アジア

ハワイ・グアム・サイパン・フィジー・ニューカレドニアなど

北アメリカ

中央・南アメリカ

ヨーロッパ

オーストラリア・ニュージーランド

アフリカ

いのうえの海外旅行記

いのうえの海外旅行写真記

日本の宿

日本のレストラン

トップ

中国の旅行情報3


なお、これはわたしが個人的にテレビを見て書いたものであり、各テレビ局や番組とは全く関係はありません。
すべての文章の無断使用・転載を禁止いたします。
またここの情報を使って、何か問題が起こったとしても私は一切責任は持ちませんのであしからず。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん モンゴルのウランバートル」

 2009年8月1日放送。

●ウランバートル
 日本から飛行機で4時間半。モンゴルの人口の4割100万人が暮らす。中心部から車で30分走るとのどかな大自然がある。原住民たちはゲルと呼ばれる住居で暮す。
 エンフタイヴァン通りは近代的なビルが並ぶ。しかしゲルが置いてある。中はブティックでした。生活雑貨、アート・ギャラリーのゲルもありました。
 バヤンゴル区では音楽が聞こえる。公園で楽器を演奏している人がいる。見たことがない楽器だが、馬頭琴といって、1000年の歴史を持つ伝統楽器。確かに馬の頭の彫刻が施されている。作る職人さんたちがこの公園で試し弾きをしていたようだ。お店は「バヤル&ブラザース・ワークショップ」で、全て手作り。弓や弦も重要な仕事で、馬の尻尾の毛が100本以上束ねられている。1つ18万トグリグ〜(約10800円〜)。インテリアにもなる。

 郊外には少し違うゲルが並ぶ。入口には甲冑姿の人がいる。ここは「13世紀村」というテーマパークで、モンゴル帝国時代を再現した村。ゲルの中は生活小道具もある。ただのテーマパークではなく、よりリアルな生活感を出すように、村人はここで実際に昔のモンゴル生活を再現しながら暮らしている。入場料(食事つき)は60ドル。

 ジャルハルナイハンキーン?・チンバトさん(20歳)が紹介してくれたのは、働いているレストラン?の「モンゴリアンBBQ」。デリカテッセン方式で、好きなものを取る。肉は生で、奥に持っていくと店員が焼いてくれる。店員はベニハナみたいにアクロバティックな演技を見せてくれました。食べ放題で、11800ドグリグ(約700円)。
 ナーダムのお祭りを紹介してくれました。車で3時間の隣町ダルハン。草原の中に屋台が並ぶ。モンゴル相撲をしていた。馬には子供たちが乗っていて、祭りのメイン・イベント。12歳以下の子供が25km走って競う。およそ30分でゴールイン。観客は優勝した馬に触り、汗を体に塗る。これで1年間幸せになれるという。

 新婚さんの朝ごはん。住宅地のマンションに住むトゥプタシントゥーヒーシ?・ハンダルマーさん(23歳)が作るのは、1品目「ボーズ(蒸し餃子)」。大きな羊のブロックを刻んでいく。みじん切りのたまねぎ、塩胡椒で混ぜあわせる。水を加えた小麦粉をよく練って生地を作り、切り分けたらら、円形にのばす。これで肉を包んで、油をつけて専用の蒸し器の中で20分蒸す。
 2品目は遊牧民料理「チャンスン・マハ」。羊肉を骨付きのまま鍋に入れ、にんじん、ジャガイモを加えて、30分煮る。その間に生地を大きな円にのばし、鍋に上からかぶせるようにのせたらさらに30分煮る。
 3品目「チンジューテイ・サラダ」。赤ピーマン、なす、たまねぎ、にんじんを細切にする。野菜はにんにくと一緒にフライパンで炒め、蓋をして蒸し焼きにする。塩胡椒とトマト・ペーストで味つけ、最後にパクチーを追加。


テレビ番組「にじいろジーン 地球まるごと見聞録 北京」

 2009年7月11日放送。

●北京
 台湾からエヴァー航空で行きました。去年の夏のオリンピック開催で、世界の近代都市の仲間入りを果たした。町の中心部には高層ビルが建ち並ぶ。
 空港からは文正新さんのタクシーで市街地へ。初乗りは140円、市街地までは50分。渋滞がひどいので、走ってはいけない車の番号が決まっている。毎朝新聞にもその番号が掲示される。例えば、末尾が4と9とか。毛沢東の大きな写真で有名な天安門広場を通りすぎ、オリンピックのメイン会場「鳥の巣」(北京国家体育場)は今は中に入れるようになっている。入場料は700円。平日だと1日6万人、休日だと10万人以上が来場する。
 にじいろガイドは泣品品(ウォ・ジンジン)さん(28歳)。北京の食事は小麦を加工したものが多い。北京は雨が少なくて、乾燥しているから米よりも小麦の方が育ちやすい。中国式のハンバーガー「肉来○(○は食へんに莫)(ロージャーモー)」40円は、肉をパンではさんであり、朝食で食べる人が多い。刀削麺は110円。麺料理の代表格は炸醤麺(ジャージャーメン)で、「一碗居」は安くて美味しい。9種類の薬味を目の前で手早く入れてくれる。最後に味噌ダレをからめる。140円。専門店には必ず生のニンニクが置いてある。ツウの人は生でかじってジャージャー麺を食べるのが当たり前。
 早朝は朝7時頃から体操をしている人が多い。太極拳、太極柔力球、ダンスをする人、楽器演奏をする人など。路面書道を楽しむ人もいる。路面書道用の筆も280円で売っているところもあった。
 公園で鳥の鳴き声が聞こえる。「画眉鳥」は昔の貴族の遊びで、みんなで持ち寄り、美しい鳴き声を楽しむ。鳥かごにはカバーをつけて、鳥に目隠しして、鳴くようにしている。鳥かごは必要以上に揺らすのが一般的。これで鳥の足の力がつく

 路地に入ると昔の家並みが残っている。「黒芝麻胡同」、「帽几胡同」などの胡同(フートン)がある。人力車1時間1400円で楽しむ。
 「南拶鼓巷(ナンルォグーシャン)」は胡同の中でもオシャレなお店が数多くある一番人気のショッピング・スポット。お土産も手ごろ。手作りノート専門店「興穗?手工」で、表紙に皮を使ったものなどがある。京劇を扱ったもの、自分の写真を入れたものなどがある。写真を使ったノートは1冊420円。雑貨店「石怡集」では、テディベア(大)2200円は中国の柄を使っているこの店の人気商品。中国らしいぬいぐるみもある。
 胡同の名物のスイーツの店「文字○(女へんに乃)酪店」には、地元の人が行列している。「○(女へんに乃)巻(ナイジュエン)」は、こしあんをカッテージ・チーズで巻いたもの。140円。開店2時間で完売することもしばしば。

 不動産情報。市内中心部の建物。下がホテルとオフィスで、上が賃貸マンションになっている。40階にマンション専用のロビーがあり、吹き抜けを中心に部屋が周辺に配置されている超高級マンション。41階でリビングは100平方m以上。寝室は3つ。3LDK235平方mで、家具は備え付き。この部屋には水道代、光熱費、インターネット、市内電話、週に2回の掃除、ロビーで毎朝の食事、クラブハウス使用料がついている。これで1ヶ月2.8万元(39万円)です。


●万里の長城
 市内からバスで90分。八達嶺長城は観光ポイントとして大人気。登城料は640円。急な坂は男坂、比較的緩やかな坂は女坂で、行き止まりまで2000m。多くは770m地点の中継地点まで行く。片道30分。
 登る時に北京の人が必ず持っているのが「清涼油(白色)」100円。これを塗るとすっとする。地元の人はこめかみに塗って涼を得る。


