォとはバラの村という意味。公民館では年に1度のバラの収穫祭が行なわれていた。雨が降っていても中止にはしない。祭りの後に1軒の農家を訪問した。ナタリア・ゲオルギエヴァさん(7歳)のお宅。部屋にはバラの花で作った自家製ポプリが香る。母のテオドラ・ゲオルギエヴァさんが手につけたのは、ローズ・ウォーター。おばあさんのナンカ・ディモヴァさんが珍しい「バラ・ジャム」を持ってきた。ローズティー、バラのお風呂など。
 服を貸してもらって、翌朝にバラ摘みを手伝いました。ここに植えられているのは、ロサ・ダマスケナという世界最高に香りのよいローズ・オイルが取れるバラ。バラは全てローズ・オイルとローズ・ウォーターを採るために栽培されている。その全てを手で摘むがコツがある。首のところを曲げて、持ち上げるようにする。日が昇ると花が開き、オイルが逃げてしまう。ナンカさんがバラ摘みの歌を歌ってくれました。2時間かけて花摘みが終了。
 収穫したバラの花は蒸留所に運ぶ。ローズオイルとローズウォーターに分離される。120個の花からローズオイルは1滴。


テレビ番組「THE 世界遺産 クロアチアのプリトヴィツェ湖」

 2008年6月29日放送。青い湖としぶきをあげる滝。独特な地形は清らかな水によるもの。

●プリトヴィチェ
 ブナやモミの原生林を映す湖。ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境が近いクロアチアの山間部。最北源の湖はプロトシェチアンズ?湖(全く読めず)などの16の湖からなる。これらは川の流れの途上にできたもの。湖から湖へ水が流れていく。滝は主なもので90ある。最も上流の湖から下流の湖まで高低差は150m。湖が階段状になり、無数の滝で結ばれている。湖底が見え、多くのマスが泳いでいる。
 落差28mペリキ・プルシュタフチ滝(大きなしぶきの意味)はプリトヴィチェを代表する美しい滝。
 水が澄み切っているのは、地下水源から湧き出る水のせい。大地に降った雨は長い年月をかけて浄化される。このあたりは石灰岩の地層なので、水は豊富な石灰岩を含む。湖底を見ると白い壁のような塊が沈んでいる。これは石灰華と呼ばれ、水の石灰分が沈殿し積み重なったもの。石灰華は温泉の湯の花も含まれる。石灰分がコケやバクテリアにより沈殿するので、その速度が極めて速い。絶え間なく析出し、ダムとなり川をせき止める。そのために段々畑のような湖が出来上がった。かつての流れの痕跡が残っている。マヤ・ウノルネク?研究員が説明してくれました。30万年かけて湖は作られた。
 野性の動植物の宝庫でもある。マダラサンショウウオなど。植物も1000種を越える植物が見つかっている。1949年にユーゴスラビアで国内最初の国立公園に認定された。環境保全に働き、遊歩道などを整備した。1979年世界遺産に登録された。
 かつて人々はプリトヴィツェの16の湖を女王の涙に例えた。
 1991年旧ユーゴスラビアからの独立をめぐる紛争が勃発した。プリトヴィチェはセルビア勢力の手におち、1992年ユネスコは危機遺産に指定した。コラナ村には水車がある。シュブリャリッチ?さん一家はトウモロコシの粉をひいている。娘さんを戦争で亡くしました。1995年クロアチア軍はプリトヴィチェを奪還し、その夏に争いに終止符が打たれた。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん ルーマニアのブラショフ」

 2008年5月31日放送。トルコ航空でイスタンブール経由でブカレストまで14時間半。そこから電車で2時間半で到着。

●ブラショフ
 ルーマニアのほぼ中央、カルパチア山脈にある。美しさは「山に咲く一輪の花」に例えられる。ある教会はルーマニア人にとってとても大事な場所。中はルーマニア最古の小学校で、1495年に教会の付属施設として建築。校舎は1760年に再建された。今は博物館となっている。200年前の教科書には日本のことも書いてある。
 広場では重さが1kgある鉄の棒を空に投げて取る「男の儀式」をしていた。200年続く儀式で、踊りと音楽でテンションをあげてやるという。
 中央にあるスファトゥルイ広場はきれいで、みんなのんびりしている。ゲンチャン・ジャンニさんが紹介してくれたのは、この町で生まれたおいしいスイーツ。「レストラン・シルル・バミ Sirul Vamii」でいただいたのは、パパナシュというドーナツ。チーズが入っている。コテージ・チーズに小麦粉、砂糖などを混ぜたもの。酸味が効いているので、普通よりもさっぱりしている。15レイ(600円)。ジャムとサワークリームをつけて食べます。

●郊外
 周辺では馬車が現役。みやげ物屋さんに行く。可愛い民芸品がある。ドラキュラのグッズもある。600年前に建てられた近くの城「ブラン城 Castolul Bran」に行く。ドラキュラのモデルのウラド・ツェベシュは15世紀にトルコ兵を串刺しにしたと言われる。
 お城の中に入ると、明るい部屋が続く。ウラドはこの城には住んでいなくて、祖父が住んでいた。近くのレストラン「ドラキュラ・ハウス」も人気。まずは「血のスープ」でトマト味。「串刺しプレート」など。

●ブラショフ
 中心のマンションに住むロリンツ・クライラ・ビアンカさんが作るのは、1品目「卵のサラダ(サラタ・デ・イクレ) Salata de Icre 」。にしんの卵(数の子)にサラダ油を少しずつ加えながら、しっかりかき混ぜる。白くふんわりとなったら、レモン汁とみじん切りにしたたまねぎを加えて軽く混ぜたら完成。パンやクラッカーにつけて食べる。
 2品目「ハムのパスタ」。自家製ハムを薄切りにして、耐熱皿に茹でておいたパスタを入れ、ハムをのせる。これを2度繰り返して、層を作る。サワークリームをたっぷりかけて、オーブンで30分焼く。
 3品目「リンゴ入りクレープ」。リンゴの皮をむき、おろし金で細かくする。小麦粉、卵、砂糖を容器に入れクレープの生地を作る。これをリンゴとあわせてしっかりなじませ、フライパンで薄く焼く。


テレビ番組「にじいろジーン 世界ぐるぐるジーン ブダペスト」

 2008年4月19日放送。ルフトハンザで行きました。

●ブダペスト
 街の中央をドナウ川が流れ、西のブダ地区と東のペスト地区からなる。間はくさり橋で結ばれ、1200年前に開通したブダペストのシンボル。この街はドナウの真珠と称えられる世界遺産。
 海がないので、国内に100箇所以上ある温泉が市民の憩いの場。セーチェニ温泉など温度が35度程度しかなく、水着でプール感覚で入る人が多い。
 ヴァッシュ・イルディコさん(38歳)のお宅を訪問。夫はカジュク・ベーラさんで3人の息子と1人の娘と暮す。3LDK120平方m。健康のためにみんな温泉水を飲む。市内の温泉水売場で1リットル25円で売っている。ルービック・キューブはハンガリー人の建築家エルノー・ルービック博士が発明したもの。昨年ブダペストではルービック・キューブ世界大会が開催された。
 ハンガリーでは医師の診断があれば温泉が無料。ハンガリーでは犬も人と同等に扱われるので、愛犬のロッティーも犬の地下鉄の写真入りの定期券がある。
 中央市場に行く。フォアグラは1kg2700円(日本は12600円)、生産量世界一のことだけはある。カラフルなパプリカがずらりと並ぶ。乾燥させたものは唐辛子の姿に似ている。粉にしたものもある。
 市内にはキノコ鑑定士がいて、キノコを採った人が相談に来る。キノコを採ったら検査を受けないといけないという法律がある。毒キノコが多いため。無料だけど、お礼にキノコを少し分けてくれるそうです。
 夜のドナウ川を夜景クルーズ。世界遺産がライトアップされている。
 パプリカを切って鍋の中に入れ、真っ赤なパプリカの粉末をかけ、家庭料理パプリカチキンを作る。子供たちは大好きみたいです。ビタミンCを発見したのはハンガリー人のセント=ジョルジ・アルベルトさん。小麦粉に卵を入れて練り、ハンガリー式パスタ(ガルシュカ)を作り、鍋でゆでる。フォアグラ・ステーキはサラダといただく前菜。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん セルビア共和国ベオグラード」

 2008年3月8日放送。エアロフロートで13時間。

●ベオグラード
 ドナウ川とサバ川の合流地点に作られた街。人口100万人の首都。旧市街のミハイロ公通りはいかにもヨーロッパという建物が建ち並ぶ。どことなくレトロなトロリーバスやトラム。バスには日本とセルビアの国旗が描かれている。日本からの援助で93台送られてきたバスで、乗り心地がいいと評判らしい。街の本屋にも日本の本が多く置いてある。あるお店では月に100冊売れるという。最近では村上春樹の小説が一番人気らしい。ベオクラードの新聞にも「今日の俳句」というコーナーが連載されている。
 レサウスカ通りで威勢のいい掛け声が聞こえてきた。中で若い男女がいろいろな踊りを踊っている。コロというセルビアの民族ダンス。
 バイロノ市場に行く。チーズ屋さんではカイマクが一番人気とか。お店の人のお宅を訪問した。コゼリュ村まで行きました。牛乳をこした後に沸騰させ、冷ました後に冷蔵庫で一晩冷やす。上に張った膜がカイマクで、5リットルの牛乳から500gしか取れない。残った牛乳はチーズ作りにまわす。味はバターとチーズの中間のようなコクがある。パンにつけたり、調味料として使用する。
 ニコラ・マルコシュ?さんが紹介してくれたのは、レストラン「?(ズナック・ピータニャ)」という名前がクエスチョン・マークのお店。ベオグラードで一番古い建物のレストランで、常連さんで賑わっている。お勧め料理は「カラジョルジェヴァ・シュニッツラ」という長く太いフライ。豚肉を叩いてのばし、カイマクをたっぷりのせ肉巻きにする。ころもをまぶして高温の油で20分揚げるだけ。230ディナール(460円)。
 カレメグダン公園に行く。お菓子や手編み物(帽子など)や古銭などの屋台が数多く出ている。特に5000億ディナール札を紹介したが、超インフレ時代の1993年に1週間だけ発行されたお札で今は使えないが、世界一単位の大きいお札といわれている。価値としては2000円程度らしい。

 ベオグラードに住む新婚さんの朝ごはん。市内のマンションに住むアンナ・レイリシさん(29歳)さん。1品目は「サルマ(焼きロール・キャベツ)」。たまねぎ、ベーコン、人参などを細かく刻んで鍋に入れ、たっぷりの挽肉とお米を加えて全体に火が通るまでじっくり炒める。酢づけのキャベツの葉を広げ、さきほどの具材を適量のせたら丁寧に包み込む。ロールキャベツ。耐熱容器にしきつめ、たっぷりパプリカで覆い、全体を酢キャベツの葉で覆い隠したらオーブンで焼き上げる。
 2品目は「プレブラナッツ」。たまねぎのみじん切りを鍋に入れ、たっぷりの胡椒、パプリカ・パウダーを加え、全体がしんなりするまで炒める。ベリー・パスリと呼ばれる白豆を柔らかくなるまで煮込み、炒めたたまねぎを入れてよく混ぜる。これをこんがり焼き上げる。
 3品目は「プローヤ」。カッテージ・チーズをフォークで細かくつぶしたら卵の中に入れ、コーンの粉、ベーキング・パウダー、小麦粉なども加えてよく混ぜ合わせる。バターを塗った型に生地を入れ、ふんわりするまで焼き上げる。食べる時はカイマクを塗る。


テレビ番組「ブルガリア横断紀行」

 2008年1月3日放送。JIC製作。

●ブルガリア
 ブルガリアは日本の3分の1の面積で、人口は800万人。そのうち120万人が首都ソフィアに暮らしている。ウィーンを経由してオーストリア航空を使うと14時間程度で到着する。ブルガリアの歴史は古く、紀元前7世紀に古代トラキア人によって建設され、紀元後のローマ時代にはセルディカと呼ばれていた。7世紀にはアジア系ブルガール族が侵入し、国家を建設した。13世紀にはモンゴル帝国、14世紀から19世紀にはオスマン・トルコの支配下にあった。
 聖ゲオルグ教会、キャメル(ヒサール)、聖ネデリャ教会、ジャマヤ・ジャーミャ。
 世界に知られるものがある。ヨーグルトが最も有名だが、バラの精製品、ブルガリア・ワインやラキヤといったブドウ製品など、健康や美容に関するものが多い。温泉が人々の生活に根付いている。

●ボヤナ教会
 貴族カロヤンと妻デシスラヴァの肖像はイタリア・ルネッサンスに先立つものとして、今でも世界中から高く評価されている。コンスタンチン、イリナなどが壁面を美しく飾っている。ここにはブルガリア正教の聖人イヴァン・リルスキーも描かれている。ライオンと鷹が描かれたものがあるが、ブルガリア人の強さの象徴とされてきた。フレスコ画は11世紀に描かれたものがあり、13世紀に筆を加えられたものもある。

●リラの僧院
 ソフィアから南へ130km、リラの山々に奥深く人里離れたこの地にリラの僧院がある。ブルガリア正教の総本山で、国内で最大の修道院。10世紀、イヴァン・リルスキーが小さな寺院を建てたのが始まり。イヴァン・リルスキーの像もある。リラの僧院は中庭を囲むように建築され、300を越えるボー?と呼ばれる宿泊施設、4つの礼拝堂がある。1833年の大火事でほとんどが燃えてしまい、修復された。1983年世界遺産。
 聖母誕生教会の内部の絵は素晴らしい。イコンは幅10mと巨大。ここにはイヴァン・リルスキーのミイラもある。
 14世紀に最も発展した。14世紀末にオスマン・トルコの支配下になったブルガリアで、その威厳を尊重された。
 巡礼で訪れる人を泊める僧房という宿泊施設が300以上ある。当時は各地から僧が集い、親交を深めていたという。
 歴史博物館にはイコンや古い聖書が展示されている。中でも高さ50cmのラファエルの十字架は芸術的、文化的な価値が高い。この十字架に140もの聖書の場面と、1500人もの人間が刻まれている。12年かかって完成したが、失明していたそうです。

●トラキア人の墓
 バラの谷はカザンラク、カルフェロ、カルロヴォなどの町などからなる。カザンラクの近辺にはオスマン・トルコからの独立戦争の舞台となったシプカ峠、それで亡くなった兵士を追悼するためのシプカ教会がある。春には色とりどりのバラが咲く。
 町の北東のトゥルベト公園内にトラキア人の墓がある。1944年に防空壕を建設中に偶然発見された。1979年に世界遺産に登録された。トラキア王国が栄えた紀元前4世紀から3世紀のもので、トラキア人の貴族が埋葬されていた。古墳は円錐型と長方形の部屋からなる横穴式。トラキア人によるフレスコ画が鮮やかに描かれている。レプリカのある建物には世界遺産登録までの様子を見る資料室がある。
 各所に点在しているトラキア人の墓は大小2つの小山から成りたっている。大きな方はその地を支配していた豪族が埋葬されていて、小さい方はその最愛の女性が眠っている。

●ネセバル
 ブルガリア第三の都市バルナから約40km、黒海に突き出した半島の港町ネセバル。南のリゾート地のサニー・ビーチの海岸線はネセバルまで続いている。サニービーチからは観光用に機関車の形をした乗物も走っている。
 海に囲まれた要塞の門をくぐって30分も歩くと、町全体を見ることができる。長い間、紀元前から争奪戦の舞台となってきた。1983年にユネスコの世界遺産に登録された。現在は通りにカフェや土産物屋などが並ぶ。
 第二次ブルガリア帝国時代にイタリアのベネチアなどと交易を始め、イタリア人、ギリシャ人などが住んだ。様々な様式の教会が42もある。オスマン・トルコの時代に取り壊されなかった。中央公園に面して建っている聖パントクラトール教会。第二次ブルガリア帝国時代の14世紀に建築された、独特の装飾が施されている。保存状態がよく、当時の建築技術の高さを象徴している。
 海のバシリカ跡は、聖母エレンサ教会の跡で、その姿はほとんどなくなってしまっている。5,6世紀に完成した教会は、海賊の攻撃を受けたり、地震によって崩壊した。
 聖ステファン教会は11〜12世紀に建てられた教会。石造りで、19世紀に描かれたフレスコ画が見事。
 最古の教会は聖ソフィア教会。旧市街地にあり、当時の面影は残されていない。大きな建物だったことが予想される。他にも大天使ミカエル教会、聖パラスケバ教会など多くの教会が現在も残されている。
 かつては黒海は海賊が多く、亡くなる人が多かった。それで海岸線には黒い服を着た人が多くいたので、黒海といわれたらしい。

●ヨーグルト
 20世紀の始めに、ノーベル賞を受賞したメチニコフは「ブルガリア人に長寿が多いのは、ヨーグルトを食べているせいだ」という説を発表した。ブルガリアの平均寿命は男性が68歳、女性が75歳。特に中南部の山岳地帯では100歳を越えた人々が多く暮らしていたという。ヨーグルトを食べると腸内の乳酸菌が増え、悪い菌が減ることをメチニコフは発見した。この動きがブルガリア全土に広がった。

●ソフィア
 庶民のマーケット「セントラル・ハリ」ではあらゆる食料品が売られている。古くから市場が開かれていた場所。

●料理
 ヒサール Hissarにあるレストラン「Nazional Garden Restaurant 」(Tel:0377-62580)。ショプスカ・サラダ(2.5Lv)は、新鮮な野菜にシレーネという白チーズがかけられたサラダ。カヴァルマ(4.5Lv)は伝統的な料理で、豚肉や鶏肉をたまねぎ、じゃがいもなどと一緒に煮たブラウンソースのシチュー。ブルガリア全土に愛された伝統の味。キョフテ(2Lv)はミート・ボール。揚げ物に使われている油はヒマワリ油。モザックマスロ(3.8Lv)は、牛の脳のバターの炒め物で、濃厚な味。サルミ(1.5Lv)はブドウの葉に豚肉のミンチとご飯が入っていて、ヨーグルトをかけたもの。タラトール(2Lv)はヨーグルトの中にイノイオ?という香草が入っている冷製スープ。
 Sofaにあるレストラン「Boyansko Hanghe Restaurant」(Tel:2-856-3016)では伝統料理を味わう際に民族ダンスを明るく陽気に踊ってくれる。

●バラの谷
 トラキア平原に120kmも続くバラの谷。ブルガリアの金とも呼ばれているバラが栽培されている。金に匹敵する価値がある。ローズオイルは世界市場の約8割を占める。花の香りを楽しむなら5月半ば。観光するなら5月下旬から6月上旬に行なわれるバラ祭り。カザンラクではバラ祭りのパレードもある。
 栽培されているバラは鑑賞用よりもこぶりのダマスクローズ。たった4品種しかローズオイルは取れない。その中でも最高級なのがダマスクローズ。栽培は300年以上前からで、オスマントルコ帝国がシリアから持ち込んだのが始まり。ローズオイルはローズウォーターの副産物でしかなかった。ローズオイルが注目されたのは、17世紀後半からヨーロッパで香水が流行してから。
 町の北にあるバラ博物館には、歴史や蒸留釜などを見ることができる。今は花と4倍の水を入れて温めて蒸留している。1gのオイルを採るのに、3000個の花が必要という。2.5トンの花から1リットル取れるそうです。香りが時間が経っても変化しないというのが重要。最近はアロマテラピーでのリラックス効果が注目されている。
 クラタ民族博物館はバラの甘美な香りがする。18世紀〜19世紀のバラの香油の製造過程や歴史、民族復興建築様式を見ることができる。館内では可愛らしい人形に入れられたバラのハンドクリーム(2Lv)、シャンプー(3Lv)、エッセンス(2Lv)、フェイスミルク(4Lv)、ローズウォーター(1.5Lv)やラキア(13Lv)、ジャム(3Lv)やリキュール(24Lv)なども市販されている。昔から薬としても使用されており、殺菌作用や収斂作用は医学的にも保証されている。

●ワイン
 70カ国に輸出している。瓶詰めのワインの輸出量はフランスに次いで世界第二位。ブルガリアにおけるワインの製造は3000年前にさかのぼる。ぶどうはバルカン山脈に広がる「ぶどうの谷」が適した場所。ほとんどが赤ワインとなっている。
 スングルラもワインの有名な生産地。「Vinex Soungourlare 」では白ワインも生産することで知られている。1898年から工場生産が開始された。現在は1970年代に伝わったカリフォルニア・ワインの製造方法がモデルになっているそうです。今ではこの地域で年間10万トンのぶどうが収穫されている。シャルドネ、ロゼ・カバネット・スーベニオン、マドラ、ミスケットなど。
 またラキアというブドウのスピリッツが各家庭で作られている。ラキアはワインを作った後のブドウの皮から作られるスピリッツで、40度以上。杏などで作られる場合もある。

●温泉
 ブルガリアの中央に位置するヒサール。シンボルはキャメルという遺跡。5世紀頃から温泉地として栄えてきた。ここの温泉はブルガリアで唯一、腎臓などの内臓に効果がある温泉。ブルガリアの温泉は治療を目的とした施設が多いのが特徴。温泉はサナトリウムと呼ばれ、必ず医師が診断する。大浴場(プール)は39度。原泉は75度あるそうです。水汲み場では、近所の人が汲みに来る。飲む人も多い。

 黒海に突き出した半島の温泉地ポモリエ。治療を目的とした人々が訪れる。船の形をしたポモリエ・ホテルでは、治療以外でも温泉に入れる。ハイ・シーズンにはドイツやロシアからも人が来る。腰痛、皮膚病、関節痛に効果がある。治療目的の人は2週間程度、湯治をするそうです。黒海の水を使ったプールでは、自然に体をまかせているだけで体が生き返る感じがする。また日本の海苔を使ったタラゴセラピアというパックもある。宿泊料金は1泊1部屋ツインで100−120Lv。

 ポモリエから車で15分の港町ブルガス。黒海の泥を使った関節痛やヘルニアに効果があるとされる泥パックなどを行なう施設がある。泥を塗って、ルガを貼り、シート?などで包みます。泥温泉も神経痛に効果的。ミネラルなどが効果を出すらしい。

 バラの谷のカザンラクから20kmの温泉のある村パベルバニヤ。「リゾート・オブ・パベルバニヤ」は一番いいお医者さんがいると評判。施設も大きく、近代的な施設があり、1日2000人が訪れる。3つのホテルも持っている。サナトリウムの治療器はジャクージ、低周波治療、牽引治療。リハビリ・トレーニングもある。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん ブダペスト」

 2007年12月15日放送。前半はビデオの不調で撮れず。

●ブダペスト
 ブダペストから車で30分の町センテンドレ Szentendre は昔ながらの家並や石畳が残る観光地。名物は揚げパンで、人気のお店は「Piknik Bufe ?」にんにくソースとサワークリーム、チーズをのせた「ランゴッシュ」250フォリント(170円)。
 町のシンボルは「くさり橋」。160年前にできた橋。高いところを人が歩いている。橋を管理している人でした。夜はきれいにライトアップされる。

 新婚さんの朝ごはん。中心街のアパートに住むパルツァイ・レーカさんが作る料理は。まずはパンは、専用のカッターで切って、籠に入れる。1品目は「レチョー Lecso 」。甘みが強い白いパプリカを切り、少しピリ辛の緑のパプリカも切って少し加える。みじん切りのたまねぎと細切りにしたベーコンを炒めて、そこにパプリカを加え、生のトマトを刻んでいれ、パプリカの粉も加えて、煮込む。
 2品目は「ハンガリー風スクランブルエッグ Rantotta」。白いパプリカを少々細かく刻み、パプリカで味をつけたサラミを細切りにし、細かく刻んだネギと炒める。溶いた卵を入れてかき混ぜると完成。
 3品目は「ハンガリーの前菜盛り合わせ Magyaros Hidegtal?」。トマトなどの野菜を切り、レバーテイスト、サラミなどを切りお皿に盛る。