テレビ番組「知っとこ!世界の朝ごはん 北京」

 2009年6月20日放送。

●北京
 人口1600万人。オリンピックを機に町中で改修工事が行なわれ、今では美しい街並みが見られる。繁華街のワンフージン(王府井)は人も多く活気がある。食べ物の屋台が集まっている。ケバブもある。名物の「飴かけ」(4元〜:56円〜)はいろいろなフルーツを串に刺して飴でコーティングしたもの。意外と量があります。お土産屋さんが集まっている場所。
 この繁華街のど真中に「逆バンジー」がある。「高空弾跳」1人100元(1400円)で、すぐ横にはビルがあり、街の人たちも興味津々で見上げる。
 リューリーチャンは清の時代から続いている文房具の街。筆の店が多い。清の時代に国家試験を受けるために多くの学生が住んでいて、その学生向けに文房具を提供していたらしい。「ウェイ・ディオ」では、1円玉の半分の大きさのお守りにびっしりと文字を書いている人もいた。300文字?の般若心経らしい。頼めば絵のついたものや、お好みの文字を入れたものまで作ってくれる。価格は80元〜(1120円〜)。
 双秀公園(シュワンシュウゴシュアン?)に行く。大きな筆を持った人が多く、水をつけて地面に文字を描いている。この「地面書道」はどこでも楽しめるそうです。
 ルオ・ヒンさん(25歳)が紹介してくれたのは、「ダードンカオヤーディエン」(北京市東城区東四十条22)という北京ダックのお店。中は高級そうな感じ。目の前で切り分けてくれます。1羽198元(2800円)。普通北京ダックは40分くらいで焼きあがるが、このお店では2時間近くかけてじっくり焼き、余分な脂を落として、より香ばしくしている。昨年「北京No.1レストラン」に選ばれたそうです。北京ダックにザラメをつけて食べるのが大人気。

 端午節なので、郊外のイェンチンという町に行く。ここでは北京でも有名なお祭りが5月5日に行なわれている。赤い服を着た女性たちが「ちまきの早作り大会」に挑戦。10分間にいくら作れるかを競う。できた分だけ持ち帰ることができる。優勝者は36個でした。

 新婚さんの朝ごはん。住宅地の高層マンションに住むティユン?・ユアンさん(26歳)が作るのは、1品目「肉団子とキノコのスープ」。豚のもも肉を切り、トントン叩いてミンチにする。刻んだネギを加えしっかり混ぜる。細切したショウガを一煮立ちさせ、さきほどのミンチを団子状に丸めて入れる。平茸というキノコを加え、アクを取りながら10分煮込む。塩で味を整え、仕上げにネギを散らす。
 2品目「エビとハムのチャーハン」。ハムと色の違う2種類のパプリカを細かく切る。フライパンに油をひき、にんにく、ハム、パプリカ、大ぶりのエビ、ご飯を加えて強火でしっかり炒める。塩胡椒で味付け。
 3品目「マーボー豆腐」。豆腐を大きめに切る。豚肉をミンチにして、フライパンでにんにくと炒める。唐辛子などの調味料、豆腐を加えてさらに炒める。仕上げに片栗粉でとろみをつける。うつわに盛り付け、お好みでマージャオというピリ辛の調味料をかける。


テレビ番組「にじいろジーン 世界ぐるぐるジーン 上海」

 2009年3月21日放送。3月21日より、Air Macau が関西空港に就航し、これで行くことができる。

●上海
 世界的な港町。近代的な高層ビルの数々。経済的には中国でNo.1で、来年は万博も開催される。西洋風の美しい街並みも特徴の1つ。
 マンションに住むセン・フーカさん(33歳)のお宅を訪問。息子が一人。ご主人はチン・ペイさんで、3LDK、130平方mに住む。上海では結婚するときは家があるというのが基本らしい。
 中国風の絵柄がマッチしたオシャレな洋食器がある。「フレンチシノワ」と呼ばれるこのデザインは、今上海で大ブーム。それはファッション界まで広がっている。中国では金魚の絵柄は、「お金が儲かる」という意味の縁起のいいデザイン。
 小籠包の上手な食べ方。上の方を少しかじって、肉汁をすする。南翔饅頭店が紹介されました。16個入りで170円。カニ味噌スープが入ったものは、ストロー?をたてて飲みます。「カニ味噌スープ入り小籠包」は1個170円で、大人気。
 ほかにもおでんのようなものがある。さらに「たこ焼き」みたいなものもある。6個入り80円。中にはすりつぶしたタコが入っている。
 海鮮品が多い。「ゾウの鼻」と呼ばれている貝は、先は刺身で、貝に近い側はスープに入れて煮込み、ご飯と一緒に食べる。市場に併設されているレストラン「天鴻酒家」では持ち込み歓迎と書いてある。
 「面料市場」は外には「布」の文字が目立つビル。ここは基本はオーダーメイド。デパートと比べ、品質は同じで、値段は半分だそうです。
 朝、太極拳をしている人たちがいる。社交ダンスをしている人もいる。

●金山区の水郷
 車で2時間。あちこちの家の壁に様々な絵「農民画」が描かれている。

●上海
 豫園は上海でも有名な観光スポット。サンザシ飴は1本70円。イチゴ飴は140円。フルーツ飴は70円。上海で一番人気のあるスイーツは「珍珠女乃茶(チンジュナイチャ)」。ベースはミルクティーで、大粒のタピオカが入っている。発祥は台湾。
 上海雑技団を見る。
 夕食の準備。炒めたトマトに砂糖をかけ、卵とからめる。上海は川や海のエビが取れる。砂糖と醤油を使う甘辛い味付けは上海料理の特徴。
 昔は中国では結婚の前に、バケツとトイレを親からプレゼントしてもらう習慣があった。


テレビ番組「THE 世界遺産 中国・福建土楼」

 2009年3月7日放送。

●福建省
 中国・福建省の南西部の山岳地帯の山間。1軒の家という感じではなく、要塞のような建物がある。「四世同堂」かつて4世代の家族が一緒に住むのが普通だった中国で、多子多福と言われた。土楼と呼ばれるその大きな建物には、大きな場合800人が一つの屋根の下に暮らしたという。その土楼をアメリカの定説衛星はミサイルの発射サイトだと誤認したという。外敵から身を守る砦だった。
 2009年1月26日午前1時。土楼の村に1年で最も晴れやかで、やかましい1日が始まる。旧暦の1月1日。土楼に暮すのは主に客家(ハッカ)と呼ばれる人々。もともとはよそ者をさす言葉だった。遠い昔、彼らの祖先は漢民族の故郷、黄河流域を捨てて中国南部へと移住してきた。住める場所は山賊が出るような山間の場所。そのために身を守るために土楼が誕生した。
 「承啓楼」を取材。380年前に建てられた。土楼の真中には先祖を祀るための祖堂がある。最盛期には600人が暮らしたという。1階には世代毎の厨房や食堂が並ぶ。2階は食料や農機具などを収納する。3階から上は寝室。どの部屋も同じ広さだった。明かりは中庭に面した窓。
 世界遺産には10地域46の建物が対象となったが、実際には数千といわれる。中でも「二宜楼」は最高傑作とされ、土楼で唯一国の重要文化財に指定されている。この土楼は元々福建省に住んでいた漢民族が270年前に建てられたもの。入口には表札代わりに彫刻が施されている。内部は専用の階段などで1階から4階までがつながる。1世帯あたりの部屋数は厨房を含めて17、占有面積は500平方mにもなる。土楼の真正面には先祖を祀る祖堂がある。1階では葬式が、4階の祖堂は結婚式にも使われたという。4階には土楼をぐるりと一周する隠し廊下があった。
 5階建の「和貴楼」にも生活防衛のための工夫が見られる。門に対する火攻めを予想して、門の上から水が落ちる仕掛けもある。
 彼らは東洋のユダヤ人とも言われる。4世紀以降、幾度となく南へと流れてきた。貧しかったので、子供の教育に熱心となった。その結果、華僑、政治家、医者など、多くの立身出世物語が生まれた。
 「衛香楼」に住む蘇さんの一家。旧正月に備えて、門の周囲を赤い飾りで飾る。170年前に建てられ、4階建で136室もある。しかし今は5世帯10人が暮らすだけ。旧正月を待ちわびる理由がそこにある。蘇さんの一族はインドネシアで華僑として成功した人が多い。240km離れたアモイで働く長男が華族と帰宅した。科挙の試験に合格した偉大な先祖も祀られている。この半世紀だけをみても、一族からは博士などになった者が150人もでたという。門の外で紙を燃やすのは、亡くなった肉親がお金に困らないように、お金を燃やした風習の名残。
 土楼には大きく分けて3種類になる。「五鳳楼」は最も初期のスタイルで、故郷である北方の住宅の名残が見られる。「方楼」は外敵と戦うための土楼。全ての部屋は均等に割り当てられた。方楼がさらに発展した「円楼」は外敵から守るのに適していた。外壁に使われたのは粘土室の土。
 客家土楼建築技師の徐松生さんは、国の認定を受けたたった一人の土楼技師になってしまった。25%が目安で、それ以下だと壊れやすくなり、多すぎると、いくら突いても固まらないという。
 初渓土楼群は徐さんの出身地。10軒の土楼が世界遺産となっている。壁には竹が入れてあり、補強となっている。徐さんがいた頃は30世帯以上、200人以上がここで共同生活をしていた。今は2世帯。
 旧暦の大晦日の夜、里芋をすりつぶした生地で鳳凰の足をかたどった客家料理「鳳爪」を作る。
 新年の日、午前1時、爆竹が鳴る。魔を払い、神を迎えるという意味がある。開門の儀式がある。開門と同時に走り、福の方向に線香を最初に立てた男がその年の福男になる。