テレビ番組「2007年10月の旅サラダは城戸真亜子さんでクロアチア」

 緯度は北海道と同じくらい。

●ドゥブロヴニク Dubrovnik
 青い海があり、テラコッタの屋根が続く。高台から見ているだけで幸せな気分になる。この世で天国を求める者はドブロヴニクに行けと言われる。オレンジ色の屋根を取り巻く城塞は言葉に尽くせぬ美しさ。
 中世の頃は海洋貿易国家として栄えた。ドブロヴニク1000年の歴史の中で一番厳しかったユーゴスラビア内戦の際も、「あらゆる黄金をもってしても、自由を売るは正しからず」という信条を貫いた。一度も他の国とは戦わず、外交と貿易に力を入れ、繁栄を築いてきた。交易で得た富は教育、上下水道の整備などに使われた。フランチェスコ会修道院の前のオノフリオの大噴水ではイタリアの水道のように飲めます。
 全長2kmに及ぶ城壁の上を歩いてみた。屋根の色が微妙に異なっているが、歴史を感じる。城壁から海の底まで見える。反対側はバラ色で対照的。
 ブラツァ通りは道がつるつるで光っている。通りにはたくさんの人々。石造りの古い建物を利用したパン屋さんなどが店を開いている。
 散髪屋に小さい子が散髪してもらっていた。住所は、Od puca 17 20 000 Dubrovnikで、お店の主人は Hrvoje Cikato さんで、少しオシムさんに似ている。他にも紹介されなかったが、服の店もある。住所は、Od puca 5 20 000 Dubrovnikで、オーナーは Tomislav Ivusic さん。

 フランチェスコ会修道院 Franciscan Monastery は社会福祉機関としての働きも担っていた。薬を作る場所もある。今も営業を続ける古い薬局 Old Pharmacy (Tel:020 321 410)がある。カテアンチチ Kate Ancic さん(59歳)が古くから伝わる処方箋?を見せてくれました。他にも「バラのローション Aqua Rosae 」40クーナ(920円)、「ローズ・クリーム」54クーナ(1240円)、「アーモンド&カカオのクリーム」50クーナ(1150円)なども作っている。ローズは肌に潤いを、アーモンドとカカオはしわにいいという。カテさんもお肌がきれいで、ローズを使っているそうです。

 入ってみたくなる路地がいくつもある。階段を何度も上ったり、下りたり。結婚式の行列があった。友人を連れて路地を練り歩くらしい。
 素敵なブティック「グレタ・グデリ Greta Gudelj 」(住所:Petilovrijenci 1 20 000 Dubrovnik、Tel:020 321 130)を見つけた。デザイナーは Greta Gudelj さんで、アンティーク・レースがきれい。伝統的で有名だそうです。アンティーク・レースを使ったワンピース5000クーナ(11.5万円)とジャケット2000クーナ(4.6万円)は100年前のウェディング・ドレスから作られている。Shop keapers は、Elma さんと、Nikolina さん。

 ブティックの上が四つ星の民宿になっている。「ビイェレ・クチェ Bijele Kuce 」(住所:Petilovrijenci 1 20 000 Dubrovnik、Tel:020 321 281、Fax:020 321 130、gsm:091 557 3368、e-Mail: bijele.kuce@zg.t-com.hr )で、オーナー夫人のジュリカ Zeljka Ostojcic Leovic さん(66歳)が案内してくれました。普通のキッチン付きの居間みたいな部屋で、室料は900クーナ(20700円)。17世紀のデザインがそのまま残されている。食べ物が用意されている。花梨のパイでした。
http://www.bijelekuce.hr

 夕暮れ時、オープンエアーのレストランが多い。細い路地はそのままレストランのフロアのように使われている。食事は「ドンド マロイェ Dundo Maroje 」(住所:Kovacka bb, 20 000 Dubrovnik、Tel:020 321 021、gsm:091 517 5831 )で、オーナーはアンテ・マタナ Ante Matana 氏。「タコのカルパッチョ」55クーナ(1260円)は、オーナー自慢の料理で、レモンとオリーブオイル、少しチーズをかけたタコ料理。タコにチーズとオリーブオイルが合うそうです。「ムール貝のワイン蒸し」45クーナ(1030円)。白身魚料理「ブリームのグリル」90クーナ(2070円)、「プリン」12クーナ(280円)。
 オーナーが1991年のドブロヴニクが受けた初めての爆撃のことを話してくれました。300人が亡くなった。そんな時も「明日は元気で!」とみんなで語っていたそうです。その後、自由を得たと語りました。町の8割が崩れ、破片を拾って再建したそうです。

 朝市に出かけた。量りも分銅を使っている。広場?で青と白だけで風景画を描くムラデン・パイス Mladen Stimac Pajs さん。紹介した絵は150クーナ(3450円)。前は大西洋からアフリカ、パナマを航海した船員だったので、その帽子をかぶって絵を描いています。絵を売っている場所は、Stradun, Dubrovnik Old Town、画家の住所は Jurjevska 25 a, 10 000 Zagreb、Pajs携帯?:091 160 9950 )。

 海にでたくなった。ドブロヴニクの古いカラカ船を再現した船。城壁がこの町を守っているのがわかる。波の音もいい。「カラカ船 Old Ship Karaka 」の運営は Navicula 社(住所:Molunat 73, 20219 Dubrovnik、Tel:385-20-358-108、e-Mail: navicula@vip.hr )で、船の長さは30.9m、幅7.5m、速度は10.5ノットで観光します。カラカ船は14世紀から16世紀にかけてのドゥブロヴニク商船隊の有力帆船で、それを再現してある。今では、この船は観光や船上パーティなどに活躍し、内外の多くのお客に喜ばれている。英語可。
http://www.karaka.info/

 「ドゥブロヴニク市観光協会」は、(Tel:020 323 887 (or 889)、Fax:020 323 725, 098 221 487、e-Mail:maja@tzdubrovnik.hr )で、担当は Maja Milovcic さん。
http://www.tzdubrovnik.hr/


●ダルマチア地方
 ダルメシアン犬は「101匹わんちゃん」で有名。ダルマチア地方原産。ダルマチア地方はアドリア海沿岸部。紺碧の海に浮かぶ宝石の島々。

●フヴァル島 Hvar
 中でも華やかなのはフヴァル島。窓の飾りがついていて可愛い。コートダジュールのような感じ。
 素敵なジュエリー・ショップ「タニャ・チュリン Tanja Curinop 」(住所:Matije Ivancica 4, 21450 Hvar、Tel:385 91 506 7140 e-mail:tanja.curin@net4u.hr )を見つけた。海賊の宝物が洞窟にあるという感じのレイアウト。デザイナーのタニャ・チュリンさんが説明してくれました。アドリア海のサンゴの部屋もある。好きなパーツを選んでオーダーもできる。赤いサンゴのブレスレットに可憐なトンボを止まらせたアクセサリーを作ってもらい、1000クーナ(2.3万円)。クロアチアでは赤ちゃんにサンゴの指輪をはめる習慣がある。赤ちゃんに熱があると、サンゴの色が変わり病気なのがわかるという。

 緑の濃い島。ラベンダー・オイルを売っている人がいた。マリア・ルイサさんで1本70クーナ(1610円)。ご主人のジイヴコさんに野生のハーブ畑を案内してもらった。ミント、イヴァノポセーリエ?、カンタリオン、オレガノ。オレガノは天然の保存料でピッツァで有名。ラベンダーは、こめかみと鼻に塗って寝ると翌朝スッキリと目覚めるという。あまりにいい匂いに囲まれて、自然に涙が出たそうです。

●サン・クレメント島
 小船で渡る。アドリア海の海がすぐ手の届くところ。アドリア海のブルーという絵の具があるが、まさにこの色です。
 緑の多い島。パルミジャナと書いた看板がある。「ヴィラ・メネゲロ・パルミジャナ Villa Meneghello Palmizana 」(住所:Meneghello Estate, 21 450 Hvar - Palmizana, island St.klement of Pakleni archipellago、Tel:385-21-717-270 )は、1962年から。100年前に当時ナチュラリストだったメネゲーロという教授が世界中の植物を集めて作った夢のリゾート。メネゲーロさんの孫のタリンさんが出迎えた。現代美術もあるし、フラワー・チルドレンみたいなものもある。オーナーは母のダグマル・メネゲロさんで、メネゲロさんの今は亡き息子の奥さん。40年前は何もなかった島だそうです。クロアチアの若い画家に発表の場を与えようと、新しいヴィラを建て続けているそうです。  コテージ・タイプの部屋で、黄色と黄土色ベースで明るい。浴室はとても可愛い。寝室にもアートが溢れている。窓が画枠になっていて、部屋自体がアート。1棟貸しで200ユーロ。別の棟は120ユーロと200ユーロ。ターコイズの色で統一された部屋からはターコイズ・ブルーの海が見える。階段を降りるとプライベート・ビーチもある。
 「マグロのカルパッチョ」80クーナ(1840円)、メインは魚介類とジャガイモを煮たフヴァル島名物の漁師鍋。
http://www.palmizana.hr/

●コルチュラ島 Korcula
 中世の面影を強く残す。城壁に囲まれていて、城門も大きい。南東からの熱風を受けるので、東に通じる道を湾曲させ、爽やかな西風だけが入るように昔から工夫されている。この島はマルコ・ポーロの生誕地。
 香りに誘われて入ったのは、「アロマ・ショップ アロマティカ Aromatica 」(住所:Ulica Depolo, Stari grad, 20260 Korcula、Tel:385-20-358-108)。香りの源は石鹸。スパイスの入ったもので、アーモンドの香りもある。

 「マルコ・ポーロ博物館 Marco Polo Museum 」(住所:Ulica Depolo, Stari grad, 20260 Korcula )はマルコ・ポーロの家だった。今は博物館。当時、ベネチア領だったので、マルコはジェノバとの戦いに参加し、捕らえられ、獄中で東洋での旅の記録を記録したのが「東方見聞録」だという。住んでいた家は廃墟になっています。高い場所から海が見えました。

 コルチュラにはポーロ家が何軒もある。その中のウラディミル・デ・ポーロさんのお宅を訪ねた。

 モレシュカ・ダンスを見た。中世の服で女王を守るための剣術で、次第に激しさを増していく。本当に火花も散っていたそうです。
 続いては男性コーラス「クラパ」。聴いていて涙がでました。

 「コルチュラ市観光局 Tourist Board of the Town of Korcula 」(住所:Obala dr Franje Tudjmana 101, 20260 Korcula、Tel:385 (0)20 715 701 )。

●プリトヴィツエ国立公園
 世界遺産。本土の内陸部に行く。神秘的なエメラルド色、青色の湖が多い。神秘の色のわけは石灰を多く含むからで、独特の光を放つ。森の財宝のような16の湖。上に上がるにつれて青色が濃くなっていく。九塞溝のように木が湖に沈んでいる。滝が癒しの感じ。水滴が空を舞っている。
 宿泊はロッジ「ヴィラ・ムキニャ Villa Mukinja 」(住所:Plitvicka Jezera, Mukinje 4753231 Plitvicka Jezera 、Tel/Fax:00385-1-6521-857、00385-53-774-058、GSM :00385-98-451-609 )のオーナーはウラド・ディエリチ Vlado Deric さん。今回は白い壁の部屋で屋根の傾斜の下にベッドがある。山の上にスキーリフトが見える。6部屋しかない。サウナもあり、マッサージのサービスもある。一番の自慢は料理で、1泊2食付きで1人61ユーロ。魚は一人まる一匹です。秋10月は千の色が見られる。5月初旬は雪解け水がほとばしり、冬(1月)は特に素晴らしく、ターコイズブルーに滝などの氷が輝く。これはとても美しいそうです。昔は泳げたのだが、世界遺産になってから泳げなくなったそうです。
http://www.plitvice-lakes.com/index_eng.htm

 近くの村で伝統的な手作りの品を売っているので訪ねた。「NGO タラ Tara 」(住所:Licko Petrovo selo 55, 53233 Licko Petrovo selo、Tel:053 752 174, 098 9065 395 )のリーダーのソーニャ Sonja 氏が説明してくれた。タオル250クーナ(5700円)は一生もので、生まれてから死ぬまで1本のタオルを使い、花嫁が嫁ぐ家族に編むそうです。ハイソックスは150クーナ(3400円)。手袋80クーナ(1800円)。伝統の中でアイディアがいっぱい。男性のペニス用の下着50クーナ(1100円)もある(笑)2mの雪でマイナス20度にもなるので、恥かしくないそうです。  販売所の隣では、地元のおばあさん達が集まって、昔と変わらない方法で編物を楽しんでいた。城戸さんも機織に挑戦してみました。大きな布団で3人寝てみました。

●ザグレブ Zagreb
 クロアチアの首都。ルフトハンザで乗り継いで16時間で到着。華やかな香りが漂う美しい都。トラムが行き交う町の中心には庭園がある。
 中央駅にはオリエント急行が停車していた面影がある。今でもここからウィーンやチューリッヒに向かう人も多い。ホームには小さな礼拝堂がある。オリエント急行は1977年に運行を停止したが、乗客のために建てられたというホテル「リージェント・エスプラナーデ The Regent Esplanade 」(住所:Mihanoviceva 1, 10000 Zagreb、Tel:385-1-456-6666 )には、往年の香りが漂い、ヨーロッパの上流階級の人が行き交う様子が目に浮かぶ。アガサ・クリスティが書いた「オリエント急行殺人事件」はザグレブに向かう列車の中で起きました。マネージャーのサンダさんが案内してくれました。プレジデンシャル・スィートは1500ユーロ(24万円)。「スタンダード」は室料が251ユーロ。シックな雰囲気を壊さないように2004年に改装された。
http://www.theregentzagureb.com/

 旧市街。クロアチアはネクタイ発祥の地と聞いて、訪れたのが「クロアタ・ブティック Croata Boutique 」(住所:Ilica 5, 10000 Zagreb (Oktogonビル - ザグレブ本店)、Tel:385-1-4812-726、営業時間:月−金が8−20時、土が8−15時、日・閉店 )。カラフルで多くの種類がある。ダルメシアンやクロアチアのシンボルの網目模様もある。サーニャさんが説明してくれました。ある戦士がフランスのセンチに出発する際に、恋人との別れを惜しんだ女性が自分のスカーフを首に巻いてあげたことが始まりという。これがオシャレなフランス人の間で評判となった。タイは399クーナ(9000円)でした。10月18日はネクタイの日になったそうです。ヨーロッパではネクタイと言わず、クロアタと言うそうです。独立から16年を祝っているそうです。
http://www.croata.hr/

 「ナイーヴアート美術館(国立) Hrvatski muzej naivne umjetnosti 」(住所:Sv.Cirila i Metoda 3, 10000 Zagreb、Tel:385-1-485-1911、開館時間:火−金は10−18時、土・日は10−13時、月・閉館 )は、クロアチアの絵画の主流。素朴画。「木を切る人たち」(イヴァン・ラヅコヴィッチ)。「帰郷」(コヴァチチ?)、「冬景色の女」(イヴァン・ゲネウリッチ)、「大きな森」(イヴァン・ラブズイン)、「あけぼの」(イヴァン・ラブズイン)など農民が冬の農閑期に絵を描いていたのでしょう。そのために雪の絵が多い。
http://www.hmnu.org/

●モトヴン
 ナイーヴアートのような風景が残されている。丘の斜面に家が並ぶ。古びた壁の色が暖かい。個性的に可愛く住んでいる。長い時を重ねて穏やかな風合いになっている。800年も昔から天空に聳える城壁。城壁から畑を見るとパッチワークみたいで、緑が広がっている。世界で一番おいしいトリュフがあるという。この町の周辺はトリュフの産地としても有名。

●イストラ半島 Istra
 クロアチアの西北、イタリアに接する方。トリュフも有名だが、オリーブやぶどうもある。トリュフ採りの名人が営む宿「アグロツーリズム・サン・マウロ Agrotourism San Mauro 」(住所:San Mauro 157, Momjan、Tel:052 779 033、Fax:052 721 380、Dora & Libero Sinkovi?, 098 420 242 )。シンコビッチ家の犬はボビーと豚のジジとジャック。
http://www.sinkovic.hr/

 ワインを作っているところも見せてもらった。息子のパトリック、セルゲイさんがジュースも飲ませてくれました。何でも自家製です。ワインは Sinkovic の銘柄で、一家の最年少が担当するのが慣わし。
 ドーラさんがジジを調教していました。豚は本来はトリュフは好物ではないので、チョコで釣って採るように仕向ける。
 白トリュフを使った料理。バターを鍋に入れ、白トリュフを入れる。小麦粉とバターをあわせたベソメール・ソースの中にさきほどのを入れ、パスタを入れる。さらに上からかける。トリュフのスパゲッティ100クーナ(2300円)〜。
 翌朝、トリュフの森を散歩。

●フム Hum
 人口18人。世界で一番小さな町。大きな扉を開けて町に入る。中世のまま。石畳は真っ直ぐではない。去年の村長(29歳)のアレクサンドル・メルラクさんが案内してくれました。
 ギャラリーもある。フラニョさんの自宅はギャラリーでもある。石の柔らかさを感じる。

●イストラ温泉 Ljeciliste Istarske Toplice
 石といえばイストラ温泉(住所:Sv. Stjepan 20, Livade, tel:052 603 410, ...411, fax:052 603 403 )。
http://www.istarske-toplice.hr/

●ロヴィニ Rovinj
 海岸線沿いの町。古い石造りの町。アーチを抜けると異なる石造りの建物が続く。
 宿泊は「ヴィラ・アンゲロ・ドオーロ Villa Angelo D'Oro 」(住所:Via Svalba 38-42, 52210 Rovinj、Tel:052 840 502、Fax:052 840 111、E-mail:hotel-angelo@vip.hr )。大人の女性という雰囲気のホテル。昔は僧侶の家だったそうです。迷路のような建物。今回の部屋はドアを開けると階段。室料は1260クーナ(2.9万円)。港に停泊している船が見える。バタナと呼ばれるボートが浮かんでいる。
http://www.rovinj.at/

 バタナ Batana は浅瀬でも漁ができるように底が平らなことが特徴。帆がついているのがロヴィニならでは。漁の合間にはここで眠るそうです。
 「パタナの家」と呼ばれている博物館「クチャ・オ・バタニ Kuca o batani (NGO) 」(住所:Obala Pino Budicin 1, 52210 Rovinj、Tel:098 379 562 )を訪ねた。館長?のオルネラさんが案内してくれました。博物館主催で毎年バタナの製造を職人に依頼し、進水式を兼ねたフェスティバルが行なわれている。代表のリッカルド・ボザッツィさんは誰よりもバタナを愛している。友人のフランコ・テリディさん、職人のムラデン・タカチさんも話に参加した。
 バタナで夜の海に繰り出した。楽隊の演奏もつきました。上陸して漁師さんが漁の後に暖を取った場所で、みんなでカラマリなど食事をいただきました。みんなが合唱してくれました。
 心の中に平和な気持ちを植え付けられたという感じでした。


テレビ番組「愛と健康のブルガリア紀行」

 2007年10月21日放送。横山めぐみさんが案内。ヨーロッパの南東部。地中海と黒海の間に突き出たバルカン半島の東部に位置するブルガリア共和国。日本からの直行便はないが、ヨーロッパ各地から飛行機が飛んでいる。国土は11万平方kmで、日本の3分の1。人口は840万人。TV東京製作。

●ヨーグルト
 ブルガリアのヨーグルトが世界に知れ渡ったのは100年前。植物における細菌作用の研究でノーベル賞を受賞したロシアのイリヤ・メチニコフ博士が、ブルガリアのスモーリャン地方のヨーグルトが不老長寿の妙薬だと発表したことによる。これによって欧米諸国に知れ渡った。ブルガリアの1人あたり年間ヨーグルト消費量はダントツで世界一の32.0kg。以下オランダ20.8kg、フランス17.7、デンマーク15.0、スペイン12.5、ドイツ9.8、日本5.1、イギリス4.6、アメリカ2.1kg。
 ブルガリアではヨーグルトをガルネという壷の中で作ります。1905年にスタメン・グリゴロフがガルネの2つの菌種を発見。それがブルガリア菌とサーモフィラス菌という乳酸菌。2つの菌の共生作用がある。東京大学名誉教授の光岡知足さんは、ヨーグルトは牛乳よりも蛋白質とカルシウムの吸収率がよくなっていると語る。

●ソフィア
 ヴラジデヴナ空港に到着。普通のアパートのようなのがたくさん建っている。空港から30分で中心部に到着。この町は紀元前7世紀から、交通の要所。キリスト教やイスラム教圏の影響を受け、アレクダンダル・ネフスキー寺院などがある。
 青空市場に行ってみると、トマトなどが多い。ぶどうもある。大きな房で買うと1.5LV(レヴァ)(130円)でした。自家製ヨーグルトは1.5LV(130円)。チーズに近い味だそうです。
 郊外のレストラン「ポッド・リピテ」に行く。創業80年。ヨーグルトのスープ「タラトル」1.5Lv(130円)。小さく刻んだキュウリにヨーグルトを加え、水を加えかき混ぜ、味付けは塩だけで、仕上げにハーブの一種ディルを加えたもの。「ぶどうの葉のサルミ」4.4Lv(370円)にもヨーグルトをつけて食べる。お米とみじん切りにしたたまねぎとパプリカなどをフライパンで炒め、塩胡椒で味つけする。味が調ったら、ぶどうの葉に巻いてオーブンで焼く。ソースもヨーグルトにみじん切りしたにんにくを加え、ハーブを加える。「ケバブチェ」は1.6Lv(140円)はひき肉の炭火焼き。

●コプリフシティツァ
 ソフィアの東に位置する町。山々に囲まれた風光明媚な村で、村全体が伝統的保存地区。19世紀の美しい屋敷が300軒以上残り、今も住居として人々が暮らしている。童話のような世界が広がる。石畳、レンガ、石造りの屋敷で、瓦屋根。町中に家畜の匂いがするそうです。
 美術館都市としても有名で、ハウス・ミュージアムとして公開しているトドル・カプレシコフ記念館を訪問。係員のカディア・ムランコヴァさんが説明してくれました。この町の英雄のトドル・カプレシコフさん(1851-1876)の胸像がある。オスマン帝国からブルガリア独立になる1876年の4月蜂起の指導者だった。この屋敷は彼の生家で、築161年の重厚な建造物。天井が特徴で、太陽と麦の稲穂が描かれている。ブルガリアのシンボルです。
 宿泊はゲストハウス「ドナ Dona 」。オーナーはイヴァン・パラレーヴァさん、奥さんはミレーナさん。2階建の赤い建物が特徴。小高い丘の上に建っていて、全5室。今回は2階の部屋で、町が一望できる。ダブルルームで朝食付きで25ユーロ(4130円)。ガルネの中で作ったヨーグルトを食べさせてくれました。
 料理を手伝った。ヨーグルトサラダ「スネジャンカ」。くるみを細かくすり潰す。キュウリを細く切る。これにヨーグルトを加え、くるみを加え、にんにくを加え、よくかき混ぜる。最後にオリーブで飾り付け。他には「ショプスカ・サラダ」は塩からいペタチーズが特徴。「パルネニ・チェシキ」は赤ピーマンの料理。中には炒めた挽肉とご飯が入っている。「カバルマ」は熱々の壷の中に入っている。じっくり煮込んだ豚肉の入ったシチュー。このディナーで10ユーロ(1700円)。
 朝食にもヨーグルトをふんだんに使った料理が並ぶ。ヨーグルトを水で割って塩で味をつけたドリンクを飲む。ヨーグルトソースの目玉焼き。手作りのジャムとハチミツ。今回は野いちごのジャムとヨーグルトをクレープに巻いて、端から切って食べる。
 出発。お別れにはブルガリアでは、相手の健康を祈ってズドラテス?という植物を渡す。
 駅に行って、次の町を目指す。