テレビ番組「関西テレビ放送開局50周年記念番組・地球・感じてミッション!」

 2009年2月21日放送。保坂尚輝、度紀政善さんがモンゴルのバヤンウルギーを訪ねた。度紀さんはボクシングをやめた。父との絆は切れた状態だった。アダイさん親子は、1000年の歴史を守り続けるカザフ族。鷹匠の文化を父から子へと引き継ぐ。2泊3日、一緒に寝泊りして、和田アキ子からのミッション「親子とは何かを感じること」の答えを探した。関西テレビ製作。

●モンゴル
 アダイさんのお宅を訪問。アダイさんの子供は3人。
 長男のリザベック君は鷹匠になろうとする。去年は80人中10位で、最年少特別賞をもらった。お父さんと一緒にいる時が一番楽しいという。
 12歳の次男のダニベック君は、去年学校をやめた。放牧民になりたいという。1000頭の家畜を所有すれば、優秀な遊牧民と認められる。現在ダニベックは150頭の家畜の世話をまかされている。  9歳の3男のベルネンベック君は警察官になりたいという。
 度紀さんは子供たちにボクシングの恰好を見せました。モンゴルでもボクシングは人気のスポーツで、子供たちは喜びました。

 その夜気温はマイナス40度。
 リザベック君は3km離れた学校に行く。カザフ族の言葉はカザフ語なので、学校で子供たちはモンゴル語を学ぶ。2時になると、リザベック君はタカの調教をする。
 次男のダニベック君は朝から晩まで放牧で働く。3軒分300頭。オオカミから羊たちを守る。銃は持ってないが、石などで撃退するという。
 9歳のベルナンベック君は牛の糞拾い。その後井戸から水を汲んで桶に入れる。桶に張った氷をきちんと捨ててから、水を入れていました。
 家の隣は小屋で、肉が置いてある。牛2頭と羊とヤギが10頭分。カザフ族の習慣として、お客さんには新鮮な肉を提供しないといけないから、1頭をその場で解体しました。
 夕方からは子供は自由時間。凍った川の上で子供たちがアイスホッケーをしていました。
 夕食にさきほどのお肉を食べました。カザフ族は必ず子供に耳の部分を食べさせるという。親の言うことをよく聞くようにという願いから。

 アダイさんと狩に出かけた。まず山の頂上に馬で登る。山に潜んでいるキツネやオオカミが、人の気配を感じて逃げ出した瞬間に、2頭のイヌワシを飛ばして狩をする。最初の山に獲物はいなかった。次の山に向かった。キツネがいましたが、2頭のイヌワシが捕まえました。お父さんと子供の絆を強く感じました。
 その日、アダイさんのお宅に別れを告げました。

 度紀さんは家に帰ってから父親との会話が増えたそうです。

 親子とは「尊敬と信頼」。これしか感じなかったそうです。


テレビ番組「東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい 中国の旅」

 2009年2月14日放送。関東地区では1月24日に放送。東野幸治、岡村隆史さんが案内。昨年は2人でインドのガンジス川に行った。今回はしっとりした景観の蘇州、杭州の旅。日本テレビ製作。

●杭州
 朝、成田空港からJALで杭州行きで出発。3時間で午前11時に到着。気温6度。バスで杭州駅に向かう。一人20元(300円)。1時間で到着。
 風光明媚な古都で、この地を訪れたマルコ・ポーロが地上の楽園と称した。西湖をはじめ、中国三大名泉である「虎○泉(○は足へんに包)」など観光スポットがいっぱい。さらに中国の最高級緑茶である龍井茶が栽培されている。
 杭州駅内の食堂街で肉まん1個2元(30円)をいただく。中身は少ない。「糯米○(○は米へんに羔)」(もち米の蒸し物:ロウミガオ)2元(30円)は、杭州ではポピュラーな食べ物。

 虎○泉(○は足へんに包:フーパオチュアン)に到着。ストールを100元(1500円)で購入。ここの名水で入れる龍井茶は香りがよく格別だという。ここの水はミネラルが豊富で水質も上質。山の中を30分歩いて、龍井茶が飲める茶館に到着。龍井茶100元(1500円)。3分待って茶葉が底に沈みだしたら飲み頃。

 5時が日没なので、西湖に行く。午後4時到着。中国十大風景名所の1つ。面積5.6平方km、周囲15km。100以上の見所が存在する。中国人には死ぬまでに一度は訪れたい場所として広く知られている。
 船頭さんにコースの説明を聞いた。70分コースで、1隻160元で4人で2隻で合計300元に値切った。波がない。30分後、かなり来ているが、風景があまり変わってない。三潭印月(サンタンインユエ)は石灯篭の燈火と月光により、湖面が金色に輝くという名所。途中で「楼外楼」で食事をしたいということになった。船頭さんに交渉。気温は4度。そこに連れて行ってくれました。

 楼外楼で杭州名物をいただいた。鶏肉を蓮の葉で包んで5時間窯に入れて蒸し焼きにした「叫化童鶏(鶏の包み焼き)」148元(2220円)。「東坡肉(豚の角煮:トンポーロウ)」13.5元(200円)は豚肉を紹興酒などで煮込んだもの。「西湖酢魚(魚の黒酢あんかけ)」277元(4200円)。いずれも美味しいそうです。ここは創業160年、孫文や魯迅なども訪れている。
 夜の西湖で世界的に有名な映画監督チャン・イーモウ監督の西湖湖畔で行なわれているショー「印象西湖」。15分歩いて到着。ダウンジャケットも無料貸し出しがあった。100人を越えるダンサー、色、音が西湖と融合しました。
 観光客で賑わう河坊街に行く。南宋時代の街並みを再現した観光スポットで、人気の茶館「太極茶道」がある。セーターを40元(600円)、コートとズボンを600元(9000円)で購入。
 「太極茶道」に入る。ちょっと変わったお茶の入れ方をする。パフォーマンスが素晴らしかった。お茶は蓋をして隙間から飲む。
 宿泊は「速8酒店」1泊228元(3400円)。

 翌日の予定は蘇州に行って、上海〜鄭州に行く予定だったが、人が少ないので欠航する可能性が高くなった。それで少林寺に行くか、蘇州・上海に行くかを決める必要ができた。

●少林寺
 翌朝9時、杭州空港から1時間半かけて鄭州新郷空港に到着。ここから少林寺へは車で1時間半。気温3度。現地ガイドの王雨林さんが案内。
 少林寺に到着する手前に学校などがあった。実際の少林寺はダメだったみたいです。


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 中国・福建土楼」

 2009年1月24日放送。太田雅英アナウンサーが案内。1960年代の冷戦時代にアメリカの軍事衛星が撮影した謎の建造物。

●福建省
 福建省の山間部。かなり車で行ったところ。山の中に点在するどの村にも謎の建造物があった。しかしミサイル基地という感じではない。建物の中は空洞で、3万個以上あるという。
 5つ密集する集落「田螺坑土楼群」を訪問した。丸い形のもの、四角い形のものなどがある。「歩霊楼」と書かれた建物に入ってみた。中は中庭で、いろいろな家事をしている人がいた。3階建で、洗濯物が干してある。ここは巨大な集合住宅だった。100人以上住んでいるそうです。みんな同じ名字で同じ一族だそうです。3階から1階が一つの建物で一家族が住んでいる。部屋の中は涼しいそうです。
 長老の黄天腸さんに話を聞いた。どうしても教えたいことがあるという。景色のいいところから山を見た。先祖が北の方から戦乱を逃れてここに来た。ここの風景が気に入って、畑を開拓し、土楼を建てたという。
 醸豆腐(ニャンドウフ)を作ってくれた。豆腐を切り抜いて、そこに挽肉や野菜を詰める。油でよく炒め、焼き目をつければ完成。これにさらに炒めた野菜をかけて食べる。この地方では餃子の皮に使う小麦が取れない。米だけなので、豆腐を使いわざわざ餃子に似せた。
 土楼を作った人々は客家(ハッカ)と呼ばれた。よそから来た人々という意味。元々黄河流域にいた人々で、4世紀頃から戦乱や飢饉を避けて南に来たらしい。13世紀頃にたどり着いたと言われる。以来、人々は土楼を建てて暮らした。しかし土地がやせていて、食べていけなかったので、男は外に働きにでてお金を稼いできた。そして土楼を増やした。
 円形の円楼はなぜできたか?土楼の歴史に詳しい簡栄木さんが説明してくれた。山を登っていくと、頂上に土楼の壁がある。7−800年前にできた砦で、山をぐるりと囲むように作ってある。昔は治安が悪く、略奪や強盗をする敵がいた。そのための防御施設だった。山頂を拠点に抵抗したという。こうした土楼を真似して作ったのが円楼。18世紀に建てられた「錦江楼」も円形です。二重構造になっていて、中にも円楼がある。
 この砦を襲ったのは誰か?すぐ傍の海に連れて行ってくれました。明の時代は敵は海から来た海賊だった。その海賊は中国、東南アジア、日本からやって来たという。
 高い防御機能を持つ土楼。壁の厚さは1.5mにもなる。土楼建築の技法「版築」を再現してもらった。竹は鉄筋の役割。土をかぶせ、棒でつき固める。
 2008年7月に世界遺産に登録された。観光客が来るようになり、夜はライトアップされる。
 最初に訪ねた集落の「和昌楼」を訪問した。人があまりいない。みんな出ていったそうです。出稼ぎか、別の場所に家を買って出て行ったそうです。
 10月中旬、近くの「湖坑鎮」では3年に1度しか行なわれないお祭り「作大福」があった。5日間で3万人が集まったが、みんな李?さん。
 最初に訪ねた集落で、稲刈りを見せてもらった。すぐに米だけ取って家に持ち帰ります。客家の料理は芋料理、葉っぱの炒めなどだそうです。食事中、都会からの観光客が多くやってきた。黄徳明さんが結婚します。結婚式の前日、大騒ぎです。懐かしい餅つきの姿もありました。こねて「人」の形にします。二人がくっつくからだそうです。久しぶりに黄一族が集まりました。


テレビ番組「THE 世界遺産 黄山」

 2008年11月30日放送。6万段の石段が岩山にある。

●黄山
 上海から南西に350kmの安徽省にある。古くから唐の李白をはじめ文人墨客に絶賛されてきた。彼らの山水画で現存するものの大半は黄山を描いたものだという。墨の濃淡だけで描きだす山水画の美の世界。黄山の最大の魅力は千変万化する大海原「雲海」。
 「黄山を見ずして山を語るなかれ」と言われた。古来から文人墨客は中国屈指の景観に、俗世から遠く離れた理想郷を見た。南北40kmにわたり72の峰が連なる。現在険しい岩山には総延長50kmの登山道が築かれている。しかしかつては修行者が住むような、滅多に人が近づけない場所だった。今は年間200万人の観光客が来る。辿りついた山頂で人々を待ち受けるのは、昔から変わらない絶景。
 太古の時代、ここは海底だった。1億4000万年前の地殻変動で山脈になり、氷河や雨水に削られて奇岩を作った。飛来石、荷物を背負った老人、合掌峰など。摩訶不思議な天然の彫刻に出会った人々は、そこに様々なイメージを重ねた。「雲海を眺めて座る猿」という岩もあるが、実際にチベット・モンキーもいる。亜熱帯と温帯の境にあり、高低差の大きい山の地形は黄山を多種多様な動植物の宝庫にしている。山々を彩る1500種にものぼる植物。その中でも景観を語る上で欠かせないのは黄山松。世界遺産に登録されている黄山松は54本。その一つ一つにも人々は愛着を込め送客松などの名前をつけている。標高800m以上の高地にある高山松は盆栽のように一つ一つが独特な形をしている。土壌の乏しい断崖絶壁にも根をはる黄山松。根の先から有機酸を出して岩を溶かし、養分を吸収するそうです。また夏は40度、冬はマイナス20度という過酷な環境に適応している。まさに岩山のパイオニア。
 麓の町(徽州地区・屯渓老町)では黄山松を使ったものが名産品となっている。黄山松の枯れ枝を燃やして作ったススにニカワを混ぜてよくこね、型に入れ、乾燥させた墨。240年続く工房でした。文房四宝(墨・硯・筆・紙)は古来から珍重された。特に黄山の墨は徽墨と呼ばれ、名産品となっている。
 1日の中でも黄山は姿を変える。「黄山に3つの絶景あり」と言われる。奇岩、奇松、雲海。雨が多く、1年の大半は雲や霧に覆われる。
 雲海は日々刻々と変化する。山の稜線に沿って滝のように流れ落ちる雲は瀑布雲と呼ばれる。

 ここは複合遺産。文化的な価値も認められている。○○暖翠図などの山水画が紹介された。文人墨客の創作意欲をかきたてた。山水画家の顔世廣さん(39歳)は15年前に麓の町に移住し創作活動をしている。雲海は霧吹きを使用している。紙をぬらすことで雲の滑らかな動きが表現できるという。水をたっぷり含ませた筆で雲の陰影を描いていく。
 中国では古来より、優れた山水画は、一目みてそこに行きたくなるような絵だといわれる。さらにはそこに骨を埋めても悔いがない絵だという。


テレビ番組「さまぁ〜ずの世界温泉 とりあえずアジア版」

 2008年11月22日放送。さまぁ〜ず、バナナマン、ななめ45度、青島あきな、KONAN、つぶやきシローさんが出演。世界の温泉を紹介する番組。テレビ愛知製作。

●タイの秘境温泉
 「ななめ45度」が案内。成田からバンコクまで直行便で6時間。バンコク市内に夜7時に到着。「ロンポー・ムエタイ・ジム」に行く。美人ムエタイ・ボクサーのダオさん(25歳)が教えてくれたのは「有馬温泉」。しかし古式マッサージ店でした。しかしマッサージ後は温泉ではないが、大浴場でリラックスできる。
 夕食は「マンゴ・ツリー」で。「鴨肉のレッドカレー、パイナップル盛り」、「蟹と黄色いカレー粉炒め」、「エビのグリーン・カレー」などがお勧め。
 夜は「マンボー」でニューハーフ・ショーを楽しむ。

 ミャンマーとの国境付近のカンチャナブリに到着。映画「戦場にかける橋」の舞台となったクウェー橋がある。タイガー・テンプルに行くと10頭のトラが飼われていた。トラに直接触ることができる。サイヨーク象もいて、ゾウさんマッサージも受けられる。
 Hindat Hot Springs にやって来た。看板には Hot String と書いてありました(笑)山の中を1時間歩いていくと、吊り橋があった。川の下流に多くの人の姿を発見。ボートで下っていたら転覆した。川は泥色だが、川沿いにある温泉は緑がかった色。ここがヒンダー温泉。なぜかロシア系の観光客が多かった。実は駐車場のすぐ近くでした。硫黄泉です。

●中国健康温泉
 青島あきな、KONANさんが案内。北京には成田から3時間30分。空港からほど近い「チューリップ温泉花園リゾート」。250以上の客室があり、個室露天風呂も完備。屋外には大露天風呂もある。硫黄泉です。1泊16800元(25万円)の別荘タイプの部屋が人気で、ベランダには露天風呂が3つ。
 エステの店「漢方洲」に行く。ダイエット、美肌、免疫力UP、安眠、血液改善の5つのコースがある。「へそエステ」は壷からでる漢方薬の湯気をへそから体内に注入する。さらにヘソに壷をのせ20分。下半身、腹部を念入りにマッサージ。最後に漢方の丸薬をヘソに詰め、テープを貼って終了。
 北京ダックの名店「鴨王」で北京ダックをいただいた。
 宿泊は「華清温泉ホテル」で、北京市街地郊外のオリンピック公園そばにある。天然温泉大露天風呂で、含ケイ酸ナトリウム鉱物泉。古くなった肌の角質を食べてくれるドクター・フィッシュが泳ぐお風呂もある。
 天安門に近い前門大街。その一筋裏の通りにはお土産屋さんなどが多い。
 ランチは「国肴小居」で、クチコミ・サイト・レストラン・ベスト10にも選ばれた。名物料理は「燕の巣の清湯スープ」。次は「ふかひれスープ」。