●ヒサーリア
 2時間で到着。温泉リゾート地。古代ローマの遺跡が残る町。ブルガリアには500以上の温泉があるという。
 「アウグスタSPAホテル」で入浴。大きなプールです。スパ入場料は8Lv(680円)。温度はぬるいそうです。バラの花のお風呂にも入りました。水着をつけて入るのが一般的。

●プロブディフ
 ブルガリア第二の都市。人口は35万人。町は大きく2つに分かれ、東側はブルガリア最古の旧市街。紀元前19世紀には既にトラキア人の集落が作られ、古代ローマよりも古いことから、ヨーロッパ最古の都市の一つと言われている。西側の新市街はブティックやカフェが建ち並ぶ都会的な雰囲気。建物が可愛い。装飾もとてもきれい。
 ドネルケバブのブルガリア版デュネル1.2Lv(100円)。肉を切り落とし、焼きたてのパンにのせ、野菜をトッピングして、ヨーグルトをかける。
 旧市街に行ってみる。石畳の坂道沿いにあるお土産物屋さん。バラのグッズがたくさんあります。バラの香料はブルガリア産が世界市場の8割を占める。ブルガリアのバラは質、量、種類ともに世界一。バラの石鹸は1個1Lv(85円)。全部で21.2Lv(1800円)購入しました。焼き物のお店がある。壷から何から作っていました。ブルガリアを代表する陶器トロヤン焼きのお店で、紀元前のトラキヤ人の時代から作られていて、エキゾチックで複雑な柄が特徴で、孔雀や蝶に例えられる。ゲオルギ・ゲンチェフさんと奥さんのエレーナさんでした。男性が形を作り、女性が絵付けをする。ブレスレットと鈴をプレゼントしてもらいました。古代ローマの円形劇場がある。大理石などはほとんど当時のまま。

●ブレストヴィツァ
 プロブディフの南西。国内屈指のワインの産地。ホテル「トドロフ」は4階建の黄色の壁が印象的で可愛い感じ。今年10月にオープンしたばかり。階段にはブドウの蔓の装飾。ワインの名産地という土地柄を存分に生かしたホスピタリティにこだわっている。部屋の中は薄いワイン色。景色も素晴らしい。泊まったDXスイートは160ユーロ(2.6万円)。ウェルカムドリンクはワインでフルボトル。普通のダブルルームは70ユーロで、壁は蔓の模様。
 SPAセンターのワインセラピーが注目を集めている。「ワイン&スパ」は、温泉の上に赤ワインとグレープ・シード・オイルと水溶ヨーグルトを混ぜたワイン風呂。湯船はワインのコルクと同じ樫の木を利用。ボディ・エステをしてもらいました。背中を優しくマッサージする布の中には、細かく潰したぶどうの種やハーブなどが入っている。「ワインセラピー」は75分で30ユーロ(5000円)。
 ディナーは館内のレストラン。自家製赤ワイン「Todoroff Teres Merlot」13ユーロ。「前菜」は赤ワインに良く合う「赤ワインのおつまみ4種盛」1.5ユーロ(250円)で、羊のチーズ、ハムなど。季節のサラダは「ブレストヴィツァ・サラダ」1.9ユーロ(310円)。「子羊のスープ」1ユーロはリゾット感覚。「フォアグラのソテー」6.5ユーロ(1070円)は自慢の一品。バルサミコ・ソースといただくと味は格別。「牛肉のオーブン焼き、ポルチーニ添え」9ユーロ(1490円)。ビーフも有名だそうです。ポルチーニも地元で採れたものです。伝統料理「バニツァ、水牛のヨーグルト添え」1.5ユーロ(250円)。サクサクのパイ生地と中にはほうれん草。水牛のヨーグルトはこってりしていてチーズみたいだそうです。水牛のヨーグルト1.5ユーロ(250円)。全部で7品。ワイン代を除いて全てで22.9ユーロ(3900円)。
 突然バグパイプの演奏が始まった。ブルガリアはバグパイプ誕生の国でもある。きれいな女性が民族衣装で歌を歌ってくれました。みんなで踊りを踊りました。

●スモーリャン地方
 プロブディフからバスに乗って南に向かい、東西に連なるロドフ?山脈を越え3時間。スモーリャン地方に着く。スモーリャンは標高2000mの山脈地帯にある長寿の場所。民謡もなかなかいい感じでした。
 訪れたのはシロカルカ村。元気なお年よりが多い。役場を訪れて真偽を確かめる。面白いリストがある。長寿の人のリストで、600人のうち、85歳以上は35人。8番目に長寿のシーナ・ショポバさん(94歳)を紹介してもらった。出迎えてくれたのは娘のドブリンカさん。姉のツベタナ、ルブカさんも一緒。穏やかな生活をしているから元気なのだと語りました。
 ヨーグルトの作り方を教えてもらった。まずガルネ(壷)に温かい牛乳を入れる。バターが表面に張っていました。これに前日のヨーグルトを少し加えて、よくかき混ぜる。あとは壷に布を巻いて4時間保温する。4時間経つと茶碗蒸しみたいになっていました。表面を覆っているのはバターで、ピュアなヨーグルトの証明。かき混ぜると中は白い。食べてみると温かい。

 ヨーグルトを食べると、善玉菌が増える。加齢や偏った食生活をしたり、ストレス、肉体疲労がたまると善玉菌が減る。こういう場合に乳酸菌が効果的。善玉菌と悪玉菌の割合は年齢によって変わる。ヨーグルトを食べると善玉菌が増えてバランスを整える。ヨーグルトを食べたからと言ってすぐに長寿になるとは限らないが、腸内環境にとっては有用で、更なる可能性についての研究も年々なされています。


テレビ番組「ピン子と壽賀子の世界遺産ふたり旅 前編 絶景のカッパドキア」

 2007年7月14日放送。関東地区では6月16日に放送。橋田壽賀子(82歳)、泉ピン子(60歳直前)さんが出演。TBS製作。

●イスタンブール
 橋田先生は4月3日から飛鳥IIで横浜を出発、シンガポール、モルジブなどアジアを航海し3週間かけてイスタンブールに到着。

●カッパドキア
 飛行機でカイセリに飛び、カッパドキアに車で向かう。ここは自然遺産と文化遺産の複合世界遺産。溶岩と火山灰が堆積し、雨などに侵食されて世にも不思議な光景となった。カッパドキアの大きさは東京23区くらいの大きさ。

 気球に乗る。現在は気球の会社は7社ある。橋田さんは10年前に1社しかなかった頃に乗ったが、今回のパイロットはその時の人カイリさんだった。橋田さんは涙ぐんでいました。岩に迫ると鳥が鳴いていました。先生の希望で海抜2300mまで上昇した。最後は小さなトラックの荷台に着地しました。チェリー・ジュースで乾杯しました。

 デリンクユ地下都市に行く。現在36箇所確認されているが、推定450以上もの地下都市があったという。かつて1.5万人が暮らしていたとか。地下9階まで行ってみた。本当は20階下まであるそうです。

 パシャバーは奇岩が多い。ラクダ岩、ナポレオンの帽子岩、キスをする小鳥岩がある。ペンギン岩があるというが・・。3人の美女の岩もある。
 岩でできた教会がある。ラクダに乗る。
 夕方、ローズ・ヴァレーで夕陽を見る。

●飛鳥IIで黒海クルーズ
 全長241m、400の客室がある。ジャクージ付きのお風呂もあるし、ミストサウナなどもある。船長の末永守さんの案内でブリッジも見学した。イルカが飛んでいた。
 イスタンブールからウクライナのオデッサに向かった。

●ウクライナのオデッサ Odessa
 1日かけて到着。半日停泊している間に市内観光。屋根の上のバイオリン弾きの舞台。ポチョムキンの階段も有名で、下が広く、上が狭く作られているので、下から見ると長く見え、上から見ると急な階段に見える。馬車も走っている。緑色の細いケーブルカーに乗るが無料。オペラ・バレー劇場は世界遺産だが、修復中でした。様々な国に支配されてきたから、自分たちの町を大事にしているようです。
 市庁舎、プリモールスキー並木通りなどを散策した。

●ルーマニアのコンスタンツァ
 朝7時、到着。半日停泊。首都のブカレストに列車で向かったが、黄色の菜の花畑が続く。

●ブカレスト
 ルーマニア料理をいただいた。キャビア(イクレと言う)をいただいた。「野菜とローカルチーズのサラダ」。キャビアもチーズも塩辛いそうです。ハンバーグみたいなのはミティティ。トレンクはとうもろこしの粉を水で練ったもの。サルマッチェは羊の肉の入ったロールキャベツ。スープみたいなのは何とか食べられるとか。食後のスィーツは甘いそうです。
 市内観光。国民の館は部屋数が3000.チャウシェスクが1500億円かけて建てた物。まだ完成してないそうです。この日は5月1日メーデーでお店は休みが多いそうです。統一大通りには41個の噴水が並ぶ。

●イスタンブール
 朝6時に通過したが、雨でボスポラス海峡はあまりきれいに見えない。海峡が最も狭いところで700m。ボスポラス大橋の下を通過した。


テレビ番組「ピン子と壽賀子の世界遺産ふたり旅 後編 憧れのドブロヴニク」

 2007年7月15日放送。関東地区では6月17日に放送。橋田壽賀子(82歳)、泉ピン子(60歳直前)さんが出演。ギリシャ、クロアチア、イタリア、スロベニア、スペインを訪問。TBS製作。

●ギリシャのアテネ
 朝7時に到着。オリンピック・パラシナイ・コンスタジアムに行く。110年前に第一回オリンピックが開催された場所。アクロポリスがよく見える麓のカフェは観光客で大賑わい。パルテノン神殿を観光。馬車で市内観光。
 飛鳥と分かれて、MSC アルモニアというクルーズ船に乗り換えた。

●ギリシャのコルフ島(ケルキラ島)
 お昼に到着。オリーブ栽培が盛ん。17世紀の港の小さな教会に橋田先生は興味を持った。特別に鐘を鳴らさせてもらった。
 1850年にできたオリーブ・オイルのお店。100%の石鹸はべたべたしているがさっぱりするそうです。

●クロアチアのドブロブニク
 クロアチア最南端の町。6時間滞在。城壁で囲まれた旧市街が世界遺産。町は古くから貿易で栄え、アドリア海の真珠と言われた。クロアチア独立戦争の際はかなり被害があったようです。
 旧市街の街並みもきれいです。旧市街で城壁の上の散歩道を歩く。ボートに乗って海から町を見る。かなり揺れたみたいです。
 ランチは海鮮で、「手長エビのソテー、リゾット添え」、「カラマリ」などをいただいた。

●イタリアのベニス
 橋田先生は初めて来たのがここで、ユースホステルにずっと泊まっていて、青春がここにあったという。お金がなくて歩いたことを思い出して涙。
 ジェラート屋さんに行く。無料で試食させてくれました。ピン子さんは8本試食してバニラかバナナがいいとか。

●スロベニア
 世界遺産のシュコツィアン鍾乳洞に入る。1cm成長するのに30年かかる。カーバイド・ランプは水に浸して使う。ロウソク40本分の明るさがある。ずっと歩いて行くと滝がある。14階以上?250mの高さに橋があってそこから見える。5kmを進むと川の流れがハッキリ見える。地下を40km流れてきた川が外に流れ出す場所に出た。外に出る場所で緑がきれい。
 ヨーロッパ最大のポストイナ鍾乳洞に行く。ケーブルカーで上に上がる?1872年から運行を開始したトロッコ列車2kmはスリル満点。

●スロベニアのブレッド湖
 首都リブリャーナから車で1時間。景観が美しくリゾート地として愛されてきた。エメラルドグリーンに輝く湖の中にあるサンタマリア教会がある。モーターボートは禁止のため、船は全て手漕ぎ。サンタマリア教会に行くが、石段がかなりあります。湖には鴨が泳いでいました。
 湖岸にある500年前の印刷技術の工房に行く。お爺さんの服装も当時のもの?活字を組んで印刷して、最後に印を押します。
 お城でランチをいただいた。イカのカラマリは絶品の味だそうです。名物は鱒です。馬車で散策。人がいいそうで、スロベニアが気に入りました。

●クロアチアのプリトヴィッチェ国立公園
 プリトヴィッチェ湖は世界遺産。細い滝がいくつかあってきれいです。16の湖と100の滝がある。九塞溝のような感じですね。山壁を流れる滝も見事です。小さな遊覧船に乗る。小さな滝が続いている。特別に岸の近くを行ってくれたようです。次は湖畔を歩く。湖の中に木々が生えていて、その上にかかっている橋の上を渡ります。とてもきれいでピン子さん感動。200平方kmのほとんどが森林で、鴨も熊もオオカミも生息しているとか。

●スペインのバルセロナ
 飛行機で飛んだ。サグラダ・ファミリア聖堂に行く。ガウディはグエル公園も設計している。入口にはトカゲの噴水もある。
 82歳の誕生日パーティを開催した。


テレビ番組「知っとこ! 世界の朝ごはん・ブルガリア・ソフィア」

 2007年5月5日放送。トルコ航空で行きました。ソフィアは人口120万人。今年EUに参加。美しい形の教会が多い。ジェンスキ・バザール(女の市場)には、トマトが多い。バナナの箱には本が入っている。
 市民庭園は美しい。おじさんたちは青空チェスをしている。
 壁に沿って水を汲んでいる人がいる。これは温泉の水だった。誰でも自由に利用している。
 レトロな電車が走っている。お店の前にしゃがんで何かしている人がいる。これは家賃の安い半地下室を利用したお店。通称おしりショップと呼ばれているそうで、テイクアウトやピザ屋さんもある。
 ロッセンさん、ニコラさんが推薦するのは郊外の村の有名なおじさん。

●バンキャ
 電車に乗って15分の村。牛乳を売っているおじさんでした。ヨーグルト料理のお店「ポッド・リヒテ?」。お勧めは「卵のヨーグルトがけ」、「ヨーグルト・スープ」、「ニンジンのヨーグルト・サラダ」、「フライのヨーグルトがけ」など。ズッキーニ・フライのヨーグルトがけ。パセり・ハンバーグのヨーグルト添え。ホウレン草のスープ。調味料の感覚で使っている。

●ソフィア
 街中にある「ザ・スシ・バー」では、ヨーグルト巻きもある。

 新婚さんの奥さんのツベッテリーナさんが作る朝食。イースターの日で「子羊肉をオーブン焼き」に炒めたライスを添えた「ペチェノ・アクネ」。
 「タラトル(冷製ヨーグルト・スープ)」。キュウリの皮を丁寧にむいたら、小さく刻む。にんにくとハムも刻む。ヨーグルトをしっかりシェイクしてこれに混ぜる。水をたっぷり加え、塩と少量のオリーブオイルで味をつけたら混ぜる。最後に砕いたクルミをふりかける。
 朝食に欠かせない伝統料理「パナニュラスキ?(ポーチト・エッグのヨーグルトがけ)」。沸騰したお湯に卵を割入れる。好みの硬さになったらお皿にあける。そこにヨーグルトを添える。熱したオリーブオイルにパプリカをふりかけ、さっと炒める。これをかける。
 自家製ヨーグルトにはブルーベリーなどをかけて食べる。


テレビ番組「地球遺産 ルーマニア北部モルドヴァ地方の教会群」

 2007年4月1日放送。いつか見た懐かしい光景に出会える。7つの教会は1993年世界遺産。ルーマニアは敬虔なキリスト教「ルーマニア正教」の国。12月になると家に飼っていた豚でご馳走を作る。

 敷地の中央に建つヴォロネツ修道院 Voronet Monastery 。16世紀に描かれた壁面のフレスコ画は太陽の動きにより表情を変える。背景は鮮やかな青で、アズライトと呼ばれる金属鉱石を含料としたもの。500年近く吹きさらしに置かれながらも輝きを失わない青は、ヴォロネツ・ブルーとして美術用語にもなった。独特のシルエットが印象的な木造の屋根は軒が深く、雨や雪から壁画を守ってきた。建物全体に描かれた絵は、教会はまるごと天国を写し出す鏡となった。貧者の聖書という言葉がある。文字が読めない貧しい農民に、聖書の内容や聖者の行いをわかりやすく伝えた。その中心にはイエスが人々を見守った。
 ルーマニア正教の信者は毎朝教会で敬虔な祈りを捧げる。この修道院を創建したのは、モルドヴァ公国のシュテファン大公。国を守るために、戦に赴き、勝利の度に修道院や教会を建てた。軍事上の拠点でもあった。
 モルドヴァツァ修道院。受胎告知聖堂はかなり立派。この中にはおびただしい数のイコンで飾られている。人々は神々しい光に包まれ、神の世界に近いことを肌で感じた。
 フレスコ画の中には一部が剥げ落ちたものも少なくない。そこから思いがけないことがわかった。創建当時は白い漆喰にタイルの装飾が施されただけだった。内部だけではあきたらず、外壁を無数の絵で埋め尽くすまでになったのは、オスマン帝国の脅威が原因だった。信仰の力で国を守りたいという気持ちが感じられる。
 イコンでは描き方から配列まで、厳格に決められていた。外壁にはその決まりにおさめきれないものも描かれている。例えば、マリアの奇蹟がキリスト教徒を救ったという西暦629年の「コンスタンティノーブルの包囲」。聖母マリアのイコンを掲げると、ペルシア軍の頭上に火の雨が降ったという。作者はペルシア軍の替わりにオスマン軍を描いている。

 クリスマスに向け断食に入った修道院ではイブの日に祝福の準備が始まった。大鍋で煮るケシの実は復活のシンボル。パン生地に混ぜるクルミは不滅を表す。スチェヴィツァ修道院の東側の壁にある「美徳のはしご」など、人々に人生の指針を与えてきた良い例である。悪魔の誘惑と戦いながら、天国に上がる人々。美徳を重ねたものだけが天国に迎えられる。西側には最後の審判が描かれている。世界の終わりに再び地上に現れたキリストは、生ある者もなき者も全ての人間の行いを量りにかける。この世で罪を犯した者は地獄の炎で永遠に身を焼かれると絵は訴える。異教の神を信じる者もことごとく地獄に送られる。善行を行なった者は天国に進む。この絵はモルドヴァ美術の最高傑作と言われる。
 フモール修道院の最後の審判は人間味にあふれ、こっけいな印象も与える。ここだけのイコンを作者は作り上げた。世界に例のない絵の教会群。これを作ったのは16世紀のモルドヴァの君主ペトル・ラレシュだった。父シュテファン大公の意志を継いで、教会に絵を描かせ、修道院を建立した。1530年プロポタ修道院を建てた。ここには聖人歴が描かれている。365枚のイコンのうち、12月25日は聖母マリアとイエス。
 クリスマスの日、モルドヴァは雪だった。16世紀以降、200年以上にわたるオスマン帝国による間接支配、オーストリア帝国の支配。この間も信仰は続いた。


テレビ番組「世界遺産 ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタル旧市街の古橋地区」

 2006年10月8日放送。旧ユーゴスラビアは6つの民族、4つの言語、3つの宗教を持っていた国は1990年代の始めに解体した。モスタルは美しい橋で知られる平和な街だった。しかし内戦により無残にも壊された。橋をはさんで血を流しあったのは、この町で暮らしてきたカトリック教徒とイスラム教徒だった。もう二度とこれを落とさない。戦後固い誓いと共に橋は復元され、世界遺産となった。

●サラエボ
 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都。オリンピックが開かれた記念の地は今は内戦の犠牲者が眠る墓地となっている。あまりに多くの命が失われ埋葬場所が足りなくなったのが理由。
 イスラム教徒であるボスニア人と、カトリック教徒であるクロアチア人が同盟し、独立に反対するセルビア人と戦った。20万人もの死者を出した悲劇。わずか10年ほど前はここが戦場だった。地雷危険の印が丘に残っている。

●メジュゴリエ Medjdgorje
 モスタルの南30kmの町。1981年ここで子供たちが聖母マリアを見たと言う。それが評判を呼び、小さな村は世界中から巡礼者が来るようになった。モスタルから6時間かけて歩いていく信者もいた。

●モスタル Mostar
 サラエボから南西に160kmの南部の中心都市。オスマン帝国が占領したのは15世紀だった。以後400年あまり続いたイスラムの統治の時代にカトリックから改宗した人も多かったという。街の住民はカトリックとイスラム教徒が半分ずつ。居住地は内戦後にハッキリと分断された。
 カトリック市民が暮らす旧市街は19世紀オーストリア・ハンガリー帝国がこの地を占領した後に作られた。支配者が変わっても旧市街は以前イスラムの世界だった。異なる宗教を持っていても、モスタルの人々は互いに良き隣人として生きてきた。500年に渡り保たれてきた平和な暮らし、その共存のシンボルが橋だった。

 アドリア海へと注ぐネレトヴァ川 Neretva River は各地で民族の境界線を担ってきた。16世紀、その川幅が最も狭い場所にかかる橋は「モスタルの古橋」(スタリ・モスト)と名づけられた。橋の建設には当時の最高技術が用いられた。支えとなる橋げたがなく、完全なアーチ形に石を組まなければ崩れてしまうという。橋ができると様々な民族が行き交うようになる。塩、オリーブオイル、羊毛、ワイン。モスタルは交易の拠点となり、橋のまわりは急速に開けていった。
 コスキ・メフメド・パシャ・モスク Koski Mehmed - Pashn's Mosque の起源は17世紀に遡る。旧市街タユンジルックには職人たちも集まってきた。彫金、織物、皮細工、かつて町に冨をもたらした伝統工芸は今も町に残されている。最近人気の品は、ボスニア内戦で使われた大砲の薬きょうにレリーフを施したもの。ムスタファ・ショシェさんはトルコ刺繍の名人で、孫娘にその技術を教えている。息子は戦争で亡くなった。
 旧市街の一角に石造りの路地が残されている。高い塀は強い日差しを避け、通行人の視線を避けるためのトルコから伝わった智恵。イスラムの影響が強く残る町で、中でも美しいと言われるトルコ式の民家「ビスチェヴィッチ邸 Bischevich's Corner」は戦争での破壊を免れた貴重な建物。

 1992年イスラム、カトリック、セルビア正教の三つ巴の争いのボスニア内戦が勃発した。モスタルではイスラムとカトリックが同盟を組み、セルビア人に勝利した。しかし1993年イスラムとカトリックが殺し合いを始め、美しい橋の最後はあっけないものだった。モスタルのシンボルだった橋がモスタルの人間によって破壊された。1995年に内戦は終結したが、残されたのは廃墟と悪夢のような現実。ここではみんなが自分の家族を殺した人を知っていると言う。あまりに身近なところで殺し合いが行なわれていた。

 今モスタルは50%と言われる高い失業率に苦しんでいる。ケマル・チャモさんは頭に銃弾を受け、マヒが残ったせいで失職した。家もなくした。今は夫婦で家を3年がかりで建てている途中。
 モスタル再生の物語は橋から始まった。町はユネスコの提案を受け入れ、同じ石を使って元通りに橋の再建を決定し、2004年7月23日再開通し、2005年世界遺産に登録された。
 今はありし日の賑わいを取り戻しつつある。夏の日の名物の橋からのダイビングも復活した。無職の若者にとってこのパフォーマンスは重要な収入源。アルマン・ペヒリィさんは戦争相手は憎いが、彼らと共にダイビングしてみたいという気持ちもあるという。彼らは二度と橋を落とさないために努力しています。

http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20061008/access.html


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 ルーマニア・トランシルバニアの要塞教会」

 2006年10月7日放送。岡田理江さんが案内。ルーマニア北西部のトランシルバニア地方は「森の彼方の国」と呼ばれてきた。赤いレンガ屋根が映える美しい村。中心に大きな教会がある。奥に続く秘密の廊下には鉄砲を連射する回転台、重々しい鉄柵がある要塞でもあった。そういう要塞教会が100箇所以上もある。13−17世紀にかけて築かれた。そのうち保存状態のよい7つが世界遺産に登録されている。