 目的の温泉は「九華山荘」で、東京ドーム30個分の敷地に、客室数2400、70個の湯船がある。かつて皇帝の庭園だった場所を温泉施設としてリニューアルした。炭酸泉で、ラドンも含む。少し皮膚がピリピリする感じらしい。園内には20種類以上の漢方湯がある。このホテル一番のお勧めは「別荘スイート」で、1泊8300元(14万円)。

●台湾絶景温泉
 つぶやきシローさんが案内。まず空港近くの「ミラマー林口」はジャック・ニクラウスが設計した。
 「北投温泉」は川が流れているが、上流の温泉地の湯が流れこんでいるので、川で足湯ができる。北投親水露天温泉は公共浴場。週末はとても混む。天然ラジウム泉。
 台北市内でマッサージ。「布魯斯足部健康館(ブルース式足部健康)」は足健師の曽正良さん。キャビン・アテンダントなども多いという。「ブルース式肉タンクローラー」は、背骨間のゆがみが矯正され、リラックスできるという。
 夕食は地元の人が足しげく通うという穴場レストラン「大味小館」。「エビボールとパイナップルのマヨネーズ和え」、「蟹肉と卵豆腐とキヌガサタケのトロミ煮込み」などここでしか食べられないものが多い。中でも「いち押し」は豚の角煮。パンにはさんでいただく。店長は王鴻慈さん。
 夜市は「饒河街観光夜市」に行く。胡椒餅、濃厚チョコアイス、トマト飴などを物色。占いがあり、鳥占いをする「易矢軒命運」の悟明老師にみてもらった。今後運は上がるようです。
 宿泊は「遠東国際大飯店」。ホテル屋上(43階)には屋外プールがある。隣にはジャクージ。

 台東に飛行機で飛び、フェリーで温泉のある緑島に行く。人工3000人の島で、大自然に富み、ダイビングが盛ん。
 「朝日温泉」は海岸沿いにある。硫酸塩泉で、海底のマグマによって温められた地下水が原泉となっている、世界でも珍しい温泉。この温泉は、海から朝日が昇る絶景を見ながら入るのが最高なんだとか。翌朝挑戦しました。午前5時50分、太陽がでました。
 台湾観光協会のホームページで、温泉の入場無料チケットがもらえます。
http://www.go-taiwan.net/


テレビ番組「THE 世界遺産 麗江の旧市街」

 2008年10月19日放送。

●麗江
 中国雲南省、ヒマラヤ山脈の東の果てに1年中雪をいただく玉龍雪山(標高5600m)がそびえる。そこには北半球で最も南にある氷河。これが麗江を潤す一番の水源。その麓にどこまでも続く甍の波は、「静寂漂う湖」にたとえられる。
 少数民族ナシ族の都として13世紀に築かれた麗江。民族の文化であるトンパ文化をこの地で受け継いできた。多くの西洋人はこここそ「シャングリラ(理想郷)」だと信じたという。石畳の道とどこか懐かしい木の家々。
 北はチベットに位置する雲南省。麗江は標高2400mに位置する秘境の町。黒龍譚は雪解け水を集める湖。毎秒1トンもの水が麗江へと供給されている。町の入口で3本の流れに分けられた水は、町のすみずみまで流れていく。三眼井は3段階に分けて水を利用している。上から飲み水、野菜の洗い水、洗濯水。食事前だと野菜の洗い場は大混乱。家に水道が完備した今もここは小さな社交場となっている。
 ナシの女性は必ず衣服のどこかに青い色をあしらう。麗江の青い空、湖などを写す色だという。人々の多くは農業で生計をたてている。野菜や穀物を市場で売るのは女性たちの仕事。ナシの女性はよく働くことで知られ、昔から理想の花嫁として引く手数多だった。
 新築中の家があった。麗江のトレードマークともいえる青味がかった灰色の瓦が並べられていく。日本や中国のほかの地域では瓦と木枠の間に野地板と呼ばれる板を挟むが、麗江周辺ではそれがない。
 13世紀、麗江周辺を統一したのは木得一族だった。当時、中国にはもう一つのシルクロードがあった。チベットから馬、雲南からお茶が運ばれ、麗江はその中継地に位置した。「水さえあれば商人が集まる」と考えた木得一族が玉龍雪山から水を引き込んだのが始まりだった。そして町はおおいに栄えた。
 トンパ文化も絶やす事なく受け継いできた。その象徴がトンパ文字で、伝承を書き残すために使ったとされるのがトンパ文字。全部で1400字ある。世界で唯一の象形文字でもある。中国の文字、チベットの文字、トンパ文字が1枚の石碑に共存するものが見つかった。トンパ文字が記された石碑としては最も古く、1400年前の7世紀頃のものと思われる。黄さん夫婦はトンパ文化を残すための努力をしている。現在トンパ文字を完全に読める人は10人程度。みな70歳を越えている。
 小学校でも変化がでてきた。新学期が始まった日、子供たちは鮮やかな民族衣装で通学した。先生が書いたトンパ文字の文章を声をあわせて読み上げる。

 玉龍雪山は心中の聖地でもあった。古くからナシ族の結婚は親が決めてきた。口琴?というナシの楽器を使って、愛し合う二人は密かに思いを伝えあったという。トンパ文化研究院に、「遊悲」という名の民謡が残っていた。多くの恋人たちによって愛された悲しい恋の歌。歌詞の美しさゆえに心中を助長するとされ、長く歌うことを禁じられてきた。結婚を反対された男性が姿を見せなくなって、女性は一人で首を吊ったという物語。
 1960年代に起きた心中事件を機に、結婚の掟は見直された。しかし、かつての悲劇は伝説となり、今も語り継がれている。

 旅の終わりに木一族の末裔の木小安さん(88歳)の家を訪ねた。米寿のお祝いをしていた。宴に欠かせないのは長寿麺という長い麺。長生きして欲しいという願いが込められている。
 夜のとばりが降りると麗江の雰囲気は一変する。町はライトアップされ、伝統とのせめぎあいがある。
 麗江の繁栄を願う祈りは水のほとりで行なわれる。


テレビ番組「THE 世界遺産 中国南方カルスト」

 2008年9月14日放送。飛竜滝では滝が竜のように思え、雲南省石林では石の柱が続き、黄州省れい波では三角帽子のように尖った山が続く。この地方には少数民族が暮らしている。

●中国南部トラスト
 2億年前は海の底だった。地殻変動により地表に隆起し、分厚い石灰岩の大地となった。水に溶けやすい石灰岩は侵食により独特のカルスト地形を作り上げた。中国は国土の7分の1を石灰岩に覆われている。そのうち石林、れい波、武隆は世界遺産に2007年登録された。

●石林
 古くから類稀な景観で知られた。奇岩の連なりに人々は驚き、愛着を持って名前をつけた。ネズミ、ゾウ、ハスの花などが紹介された。岩の中にはここが海底だったという痕跡「サンゴの化石」を残すものもある。
 今も残る赤土は、この一帯がかつては火山灰に覆われていた証しでもある。養分や保水量に乏しく農耕には向かない赤土と、剥き出しの岩が支配する石林だからこそ、人々が暮らさずにこの景観が保たれたともいえる。
 少数民族イの村。人々の暮らしを支えているのは、中国で需要の高いタバコ。石林の赤土で試験的に栽培が開始されたのは、第二次世界大戦中だった。村に伝わる民族楽器「三弦」を弾いて、男達は陽気に踊る。
 景観は、雨が地中に染み込み掘りあげたもの。雨量が多くないので、侵食はそれほど進まなかった。

●れい波
 カルスト地形と言っても環境で姿は全く異なる。まるでピラミッドのような山々。熱帯、亜熱帯に特徴の円錐カルスト。元々は平らな大地だったが、雨が多いために侵食作用が進み、溶かされた。
 少数民族ヤオの村。中国では人口の9割が漢民族で、残りは55の少数民族。れい波から石林に続く高原地帯には、そのうち半数以上の異民族が住んでいる。「天に三日の晴れなし、地に三里の平地なし」と言われる。耕作には不向きだが、人々はわずかな棚田でお米を作ってきた。
 少数民族ブイの村。60日間水に浸していたのは竹。これで紙をすく。チン・ズファンさん(84歳?)が説明してくれました。文字を書くものではなく、人間の輪廻を表わす刻印を打つ。「生老病苦死生老」先祖供養の札です。一瞬にして燃やされる、ただそれだけのためにチンさんは紙をすく。
 豊穣を願う儀式が行なわれた。カルスト地形のために土地はやせている。