●ビエルタン要塞教会
 ブダペストから650km離れたトランシルバニアには快速列車で7月に向かった。そこから車に乗り換えて1時間、のどかな風景が続く。この地方は農業と牧畜が中心。15世紀から100年以上かけて築かれたのがビエルタン要塞教会。外から見るとお城のように見える。石造りの壁は高さが8m。門をくぐるとまた高い壁。荷馬車1台が通れる道を通り抜けるてもなかなか中心に到達しない。広さは14000平方mで、3つの城壁があり、要所要所に見張りの塔が配置されている。教会としてはプロテスタントの教会。今でも日曜日のミサや結婚式に使われている。
 15世紀にオスマン帝国が侵入してきた。目的はハンガリー王国や神聖ローマ帝国といったヨーロッパの大国でしたが、トランシルバニアはその通り道にあったので、要塞にした。

●プレジュメル要塞教会
 オスマン帝国の猛攻をしのいだ教会。高さ12mの真っ白い壁に小さな穴が開けられている。ここは幅9mの壁が特徴。厚さ15cmの鉄の扉、鉄柵がある。中に入ると3階建のアパートみたいな感じで、村の人の避難部屋だった。ルーマニア文化省のイナ・ポスタバールさんが案内してくれた。ネコを使ってネズミを駆除していたようです。壁には攻撃用の穴や鉄砲を撃つ回転台、トイレがあった。15回攻撃されて1回陥落しただけだったそうです。

●吸血鬼ドラキュラ
 モデルとなったのはブラド・ツェペシュ公(1431−76)で、オスマン帝国相手に壮絶な戦いをして、敵の兵士を生きたまま串刺しにしたので、「串刺し公」の異名で呼ばれた。オスマン帝国をも恐れさせたその残虐さが、後の吸血鬼ドラキュラに結びついた。

●シギショアラ
 当時のトランシルバニア地方の中心都市だった。町全体が城壁で囲まれ、戦乱の被害を免れた。トランシルバニアの真珠と称えられる中世の街並みが特徴。
 要塞教会の誕生を解く手がかりが「山上教会」にあった。ビエルタンの要塞教会に造りが似ている。壁にはザクセン語でこの教会の建設に関わった鍛冶屋、陶芸・織物などの職人組合の名前が書かれている。当時、ドイツ系の人々が作ったことがわかった。シゴショアラのシンボル「時計塔」もドイツ系の職人達が資金を出しあって作ったもの。どうして彼らがここに住んでいたかというと、13世紀に神聖ローマ帝国の東にハンガリー王国があり、トランシルバニアはハンガリー王国だった。王は神聖ローマ帝国からドイツ系の人々をトランシルバニア地方に移住させた。戦いの最前線のトランシルバニアに防衛拠点を作ろうとした。つまり移住したドイツ系の人々が要塞教会を作り、自らの命を守ろうとした。

●ビスクリ村
 要塞教会と共に整然とした家並みも世界遺産。家と家の間に隙間がない。高さ5mの壁が城壁のように続いているが、これも敵から守るための防衛システムだった。ドイツ系移民の子孫サラ・ドッツさん宅を訪問した。間口は狭いが、奥行きは広く、畑、家畜小屋まである。豚を2頭飼っているが、1頭はクリスマスに、もう1頭はイースターに食べることにしているそうです。全ての建物が同じように作られていました。
 ビスクリ要塞教会の壁は15世紀に築かれた。サラさんはこの教会の世話をしている。足踏み式のオルガンは200年使っています。

 オスマン帝国との戦いは18世紀に終了するが、20世紀にトランシルバニア地方のドイツ系住民に苦難がふりかかった。第二次世界大戦後、破れたドイツ人はシベリアに連行され過酷な強制労働を強いられて、ここの地方の人も7万人が連行され、1.4万人が死亡した。1989年ルーマニアで社会主義が崩壊すると、多くのドイツ系住民は国外に脱出し、70万人が7万人?に減った。この現実が要塞教会に危機を及ぼしている。この村でも10分の1以下となり、高齢者が多く残った。サラさんの一番の心配はこの要塞教会の将来。いくつかの要塞教会は閉鎖されているものもある。
 サラさんは世界遺産に登録されたので、ガイドの仕事をはじめた。観光客の数は1日20人。サラさんは5カ国の言葉を使って説明している。

●ダルジュ要塞教会
 世界遺産。使われなくなった要塞教会を一風変わった使い方をしている。要塞を肉やハムの共同の倉庫として使っている。石造りなので、温度の変化が少ないため。


テレビ番組「とっておき世界遺産・とんがり屋根の物語」

 2006年7月29日放送。NHK制作。

●南イタリア・アルベロベッロ
 おいしいオリーブオイルで知られる。1500軒を越えるトゥルッリがある。16世紀に領主が土地を開墾させるために農民たちを強制的に住まわせたのが始まり。石灰岩の大地に農民は苦労した。あふれる石を丁寧に築きあげてドームを築いた。屋根の厚さは80cmあり、円形に積むことで外からの圧力に強くなるようにしてある。夏の熱気も冬の冷気も通さない。
 住まいの中は中央の居間を中心に、30平方mの家。水不足が問題で、川も湖もなく、雨もあまり降らない。屋根を利用して雨水が集めて、地下に貯蔵している。そこは元々石があった場所。さらにアルベロベッロ自体の谷の位置にある広場に3つの貯水槽があり、各家庭の水が枯れたらここの水を自由に使える。

●ルーマニア・マラムレシュ地方
 ルーマニアの最北部のカッパドキア山脈。生活の中心は教会で、高さ53mの世界一高い木造教会のシュルデシチ教会。使われているのはヨーロッパトウヒ。もみの木に似た常緑樹。釘は一切使われていない。一面の宗教画は木に描かれている。世界遺産だけど、住民は日常的に訪れている場所。
 人々はトウヒを森の王様と呼ぶ。家の前に建つ立派な門は魔よけで、そこには天にも伸びるトウヒの姿がある。墓地にもトウヒが使われていて、ヨーロッパには珍しい木のお墓で、カラフル。生前の様子が描かれている。
 日曜は礼拝の日。この村は他の都市から隔離されている。村人が寄り添って生活していて、教会は大事な場所。説教は3時間以上続く。教会に入りきれない人も外で聞く。

●岐阜・白川郷・五箇山
 合掌造りで、20−30人の大家族が生活してきた。雪がすべりやすいとんがり屋根。萱を通ってくる蒸気は雪を溶かす。雪の重みで家が壊れないように、圧力を分散するように作ってある。江戸時代の後半から明治時代に建てられた。萱の寿命は40−50年。村人は農閑期に村人総出で行なわれる。萱は1.2万束。代々請け継げられた方法で縄を縛り、つちで叩く。助け合いで絆が深まる。これを「ゆい」と呼んでいる。


テレビ番組「旅サラダ2005年9月は青田典子さんでハンガリー」

 ハンガリーは面積は日本の4分の1、人口は10分の1。初代国王が建国してから1000年のアジア系の騎馬民族の子孫。ルフトハンザで行きました。

●ブダペスト
 ドナウの真珠と言われる。ドナウ川をはさんで西側はブダ地区、東側のペスト地区とからなる。かつては独立していた2つの街をつなぐのが鎖橋で、1849年に完成した。
 ブダ地区のケーブルカーに乗る。3段の箱みたいな可愛い車。Budavari Siklo(シクロー)で、料金は登り 650フォリント(Ft)(約360円)、下り550Ft(約310円)(営業時間:7:00-22:00、定休日:毎週月曜)。絵ハガキに使える景色です。到着したのは、王宮の丘。
 王宮はかつての政治・文化の中心だった。周辺には中世の面影を残す街並みが残っている。まずは「漁夫の砦 Halaszbastya 」という展望台に行く。初代国王の聖イシュトヴァーンの銅像がある。昔漁師がこのあたりから牛を守っていたことから、この名前がある。入場料330Ft(約180円)、営業時間 9:00〜22:00。ドナウ川とブダペストの街並みがきれいに見えます。この景色は1987年に世界遺産に登録されました。
 マーチャンシュ教会 Matyas templom (H-1014 Budapest, Orszaghaz u. 14., Tel/Fax: 36-01-486-0717, 入場料:大人 600Ft(約340円)、子供半額。ガイド機貸し出し300Ft(英語あり、日本語なし)。10月〜4月 9:00-17:00、5月〜9月 9:00-21:00、コンサートなど催し物があるときは入れない。)昔は結婚式や戴冠式が行なわれた。白い尖塔と色鮮やかなタイル屋根が特徴。建物の中もきれいで今まで見たことがないような内装。壁は茶系統の唐草模様。

 宿泊は1918年に建てられたクラシックな豪華ホテル「ダヌビウス・ホテル・ゲッレールト Danubius Hotel Gellert 」(1111 Budapest, Szent Gellert ter 1.、Tel:36-1-889-5500、予約用Tel:36-1-889-5501、Fax:36-1-889-5505)。窓はステンドグラス。今回は423号室の右の部屋の角部屋。ドナウ河と橋が目の前に見えるデラックススイートで、1泊300ユーロ(4万円)。スペリオルダブル170ユーロ(約2.3万円)〜。ここの温泉がお勧めで、入浴料1700Ft(約950円)。営業時間は4〜9月 6:00-18:00、土日は16:00まで、10〜3月 6:00-17:00。ホテル宿泊者は無料。ホテル内の通路とエレベータを使ってプールにいくことが出来る。温泉の入口は豪華で、大聖堂みたい。アーチ型の開閉式天井や大理石の柱が豪華。野外温泉プールもある。波が強い(笑)効能は関節痛、神経痛、リュウマチ、冷え性、気管支炎など。波のないプールもあります。

 ハンガリーは温泉大国。このホテルの温泉以外にもいろいろな温泉がある。古代ローマ人が発見してから2000年。16−17世紀のオスマン帝国時代は公衆浴場の他、社交場としても利用されていた。その後、人々の憩いの場として利用されている。
 キラーイ温泉 Kiraly furdo (Tel:36-1-212-3688)は、蒸気サウナ(ドーム風呂:少し暗い)1100フォリント。営業時間 女性:月・水・金で、7:00-18:00(受付は17:00まで)。男性は火・木・土で、9:00-20:00(受付は19:00まで)。
 セーチェニ温泉 Szechenyi Gyogyfurdo (住所:Allatkerti krt.11、Tel:36-1-363-3210)は、入場料 個室更衣室使用:2300フォリント(約1300円)、集団更衣室使用:2000フォリント(約1100円)。2時間以内の入浴なら800フォリント返金。営業時間 6:00-22:00。定休日 12/25,イースター。上記の料金で、サウナやフィットネスも楽しむことが出来る。マッサージは別料金。温泉内でチェスをしている人がいる。古風で豪華な建物の普通はある真中の庭の部分にプールがある感じで、明るい。

 ワインセラーを改装したレストランでハンガリー料理をいただいた。「ブダフォキ・ボルカタコンバ Budafoki Borkatakomba 」(住所:1222 Budapest,Nagytetenyiut 64.、Tel:36-1-424-7955、227-0070、Fax:36-1-226-7371、☆営業時間 18:00-24:00)。店内にはワインの樽が並べられていて、その中で食事もできる。樽は黒地に赤の線できれい。料理は、前菜はフォアグラのテリーヌで「トカイ風フォアグラ ジンジャーペッパーソース」1800Ft(約1000円)、これに合うワインを出してもらった。ワイングラスが変わっていて、ストローで呑む。ワインはデザートワインで有名なトカイワインでフォアグラの下味としても使われている。トカイ・アスー(貴腐ワイン)1ボトル4200Ft(約2400円)。メインは「ロールキャベツ」1200Ft(約670円)。ただ発酵したキャベツを使っているので、少し酸っぱい。中にお米が入っている。おいしいそうです。食後に料理をさせてくれました。料理に入れるワインのテイスティングもさせてくれますが、長い柄のワイン注ぎから直接口に放入してくれます。青田さんが作ったものをお客さんに味見してもらった。作ったのは、「タルホーニャ」で、ハンガリーのインスタント食品で、水で戻して食べるパスタのようなもので、塩・こしょう・香辛料で味付けされている。焼きそばの味に似ているそうです。ここでは伝統的なハンガリー・ダンスを見ることもできるし、お客も参加していました。

 ドナウ河のナイト・クルーズ(住所:Legenda KFT,1115 Budapest,Fraknou.4.,、Tel:36-1-317-2203)に出発。乗船料は、昼:3600Ft(約2000円)、夜:4200Ft(約2400円)。ナイトクルーズは乗船するとシャンパンが振舞われる。とても幻想的な景色で綺麗でした。

 ペスト地区の「中央市場 Vasarcsanok 」(住所:Fovam krt.1-3、Tel/Fax: 36-01-486-0717、営業時間:月 6:00-17:00、火〜金 6:00-18:00、土 6:00-14:00、定休日:日曜)に行く。1897年にオープンした140軒の市場。パプリカが多い。唐辛子のようなパプリカは香辛料として使う。サラミが並んでいる。サラミにはパプリカが入っていて、少し辛いが香りもすごいそうです。衣料品やお土産屋さんなどもある。

 ブダペスト1の繁華街ヴァーツィ通り。いつも人々で賑わうオシャレスポット。このあたりでお勧めのお店は「ジェルボー Gerbeaud 」(住所:Vorosmarty ter 7、Tel:36-1-429-9000、Fax:36-1-429-9009、営業時間 夏期 9:00-23:00、冬期 9:00-21:00、定休日:年中無休)で、1858年創業の大人気のカフェ。色とりどりの可愛いお菓子やケーキがたくさん並んでいる。今回は、ドボシュ(Dobos)650Ft(約360円)で、キャラメルとチョコレートとスポンジの層が可愛い昔から大人気のケーキ。エリザベートも常連だったという。

 ドナウ河沿いに堂々としているのが国会議事堂で、20年の歳月をかけて1902年に完成した。中はきらびやかで、金箔が何とも豪華。休憩所もきれいで豪華。ちょっと一服するための葉巻置きもあり、ちょっと変わった彫刻もある。おいしいフォアグラを作る女性とガチョウの像とか、絵描き、郵便屋など、いろいろな職業の人を表し、議員が自分が国を代表していることを感じる。議会場は金ぴかで、きらびやか。オペラハウスみたい。床は緑、座席が赤。中央ホールには歴代国王が実際に身につけた王冠が置いてある。950年の歴史を持つ王冠の上の十字架が斜めになっていてリアリティがある。
 住所:Kossuth Lajos ter 1-3、Tel: 36-1-441-4904、4038、4412、4415、Fax:36-1-441-4801。入場料2300Ft(約1300円)。但し、EU国民は無料。入場時間 平日 8:00-18:00、土 8:00-16:00、日 8:00-14:00。定休日:毎週月曜。毎週月曜に議会がある。毎日14:30〜日本語が話せるガイドによるツアーが行われている。ボディチェックとかも厳しいそうです。

 驚くほどの美貌と抜群のスタイルからヨーロッパ全土に人気のある王妃エリザベート(1837-1898)のゆかりの地を訪ねる。ウェストは50cmだったそうです。

 「国立オペラ劇場 Magyar Allami Operahaz 」(住所:Andrassy ut 22、Tel:36-1-332-8197、見学ツアー料 2400Ft(約1300円)。時間帯は15:00〜、16:00〜でガイド付き。所要時間40〜45分。オペラ歌手によるパフォーマンスは頼めばやってくれる。値段は人数などで異なる。9月〜6月までは毎日公演。1884年に完成。エリザベートもお忍びでここをよく訪問した。シシィの部屋は舞台に向かって左上。国王専用の部屋に行ってみた。天井もすごい!

●ヘレンド Herend
 磁器は世界的に有名。ブダペストの西。1820年頃から盛んになった。エリザベートを始め多くの王侯貴族に愛された。歴史的な名品がある「ヘレンド博物館」を訪問した。ヘレンドが設立した頃は、ドイツのマイセンが盛んで、中国の影響が大きかった。日本の有田焼をモデルにしたものもある。有名なシリーズはイギリスのビクトリア女王が一目惚れし、愛用した「ヴィクトリア」。ハプスブルグ家の食卓を飾った「ウィーンの薔薇」。エリザベートのために作られた「グドゥルー」。住所:Kossuth Lajos u. 140、Tel:36-88-523-247、ミニ工場と博物館共通券1400Ft(約780円)。営業時間 4〜9月 9:00-17:30、10〜3月 9:00-16:30。受付は終了1時間前まで。
 ヘレンド・ミニ工場 Herend Minimanufactory を訪ねた。全て手作業で作られている。動物の毛は鉄製のペンで色をのせていく。使う色は1000種類にも及ぶ。絵付けを体験させてもらった。ミニ工場では、ヘレンド磁器の薔薇を作らせてもらえたり、絵付けなども体験できる。

●グドゥルー宮殿 Godollo Royal Palace
 ブダペストの北にあり、エリザベートが別荘代わりに使っていた宮殿。お城での生活が窮屈でここに逃亡していた。国王フランツ・ヨーゼフの部屋は赤を基調としている。使われていた家具や日用品などがそのまま置いてある。エリザベートのために作られたヘレンド磁器も置いてある。エリザベートの部屋はすみれ色を基調としている。ここで普段できなかった子育てや読書を楽しんだ。乗馬が大好きだったので、控えるように言われていたが、ここでは自由に楽しんだそうです。エリザベートは横乗り(シシィ乗り)をしても驚くほどの腕前だったそうです。青田さんも特別に乗せてもらいました。
 住所:1111 Budapest, Szent Gellert ter 1.、Tel: 36-28-415-402、入場料 1400Ft(約790円)。ガイド付きツアー1人2680Ft(約1500円)。

●ヘーヴィーズ Heviz
 ハンガリー西部の温泉保養地。季節を問わずヨーロッパ各地からたくさんの人がやって来て、のんびりしている。みんな浮き輪を持っている。湖全体が温泉というヘーヴィーズ温泉。広さは4.7ヘクタールで東京ドーム並で、水深は一番深いところで38m。ほのかに温かいという感じで、硫黄の匂いがする。リュウマチや関節炎、慢性の神経痛、婦人病などに効く。妊娠中の女性や心臓病の人は入れない。水温は夏は33度、冬で26度。湧き出た温泉は川に流れ、約30時間で全て入れ替わるので、フレッシュ。
 Tel:36-83-340-455、Fax:36-83-340-464、営業時間 8:30-18:00 (入場は17:00まで) 。入場料1600Ft(約900円)、3時間の場合:900Ft(約500円)、4時間:1200Ft(約670円)、5時間:1400Ft(約780円)。更衣室(個室)を借りるには1200Ft(約670円必要)、水着レンタル 300Ft、タオルレンタル 300Ft、うきわレンタル 300Ft。

 宿泊は温泉の近くの「ログネル・ホテル Rogner Hotel & Spa Lotus Therme 」住所:H-8380 Heviz, Lotuszvirag utca,Pf. 80、Tel: 36-83-500-500、Fax: 36-83-500-591。プールサイドダブル 62ユーロ〜(約8300円〜)。屋外プールの水はヘーヴィーズ湖の水を利用している。
 ホテル内の温泉を利用したスパ「ロータス・テルメ・ビューティ・スパ」が人気。全身の泥パック(25分)6600Ft(約3700円)、効用:血液の循環がよくなったり、筋違えの痛みなどを和らげる。高血圧の人や心臓病の人はできない。泥は真っ黒で、少し温かいそうです。ここの泥は酸素やミネラルを豊富に含んでいるそうです。全身に塗って、シートをかけてそこに温泉のお湯を入れると気持ちがよくなるそうです。

●バラトン湖 Balaton
 西部にあるリゾート地。中央ヨーロッパ最大の湖で、面積600平方kmで東京都と同じ大きさで、ハンガリーの海と呼ばれている。水深は2−4mらしい?夏には休暇を楽しむために多くの人が集まってくる。ヨットに乗ってみたが、風が強かったので、かなり傾いたようです。日頃波もないようです。ヨット(1時間)12000Ft(約7400円)で、ステファニアレストランのすぐ横から出発。
 湖で取れた魚を料理するステファニア・レストラン。(住所:Balatonf u red Tagore Promenade1.、Tel: 36-87-343-407、営業時間 10:00-24:00 )。スープは「バラトンのハースレー」910Ft(約500円)はパプリカで煮込んだ鯉のスープ。普通はスープだけ飲み、鯉の身は食べない。メインは「シュッルーの姿焼き」かますの塩焼きで、10グラム59Ft(約30円)。日本人好みの味だとか。このレストランは100年以上前にボートハウスとして建てられたもの。
 夕陽は湖に反射してとてもきれいでした。

●ひまわり畑
 夏の風物詩ひまわり畑。毎年7−8月にハンガリーじゅうで見かける。

●メゾーコウェシュド Mezokovesd
 ハンガリーの北東部で、ハンガリー刺繍で有名。250年前に庶民の手から生まれた刺繍を今に伝えているマチョーと言われる人々が住んでいる。刺繍屋さんを訪ねた。「マチョーの刺繍屋 Matyo Himzes 」で、この街では、赤いざくろの花やチューリップを刺繍にするのが特徴。コワーチ・サボルチュネさんの作品。可愛い帽子と緑の服のおばさんですが、民族衣装だそうです。作業を見せてもらいました。繊細な刺繍です。1枚仕上げるのに1ヶ月かかるそうです。場所はヴィラゴゾー家具屋のすぐ隣。
 ご主人のコワーチ・サボルチュさんは家具を描いているそうです。「ヴィラーゴゾー家具屋 Butorviragozo 」で、住所:3400 Mezok o vesd,Kisjanko Bori u. 10、Tel:36-49-500-288。営業時間 10:00-17:00。(5〜9月までは休みなし)。コルク500Ft(約280円)、人形(木製)1200Ft(約670円)。

●ホッロークー Holloko
 ハンガリー北部中央で、14世紀に建てられた城に見守られるかのようにたたずむ村で、ハンガリーの古きよき伝統を今に残す。1987年、ユネスコの世界遺産に登録された。120年前から村の様子はほとんど変わっておらず、中世そのままの雰囲気が残っている。パローツと呼ばれる民族のみなさんは白地に緑や赤の線の民族衣装を着ていて、歓迎の歌を歌ってくれました。みんな小さい頃から刺繍を習って、自分の衣装を自分で作るそうです。料理を作ってもらいました。パプリカとサワークリームが入った「パローツ・スープ」の中には、ジャガイモと豚肉とインゲン豆が入っていて、タラゴン・ローリエといった香辛料で煮込む。まろやかでおいしいそうです。ガチョウのお肉とジャガイモを炭火で焼いていた。カリッとして、臭みもないそうです。食後に民族衣装を着せてもらった。みんな素朴に生きていました。屋根裏部分の壁に異なる図柄やイニシアルがくり抜かれており、これが家の表札の役割を担っている。


●トカイ
 ハンガリーの東北部。世界有数のトカイ・ワインの産地。宿泊は「ホテル・デーゲンフェルド Grof Degenfeld 」(住所:H-3915 Tarcal, Terezia kert 9.、Tel:36-47-580-400、Fax:36-47-580-401)。デーゲンフェルド伯爵の宮殿を改装して作られたホテルで、スペリアダブルは1泊28200Ft(約15800円〜)。オレンジ色の壁と朱色のベッドカバーが印象的。ホテルの裏にはトカイワインをつくるためのブドウ畑が広がっている。甘いブドウにするために、ブドウの房は1つの枝に3つしか残さない。残りは切って土の上に放っておく。余分な葉も落とす。白の「トカイ・マスカット・ルネル Tokai Muscat Lunel 」を飲ませてもらった。少しスパークリングで、少し酸味がある。
 この地方は貴腐ワインでも有名で、貴腐菌というカビがついて、干しブドウのようになり、水分が蒸発して甘味が凝縮する。フランスのルイ14世に「ワインの王様」と呼ばせた極上ワイン。
 貴腐ワインのワインセラー「オレームス・ワインセラー Oremus Winery 」(住所:3934 Tolcsva,Bajcsy-Zs.u.45.、Tel:36-47-384-505,520、Fax:36-47-384-504)を訪問した。迷宮のような中を案内してもらった。見学&試飲料 3500Ft(約1960円)。通路の天井にはカビがびっしり。700年前からはびこっていて、これが室温を一定にするそうです。100年前のボトルも保存してあった。合計7種類のワインを試飲することができる。今回は、Oremus Okaji Aszu 2000をいただいたが、等級は3〜6の4段階あり、ラベルの下に 3 Puttonyos などと書いてある。6だと甘さと香りが強くなる。まずは「トカイ・アスー」2000年もの(3プットニョス)、次いで同じものの6プットニョス。キンモクセイのような香水のような香りだそうです。2800Ft(約1570円)。

●ティサ湖
 ティサ湖ツアー(所要時間約2時間)7000Ft(約3920円)に参加。この値段で最大3人まで乗船できます。湖面に咲くスイレン科の植物や、たくさんの野鳥を見ることが出来る。 ティサ湖は自然保護区で、200種類を越える野鳥や植物の宝庫。魚がたくさんいるので、珍しい鳥も多くいる。白いスイレンも咲いている。黄色の花のコウホネというスイレン。黄色い絨毯のように広がるのがアサザで、毎年6〜9月に咲くスイレン。
 移動中にコウノトリを見つけた。電柱の上の方に巣を作っていました(笑)

 1833年に完成したハンガリーで最も古い石橋「9つのアーチの石橋」を渡り、ハンガリーの現風景を見に行った。

●ホルトバージュ
 トカイの南南西、ティサ湖の東。ひまわり畑がきれい。4.5万平方kmの大草原プスタ Puszta は九州と同じくらいの広さ。その中の世界遺産「ホルトバージュ国立公園」。ガイドのワルガ・エメシュさんと12人乗りの2頭馬車に乗ってプスタツアー(2時間)2000Ft(約1120円)に参加。途中動物たちに出会えたり、騎馬民族の馬術ショーを見物することができる。
 まずマンガリツァというコレステロールの低い豚。餌をやってみました。ラッカというねじれた角の羊。体が灰色の灰色牛は角が立派。青色の服を着たマジャール族の牧童たちが放牧していた。馬の背に立って操縦していました。馬を寝かせる技、座る技も見せてくれました。角の笛も作ってくれました。牛飼いのスープ「グヤージュ」を作ってくれました。牛肉とジャガイモで赤い色ですが、おいしいそうです。


テレビ番組「憧れ!!夫婦で海外ロングステイ“外国と日本半年ごとの楽園生活”」

 2004年10月4日放送。 桂菊丸、松本明子、大東めぐみ、林マヤさんが案内。テレビ東京製作。

●インドネシア・バリ島
 女性に人気で、リゾートホテルが立ち並ぶ。南田豊幸さん(58歳・バリ在住5年)はスキューバ・ダイビングに魅了され、5年前にロング・ステイを決意。若返りに秘訣だという。

 メインビーチから車で30分のウブド Ubud は芸能・芸術の村。村のいたるところで無料絵画教室が開かれている。子供たちがやっている、伝統舞踊教室も無料で、誰でも参加できる。
 光森登司子(65歳)史孝さん(65歳)はバリ在住1年。大阪で暮らしているのと同じ感覚で、日本語で値切っている。神戸の新聞社に勤めていて、11年前に初めてウブドを訪れ、その魅力に取り付かれ、1995年にコテージを購入。奥さんの定年を期に本格的なロング・ステイを始めた。現在は6ヶ月毎に日本とウブドを行き来し、ビザを更新している。遅めの朝食は「タマン」というレストランで、日本語のメニューも常備。焼きそばトマト風味は1.4万ルピア(180円)で、今回7品で12.6万ルピア(1500円)。香辛料が控え目で日本人の口に合うそうです。自分の好きな時間が取れるし、重労働の食事作りから開放されるのがいいそうです。お昼は昼寝。
 住まいはヴィラ・ビンタン Villa Bintang で田園の中。20年契約で土地を借りて、友人達と協力して5棟のコテージを作った。1995年に購入価格は2.08億ルピア(260万円)。テラス、12畳のリビング、高い天井とタイル張りの床、風は素通し、家具もバリで調達し、たんす一式240万ルピア(3万円)。ただ気になるのは萱葺き屋根で漏れるかもしれないとか。大工さんも「ティダアパアパ(気にしない)」と言うそうです。
 現在、年金収入が月40万円、支出は外食中心で4万円、電気代・光熱費等が2万円、交遊費が4万円の合計10万円。ご主人は何もしないために来たから楽しいそうです。奥さんは趣味の陶芸を1日じゅうしています。時折乗馬もするそうです。
 夕方からはお寺に行って、ジュゴク演奏とバリダンスを観ました。毎夜必ずどこかで開催されているそうです。最後は舞台に上がって踊りを楽しみました。

 ロング・ステイする人への物件紹介。初心者にはヴィラIKS。バリ建築でメイドさん付きで家賃は2名朝食付きで月800万ルピア(10万円)。持ち家派の人には日本人向けの2階建の築3年中古一戸建て2LDK(45坪)で、2寝室、土地は242坪(鶏付き)で10億ルピア(1250万円)。
 バリ島が人気の理由は医療体制が充実しているため。SOSクリニックは24時間診察してくれて、日本語通訳付き。

●マレーシア・ペナン島 Penang
 桂菊丸、松本明子さんが案内。市場では食材が豊富。プラウティクス市場 Pulau Tikus では、海老が600g20リンギットRM(600円)。ピーマン1kg5RM(150円)、大きなトウモロコシは1個90セント(27円)、牛肉は1kg14RM(420円)、鶏肉1羽8RM(240円)。ここで香川県から来た木村令子(66歳)・良香(64歳)夫妻に出会う。ペナン在住6ヶ月。「これ3つ」、「これ2つ、骨抜いて」と日本語で指示していました。木村さんは全部日本語ですと言っていました(笑)下手な英語使うよりはコミュニケーションがいいそうです。

 パンタイ通り Lobuh Pantai はオフィス街で、ペナン島の経済の中心地。そこにある「スリウェルド・フード・コート Suri-weld Food Court」は屋台村。ここには中華系、インド系もあり、OLさんもここで食べる。ラーメン1杯2RM(60円)。チンタン・ライスは海南・・という店のチキン・ライスで3RM(90円)。きし麺炒め3RM(90円)、スープミーフン3RM(90円)。ラスラマ1RM(30円)はカレー味のちまき。毎日通っても飽きません。ここで、加藤英紀(60歳)・伸代さん(56歳)ペナン在住1ヶ月の夫妻に出あった。設計事務所を退職してペナンに来たという。奥さんはご飯作らなくてもいいので楽だという。町の中でもひときわ高くそびえるガニーパーク・コンドミニアム Gurney Park に住んでいて、家具は備え付け、3寝室、プール・テニスコート付きで3LDKで家賃は月2400RM(7.2万円)。ここは木の床です。娘の真由美さん(31歳)と真紀子さん(28歳)とは毎日メールしているようです。英紀さんは週2回はゴルフを楽しむ。シニアは料金は平日で80RM(2400円)。伸代さんは英会話スクール。

 物件を紹介。タンジュン・パーク・コンドミニアム Tanjung Park はホテルのような豪華さ。中は靴を脱いで入ると、白を基調とした部屋で、家具など備えてあって、居住者専用プールもあり、3LDKで月2300RM(7万円)。

 マレーシアの観光ビザは有効期限が3ヶ月、マレーシア移民局 Malaysia Immigration で長期の滞在の申請が必要。マレーシア・セカンド・ホーム・プログラム(リタイアメント・ビザ)があり50歳以上の夫婦の場合、マレーシア国内の銀行に15万RM(450万円)以上の定期預金があるか、月の収入が1万RM(3万円)以上あることがまず条件。マレーシア国籍を持つ保証人が必要だが、移民局公認団体「ロング・ステイ財団」トロピカル・リゾート・ライフスタイル社 Tropical Resort Lifestyle が保証人になってくれる。移住したいという日本人のほとんどがここにお世話になっている。石原彰太郎さんが言うには、このプログラムは日本人のためにできたようなもので、日本人は歓迎されている。この保証人代行サービス(ビザ取得手続き込み)で1500RM(4,5万円)。
 マレーシアでは人差し指で人をさすのは非礼。親指でさすのが礼儀。

 ロングステイ成功の秘訣は「何か新しい事にチャレンジする」ことかもしれない。桂さんは水上バイク1時間50RM(1500円)に挑戦した。乗馬15分40RM(1200円)〜、パラセーリング1回50RM(1500円)もある。

●カナダ・ビクトリア Victoria
 大東めぐみさんが紹介。古きイギリスの文化を色濃く残す町で、花々がきれい。バンクーバーの近くで、年間平均気温は15度で、人口は30万人。町を歩くと車イス利用者が多いことに気がつく。この町はバリアフリーの町と言われている。充実したセカンド・ライフを過ごしたいシニアに大人気。地元TVリポーターのキング・リーさんが案内してくれた。
 三戸紀昭(64歳)・和子さん(57歳)夫婦はビクトリア在住4年。日本では安い車に乗っていたが、今はオープンカーに乗る。4年前に大阪の家を売り、ここに来たそうです。観光ビザ期限の6ヶ月ごとに日本に帰国して更新しているそうです。退職金で買ったローレル・ポイント Laurel Point というコンドミニアム。白の基調の部屋で、2寝室、プール・ビリヤード・サウナなどのレクリエーション設備も完備していて、窓からビクトリアの町が絵ハガキのように見える。値段は1500万円弱。オークベイ・マリーナ Oakbay Marina も近くレジャーも格安で遊べる。 フィッシング・クルーズは6時間貸切で300 Can$ (2.5万円)。
 年金月24万円、支出は食事7万円、交遊費5万円、その他10万円で22万円。奥さんは一軒屋に畳を入れ、茶室にして(改装費40万円)、お茶を教えています。賃料は月950Can$(8万円)、週に2−3度、集まる生徒は20人、ほとんどがカナダ人。好きなことを自由にできるのがいいという。

 シニアを大事にする憩いの場がある。モントレイ・センター Monterey Center は年会費31Can$(2600円)で施設が使える。エクササイズ教室、Oak bay Library に行ってみた。センターからは無料送迎バスの利用が可能。
 老人ホームも充実しており、パークウッド・プレイス Park Wood Place は平均的な老人ホームで健常者100名と要介護者80名が入居している。看護士も24時間体制で常駐している。入居2年目のウクライナ出身のメアリー・ハートウッドさん(75歳)にお部屋を見せてもらった。朝食付きで1LDKで月1650Can$(15万円)〜。ディナーは体調や好みに応じて、好きなものを選べる。気の合う友人と食事ができます。

 コモソン・カレッジ Comosun College という1914年からある大学は10学部、生徒数7800人。根元さい子さん(62歳)はここの英語中級クラスに在学中。学生ビザを取得して来た。観光ビザは6ヶ月毎に日本で更新する必要があるが、学生ビザは1年間有効で、カナダ国内での更新も可能。奥さんの学生ビザがあれば、その家族も滞在が可能。ご主人は根元剛さん(66歳)ビクトリア在住3年。体調を崩したご主人の療養と勉強のために、気候・環境のいいビクトリアに来て、毎日の散歩で健康を取り戻したそうです。

 広瀬早智子(61歳)・清さん(64歳)は定年とともにこの町に来て、4年。日本とカナダ半年ずつの生活。カナダではホーム・パーティをして友達を増やしている。

●タイ・チェンマイ Chiang Mai
 タイ国内で日本人に一番人気がある町。北方のバラと呼ばれる。年間平均気温25.7度、人口160万人、日本人900人。各種手続きを日本語代行サービスしてくれる会社がある。ロングステイ財団サロンのAPC。ランナー総合病院 Lanna Hospital にも日本語表示がある。通訳してくれる日本語カスタマーサービスの山路志乃さんもいる。
 築2年3LDKの大きな家に月の家賃は1万バーツ(2.7万円)、生活費はメイドさん付きで月6万円。齋藤和彦(65歳)・トモさん(59歳)はチェンマイ在住1年。奥さんはピアノを弾いている。

 不動産を紹介。ルンシン・ハウジングの前原藤吾さんは「この2年間で激変している」という。日本人が満足できる物件は4万〜5.5万円くらい。現在チェンマイ郊外は怒涛の新築ラッシュ。そのどれもが日本人の住みやすさを追求したもので、リビングやキッチンが広い。市街地から車で20分で、3寝室の3LDKで月2万バーツ(5.4万円)。20年の長期リースで土地を借りて家を建てるという方法もある。20年リースの土地120坪と建物(3LDK)で700万円。今は日本でインターネットで物件探しもできる。

 インターネットで探して来たという太田公威(61歳)・美鈴さん(59歳)夫妻は、化学関係の会社を早く退職し、チェンマイ在住1ヶ月。現在は貯蓄と年金(月24万円)で生活し、寺院を巡るのが楽しいとか。メイドさんに週1度掃除をしてもらう。2LDKで月7000バーツ(1.9万円)で、NHKも見られる。奥さんは料理好きの田村千代子・松尾静江さんと月に数回タイ料理教室に通う。コック長はデーンさん。今日はパット・サトー・クンソット(海老とサトー豆の炒め物)。現在1ヶ月でヤムウンセン(海老と春雨のサラダ)、リス族の料理の「バラ肉とインゲンの炒め物」、タイ風焼きそば、パット・パックファックトーン(カボチャの炒め物)、トムヤムクンなどの10種類近くの料理をマスターした。屋台に興味しんしんで、ロティというタイ風パンケーキは、卵を包んで焼いて最後にコンデンスミルクをかける。15バーツ(40円)でおいしいそうです。ルワムチョーク市場で買物。「ロット・ダイマイカ」(まけてください)を連発していました。奥さんはタイの人を家に呼んで料理を食べてもらって、味の調節をしている。

 JATSチェンマイ語学学院の有澤剛さんはタイ語は難しいという。犬、馬、来るが、「マー」、「マー」、「マー」だそうです(笑)

●ブルガリア
 広さは日本の3分の1、人口は800万人、平均気温は春〜夏が16度、秋から冬は5度。在住日本人は130人。聖ソフィア像が首都ソフィアのいたるところに見られる。健康で長生きできて、金利で暮らせる国。文字はキリル文字。30日以内の滞在はビザが不要。長期ビザはブルガリアからの推薦状等が必要。現在ロングステイしている日本人は10人ほど。林マヤさんが案内してくれました。
 まずは130店舗がひしめく、ソフィア最大のショッピング・モール「セントラル・ハリ」に行く。通過はレフ(レヴァ)で1Lv=70円。すいか1玉2.38レヴァ(168円)、茄子1kg0.45レヴァ(32円)、トマト1kg1.05レヴァ(73円)、ヨーグルト450g0.51レヴァ(35円)。

 ブルガリアで「はい」は「ダー」で首を横にふり、「いいえ」は「ネ」で縦にふります。他にも違うのは、トイレで紙は流さないということ。掲示板に顔写真がよく貼ってあるが、これは亡くなられた方の写真です。

 夫婦でのブルガリア移住第一号で地元の新聞にも出たのは高田遼(55歳)・さとみさん(54歳)。ソフィア中央駅から電車に乗ってひまわり畑の中を通って、バルカン山脈の麓にあるソフィアの東のシプカ Shipka に向かった。ソフィアからカザンラクまで3時間12分、特急1等車で12.9レヴァ(910円)。ここで車に乗り換えて30分、バラの谷に向かう。ここのバラは、香料用のバラの世界のシェア80%になる。原料となるのはダマスクローズで開花時期は5−6月。250本のバラを使って100mlしか取れない。エッセンシャルオイルはわずか0.5mLで50レヴァ(3500円)。午後8時に到着。
 高田さんはブルガリア在住3年3ヶ月で、元翻訳家。こちらでは働かなくても住んでいけることに気がついた。家具は備え付けの2DKの30坪の賃貸で、庭付き一戸建てで、月8400円。生活費は月3−5万円だそうです。銀行の金利が1年もので7.5%なので、1400万円の預金で利子が年間105万円、生活費が年間60万円なので、年間45万円ずつ増えている。奥さんはとうもろこし、きゅうりなどを作って、味をブルガリアに広めるのが夢だそうです。
 高田さんの紹介でシプカに住み始めたのは、板橋賀津男(76歳)・初枝さん(65歳)でブルガリア在住6ヶ月。1LK約21坪に住み、家賃は180レヴァ(12600円)で、年金が月10万円。唯一の不満はバスタブがないことくらい。こちらは自然に囲まれてこせこせしてないのがいいそうです。村のお祭りも楽しそうでした。

 オーガスタ・スパ・ホテル Augusta Spa Hotel は温泉療法で有名。ブルガリアには550箇所以上の温泉がある。メディカル・チェックしてから入浴する。人それぞれの症状にあわせてマッサージをしてくて、初めて水着を着て湯船に入る。お湯の中に、リラックス効果がある黒松オイルを入れている。料金は26レヴァ(1800円)〜で、神経痛、疲労回復、ストレス解消に効果があるそうです。

 クルンスコ・ハンチェで食べて健康になる。ブルガリアの料理は乳製品が基本。冷製ヨーグルトスープの「タラトール」はハーブがトッピングされている。ギョベチェという壷焼き料理は、野菜と白チーズの煮込み。これにワインとサラダをつけて3人で22.4レヴァ(1550円)。

●コスタリカ
 コスタリカはスペイン語で豊かな海岸という意味。九州と四国をあわせたくらいの面積で、国土の24%は国立公園。地球上の全動植物種の5%が生息し、映画「ジュラシック・パーク」の舞台として一躍有名となった。森の中にはイグアナ、青と赤い鳥ケツアール、ハチドリなどが生息する。首都はサンホセ。人口は33万人で在住日本人は350人。中南米一と言われる治安のよさ。年間平均気温は22度で、公用語はスペイン語。90日以内の滞在はビザが不要。移住ビザ(ペンショナード・システム)は、毎月600ドルの年金を受給していること、1年の内最低4ヶ月はコスタリカに居住することを実現すれば、比較的簡単に移住できる。

 栃木県の加瀬一夫(63歳)・キヨさん(54歳)が移住を計画中。理由は長男の和城(31歳:旅行代理店勤務)・マルセーラさん(27歳)が家族で住んでいて、孫の匠(3歳)とは一度もあったことがないので行ってみることにした。日本とコスタリカに半年ずつ住むのが夢だそうです。和城さんの家は5年前に500万円で購入したもので4LDK。
 中央市場に行ってみた。1コロン=0.25円で、じゃがいも1kg290コロン(73円)、トマト1kg250コロン(63円)。近くの食堂で食べてみた。「カサード」というコスタリカの一般的な定食で、米や豆を基本に、鶏の足のフライとスパゲッティとトマトとポテトチップス。1皿800コロン(200円)。コッテリなので自分で作る方がいいと判断した。スーパー・ソニーに寄ってみて、征露丸、ビオフェルミンなどを発見。サンホセ・シーマ病院も頼りになる。最新機器も揃っていて、旅行者用の保険も効くので心強い。
 ラフティングに挑戦してみた。1回33200コロン(8300円)。奥さんはコスタリカの花々に心を奪われていた。スケッチが昔から好きなので、ずっと描いていたら、孫たちも描きはじめました。那須に比べても気候がいいので楽だそうです。

 物件を紹介。アパルトテル・ラ・サバナ Apartotel La Sabana は静かなプールサイド、キッチン付きの1LDKで1ヶ月約8万円〜。

●マレーシア・ペナン島で本音トーク
 ホテル・パラダイスで7組のご夫婦(加藤、木村、湯沢、石渡、竹丘、木村、大橋)に来てもらって話しをしてもらった。海外に暮らして本当によかったことは物価が安いこと、食事がおいしいこと、メイドさんがいること、しがらみがないこと。
 夫婦関係におきた変化は、一人では何もできないので、二人で一人っていうことがわかったこと。二人の考え方が違うっていうことがよくわかって、お互いを見つめなおして、夫婦はこうやって生きていかないといけないとわかったことだそうです。
 全員ここに来てよかったと言っていました。


テレビ番組「知られざる魅惑の国・爆笑!ブルガリア3人旅」

 2004年8月7放送。渡辺正行、加藤貴子、内山信二さんが出演。黒海に接する東ヨーロッパの神秘の国 Bulgaria。今も豊かな自然があふれ、歴史と伝統がしっかりと根付き、素朴で穏やかな雰囲気に満たされています。面積は12万平方kmで、日本の3分の1、人口は797万人。今回はアリタリア航空で行ったようです。内山さんはブルガリアのライフスタイルを身に付け、加藤さんはヨーグルトを壷で作ることに挑戦した。
 面白いのは、「ハイ」の場合は、顔を横に振り、「いいえ」の場合は、顔を縦に振ります。関西テレビ製作。

●ソフィア
 広場に体重計がある。1回測定5円くらい。125kgまでなので内山さんはダメでした。ラブブリッジというのがある。夕方には恋人たちが愛を語り合う名物スポット。ここで日本語がペラペラのガブリエラ・スラボバさん(14歳)に会い、お宅に伺った。2003年10月から7ヶ月間、大阪の中学校に留学したそうです。合唱団に所属していて、日本中をまわったそうです。自家製ヨーグルトをいただいた。一緒に作ってみた。まず牛乳を温め、ガラス瓶に入れ、ヨーグルトを少量加えて混ぜて、蓋をして、温度を一定に保つ。

 国立競技場体育館では新体操を「クラブ・アカデミック」の少女達が行なっていた。体が非常に柔らかいです。日曜以外は5時間練習しているそうです。

●キューステンディール
 モデルを大挙輩出する美女村で、ブルガリア一美女が多いといわれる村。ソフィアの南西にあり、車で1時間半の緑に囲まれた村。ブルガリアのモデルの80%はこの村の出身とか。シルビアさん23歳とお話した。女性の大半は20歳前後で結婚するという。
 公衆浴場に連れて行ってもらった。地元の女性たちに大人気で、創業は1928年。ブルガリア名産のバラを浮かべたバラ風呂で、渡辺さんはビキニ美女と混浴しました。その後、マッサージをしてもらいましたが、力のありそうな男性でした(笑)最後は冷水をホースで放水してもらいました(笑)
 ボザという飲み物は、外郎を飲み物にしたような味だそうです。大麦を発酵させた飲み物で、離乳食としても使われるそうです。女性の胸が大きくなるそうです。

●ネセバル
 世界遺産の島。ソフィアから東に5時間、黒海に突き出た岬の先端に作られた島。400mほどの細長い道の先にたどり着くと、タイムスリップした別世界の趣きです。黒海の真珠とも言われるが、人々は素朴な生活を営んでいる。渡辺さんは水彩画を描いてみました。いい感じでした。
 加藤さんはエステ。パンに塗られたヨーグルトは水分が吸収されていてお肌にとてもよいそうです。どのヨーグルトでもいいそうです。筆で顔の上に塗っていき、20分置いてから、除くと、しっとりすべすべになったそうです。
 食事の前の飲み物アイリャン、マスティカにもヨーグルトが入っている。マスティカはすももから作ったお酒で、アルコール度数50%。アイリャンはヨーグルトを水で薄めたドリンク。冷たいスープのタラトールと交互にいただくのがブルガリアのスタイル。トルコのアイランとラキみたいな感じです。料理は、刻んだキュウリにヨーグルトをたっぷりかけたサラダ「スネジャンカ」、お米をキャベツにくるんだ「サルミ」。