テレビ番組「THE 世界遺産 万里の長城」

 2008年8月10日放送。

●万里の長城
 16世紀に中国の東の渤海で倭寇が暴れた。それを戚家軍が撃退した。戚継光は中国のヒーローとなり、今でも尊敬されている。彼はもう一つの偉業、万里の長城の大改造に乗り出した。
 渤海に突き出した老龍頭という砦から始まる。現存するのはほとんどが明の時代のものであり、総延長は6000kmにもなるという。長城は西に砂漠まで続く。
 長城を本格的に建造したのは紀元前3世紀の秦の始皇帝。北の騎馬民族は収穫物を簡単に取って行った。歴代王朝は、石積みや土壁の城壁を築いた。
 蓬莱は中国・渤海に面した水運の街。かつて朝鮮半島や日本との交易で栄えた。戚継光は若くして倭寇を討伐した。それも地元の農民を鍛えて負け知らずの常勝軍団に仕上げた。手柄をあげ、北の守りを任された。
 戚継光は、長城は厚みがなく、崩れやすいこと、兵が隠れる場所がないことを指摘し、レンガによって補強した。また、「空心敵台」という砦の建設に熱心に取り組んだ。見張りだけでなく、軍団を常駐させることで襲撃を壁際で完全に食い止めようとした。30−50人の兵士を寝泊りさせた。「空心敵台」は数百メートルおきに設置され、のろしを上げれば敵台から敵台へとあっという間に敵襲を知らせることができた。
 北京南西の町「天津」では長城に使ったレンガを当時と同じ方法で作っている。2ヶ月かけて作られる。天日で1ヶ月干し、2週間窯で焼く。水を入れ4日間蒸す。さらに4日間焼いて完成。最盛期には1つの工場でレンガは週平均50万個も作られた。工場は数百あったという。普通のレンガの4倍も大きかったので、手間暇がかかり高価だった。レンガは1個20kgで壁の表面を覆い尽くした。1500kmの長城を改修し、1017個に及ぶ「空心敵台」を建設した。これが万里の長城の最後にして最強の完成形だった。
 2008年7月蓬莱において、戚継光生誕480年を祝う式典が開かれた。記念切手もある。研究会も発足した。戚継光の子孫で戚家の現在の当主も出席した。
 長城に修復により莫大な国費が使われ、明は疲弊し、戚継光も失脚した。まもなく、北方から満州族が入り清の国ができた。この時、明の武将自らが、長城の門を開き、敵を迎え入れたという。完璧な守りを手に入れた時、明は内側から滅びた。


テレビ番組「2008年7月の旅サラダは吉野公佳さんで中国・マカオ」

 JALで行きました。4000年の歴史の中国に、8月北京でオリンピックが開催される。

●北京
 交通渋滞がすごい。みんなわが道を行く感じ。昔の自転車のイメージはない。高層建築も多い。鳥の巣でみんな写真を撮っている。特に陸橋の上からよく見える。北京の町は空前の建設ラッシュ。
 宿泊は「ウェスティン北京フィナンシャル・ストリート」(住所:北京市西城区金融大街乙9号、Tel:86-10-6606-8866)で、特に目をひく存在。今回はエグゼクティブ・スイートで、1室11900元(18.4万円)で2寝室、最大4名まで利用可能。スパが自慢で「中式按摩」60分550元(8500円)は、伝統的な中国式マッサージをアレンジしたもの。まずは足湯、背中のマッサージなど。  新たなショッピング・エリアも次々に誕生している。その一角にある北京の最新ファッションを扱う店「布言布語」(住所:北京市朝陽区工体北路15−2号、Tel:86-10-64159442、営業時間:9:30〜22:00)は、最近北京で流行している伝統的なチャイナ服を現代風にアレンジしたファッションを扱う。店内を彩る服は、ほとんどが手作りという手の込んだものばかり。オシャレな若者の注目の的。水墨画風の木の枝が描かれた白のシャツは、1380元(2.1万円)。赤の女性用チャイナシャツ860元(1.3万円)。黒のワンピース680元(1万円)はチャイナドレス風で赤いのがポイント。

 「天安門広場」に行く。南北880m、東西500m、総面積44万平方mでとても広い広場。1949年10月1日に毛沢東首席がこの天安門楼上から中華人民共和国の成立を宣言した。現代中国の歴史を見守ってきた天安門は、歴代皇帝が政務を行い、政治を行なった巨大宮殿「故宮」への入口でもある。
 故宮は1420年の創建以来、明と清の時代、強大な中国を支配した皇帝たちの栄華の歴史が秘められている。入場料60元(930円)、開園時間8:30〜16:00。南の正門は子門。中央の入口を通れるのは当時の皇帝ただ一人。その奥には公的な行事を行なった空間が広がる。
 中央にある「太和殿」は故宮で一番大きな建築物。清朝最後の皇帝「溥儀」も3歳でここで即位式を行なった。「保和殿」にある「大石雕」といわれる龍が掘り込まれた石が目をひく。中国で龍は皇帝を意味するものとして崇められ、この大石雕の上を歩くことができたのは皇帝だけ。
 門をくぐると皇帝たちが寝室として使っていた「乾清宮」がある。

 故宮の周りの家々には、政治をつかさどった官僚たちが暮らしていた。リキシャ(三輪車)で回る。2時間80元(1200円)。細い路地を通って胡同(フートン)に行く。胡同とは、明や清の時代からなる伝統的な家屋の間を通る細い路地のこと。700年以上の歴史がある。当時は文官と武官が暮らしていた名残が残っている。門を見るとわかる。入口の前に置いてある石が丸い彫刻があると武官(戦いのための太鼓の形)、四角い彫刻は文官(本を形どったもの)。中を見せてもらいました。1つの門の中には27世帯入っていました。元々は1つの門の中に1つの平屋造りの家があったが、人口が増えたので、家を継ぎ足し継ぎ足しして今の形となった。多い時は100人以上暮らしている。

 そんな胡同で可愛いカフェ「三○樹(○は木へんに果)」を見つけた。胡同の一つの通り、南鑼鼓巷は、京都の町家のように古い街並を生かしたショップやカフェが増えている。「安渓鉄観音(ウーロン茶)」42元(650円)、チーズケーキ25元(390円)。

 故宮の北側にある景山公園を訪れた。かつて皇帝たちが北京の街を見下ろすために作られたもの。階段を登ると、北京の街を360度見渡すことができる。入場料5元(80円)。この日は風が強かったです。故宮もきれいに見えます。

 王府井(ワンフーチン)はかつては皇帝の親族が暮らしていた。現在は多くの市民で賑わう歩行者天国。その中にある王府井小吃街(シャオチーガイ)を歩いてみた。小吃とはおやつ類という意味で、屋台が並ぶ活気のある街。サソリの串刺し15元(240円)。北京のヨーグルト「蜂蜜酸牛○(○は女へんに乃)」は3元(50円)で、北京でしか食べられない伝統的なもの。

 故宮の南に位置する天壇公園に行く。多くの人が集まって踊りを踊ったりしている。トランプをしたり、歌を歌う人もいる。ここもかつては皇族しか入ることのできない神聖な場所だった。世界遺産で、かつて皇帝たちが天と交信をしたという場所。そのシンボル祈年殿は正月に皇帝たちが護国豊穣を祈った場所。入場料35元(550円)、開園時間は 6:00〜21:00(祈年殿の開門は8:00)。朝は空気も澄み渡り静か。祈年殿はクギを1本も使っていない明代を代表する傑作建築。中は鮮やかで、緻密に組み立てられたアーチ形の天井。外には園丘壇という巨大な祭壇がある。皇帝が冬至の日にその年の出来事を天に報告する儀式を行なった場所。中央にある天心石という石の上に皇帝が立ち、天に祈りを捧げたという。

 北京ダックは北京に都が遷都されたときに、皇帝に献上された食べ物だといわれている。「北京大薫鴨店」(住所:北京市東城区東四十条22号南新倉国際大廈、Tel:86-10-5160328、営業時間:11am〜10pm )は北京ダックの老舗。北京が誇る味の遺産とも言える北京ダックを扱う地元では1位2位を争うという人気の店。お勧めのアヒルを使った料理「アヒルの肉のレタス巻き」12元(190円)は2つ折りにして食べる。「北京ダック」1羽198元(3100円)は1羽1時間かけて焼き目をつけていく。出来たてを目の前で調理してくれて、準備ができたらお店の人が包んでくれる。