●壷ヨーグルト
 どこの町かは不明。電車に乗っていったようです。壷は元々は素焼きの壷でした。あるお家くらいでしか作ってないだろうと言っていました。老夫婦が作ってくれました。まろやかで濃厚で酸味が少ないそうです。ガラスの容器で作るよりも、壷の方が低温でじっくり発酵できることがわかっている。昔からブルガリアではドマッシノという手作りの伝統を守ってきた。
 ヨーグルトはブルガリア語ではキソノミヤコ?という。新鮮な牛乳をろ過して、異物を取り除き、過熱して殺菌処理をする。それを素焼きの壷(ロカトゥカ)に入れて、ヨーグルトを入れて混ぜる。壷の表面にある微小な穴から、余分な水分が自然に蒸発するんだという。壷を布に包んで低温でじっくり発酵させる。水が蒸発して気化熱を奪い、低温で発酵できるんだそうです。

●ゴールデン・サンズ
 ネセバルの北にある黒海に面した高級リゾート。ジャパンキというこの地方の必需品がある。ビーチサンダルの鼻緒が日本の履物を連想させたことから命名されたらしい。ちなみに「キ」は複数形です。
 マリンスポーツも充実。港にいかだの上に赤い車がのっているものがあった(笑)車を運転するように海の上を動きます(笑)
 逆バンジー・ジャンプがあった。内山さんが挑戦。女性はみんな美形で、ノーメイクの人が多かったそうです。
 夕食。近海で取れる細長い魚ザルガンは、骨が緑色ですが、おいしいそうです。


テレビ番組「東野&ぐっさん初体験、世界征服ツアー in ハンガリー」

 2004年3月21日放送。東野幸治、dream の橘佳奈・長谷部優・ 高本彩、森三中の大島美幸、山口智充さんが出演。ぐっさんがサーカス・ フェスティバルに出るのを支援した。テレビ朝日制作。
 ハンガリーまで日本から14時間。面積9.3万平方km、人口1014 万人。首都ブダペストは美しい街並みから「ドナウの真珠」と呼ばれている 世界遺産の街。

●国際サーカスフェスティバル
 国際サーカスフェスティバルは40年以上の歴史を誇り、2年に1度ブダ ペストで開かれるエンターテイメントの祭典である。今年は日本から山口智 充さん(ぐっさん)が特別ゲストで出演する。親日派の主催者のクリストフ ・イシュトバーンさんが会場内を紹介してくれた。

●ブダペスト
 雪が積もっていました。トラムはブダペスト市内を結ぶ市民の足、確かに 天王寺の阪堺電車みたいです(笑)車掌さんがいないので、改札は自分で車 内で行なう。
 ウエストエンド・シティ・センターはブダペストの大型ショッピングモー ルだが、ここでブダペスト展望気球に乗れる。地上150mまで上昇し、市 内を一望できる。真中には乗れないが、四方は網がはってあって安心です。 屋根の上は一面の雪でした。
 中央市場は1890年に建てられた市内最大の市場。まずはパン屋さんで 、レーテェシュというパイ生地に果物やクルミなどを入れて巻いて焼いたお 菓子を見た(笑)野菜の店ではパプリカ。これはピーマンの一種で色・形も 含め様々な種類がある。4個で520フォリント(260円)。新鮮なパプ リカはそのまま食べられる。胡椒をかけて食べるようです(笑)サラミ・ソ ーセージのお店では一番人気の、パプリカを香辛料として使ったサラミを6 枚101フォリント(50円)で購入。果物屋さんでオレンジ1個68フォ リント(30円)で購入。甘くておいしいので、10個さらに買いました (笑)

 ボルカタコンバはハンガリー料理を食べながら生演奏や民族舞踊のショー が楽しめるお店。ワインセラーもあり40種類以上のワインが貯蔵されてい る。ハンガリー的ワインの飲み方は、首の下に赤い布巾を置いて、ロコウと いう細長いガラス器具の管から連続的にワインを、人間のずっと開けた口の 中に注ぎこんでくれます(笑)大島さんは鼻に少しかかっていました(笑) オレンジジュースでもやっています(笑)勿論、萩焼きのような器にも注い でくれました。
 料理はまずグャーシュ。たっぷりの肉とパプリカをはじめとする野菜を煮 込んだスープで、ボリュームもあり本当においしいそうです。味はシチュー みたいな感じとか。民族舞踊はチャールダーシュ。古くからハンガリー各地 で踊られていて、衣装や振り付けも地域によって様々。フラスコみたいなも のにワインを入れたものを頭の上に乗せてくるくる回っていました。これら の踊りを教えてもらった。大島さんは全く踊れませんでした。

 宿泊はヒルトンだったようです。そこでハンガリー美女にぐっさんは芸を 見せるが、うけるものとうけないものがありました。

 2日目の朝ごはんはマクドナルド。ここはお店が世界で一番きれい。宮殿 のような建物の中にあり、レストランみたいです。20世紀初頭に建てられ た食堂をそのまま利用していて、店内のシャンデリアがひときわ目をひきま す。ハンガリー限定メニューを注文。カマンバート Camam Bert で400フ ォリント(200円)。三角おにぎり風のもの4個に、カマンベールチーズ 味の?ブルーベリージャムをつけて食べる。もうひとつの限定メニューはラ ーントット・シャイトシュ Rantott Saitos で550フォリント(270円 )。ハンバーグの代わりにチーズが入った?ハンバーガー。

 サーカス学校「ハンガリー国立サーカス芸術教育院」を見学する。195 0年に創立され、現在生徒数は70名。10歳から入学でき、8−9年学ぶ 。実技を習得してきちんと卒業するのは年に5−6名だそうです。まずはト ランポリン。基本の立ち座りからやってみたが、ぐっさんだけができた。次 はジャグリング。
 夕食は高級レストラン「カルパチア」。1877年創業でハンガリーが本 場と言われる高級フォアグラ料理を堪能できる。まずは白ワイン。女性には フォアグラのロースト・焼きリンゴ付き3700フォリント(1800円) で、リンゴとフォアグラが5層になっています。男性にはハンガリー風フォ アグラ3700フォリント(1800円)で、パプリカを煮込んでシチュー にしたものをフォアグラにかけている。とてもおいしいそうです。

 リムジンで夜の街を走って、川沿いで降りた。ドナウ河周辺のライトアッ プされた景色が「世界遺産の夜景」で、1987年に認定された。すごくき れいです。

●ケストヘイのヘーヴィーズ温泉湖
 翌朝6時前、南駅から電車に乗って4時間かけて温泉に行く。出発直前ま でライトがつかないので暗い(笑)ケストヘイはブダペストの南西。車窓か ら朝日を見た。みんな車内で寝てました。バスに乗ってヘーヴィーズ温泉湖 に行く。ここはヨーロッパ中にその名が知れわたる温泉で、季節を問わずに 多くの湯治客が訪れる。屋外は湖だが、屋内もあるようです。湖全体が温泉 で、面積4.7万平方mで世界最大級。リューマチ、関節炎等に効果がある 。水温は表示されているが、冬場は平均25度、外気はマイナス4度(笑) 水深36m。みんな黒い浮き輪を使っていましたが、現地の人は両腕にオレ ンジの浮き輪?をつけて泳いでいました。

●第5回国際サーカスフェスティバル
 リハーサルでは笑いがない。ぐっさんはお客さんの反応が読めないので、 緊張。本番直前に内容を変更することにした!出演15分前にネタが決定。
 いよいよ本番。スリラー、銃撃で撃たれるところをやってうけました。 ちなみに金賞はロシアの Dosau Troupe とロシアのRodions 。銀賞はキュー バのRafael de Carlos 、ロシアの Dmitry Prudnikov 、中国の Tianjin acrobatic troupe 。銅賞はアメリカのRoman Tomanov 、ウクライナの Svetlana & Dimitriy 、ロシアの Living Tranpeze 。吉本賞はハンガリー の Pantheras 。pantheras は難波グランド花月に出演予定です。


テレビ番組「道浪漫」2004年2月15日は勝村政信さんで冬のルーマニア

●ブラン城
 ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュが15世紀半ばに住んで いたお城。向かいの丘はトルコの丘と言われ、一人一人お尻から口に串を刺 した刑が行なわれた場所。当時の東欧はオスマントルコの侵略におびえてい た。入場料6万Lei(200円)。

●シギショアラ
 トランシルヴァニア地方の世界遺産の町。ブラン城から車で2時間。ヴラ ド・ツェペシュはこの美しい町で生まれた。看板はヴラド家の紋章のドラゴ ンだが、Restaurant Terasa Bar と書いてあった(笑)。生家はレストラン になっていた。壁には両親のフレスコ画が残っていた。ドラキュラというの は父親(ヴラド2世:ヴラド・ドラクル)の名前ドラクルが語源。ルーマニ ア語でドラゴンの意味。
 ドラキュラ定食をいただいた。まずは真っ赤なスープ。ウェイターは夜中 に血を入れるからと言っていた(笑)実は唐辛子とトマトスープでした。今 はトマトスープだが、夜中には血のスープになるそういです(笑)次はトキ トゥーラとママリーガのトマトソース和え。パンケーキ・赤のフルーツソー スと全て赤でした。3品に赤ワインがついて32.4万Lei(1080円 )。帰りには魔よけをくれました。ポケットに入れておけばよいということ でしたが、ニンニクでした。
 ヴラド3世(ヴラド・ツェペシュ:1431-1476)の像もある。子供たちに 話を聞いたけど、みんな悪いことも良いこともした人だと知っていて、誇り に思うと言っていた。子供たちはみんな可愛いですよ!

 宿泊はホテル・シギショアラ。一人1泊朝食付き140.7万Lei( 4700円)。歴史的な建物を改築したもので、趣きがある。

●マラムレシュ地方のセルビ村
 ルーマニア北部。「素朴なルーマニア」と呼ばれている。馬ゾリが主な交 通手段。時折牛車もある。大きなワラを乗せて運んでいる。ヴァシーレ・ ポロディさんの立派な木造りのお宅を訪問。自分で作ったそうです。この地 方は木の文化が発達した。教会も木造でした。
 家の中は奥さんがきれいに刺繍で飾っている。ツイカという果実から作ら れる蒸留酒と豚のラード。どちらも自家製。
 オピンチという靴が暖かいというので履かせてもらった。靴の起源は10 00年以上前にさかのぼるそうです。靴を作ってもらうために、村の靴職人 ペートル・オブリシュさんを訪ねた。採寸は「20cmと手の平の横の大き さ」だね、といわれて、あまりの大雑把さんに驚きました(笑)材料は車の タイヤ(笑)30分で完成(笑)10年ほど前は皮で作っていたそうです。 皮で足をくるんで、この靴を履きましたが、履いている感じがしないそうで す。新しい靴をおろす時に習慣でツイカを飲んだ(笑)勝村さんは軽いとい うので気に入って、雪の中を走りまわってました。

●マラムレシュ地方のプルサナ村
 木の門が気になる。テオドール・ブルサンさんはこの道40年の職人で、 村の門のほとんどを手がけてきた。生命の木が上まで続いていて、途中には 蜂の巣があり、豊かさを示していたり、丸はパンで豊かさを示し、真中のは 太陽を示す。また上方にはルーマニアの古いことわざで「人間の心は魚のよ うに純粋であるように」と描かれている。

●マラムレシュ地方のポテイザ村
 一見普通のお宅のヴィクトリア・ペルパカルさんのお家は農家民宿、使わ なくなった子供部屋を宿泊場所として提供している。だから部屋も可愛いし 、小さいストーブもありました。この家の特徴は家じゅうに飾られた、この 地方独特の織物。彼女は伝統的な柄の保存を30年前から続けてきた。1泊 朝食付きで一人15ユーロ〜。
 翌朝、近所の機織をしているマリア・スィドゥンさん、娘のイアナ・スィ ドゥンさん(可愛いですが15歳)、息子のテオ・スィドゥンさんが迎えて くれた。マリアさんは飼っている羊の毛を草木染めして作った糸を使う。
 お父さんのブルクシュ・スィドゥンさんの仕事は羊飼い。勝村さんも手伝 う。30頭くらいの羊を3km先の平原に連れて行きました。  いい人ばかりでしたね。

http://mbs.jp/tv/michi/370/


テレビ番組「旅サラダ」2003年11月1日はとよた真帆さんでルーマニア

 ルフトハンザドイツ航空で行ったらしい。今、HPで予約すると飛行機の マウスをくれるらしいです。

●ブカレスト
 首都。ブカレスト大に面した場所が流行の中心。みんな美人。第一次世界 大戦の勝利を祝った凱旋門がある。巨大な宮殿「国民の館」が目をひく。世 界の官庁や宮殿の中ではペンタゴンに次いで大きいと言われている、チャウ シェスク元大統領が建造した。1500億円を使った。会議室は3107室 !内部はすごく豪華。中には重さ5トンのシャンデリアがある部屋もある。 一番大きな部屋は床は大理石、壁と天井には金の装飾が使われている。
 統一大通りが正面に見える。現在は各政党のオフィスが入っていて、国際 会議やコンサートなども開催される。入場料は10万Lei(330円)
 オポール市場。トマトのようなピーマンのゴゴシャリ、日本のようにおろ して使う白ワサビ、大きくて白いマッシュルーム、セロリの根(おいしいら しい)、豚のクビの肉1kg460円、バラ肉1kg280円。
 朝食などはゴブリジという変わったパンを食べている。1個2100Le i(7円)。ルーマニア人の大好物はミティティ。挽肉にいろいろな香辛料 を加えて焼いたもの。「ココシャトゥル」という店で買った。ミティテイと ポテトの盛り合わせで73500Lei(245円)。

●ブラショフ
 ブカレストの北、列車で2時間。澄んだ空気が印象的。スファイトル広場 は可愛い感じ。街並みも可愛い。全貌を見るために、トゥンパ山にケーブル カーで登った。往復4万Lei(135円)。映画「魔女の宅急便」のよう なパノラマが広がっていた。「黒の教会」が存在感を示していた。世界大戦 で黒こげになったらしい。1477年に建てられた。4000本のパイプオ ルガンが荘厳。
 勤勉なドイツ人が作った町なので、学者や職人の町としても知られている 。薬局も多い。ヨーロッパマダムに大人気の商品がある。「ジェロピタール 」Gerovitalといい、植物繊維入りとノーマルの2種類がある。シワ予防ク リーム、化粧水、クレンジング・クリーム、保湿クリームもある。老化防止 から細胞の活性化、脱毛予防までのあらゆる効果が期待できる、ジェロビタ ールを発明したのは、アナ・アスラン博士(1896-1988)。その後国家的プ ロジェクトとして開発された。日本でもインターネットで買えるらしいが2 万円くらい?(ジーエイチスリールーマニア渋谷区代々木2−23−1  ニューステイトメナー363 TEL:03−3379−5009)
 最も評判のレストラン「チェタテ」はお城を改造したもの。お迎えのトラ ンペットに始まって、合言葉を言う。入ると食前酒としてツイカ(蒸留酒: 50%)を門のところでいただいた。八種の前菜盛り合わせ、仔牛のマッシ ュルームソース煮、デザートはパパナッシュ。3品で78万Lei(260 0円)後ろではブラショフ・フィル・ハーモニー楽団が演奏している。コン サート料金は8万Lei(270円)。

●コンスタンツァ
 黒海に面したリゾート。ブカレストから車で3時間。町の中心から海岸ま ではトラムで10分。まっすぐな海岸線は70km。エフォリエ・ノルド海 岸は白い砂浜、エメラルド・グリーンの海。夏にはヨーロッパ各地からバカ ンスでお客が訪れる。ボトルから黒い泥を塗っている人が多い。
 近くの海岸にあるサボイ・ホテルで体験できるというので、チェックイン した。アパートメントルームは1泊487.5万Lei(16250円)。 目の前にはプライベートビーチが広がる。ルーマニアではエステは病気治療 の意味もあるので、まず、診察室で血圧計ったりする。体調にあわせたコー スを選択する。とよたさんの場合は、37度に温めた黒い泥風呂に、約20 分つかる。汗が流れないようにキャディさんのような帽子とタオルを頭に巻 く。黒い泥はテッケルギョル湖に沈殿したプランクトンからなる泥で、ミネ ラルを多く含む。お風呂からあがって、人肌に温められた泥を全身に塗る。 全身をリンパマッサージをする。錆びたような匂いがきついらしい。さらに 泥を塗り合わせて、全身マッサージして、シーツと毛布で包まれてパック状 態になる。ピリピリ毛穴から何かが入ってくる感じらしい。泥風呂&エステ で117万Lei(3900円)。泥を洗い流したら、ジェロビタールを塗 る。ジェロピタールエステは93.6万Lei(3120円)。毎日やると 効果があり、1週間やって帰る人も多いとか。
 地元で評判のシーフードレストラン「オンブロンジェ」でディナー。魚貝 のフリッター40万Lei(1330円)、エビの3種ソース添え15万L ei(500円)。

●シギショアラ
 街は城壁に囲まれていて、世界遺産。ルーマニアの人がお勧めの街。時間 がゆっくり流れる街。街の端にある木造の屋根付きの176段の階段を上る 。のぼりきったところにある山上教会は以前は学校だった。教会の中では、 案内人のおじさんが秘密の地下道に連れていってくれた。700年前の礼拝 堂があった。以前は建物を建てる余裕がなかったため。拝観料2万Lei( 67円)。
 宿泊はカーサ・クチュルブ。チャールズ皇太子が宿泊した屋根裏の部屋も ある。1泊270万Lei(9000円)。時計塔は1時間毎に鳴るが、塔 の中は博物館になっている。中世の生活をかいま見ることができる。さらに 上には、時計塔の中の機械室がある。街が一望できる。東京はこっちの方向 という標識もある。
 時計塔の向かいには、ドラキュラが生まれた家がある。現在は黄色の壁の レストランになっている。チョルバ・デ・ベリショアーレ(肉団子入りスー プ)6万Lei(200円)。これはとてもおいしいらしいです。メインは トキトゥーラ(トウモロコシ団子の肉煮込み添え)12.1万Lei(40 0円)。これは通称ドラキュラ定食という。ドラキュラのVlad Dracul のモ デルが生まれた家だった。

●ブラン
 ブラン城はドラキュラがいたお城。城内は迷路のよう。暖炉の裏には秘密 の通路とかもあった。ヴラド・ツェペシュ公爵(1431-1476)が実際のモデルで 、オスマントルコとの戦いで敵もやっつけたが、裏切った身内を串刺して殺 したという。ルーマニアでは英雄だという。入場料6万Lei(200円)。

●ヴァマ Vama
 モルドバ公国の中心地としてかつて栄えた。小さな地方都市だが、美しい 5つの修道院が世界遺産。空気が一番澄んでいるという。修道院は山の中に 点在しているので、タクシーで回るのが良策。1日貸切で8000円程度。
 まずフモール修道院。宮廷画家トーマなどによって描かれたフレスコ画が ある。キノコの家みたいで、下が白で上が黒。次はモルドヴィツァ修道院。 オスマントルコ軍との戦争に勝利するたびにひとつひとつ建てられたという 。一番フレスコ画の保存状態がよいのはスチェヴィツァ修道院。美智子皇后 も来訪されて感動されたという。周囲には修道尼が住んでいる。この修道院 の外壁にもフレスコ画もあり、文字の読めない人も教えが理解できるように していた。拝観料は100円?

 村で有名な「ペンション・レティチア Letitia 」で宿泊。建物の外でウ ェルカム・ブレッドとブコヴィナ地方の伝統的なお酒を飲んだ(強いらしい )。子供たちが伝統衣装で特別に歓迎してくれた。のどかな建物です。自給 自足している。1泊2食付きで136.5万Lei(4500円)で、天井 が低いが、チャーミング。夕食は伝統的な料理サルマーレ(ロールキャベツ )。キャベツが発酵している感じらしくて、洋風おじやロールキャベツとい う感じらしい(笑)
 たまご細工をしている。蝋燭のロウを使って、微細な模様を描いている。 1個19.5万Lei(650円)〜。とってもお洒落で、繊細です。
 秋の収穫祭に参加した。牛や馬やシープドッグの品評会もある。1年間に 4トン以上の牛乳を出す牛が優勝していた。


テレビ番組「今田耕司・藤井隆のお笑い!ワールドウォーカー!マル秘美女とお忍び旅行編」

 2002年10月27日放送。イタリアとハンガリーの旅。関東地区では 5月11日に放送。日本テレビ製作。

●イタリア・ローマ
 今田さんの旅。スペイン広場で大谷みつほさんが登場。ジェラート2.60 ユーロを食べる。コロッセオに行く。期限80年に建てられた円形競技場 でグラジエーターでおなじみ。剣闘士と記念撮影は1ユーロ。
 コンドッティ通りは高級ブランドが並ぶ。プラダ、ブルガリ、カルティエ などがある。入ったのはカッラG。モノトーンを基調としたアイテム。黒の トップが107ユーロ、パンツは137、ブーツは152。値引きはできな いという。高級インテリア・ショップに行く。イスが700〜2000ユー ロなど。冷蔵庫は1100ユーロ。面白いテーブルは764ユーロ。ベッド は1300ユーロで送料が2150ユーロ。
 パンテオンに行く。柱は2000年前のもの。紀元前27年に造られた神 殿で、ルネサンスの巨匠ミケランジェロが天使の設計と絶賛した石造建築。 ローマ最大のドームで、現在は教会として使われている。

 ピザ屋「オーパッツァリエッロ」(イタリア語でおかしな奴という意味) 。イタリア人はランチを多く食べるので夕食はピッツァのような軽いものに するらしい。作りながら生地を投げているし、焼き終わったものにブランデ ーのようなものをかけて、火をつけた!今田さんは生地作りに挑戦。トッピ ングはトマトソースを塗り、モッツァレーラチーズをたっぷりのせる。フン ギポルチーニ(キノコ)をトッピングし、オリーブオイルをかける。バジル の葉をのせて、焼く。500度で5分。これに生ハムをのせて完成。

 トレヴィの泉に夜中に行く。1762年に造られたローマ最大の噴水。 高さ26m、幅20m。コイン投げは1枚だと再度ローマを訪れる、2枚だ と好きな人と結ばれる、3枚だと別れたい人と別れられる。

 タンデム自転車に乗ってカンポ・ディ・フィオーリの朝市。季節の野菜・ 肉・魚などのイタリア中の食材が集まるローマの台所。トマト1kg2.5 8ユーロ(300円)。たまねぎに似たピノッキオという野菜は1kg2ユ ーロ。名物おじさんが野菜を使って実演販売をしている。

 日曜日に開かれるローマ名物のみの市「ポルタ・ポルテーゼのノミの市」 にいく。全長1km。いろいろなものがある。

●イタリア・ネローラ
 ローマの東北。車で1時間。カステロ・オルシーニ(オルシーニ城)は 10世紀初頭にオルシーニという貴族が古代ローマの先住民族の築いた要塞 跡に建てた城。山の上なので、景色がすごい。石造りの建物もすごいが、現 在は5つ星ホテルとなっている。2年前にオープン。ツイン243ユーロ、 シングル155ユーロ。
 ここで泥パックをする。全身300ユーロ、顔は110ユーロ。

●イタリア・ヴィテルボ
 ネローラの西。ローマからは車で1時間。ラツィオ州北部の中心都市。こ こに世界一のパスタ職人がいる。「ラ・カンティネッラ」という店で、シェ フはドメニコ・ヴィットリーニさん、オーナーはチンザ・カロッシさんでと っても若くて美人。ギネスブックに出ていて、パスタの種類を最も多く作る ことができる。245種類!30種類のパスタを30分で作れるらしい。
 実際に作ってもらった!二人でうまくあわせながらすごい速さで作ってい った。1皿目レンティ(エスカルゴ・トマト)、2皿目イザベッラ(小エビ ・トマト)、ナポリターニ(ナス・モッツァレラ・トマト・黒オリーブ)、 サルモーネ(生クリーム・サーモン)、カルトッチョ(あさり、ムール貝、 トマト・生クリーム)、ムール貝のパスタ(ムール貝・トマト)、アラゴス ティーネ(手長エビ)、チコ(赤キャベツ・ゴルゴンゾーラ)、アスティー チェ(伊勢エビ)、ギオットーネ(ソーセージ、フンギポルチーニ、生クリ ーム)、11皿目はマウリッツィオ(ズッキーニ、小エビ)、バロルド(ベ ーコン、ゴルゴンゾーラ、唐辛子、バジリコ)、アッラマトリチアーナ(ベ ーコン、タマネギ、唐辛子、トマト)、フランチェスコ(小エビ、アーティ チョーク)、ルガッティーニ(トマト、ルゲッタ)、クリエーゼ(レバー、 ブロッコリ)、カルボナーラ(ベーコン、タマネギ、卵、ゴルゴンゾーラ) 、ネロ(イカ墨、あさり)、トゥリフォラーティ(シャンピニオンキノコ、 ニンニク)、海の幸(ムール貝、小エビ、トマト)、21皿目はマリアティ ア(ソーセージ、黒オリーブ、フンギボルチーニ)、グラッテースト(ケッ パー、黒オリーブ)、ガリアルティ(ソーセージ、バジリコ、生ハム)、 ポッラソロ(生クリーム、コーン)、アイリオイリオ・ペペロンチーノ(に んにく、唐辛子)、ナポレターナ(プチトマト、ナス、モッツァレラ)、ペ オドーレ(タルトッフォ、フンギボルチーニ)、サラ(フンギボルチーニ、 アーティチョーク)、サラダスパゲッティ(ズッキーニ、ナス、トマト、赤 ピーマン)、30皿目はアッラパウロ(フンギボルチーニ、赤ピーマン)。 本当に32分でした。お勧めは伊勢エビとか。

●ローマ郊外
 穴場レストラン「ヴィーノ・エ・カミーノ Vino e Camino」はイタリア中 のグルメが訪れる。スローフードの店で、スローフードとはその土地で取れ る良質な食材を味わいながら、食事に時間をかけて楽しみながら食べようと いうもの。この店は2001年スローフード協会に参加しているレストラン の中で最も優秀な評価を受けた。家族に代々伝わるレシピも飾ってある。 インサラダリトン・ノアフミカド7.30ユーロ(スモークしたマグロとイ タリア産の野菜をふんだんに使ったサラダ)、バニカラサウ8ユーロ(トマ ト・オリーブ・バジルの混ぜたものをカルタムシカという薄いパンにのせて 重ねていって、オーブンで焼いたもの)、タコとイモとアーティチョークの スープ9.50ユーロ(これらをホールトマトで煮込み、オリーブオイルを いれる)これは日本人も好きだろうということ。メインは鴨の胸肉のフンギ ボルチーニ添え10.33ユーロ。究極のデザートは、ミルフィーユ・エス プレッソ4ユーロ。パイ生地はパラパラなのが特徴。今田さんは過去食べた デザートの中で一番おいしいという。感動もののようです。


●ハンガリー
 藤井さんの旅。6時間遅れでフェリヘシ空港に到着。千秋さんが待ってい た。夜景がとっても綺麗。
 レストラン「フォルトゥナ」で名物料理をいただく。グヤーシェ1000 フォリント(500円)はパブリカをたっぷり入れた牛肉と野菜の煮込み料 理で、高級店から安い店まで置いてある。フォアグラのソテーはワインにつ け込んでオーブンで焼き上げる3000フォリント(1500円)。世界的 に有名なフォアグラの産地なのでできること。「羊肉の冠焼き赤ワインソー ス」4400フォリント(2200円)、「スズキの白ワインソース」30 00フォリント(1500円)。隣でバイオリンの演奏もあった。
 ハイアット・リージェンシー・ホテルに宿泊。橋が見えて夜景が素晴らし い部屋でした。

 朝6時50分にタクシーでマクドナルドに向かう。超美観の建物にある。 世界一美しいマクドナルドと言われている。20世紀初頭に造られた駅の 食堂をそのまま利用して店内のシャンデリアがひときわ目を引く。ベーコン ・トースト(期間限定)190フォリント(95円)。おいしいらしいし、 贅沢です。

 ブダペストには50近くの温泉がある。セーチェニ温泉に行く。20世紀 初頭に建てられたネオ・バロック様式の温泉で、関節炎などに効用がある。 風呂チェスをしている。

 路面電車に乗って市内観光。オペラ座で降りる。音楽大国ハンガリーが世 界に誇るヨーロッパ有数のオペラ劇場で19世紀に建てられた。予約を取り にくいらしい。ドナウ川にかかるくさり橋を渡り、王宮の丘にケーブルカー で行く。眺めがいい。ここは1988年に世界遺産に指定され、中世の面影 をそのまま残す丘陵地帯。石畳の道。馬車を発見して乗る。雪が積もってい る街を散策。マーチャーシュ教会がある。80mの尖塔と彩り鮮やかなモザ イク屋敷がひときわ目を引く教会で、歴代の王の戴冠式も行われた。内部は 荘厳。床のところにお金を入れるところがある。

 国際サーカス・フェスティバルを見る。2年に1度開催される。40年以 上の歴史を誇る。チェコ出身のZee Deneck さんのJuggling の演技に感動。 ジョニー広瀬さんもいた。日本人でただ一人、特別ゲストで出演した。吉本 の林社長も審査員で来ていた。
 ハンガリーのJuggler のRamwelさん、ロシアの vertical rope(空中ブラ ンコ)のSvetlanaさん、ロシアの russian bare のMurzak さん、アルゼン チンの man in the bottle (軟体人間) Hugo Zamoratte さん、中国の hoop acrobats の Hebei Troupe というグループ。このグループが金賞に 輝いた。銀賞はロシアの juggling の Kuristina Kokorina さん、銅賞は ルーマニアの springboard の Catana Troupe というグループでした。


テレビ番組「筧利夫が世界を駆ける,7日間世界一周!温泉めぐり46000kmの旅,珍道中」

 2003年3月17日?放送。関東では2002年に放送?筧利夫、楊原 京子さん。筧さんには旅程は知らされていなかった。スターアライアンスの 航空会社を利用して世界一周のチケットを利用する。通常は10日間以上の 滞在が必要なのだが、特別に許可してもらった。値段は33.5万円〜。 テレビ朝日製作。

●ニューヨーク
 入浴するというので、ANAで成田からニューヨークに!(笑)リッツ・ カールトン・ニューヨーク・バッテリー・パークに到着。オープンしたばか り。317号室のスィート。バス・バトラーがいて(US$30)、バラの お風呂に入れる。入ってシャンパンをいただいた。
 公園でホットドックをいただいた。1.5ドル。フランクフルトがおいし いって言ったので、もっとおいしいのを食べようというので、また飛行機に 乗った。ニューヨークの滞在時間はわずか3時間でした(爆)

●バーデン・バーデン
 ルフトハンザでフランクフルトに到着(笑)。車で2時間。バーデンバー デンに到着。古代ローマ時代からの温泉の町。バーデンは温泉という意味。
 トリンクハレに行く。豪華な美術館みたいな感じ。入場無料。ここは飲む 温泉だが、手で飲んではいけない。コップが有料。20セント(24円)。 胃腸にいいらしい。東京でてからパンツも履き替えてないらしい(爆)が、 ずっとお昼らしい。(笑)夜8時半でも明るい(笑)。
 カラカラスパ Caracalla Spa に行く。2時間11ユーロ。プールみたい なのもあり、室内の大きなプールもあるが、温泉!水着で入ります。入った ところが冷泉だった(爆)BGMは「♪恨みます」でした(激爆)
 真中に温水があった。風呂上りに2リットルのジョッキでビールを飲みな がら、ソーセージ盛り合わせ(10.5ユーロ)をいただいた。あとはハクセ (トン足:10.5ユーロ)とクネーデル(じゃがいも:2.5ユーロ)。
 やっと宿泊、ブレナーズ・ホテル Bernner's Park Hotel はハリウッドス ターなども訪れるという。ホテル内にも温泉はある。1泊170ユーロ〜、 SPA2日間で600ユーロ。
 朝、写真を撮った。「ハイ・チーズ!」って言ったので、チーズのおいし いところに行くことになった(笑)ドイツ・フライブルグ駅から電車でスイ スのフリブールに向かう。

●スイス・フリブール
 3年に1度のヨーデル・フェストの真っ最中だった。第25回連邦ヨーデ ルフェスト。中世の行軍の様子を再現したという勇壮な行進。行進の途中で グラッパという強いお酒も飲まされた。ムチを鳴らす行進もある。各地から この国特有の音楽の名手たちが集まってきていた。ヨーデルの発声を教えて もらった。人前で恥かしげもなく練習した(笑)アルトホルンの吹き方も教 えてもらった。
 谷の反対側から1100年頃できた、古い街並みを見た。ヌシャテル湖を 渡るフェリーに乗り温泉へ向かう。目の前に湯気をあげるディズニーランド のスペースマウンテンのようなパビリオンEXPO’02が見えてきた。1 日券大人CHF48(3840)子供は半額。雨ガッパをかぶって入る。雲 が湧いていて何かあるかと思いその上へ向かったが、それだけでした(笑) 人工の雲。EXPO’02はエコロジーをテーマにこの他に5つの会場があ る。
 老舗のグランド・ホテル・レ・バン Grand Hotel Des Bains に宿泊。 水着で室内プールに入るが、硫黄臭い。屋外プールもある。もしかすると イベルドンという地域?
 ローザンヌのオリンピック・ミュージアムにバスで向かう。入場料は大人 CHF14(1120円)子供は半額。高橋尚子さんが金メダルを取ったと きのシューズや清水宏保さんの服、カールルイスの靴などもあり、感動の 名場面も見られる。
 ワイン列車に乗り、世界で一番きれいなブドウ畑に来た。赤ワインだと ピノノワールなどがある。コンヌワイナリーで赤ワイン「ギオン」などをい ただく。
 氷河特急に乗って、ロープウェイを乗り換えて、標高3000m。目の前 に全長24kmのアレッチ氷河が見える。美しい世界遺産です。
 宿泊はリンドナー・ホテル・メゾン・ド・フランシェ。1泊CHF160 (12800円)〜。自慢は大絶景露天風呂「アルペンテルム」。岩山が目 の前にあります。入浴料大人CHF22(1760円)子供はCHF14。 今までで一番温かいらしい。お盆にジュースなどを載せていただく。こうい う風習は古代ローマの時代からあったとか。
 バスに乗って、ステファン教会に行く。16−17世紀の建物だが、塔は 12世紀のもの。カーテンを開けると3面のガイコツの壁があった。本物だ という。1983年の改修の時に発見されたという。一説によると、当時の ペストの大流行の時のものだという。バスに乗って移動していると、おなか が減ったという。英語で言って、ハングリー。そこでLauda 航空などでハン ガリーに向かう。

●ブダペスト
 ジュネーブからウィーン経由でブダペストに到着。ドナウの真珠と呼ばれ る美しい街。くさり橋 Lanchid やマーチャーシュ教会 Matyas Templom が 有名。
 宿泊は老舗の高級ホテル「ゲッレールト」Gellert 。ここには5つのツー ル?と36の温泉?がある。フルーク先生が温泉の入り方について指導して いる。運動が足りないという。市内の30を越える温泉の中でもゲッレール トは王様と呼ばれる。入浴料2600フォリント(1300円)。シャワー キャップをつけないと入れない。柱や壁が立派です。プールの形をしている が、冷泉(笑)。他に温かいのがあった。建物の外にもあった。
 もう一つ有名なホテルはテルマールホテルThermal Hotel Margitsziget。 さらに近代的な温泉療法に力を入れている。マッサージなどが用意されてい る。その後、橋を歩いて渡るが、気温40度とか(笑)
 郊外の温泉 Tofurdo に行く。湖があって、人が浮いている。東京ドーム 1個分入るくらいの湖。水深30mなので浮き輪を持って入る。入浴料大人 600フォリント(300円)子供は半額。温かいらしくて、いいらしい! 大満足。ヘーヴィーズ温泉湖 Heviz Gyocyto が大きさは世界一では?温度 は33度。湖畔のホテル「テルマルホテル・ヘーヴィーズ」Danubius Thermal Hotel Heviz で泥パック。3400フォリント(1700円)。 真っ黒で局所、局所塗り、布と毛布で覆う。この泥は湖の泥。むちうちの 治療も行なっている。風呂あがりに食事をしていると、踊りに誘われた。 のんびりくつろいでいて、コーヒーを飲みたいという。そこでオーストリア でウィンナーコーヒーを飲みに行く。ところが、60kmの渋滞で、国境で 足止め。

●オーストリア
 グランドホテル・サウワーホフ Grand Hotel Sauerhof で温泉にハーブの 干し草を入れたお風呂に入る。馬小屋にいるみたいとか(笑)硫黄泉の湯を 飲む。テラスでアインシュペンナー Einspanner (ウィンナーコーヒー)を いただく。切った茄子みたいなお菓子サウワーホフ・シュトレン Sauerhof Stollen 80g3.49ユーロをいただく。くるみが入っているとか。この ホテルにはベートーベンも泊まって、温泉にも入ったという。ベートーベン が下宿していたというお家 Beethovenhaus に行く。入場料大人2.5ユー ロ、子供1ユーロ。楽譜やデスマスクがある。マッサージしてほしいという ので、バンコクに飛ぶ。

●バンコク
 アマリ・エアポート・ホテルは1泊US$158。ここのテラスでマッサ ージを受ける。タイ式マッサージ30分US$30〜。次はパクチー風呂。 トムヤムクン290バーツ(870円)、カイ・パッド・メッド・マムアン 200バーツ(600円)。4時間だけバンコクにいて、次へ飛ぶ。

一句には笑いました。
「本当に身体によいのか、この旅は」

●ニュージーランド
 タイ航空でオークランドに到着。真冬でした。ニュージーランド・マオリ アーツ&クラフツ・インスティテュート The New Zealand Maori Arts and Crafts Institute は入場料大人NZ$18(1080円)、子供半額。 別府みたい!ポフツ・ガイザー Pohutu Geyser は高くお湯を噴出してい る。ポリネシアン・スパの庭園?で温泉に入る。入浴料大人NZ$30 (1800円)子供NZ$12.5。温かくて気持ちいいらしい。硫黄の 匂いがすごいらしい。
 宿泊は Royal Lakeside Rotorua がお勧めとか。ロトリア湖が一望できる 。ホテルの隣にはマオリ族のショーも楽しめるポリネシアン・レストラン。 Matariki Hangi and Concert は料金大人NZ$58(3480円)、子供 半額。マオリ族といえば、舌をベロンと出すしぐさ。マオリの人と3人で舌 を出してみた。
 秘湯に行ってみた。Hell's Gate。入場料大人NZ$12(720円)子 供半額。一般の人は入れないところらしいが、低木の森?の間に直径50m くらいの泥色の池があった。真中は湯だっていたが、周辺は38度くらい。 中に入ると急に深くなるらしい。ミネラルを吸収していく感じらしい。泥を 身体に塗った。マオリの戦士はここで傷を治していたそうです。
 宿泊は Novotel & Ibis Ellerslie Auckland で、イビスNZ$95( 5700円)〜、ホテルNZ$185(11100円)〜。
 翌朝、Air New Zealand で成田に到着。


テレビ番組「叶美香ウィーンひとり旅、悲劇の皇妃エリザベートの美を求めて」

 2002年9月7日放送。
悲劇のオーストリア皇妃エリザベートの華麗なる私生活と愛と死の謎 世界三大美女と言われた。死後100年以上経つ今もヨーロッパじゅうの人 に愛されている。毎日放送製作。

●ウィーン
 13世紀から20世紀始めまでオーストリアはハプルブルグ家の統治する 国だった。ケルントナー通り。街中でよく見かけるのは皇妃エリザベート( 愛称シシィ)。ホフブルグ宮殿に住んでいた。中を見るとつり輪もあったり する。身長172cmウエスト50cmという。野生の皇妃とも言われてい た。自由奔放な性格は夫フランツ・ヨーゼフの母と対立した。
 エルマイヤー・ダンス・スクールで左まわりのワルツを練習した。これは 普通のワルツよりも少し難しいらしい。
 シェーンブルグ宮殿。

 ホテル・インペリアル。西郷隆盛まで宿泊したことがあるという。フラン ツ・ヨーゼフが宮殿を改造して作ったホテル。とてもゴージャスで、ロイヤ ル・スィート・ルームは3740ユーロ。天井が高い。メゾネット・スィー ト・ルームは1600ユーロ。一部屋一部屋のつくりの違いが、元は宮殿だ ったことがわかる。
 レストランでは、ヨーゼフと皇妃の好きだった肉料理ターフェルシュビッ ツ Tafelspitz をいただく。蛋白らしい。リンゴのすったのとあうらしい。 冷製リンゴのスープ Geeiste Apfelsupre は甘酸っぱくておいしいらしい。 最後はデザート。

 生鮮食品市場ナッシュマルクトに行く。Gegenbauer はお酢の店。バルサ ミコ酢などがある。美容のためのワインから造られた酢もある。トルコ系の エスニックフード店が多い。シシカバブのサンドイッチ屋さんもある。
 シシィが好きだったのはカフェ。カフェ・デーメルがご用足しだった。 何よりも好きだったのはチョコレート・ケーキでザッハ・トルテは有名。 スタイルを保つために何時間も激しい乗馬をしたらしい。
 宝石店「ケッヘルト」を訪問。ここは王家ご用達。贅沢が嫌いだったシシ ィも宝石は好きだったという。エリザベートが使っていたものも置いてある し、好きだった星飾りもある。今でも旧貴族の人がよく使っているという。 オーナーのクリストフ・ケッヘルトさんのエスコートで馬車に乗る。

 バードイシェルは出会いの地。結婚祝いに建てられた別荘カイザー・ヴィ ラがある。亡くなる2ヶ月前に立ち寄った部屋は今もその時のまま。その 別荘に子孫が住んでいる。マキシミリアン・ロートリングさんが案内をして くれた。彼は末娘のひ孫にあたる。シシィの胸像もある。

●ブダペスト
 エリザベートは宮殿のしきたりに居心地が悪く、ブダペストにまでも旅を した。ヴァーツィ通りを歩いてみた。かつてハンガリーはオーストリアを敵 視していたが、エリザベートは人気となり、1867年ハンガリー王妃とな った。国民がすごく熱狂したという。
 レストラン「フォルトナ」。シシィはワインと音楽が好きだったという。 ゲデレ城が気にいっていた。ウィーンではふさぎこんでいたがハンガリーで は笑っていたという。ところがウィーンにいた長男ルドルフが母の愛情に飢 えて1889年自殺。この日からふたたびふさぎこむようになったという。 その後は喪服ばかりを着ていたという。1898年無政府主義の男性にすれ ちがいざまに心臓を刺されて60歳で亡くなった。

 今、エリザベート展が美術館「えき」KYOTOで開催されている。


テレビ番組「大使の国の宝物」2000年10月29日、11月5,12日はハンガリー

 ヨーロッパで唯一アジアのルーツを持つハンガリー。今年建国1000年 である!

●ブダペスト
 1000年王国の首都ブダペスト。ドナウを境にして西はブダ、東はペス トとして街並みが異なる。1873年、統合されてブダペストとなった。古 くからドナウの真珠、ドナウのバラとして称えられてきた。古代ローマ時代 から人が住んでいた。12−13世紀にハンガリーの首都となった。
 15世紀にオスマントルコに支配された。ブダペストは温泉が多く、トル コ風呂が多くできた。オーストリア・ハンガリー帝国の首都の一つとして、 大通りなどができて発展した。
 「アクインクム」古代ローマ時代の遺跡?、ブダ地区のパンノニアと呼ば れた遺跡。9世紀後半、アジア系のマジャール人がやってきて定住を始めた 。クフの部族の長となったのが、英雄広場の中央に立つアルパード。その 子孫イシュトバーンはキリスト教に教えを求めた。西暦1000年のことら しい。これでハンガリーは助かったらしい。まわりがキリスト教国だから?

 13世紀ブダの丘はモンゴルからの侵略を逃れるために作られた。15世 紀マーチャーシュ王の頃に、ルネッサンス文化が花開いた。マーチャーシュ 教会も長い歴史を背負っている。すなわち、16世紀、トルコに占領されて イスラム教のモスクに変わり、その後のハプスブルグ家に統治されていた時 代にはバロック建築になった。
 1846年、ハプスブルク家に独立運動、1956年にはハンガリー動乱 といった抵抗の時代を送った民族でもある。
 1989年10月23日、ハンガリーは自由の国となり、「くくりは市」 にみな国旗を持ち、この橋に集まったという。橋の両側にたたずむライオン はこの橋の守り神でもあるし、ハンガリーも見守ってきた。

 東のペスト地区は文化の香り。川のほとりにはウィーンに対抗して建てら れた国会議事堂。オペラハウスもウィーンに匹敵する。正面左にはリストの 石像があるし、バレエも多く上演されている。ヴァーツィ通りは一番賑やか な繁華街。観光客も多い。
 中央市場はいろいろあるが、ハンガリー独自のおみやげもある。野菜、果 物以外にもフォアグラ、ソーセージも安く、種類は豊富。サラミも!お店を 覆いつくすパプリカはいろんな料理に使われる。

●ブダペストの楽しみ方
 物価が安い。漁夫の砦、マーチャーシュ教会、王宮、オペラハウス、駅も 19世紀で最大だった。地下鉄も特徴。料理がおいしく、ワインがおいしい し、温泉がいい!!日本人は来ると楽しめるらしい。
 ゲッレールト温泉はホテルの中にあるブダペストで最も有名な温泉プール でみな水着で泳いでいる。柱がギリシア・ローマ時代風でいい感じ。
 セーチェニ温泉。オスマントルコの占領時代に作られたものが多い。ブダ ペストだけで80箇所の温泉浴場があるという。空の下での温泉で巨大。 チェスをしている人もいる!
 街は夜もライトアップされていてきれい!