●万里の長城 (司馬台長城)
 北京から車で3時間、北東に120kmの場所に位置する司馬台長城。リフトは30元(470円)で20分。司馬台長城は、万里の長城の中でも、そのままの険しい姿と雄大さを残すことで知られている。断崖絶壁の上に建てられて、悪条件の地形を克服した当時の建築技術の高さを今に伝える。現在は第12楼までしか見学することができない。
 歴代皇帝が北方異民族の侵入を防ぎ国を守るために、2500年にわたり築いた万里の長城。人類史上最大の建築物で、総延長はおよそ6300kmにも及ぶ。各地に設けられてきた城楼には、常に10数名の兵士が待機していた。この城壁はずっと続いて、最後は砂漠の中に消える。


●青島
 飛行機で北京から1時間半。黄海を臨む町。北京オリンピックでセイリングが行なわれる。北京以外で決勝戦が行なわれる唯一の街。競技の際に風向きを見る風車も並んでいる。
 海を囲む10の丘に懐かれた街。19世紀後半にドイツが租借地としたので、今でも赤い屋根の家々が並ぶ。丘に囲まれているので、坂道が多い。みんな持ち運ぶ折り畳みイスを持っている。
 小魚山公園(開園時間:8:30-18:00、入場料:15元(240円))は丘の上にあり眺めがよい。青島の町が一望できる。ここから街を眺めると青島の街はたくさんの丘が連なって出来ていることがわかる。ここはかつて街の監視塔として使われていたという。

 ドイツの租借地だった頃、ドイツ人がビールの作り方を伝え「青島ビール」が誕生した。「小酒館」に行く。お客がビニールの袋にビールを入れていた。青島ビールは量り売りで、500mLから1.4元(22円)。ビニール袋に入れてストローで飲む。6〜8月の夏場が一番ビニールビールを飲む人たちが多い。ビールに合う食べ物は、「アサリの塩焼き」18元(280円)。

 夕方、海沿いの場所で夕焼けがきれいに見えました。


●広州
 北京、上海に次ぐ中国第三の都市、中国の南の玄関口。人口は1000万人を超え、広東語が飛び交う。食が目玉。「食は広州に在り!」といわれるほど広東料理は有名で、食材と料理法の豊富さで、他地域の料理を凌駕している。飲茶発祥の地でもある。
 「唐茄園」(Tel:86-20-8170-2228)で点心をいただいた。「エビ餃子」16元(250円)もすごく美味しいそうです。「エビシュウマイ」14元(220円)、「チャーシュー饅頭」7元(110円)。朝は1品5元〜16元、昼以降は6元〜17元で注文できる。机を人差し指でトントン叩くのは、「ありがとう」の意味。
 イギリスの租界地だったころの街並も残る広州は、1年中緑が絶えることなく冬でも肌寒い程度にしか気温が下がらない温暖な地域。四季を通して花が見られるこの都会は、「花城」という別名を持つ。

●桂林
 広州から北西へ500km、あの山水画で有名な場所「広西荘族自治区」の桂林。一番の特徴はなんといってもたくさんの奇妙な岩山。街のどこにいてもゴツゴツ、ニョキニョキの岩山が見える。桂林の街の真ん中を北から南へ流れる「漓江」は、山水画の世界を楽しめる川であり、生活の川でもある。

 「陽朔」は漓江下りの南の拠点で、中国で一番外国人が多く訪れる街。それで店の看板の中国語の下に必ず英語表記がある。お洒落なカフェもあり、中国で一番英語が通じる街だといわれている。
 レストランには「Beer Fish 」の看板が多い。陽朔名物ビール魚。漓江沿いにあるお店「謝大姐酒魚」で食べてみることにした。好きな川魚を店先で選んだら、その場でさばいて、たっぷりの調味料とビール1本で調理する。ナマズは身が柔らかくて骨も少ないので、おいしいそうです。
 選んだ魚をブツ切りにして野菜とよく炒め、そこに調味料とビール1本分をかけてよく煮込む。「ビール魚(ナマズ)1500g」240元(3700円)。ビールで煮ると川魚のどろ臭さが消えて、美味しく食べられるそうです。今回は1500gの量で作っていただいたが、500g80元から作ってもらえる。値段は選んだ魚によって異なる。

 桂林の景観を見るために、「漓江下り」(乗船料:380元(5900円)をする。最も中国的な山水画の風景をゆったり見られることで、人気を集めている。およそ2時間半の船の旅はのんびりゆったり心地よい。この光景に多くの詩人や画家たちが虜となった。まもなく20元札と同じ風景がでてくる。
 漓江沿いには豊かな竹林も見える。それを使った伝統工芸品「巨大扇子」がある。
 陽朔からほど近い福利村には、たくさんの工房があり、その作業風景を間近で見ることができる。村で一番大きな工房「?芸工画扇氏○(○は豊へんに多)」を訪れた。全て手作業。桂林の風景を描いている人もいる。少し描かせてもらって、頂きました。

 桂林は、中国有数の米どころとしても知られている。桂林市街地から車でおよそ2時間半、中でも「龍勝」と呼ばれる村の棚田は特に美しい。入場料50元(770円)。田植えの時期が最も美しいらしい。この棚田はチワン族の人々が600年以上かけて作りあげたもの。桂林には他にも様々な少数民族が暮らしている。チワン族の名前は広西チワン族自治区の名称にもなっている。

 桂林市街地から車で約5時間のトン族の村「広南村」を訪ねた。トン族は、桂林の山岳部に農耕を生活の糧にして暮すたくさんの少数民族の一つ。トン族は「建築の民」と言われ、高い建築技術を持つ。トン族が暮らす村には必ず「風雨橋」と呼ばれる屋根付きの橋と、村の中心に建つ「鼓楼」と呼ばれる美しい塔がある。どちらも一本の釘を使わずに建てられている。天井にはトン族の祈りや願いが書いてあるそうです。鼓楼の周りには築300年を越える民家が建ち並ぶ。
 トン族の人はお客さんを迎えるのが大好きで、招いてくれました。伝統料理を振舞ってくれました。三酸という料理は、アヒル、豚、魚を各々、塩と甘酒ともち米で2,3ヶ月漬け込んだもの。大切なお客が来た時でないと出さない料理だそうです。冷蔵庫はありません。さらにトン族の民族衣装を着せてもらいました。
 村の広場に行くと吉野さんを歓迎するために、みんなが集まって歓迎の踊りを踊ってくれました。とても歓迎されました。


●マカオ
 中国の返還されて9年。16世紀にポルトガル人が初めて上陸して以来、東洋と西洋の文化が交錯し、共存してきた。他にはない独特の空気が漂っている。440年以上統治したポルトガルの影響が色濃く残る。街並は2005年旧市街が、「マカオ歴史市街地区」として世界遺産に登録。

 「セナド広場」はコロニアル調で、マカオの旧市街の中心にある広場。マカオの旅の起点として、多くの人が日々集まる。
 1784年に建てられた「民政総署」はマカオで最もポルトガルらしいと言われている建物。壁には白と藍色のタイルが貼られている。アズレージョとよばれ、14世紀にスペインに持ち込まれ、その後ポルトガルに持ち込まれた。階段の上には図書館がある。3万冊にのぼるポルトガル時代の貴重な書物が保存されている。図書館の開館時間:13:00〜19:00で、休館日:日曜、祝日。
 「聖ポール天主堂跡」は、マカオのシンボルとも言える建築物で、大階段を登りきるとその大きさがいっそう際立つ。17世紀、建築に携わったのはマカオの職人と、キリスト教弾圧から逃れてきた日本人だったと伝えられている。かつてはマカオ半島のどこからでも見えたというこの教会は、数度の火災により現在は建物の側面の一部分が残るのみで、西洋建築の見事な彫刻をよく見ると、中には東洋的な図柄も残る。ポルトガルだけでなく日本とのつながりも生み出した当時はアジア最大のカトリック教会。

 東洋と西洋の融合として、「エッグタルト」がある。「マーガレッツ・カフェ・エ・ナタ」(住所:馬統領街17B 南湾金来大廈、Tel:853-710-032、営業時間:6:30〜20:00 & 日曜 10:00〜19:00、休業日:年中無休)は、マカオ名物エッグタルトの老舗。エッグタルトはポルトガルの伝統菓子のナタにカラメルをかけてアレンジしたもので、マカオで誕生したお菓子。エッグタルト1個7パタカ(90円)。あんまり甘くないし美味しいそうです。