●ブガツ
 かつてはオーストリア・ハンガリー帝国だった。自らをマジャール人と呼 ぶアジア的な部分とヨーロッパ的な部分がある民族がいた。
 東部に続くフッサと呼ばれる大平原。中央アジアの大地を思わせる。角の 形がユニークなハンガリー独特の牛に似た動物。マジャール人はアジア系の 血をひく、ヨーロッパの中で唯一のアジア系の民族。中央アジアから移動し てきて9世紀半ばに頃に定住した。10世紀にイシュトバーン王が封建国家 を作った。今年建国1000年。宗教も1000年前にキリスト教に改宗し 、西ヨーロッパの国としても発展してきた。民族音楽もだからユニーク。 キシュクンシャーグ国立公園が紹介された。

 7つのマジャール部族は同盟を結び、896年にカルパチア盆地にたどり ついた。西へ進んだが、ドイツとの戦いに敗れて、定住するようになった。 牧畜博物館には当時の様子などもあってハンガリーのルーツに触れることが できる。
 ハンガリー独自の牧畜のショーの中にもアジア的なものを感じることがで きる。

●ホッローケー
 ブダペスト北東の世界遺産の町。400人の住民。パローツ人と呼ばれ、 トルコ系クマン人の末裔。パローツ様式という泥のワラを混ぜて作られる木 造の家。壁は独自の図柄でくり貫かれ、表札と煙突の役目をしている。
 木彫り細工は素朴な伝統工芸である。サークルダンスを女性が踊ってくれ たが、衣装にも東洋・西洋の文化が見られる。

●バラトン湖
 7つの国と国境を接するハンガリーだが、ヨーロッパ最大の湖と言われる バラトン湖がある。コバルトブルー。水深が浅く、水温が高い。オーストリ アやドイツからも観光客が来る。東京23区くらいの大きさ。火山もあるの で、温泉地としても、ワインの産地としても有名な北側。南側はリゾートと して発展。西側にあるケストナーの街にフェシュテティッチ宮殿がある。
 地元の貴族のフェシュテティッチはハプスブルク家に従っていて、農業を していた。農業研究機関を設立し、今の農業大学になった。9万冊の蔵書が 図書にある。背後に広がる庭園も鮮やか。世界的に有名な温泉湖ヘーヴィー ズの玄関でもある。

●ヘーヴィーズ
 湖全体が温泉。夏は35度、冬でも25度を下がることはないという温泉 で、30時間で全体の湯が入れ替わるそうなので、常に新鮮に入れる。 100を越える天然温泉と400以上の温泉施設を持つハンガリーの旅に 水着は欠かせない。

●ブスタ平原
 ハンガリーの東はブスタ(大平原)。丘さえない!牧場、家畜、乗馬の 世界。西はヨーロッパで一番大きな湖、おいしい料理、ワイン、丘も多いが 東は違う。南に行くと静かな田舎が楽しめる。昔は東西に分かれていたドイ ツの人がこっそり会っていたらしい、かけ橋となっていた国である。

●ハンガリー料理
 日本で唯一本格的なハンガリー料理が食べられるのは自由が丘のキッチン カントリー。日本人にあわせた味にすることなく、そのままを継続している らしい。代表的なのは、グヤーシュでシチューのような食べごたえがある。 ニンニクとタマネギとパプリカを使うのがハンガリー料理で、4−6時間も 煮込む。粉のパプリカも使うらしい。
 ブタ肉にサラミをつけた前菜料理、テルテット・カーポスタはハンガリー 風ロールキャベツ。ウニクム(46種のハーブとスパイスを調合する)は ハンガリーの健康酒。トカイ・アスーはハンガリーを代表する最高級の貴腐 ワイン。
 発酵をはじめたブドウを取ってきて、ワインにする。甘口でデザートワイ ンである。他にも白の辛口ワイン。南の方でも赤ワインが有名。バラトン湖 の北のワインもおいしい。

●トカイ
 世界的に有名な貴腐ワイン。戦争の時に、できないのをわかって腐った ブドウで造ったところおいしかったので、以後も作るようになった。レーズ ンに近い状態で取ってきてから作る。普通のワインと貴腐ブドウから造った ワインのエッセンスを混ぜて作ったので、3−6の程度で甘さの等級がつけ られている。ルイ14世にワインの王様にして王様のワインと言われたワイ ンである。世界で数個所でしか作ることができないと言われる。

●シャーロシュパタク
 教育・学問の街として名を馳せたところ。ラーコーツィ家の居城がある。 中でもフランツ2世はハプスブルク家と争った英雄で、トカイのワインで得 たお金で戦った。

●ヘレンド
 磁器は世界的に有名。西洋の磁器に東洋の文化。人口の半分が工場で働い ている。700人の絵付け師がいる。中で25人がマスターの称号を持つ。 絵柄はインド、中国、日本の影響がある。イギリスのビクトリア女王に愛さ れたビクトリア・ブーケ。

 ノーベル賞を受賞している人も多い。基本教育レベルが高いためだろう。 クラシックなどの巨匠も誕生している。バルトークも。


テレビ番組「道浪漫」2000年11月12日は溝口肇さんでハンガリー

 スイス航空でチューリッヒ経由でウィーンに。さらにウィーン西駅からオリエント・エクスプレスでブダペストに向かう。

●ブダペスト
 ドナウの真珠とよばれる街。ドナウ川をはさんで「ブダ」と「ペスト」からなる。日本人の知っているハンガリーを3つ挙げると、(1) ルービック・キューブはリービック博士の1975年の発明。(2) 報道写真のヒーローであるロバート・キャパはブダペスト出身。(3) パプリカはハンガリーのセント・ジェルジー博士がビタミンCを発見した果物の王様。
 まず、「くさり橋」。ドナウ川にかかる美しい橋。ガイドブックに必ず出てくるのは古い建物、下を見ると補強がなされていて、中は豪華なアール・ヌーボー調のニューヨーク・カフェ。19世紀末の文化の殿堂、1894年誕生。昔はインクと紙は無料だったので、多くの小説や戯曲がここで生まれた。ソ連時代は危険とみなされた場所である。1杯のコーヒーを下さいは、エッジュ・カーヴェ・トィ・ケーレックという。エスプレッソは380フォレント(150円)。パリのオペラ座の中の感じに近いとか。11月現在、一時閉店中でもある。
 地下鉄に乗る。一週間使えるパスを購入。1850フォリント(800円)で改札口はない!ヨーロッパ大陸で最も古い地下鉄で19世紀末に建設された。

●セーチェニ温泉
 気軽に楽しめると聞いて来たが、日本のイメージとは異なる。市民公園の中にある大温泉風呂で、入浴料金(更衣室付)900フォレント(360円)。オスマントルコの時代から温泉が普及した。ここでリラックスするのは市民の日常。36度くらいかな?と言っているが、泳ぐ人はいない。皆歩いて運動している。プールの端ではチェスをやっていた。

●ブダペストの「グンデル」
 高級レストランで、19世紀末の文化人が通った名店。「エストラゴン入りいのししのスープ」お勧めのハンガリー料理とか。ちょっと酸っぱい。お味噌汁に似ているとか。コーディネーターのキッシュ・レイカさんもその通りと言った。「3色パブリカチキン」16世紀トルコによってもたらされたパブリカはハンガリー料理になくてはならないもの。日本のすいとんと同じものもある。デザートは「グンデル・パラチンタ」クルミのクレープ、チョコレートがすごくおいしいらしい!ディナーでは男性はジャケットが必要。電話:(1)3213550

●エステ
 Jean Claude hair salon に来ると、女の人がいっぱい裸になっているという。実はエステ・サロンのカティ・コズメティカ。ここはエステ王国で、世界の上位をいつも占めるとか。エステ料金は1回7000フォリント( 3000円)で、ブダペストは100軒以上あるが、ここは人気とか。溝口さんは磁気マッサージにカロチンパック、頭皮マッサージなど。ハンガリーでは、男性も20代から通うとか。

●チェロを奏でる
 夕方、チェロを奏でる場所を探す。急にブダペストの街は光によって変わっていく。ドナウ川の上で、船の上で即興で奏でた。

●トカイ
 ブダペストから東北へいったところにおいしいワインを飲みにいく。ラーコーツィ・ピンツェというワインセラーには500年以上の歴史の洞窟の中でワインを造っている。トカイ地方で作られるのは「トカイ・アスー」という世界初の貴腐ワイン。貴腐ワインとは貴腐菌のついたブドウで造られるもので、甘い。ルイ14世、マリア・テレーザの愛したトカイ・ワイン。ここではワインは立てたまま保存する。ガラスの表面にも菌がついている!ロウソクにコルクオープナーをかざしてから開ける。トカイ・アスー5プットニュ(1993年)を飲んだ。プットニュ Puttonyos とは、貴腐ブドウ の入っている量のこと。Chateau Megyer Tokaii 貴腐菌のついたブドウは1人1日10キロしか収穫できないので高いらしい。

●ホッローケー
 溝口さんは必ず車を借りる。今回トラバント Trabant を中古車で7万フォリント(3万円)で買おうとするが、やめて借りた。この車は旧東ドイツ製594ccの名車らしい。ギアチェンジもコラム式で、音がすごいらしい。
 この街はブダペストから車で1時間。100軒ほどの民家(世界遺産)がある、300年の歴史の村である。年金生活をする人がほとんどで、観光客がいない。家は築300年のものが多い。
 黒い帽子、服などの黒ずくめの男性がいる。煙突掃除の人らしい。毎年の今頃が大忙しらしい。ハンガリーでは年に1度の掃除は国民の義務らしい。煙突掃除の人は幸福をもたらす人とも言われているらしい。
 煙突は暖房と料理のコンロを兼ねている。未亡人の人は黒い服しか着ないそうである。

●カロチャ
 南へ向かう。刺繍とパブリカで有名な観光地である。ここに1軒しかないホテル・カロチャに宿泊。1泊朝食付で8700フォリント(3500円)
 朝5時、デチャーク・フェレンツさんと漁に出る。ミリングという網で取る素朴な漁。とても寒いらしい。ドナウ川で漁をするには、50種以上の魚の識別や産卵など、知るためには講習などを受けないといけない。夜中に釣った魚があったので、川の傍で調理する。
 カフカ鱒や鮭のような魚がいっぱいいる。大きな鍋に入れてパブリカをたっぷり入れて煮る。パスタの上にこれをたっぷりかける「ハラースレー」はハンガリー人がとても好きらしい。おいしいらしい。日本人に合うとの事。お礼にチェロを演奏する。Espace という曲。

●ケチケメート
 カロチャとブダペストの中間。ハンガリーの音楽家コダーイ・ゾルターンの生まれ育った街。12時に市庁舎の鐘が鳴る。コダーイが集めた民謡らしい。

●ハンガリー大平原
 ハンガリーの人の心の故郷と言われている。民族の祖先はアジア系。大平原を馬で駆けることを誇りにしている。大平原で生きていた知恵がある。コダーイの集めた民謡をベースにして、即興曲をチェロで大平原で弾いた。

●ブダペスト
 セントラル・カフェは今年再オープン!した歴史あるカフェであった。


テレビ番組「大使の国のたからもの」2000年2月23日と3月はルーマニア

 ジプシーって差別用語でインドから来た人のことだったって知ってました?

●シビゥ
 ブカレストから北へ列車で6時間。歴史的建造物より生活している人を見ていると面白い街だという。中世の街で、12世紀ハンガリー王の要請によりゼクセン人(ドイツ)が移住して商業を始めた。オスマントルコにより、ドイツ人が追われ、ルーマニア人が住む商都となった。ハンガリー・ルーマニア・ドイツの文化が混じりあっている。
 ブルケンタール博物館。ピアッツァマーレ大市場は何も買わなくても味見をさせてくれる。笑顔があふれている。

●シビレンという町
 ホーリートリニティ教会。ルーマニアの人は少しずつお金を貯めて部屋を飾ったり、装飾品を買っていく。マドリアーナさんはガラスのイコン?(ガラスに描いた絵)を作っている。
 牛など放し飼いにしてあるが、夕方になると自分のねぐらに戻っていくらしい。

●サチューレという村でジプシー
 ロマと言われる流浪の民ジプシー。ジプシーというのはエジプト人という言葉がなまってできた言葉で、差別的な言葉らしい。実際にはインドから来た人々で、今ではロマと呼ばれている。ルーマニア人にとってロマと将来、共存していかなくてはならない。彼らの衣装や考え方は全く違うが、同じ権利も持っていることは認めなければならない。
 トリックという地区で裕福そうなロマの家族の家を訪問した。

●シギシヨアラ
 中世の面影を残す街。Kino (マドラ出版5500円、佐藤雅彦)ビデオのようですが、これに出ていた町らしい。なだらかな坂道。色の違う建物。映画の世界を切り取ったよう。時計塔があり、シンボル。14世紀の建造。東京から8890kmなどと各都市との距離を書いたプレートが塔の中にある。
 ヴラド・ドラクルの家。ヴラド・ドラクルはドラキュラのモデルとなった人で、この生まれた家は今はレストランになっている。ドラキュラ伝説のような暗さはない。彼はオスマントルコに立ち向かった英雄だった。ヴラド・シェペシュ公の名の「ドラクル」は龍を意味する。後に作家ブラム・ストーカーによりドラキュラ伝説が作られただけで、何の関係もない。しかし、観光客には感謝しているそうだ。ブラン城ドラキュラの城として名高い。建築のスタイルはなく、いろいろな時代に建て増しされている。

●ブラショフ
 ブカレストに次ぐ都市。文化教育施設が充実している。通りの奥には「黒の教会」が風格をもってそびえている。テアトル・リリック・ブラショフで指揮者の菅野宏一郎氏に会った。オペラを指揮している。今年で5年目だそうである。ルーマニア人は気が長い。ゆっくりしている。みな音楽に対する感性が豊かだと菅野さんは言う。

●北のマラグレッシュ地方
 ツイカというお酒を薦めてくれた。この国のもてなしらしい。プラムから造り、口から火が出るくらいに強い。
 日曜日には村じゅうの人が朝から礼拝に向かう。教会は木造で、ここはギリシア正教。子供たちはみな可愛い!!
 サプンツァという村には一風変わったお墓があった。墓標として生前の状況を絵と文で書いてある。チャウシェスクの近代化政策もこの村までは及ばなかったらしい。芝生のような庭の中を流れている、川幅2m程度の川には豊かに水が流れている。ほとりにはアヒル。何となくいい感じである。

●詳細は
 Visit Rumania 日本語コーディネーター 早出富恵さん 03-3501-7243


テレビ番組「東京〜ロンドン大陸横断2万キロ・日本のタクシー大冒険」

 2000年11月23日放送。テレビ東京製作。主演は宅麻伸。ドライバーは入江武 正(57)さんと武重(29)の親子。練馬区の日生交通勤務。車は黄色で 「品川531せ1212」だったと思う。越えた国境12箇所。中国、カザフ スタン、ウズベキスタン、ロシア、ウクライナ、スロバキア、チェコ、オー ストリア、スイス、フランス、イギリス。3ヶ月かかった!使用ガソリン 1864.33リットル、乗車時間618時間、最高気温42度、最長連続 運転時間27時間、給油回数46回。

●3月10日
 テレビ東京にて40組のタクシー親子をオーディション。入江さんに決定 した。なぜロンドンか?1897年、ロンドンでタクシーが生まれたから。

●6月21日出発!
 天王洲スタジオ出発!一路神戸へ(620キロ、17.8万円)。

●神戸から中国の天津へ
 6月23日、神戸港から中国の天津へ、2泊3日の旅。6月25日到着。 中国用に許可されたナンバープレートに交換し、免許証をもらった。900 万都市天津。右側通行。お父さんは初めての海外。自転車も多いのでたいへ んだったが、高速に入って北京へ。2時間で到着 (850km 24.5万円)。

●北京〜万里の長城〜洛陽〜西安
 永安旅館1室80元(1260円)の部屋に3人雑魚寝。庶民の生活を味 わうためだとか。6月27日、万里の長城の黄花城へ。ここは客がいないが 、修復されていない。登ること1時間延々と連なる長城に着く。近くの民家 に泊まる。これから西安→敦煌→鳥魯木斉に向かう。
 黄河大橋を渡って、50万円。6月30日、洛陽 (2100 km 59.2 万円) 龍門石窓(400年にわたって堀りつづけた石窟)へ。それから現代の石窟 というか趙中年さんの地面を掘った家を訪問。涼しいらしい。
 7月2日、西安(かつての長安)(2520 km 92.1 万円) 。大雁塔、兵馬 傭を見る。回民飲食街(イスラム教徒回族の街)で砂鍋(サゴワ)5元( 70円)。青菜、キノコ、春雨、ウズラが入って3人分でこの値段。長安城 堡大酒店に泊まる。最後の贅沢かも。タクシーは日本人に人気者となった。 新聞にも出た。翌日、行く先々で地元のタクシーが先導してくれた。シルク ロードの起点となる絲綢路へ。起点群像で地元タクシーの人が激励会を開い てくれた。親子涙ぐんでいました。

●シルクロード
 7月6日。宝鶏付近で道は途端に悪化した。午前2時30分やっと天水に 到着した(3050 km 88.1 万円)。ガソリン1リットル2.7元(38円)。 黄土高原(標高2000m以上)を西に向かう。7月7日午後10時、蘭州 到着 (3390 km 97.7 万円)。10時間も何も食べてないらしい。謦源飯店 で蘭州牛肉麺3.5元(49円)を食べる。日本のラーメンのルーツか? 7月8日午後10時、来塞村到着 (3800 km 110.1 万円)。村人が全て出て きた。長老の家に泊めてもらった。夜が明けると、絵に描いたような牧歌的 な景色!祈連山脈もきれい!全員に見送られて出発。
 敦煌の手前で万里の長城の嘉峪関(かよくかん)という関所(西のはずれ の方)、さらにそって走る。このあたりは土で道路ができている。7月11 日、長城第一○(この字は土へんに敦) (4330 km 125.5 万円)。嘉峪関か ら西へ5km、ここが長城の終点。なぜなら、その先が渓谷になっていた。
 7月13日、気温41度。ゴビ砂漠を行く。砂嵐がきた。すごい風、視界 は10m。やっとその向こうに莫高窟(ばっこうくつ)が見えてきた。南北 1.8kmに渡って石窟の敦厚に着いた(世界遺産)。
 哈蜜(はみ)440kmを一気に走り、正午前に到着。ウィグル族。ハミ ウリというウリが多い。メロンとスイカの味がするとか。収穫を手伝う。
 ウルムチに向かう。道が悪くなる。鳥魯木斉(ウルムチ)大都会。西新宿 よりすごいビル群。7月19日到着 (5990 km 174.5 万円)。世界で最も海 から遠い都市。人口140万人。日本料理「平政」へ行く。
 天山山脈が見える。この天山山脈を西へ。7月21日、温安という場所。 ここに温泉があった。肩までつかって満足。1ヶ月経ってました。
 この辺で一番美しいと言われる湖へ。標高2000mの山の中に突然浮か ぶ塞里木(サリム)湖 (677.5 km 196.4 万円)。周囲100km。カザフ 語で幸福という意味。カザフ族のアーレン・パイハナさん宅(パオ)に泊ま らせてもらう。広さ20畳、お客は大歓迎だとか。羊を1つつぶして食べさ せてくれた。馬乳酒(クムズ)をすすめられた。ドブロクとヨーグルトを混 ぜたような味。夜11時過ぎに料理ができた。片方の耳を子供が、他方の耳 を入江さんの息子が食べて、みんなが食べた。煮込んであったのはウドンみ たいなもの。1時過ぎ、みんなで寝た。
 午前7時、クルト(乾燥チーズ)を女性が作る。あとは揚げパンを作る。 バウルサックという。朝の気温は5度。2日間お世話になって旅発つ。涙。
 33日目。200万円到達。7月23日、伊寧 (6880 km 200.9 万円)。 息子が病に倒れる。

●カザフスタン
 7月25日、カザフスタンに入る。みんなの視線が集まる (6981 km 204 万円)。天山山脈の支脈アラタウ山脈に突き当たる。4000m級の雪を頂 く山々に沿ってアルマトイに着く (7374 km 215.5 万円)。昔の首都。イス ラム教とロシア正教。日本人捕虜収容所があった所で、墓地がある。入江さ んのお父さんは涙にくれる。彼らの苦労のおかげで今、自分たちが幸せだと 宅麻さん。
 7月28日、ウッシャルマ (7868 km 229 万円)に住む日本人に会いに行 く。三浦正雄さん68歳。14歳の時にたった一人で来たという。樺太生ま れで、北海道に住んでいたが、終戦時に樺太に戻ったところをスパイ容疑で 逮捕され、カザフスタンに連れて行かれた。札幌に姪の益村美代子さんが 住んでいて、5年前に札幌に訪問したらしい。その姪のビデオを見せる。こ こに泊めてもらった。自給自足の生活をしている。同じ境遇のドイツ人の奥 さんニーナさんと結婚し、子供を2人育てた。

●ウズベキスタン〜カザフスタン
 8月1日、ウズベキスタン国境 (8855 km 262 万円)。通関に5時間もか かった。タシケントに向かう。国境から25km。人口200万人を越える 街。チョルスー・バザールは中央アジア最大の市場。物々交換に挑戦。「孫 の手」でした。
 再びカザフスタンに戻る途中に、8月6日、1万キロに到達。47日目。 8月9日、アラル出発すると道路が目茶目茶。一応アスファルトなのだが、 デコボコだらけ。横の平原ステップを走っていく車を見つけ、ステップを走 ることにした。これはイルギス・ステップ。本来道ではないのだが、地元の 人が走っていてわだちの跡が道になったもの。砂にタイヤがはまって動かな くなった。板を使って脱出。夜になっても朝になっても街までたどりつけな かった。午前10時前、やっと町が見えた。アクトベ。ここまで600km を28時間かけて着いた (11418 km 357.1 万円)。入江さん親子は、交替 しなかったからというので喧嘩を始めた。翌朝、仲直りした。
 ウラル川を越える。8月13日、オラル通過。そこの川づいたの標識に、 ここから「ヨーロッパ」と書いてあった。

●ロシア〜ウクライナ
 8月15日、ロシア国境を越えた (12633 km 374.3 万円)。8月17日 午前10時にウクライナ国境に着いたが、あと500mのところで停電の ためらしいが、車の列が動かなくなった。5時間待つが動かない。さらに 夜11時だが、まだウクライナに入っていない。17時間待ち続けてやっと 動きだした。9月19日、午前3時11分、入国 (13944 km 413 万円)。
 キエフ通過 (14450 km 423.7 万円)。

●スロバキア
 8月25日、スロバキア入国 (15164 km 449.8 万円)。550万人の国 民で、国土の75%は山岳地帯の国である。長い間、ハンガリーの支配下に あった。スピシュスキー城は13世紀初頭に作られた世界遺産。
 ナブラチロワ・マミさん(37歳)はこの辺に住むただ一人の日本人。夫 はズテナさん。1992年日本で結婚し、日本で職がないのでチェコに帰っ てきた。岐阜県垂井町のお母さんからのメッセージをビデオで届けた。ソー メンを食べさせてもらった。

●オーストリア〜ドイツ〜スイス
 8月30日、ウィーン通過。9月3日、ドイツ国境 (16670 km 493.9 万 円)。わがままでスイスのインターラーケンに向かう。
 9月7日、スイスアルプス、ユングフラウ(4158m)、アイガー(3970m)、 一人山頂付近近くまでヘリコプターで行った宅麻さん。

●フランス
 9月8日、フランスに入る (17900 km ? 円)。シャモニーに宿泊。モン ブランへの入り口の町。
 9月10日、パリ、82日目 (18615 km)。シャンゼリゼを走る。凱旋門 は12本の道が集まっているので、ここのロータリーは出るのがたいへん。 エッフェル塔に登る。3つ星レストラン「タイユバン」にこのタクシーで 乗りつけて、食事をした。宅麻からのお礼だという。前菜「胡椒の衣和え、 シャロス産鴨のフォアグラ」(いちじくのジャム付)、「トリュフ風味マッ シュルーム入りラビオリ」、「岩ひめじの切り身炭火焼き」「ロゼール産 仔羊の脇肉ステーキ」
 9月13日、パリを出る。中国に入ってから3ヶ月ぶりの海を見る。 ドーバー海峡である。晴れていたので、イギリスが見えた。カレーに宿泊。 親子で今までのわだかまりを話しあって解消した。

●イギリス
 9月14日、フランス側のイギリス国境。検査がすむとユーロトンネルの ル・シャトル(乗用車専用列車)に乗る。これでユーロトンネルを35分で 通過する。父が運転を替わったので、息子が泣いていた。
 午前11時、イギリス上陸。フォークストン。ロンドンまで150km。 市内に入る前に父は紋付に着替えた。タワーブリッジ(テムズ川)を渡り、 バッキンガム宮殿を右に曲がり、ロンドン・タクシーの発祥の地 Juxon Street へ向かう。宅麻さんの奥さんの賀来ちかこさんと入江さんの奥さん もそこで待っていた。
 9月14日、午後4時5分、到着。ロンドンのタクシーが並んでこのタク シーを向かえてくれた。入江さんも感動で涙。
 86日間かかっていた。全行程、19184km、パンクなし。 費用は568万4820円だった。
The Long and Winding Road の流れる中、番組は終了した。


SEO [PR] カード比較  冷え対策 温泉宿 動画無料レンタルサーバー SEO