 ホテルは建設ラッシュだが、マカオらしい特徴がある。「マンダリン・オリエンタル」(住所:友誼大馬路956-1110号、Tel:853-2856-7888 )は、特に独特の雰囲気が漂う。お勧めはマカニーズ・スパで、「マカニーズ・サングリア・リチュアル(2時間20分)で1650パタカ(2.2万円)は、マッサージを受けた後、ポルトガル・ワインを注いだお風呂で至福の一時を過ごせる。自慢のマカオ・スイート(1732号室)を見せてもらった。1室2.8万パタカ(37万円)。調度品は中国、ポルトガルなどのものが置いてある。

 マカオが注目されている理由の一つはカジノ。夜はライトアップがすごい。

 美味しい料理にも西洋と東洋の融合がある。老舗のレストラン「海湾餐応」(Tel:853-2896-7878)で、アフリカン・チキンというマカオ料理の代表格をいただいた。この店は、正統派マカオ料理で人気があり、店内はポルトガルの田舎の家をイメージして作ってある。「アフリカンチキン」は180パタカ(2400円)で、お肉に何種類ものスパイスが効いた手のこんだ料理。「カーリーハイ(50g〜)」12パタカ(160円〜)は、カニ料理。「ミンチー」118パタカ(1570円)は、ご飯の上にお肉とじゃがいもと目玉焼き。

 中国らしい場所がある。朝8時に旧市街にある公園「ロウリム・イオック庭園」に行ってみた。気功や体操をしている人が多い。
 活気の溢れる通り「大三巴街」に行ってみた。中国100%みたいな通りで、人が多い。マカオ一番の土産屋通りでもある。店の人たちの威勢のいいかけ声が飛び交う。干し肉と杏仁餅のお店が特に多い。干し牛肉(500g)59パタカ(780円)。
 路地に入ると中国っぽい通りがあり、静か。たくさんの神様が祀られていることに気がつく。信仰心がとても強いそうです。
 マカオ半島の南端に位置する「媽閣廟」は、マカオでは最も古い寺院で、航海の神様が祀られている。ここはポルトガル人が初めて上陸した時に、人々が一所懸命にここを崇める姿を見て、中国の人に訪ねたところ、媽閣廟(マーコウミュウ)が「マカオ」と聞こえ、この地を「マカオ」と呼ぶようになった。信仰深い地元の人だけでなく、中国本土からもたくさんの参拝客がやってくる。


テレビ番組「工藤夕貴、万里の長城を行く」

 2008年7月13日放送。工藤夕貴さんが案内。総延長6352km、2000年以上かけて作り続けられてきた。テレビ東京製作。

●万里の長城(金山嶺長城)
 北京から北東130kmに位置する長城。麓からのロープウェイで上がった。今から500年前の明の時代に建てられた長城。標高1000mを越える尾根に築かれている。全長47.5kmを2年で建築した。平均2トンの石と頑丈な自然の岩を基本として作られている。
 紀元前7世紀頃から長城は作られ始めた。当時は諸国が個別に築いた国境を示す城壁だった。これを1本にしたのが、紀元前221年に中国を初めて統一した秦の始皇帝だった。当時は北方遊牧民族と長く壮絶な戦いを繰り返していた。そのため、北側の壁のみ特別な仕掛けがしてある。騎馬隊を矢で狙う射撃孔と、爆薬を詰めた石を落とす投石穴、長城内での接近戦に備え、一人しか通れない場所を数多く設置した。階段の脇には障壁と呼ばれる防御壁を作り、敵を迎え撃ちやすいように設計されている。増改築してきたが、その長さの合計は5万kmにも及ぶといわれている。
 500年前の当時の指揮官の屋敷を喫茶店として利用している。経営者は周万萍さんで、このすぐ下の村で育ち、22年店を経営しているという。周さんはカメラマンでもあり、長城の写真を撮っている。自宅に行ってみると、地元料理をご馳走してくれました。周さんの祖先も山東省から建設のために来たという。麓には建設に従事した多くの庶民の骨が埋まっているとこの村では伝えられている。

●山西省大同市
 北方遊牧民族との戦いが特に激しかった場所。大同史学会研究員の王恆さんが案内してくれた。ここには関所、のろし台、駐屯地も作られた。敵の来襲を受けると100人で1本、500人で2本ののろしをあげた。北方民族との戦いに勝利した名づけられた「得勝堡」は得勝堡村となり、かつての兵士の末裔が暮す。この地域にはモンゴルとの交易ルートがあった。得勝堡村小学校校長の孫佃有さんが得勝口に案内してくれた。ここで北から馬、南から食料を持ち寄って交易をしていた。
 紀元5世紀に作られた世界遺産「雲崗石窟」がある。当時この地は北魏の都だった。支配していたのは北方遊牧民族のセンピ族だった。皇帝は自らの顔を仏像に模写し、漢民族の服装を仏像に取り入れた。
 明の時代に作られた住居がある。国道沿いの崖の上に入口らしき穴が見える。これは「ヤオトン」という横穴式住宅で、張徳華さん(76歳)はここに住んでいるが、500年前から住んでいるという。壁は全て土。オンドルは、台所の火がベッドの下を通り外に出る仕組み。去年の9月から電気がきたそうです。麺を作って、にんにくと山椒で作ったタレで炒めて、麺料理を作ってくれました。村共同の井戸からの水汲みを手伝いました。当時一緒に住んでいた人たちは、道路の反対側に家を建てて移り住んだ。

●甘粛省蘭州市
 街の中心を黄河が流れ、昔から交易で栄えてきた。イスラム教徒も多く、文化が融合している。食文化も豊かで、有名なのは牛肉麺。イスラム教徒の牛肉と中国の麺があわさって生まれたもの。ラーメンの元祖とも言われている。店で働く若者はイスラム教徒。1杯50円。

●甘粛省山丹県
 蘭州市から車で5時間。少しだけ盛り上がった万里の長城が続いている。このあたりはかなり風化している。山丹県長城博物館館長の韓建成さんが案内してくれた。
 さらに車で30分、万里の長城が一望できるのろし台に到着。2本の長城があった。手前が漢の時代のもので堀で、後ろが明の時代のもので壁。このあたりの長城はシルクロードを守るために漢の時代に作られた。明の時代には、土木技術が発達し、この地方の土を使って壁を作ることができた。隋の時代にはこのあたりで国際博覧会が開かれた。

 山丹新河村はシルクロードの宿場町だった。村長の朱立銘さんのお宅を訪問した。祖先は明の時代に長城を作るためにここに来て、守ってきたという。当時の「版築」という作り方を見せてもらった。土を選別するグループと固めるグループに分かれている。10cmずつ固めて3−5mにまで積み上げた。

●甘粛省嘉峪関市
 万里の長城の西の果て。門には明への入口を示す「天下第一雄関」の文字が今も掲げられている。この関所から西に伸びているのが、明の時代に最も西に作られた長城。西の果ては大河と出あって終わる。


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 北京・頤和園」

 2008年7月12日放送。伊東敏恵アナウンサーが案内。四川大地震直前の5月初めに取材した。

●頤和園
 北京の中心部から北西に12kmの郊外にあり、広さは皇居の2.5倍。庭園には壮麗な宮殿や寺院が並ぶ。年間1000万人が訪れる。250年前、清王朝第6代皇帝「乾隆帝」が威信をかけて、皇帝の夏の離宮として築いたもので、1764年に完成。江南地方の穏やかな春を再現した一角がある。面積は290万平方m。湖の北側に主要なものが集まっている。

 伊東さんは朝7時、路線バス732番で向かったが満席でした。20分走って、門を通過。終点で下車。表玄関の東宮門から入る。もう一つ門がある。仁壽門で、その右に見たことがない文字が書いてある。これは満州族の文字。清は満州族の国家だった。次は頤和園で最も華やかな建物「仁壽殿」。皇帝が政治を行なう場所だった。ここを抜けると大きな舞台「徳和園大戯楼」があり、京劇「西遊記」を観光客用に実演していた。その前には皇帝一族専用の観覧席がある。ここを出ると周囲の景色が一変する。昆明湖が広がっている。その向こうの丘(高さ60mの万寿山)には高さ40mの「仏香閣」が見える。ここからは庭園全体が一望できるという。
 かつての皇帝たちと同じように仏香閣を目指した。つまり真中にある石造りの150mの橋「十七孔橋」を渡る。欄干には544体の獅子の像が彫られている。皇帝のための船着場から船に乗る。途中で石でできた船の形をした「石舫(せきぼう)」を通過した。中国の故事に、民衆を水、皇帝を船に例えて、「水は船を浮かべるが、時に船を覆す」とある。民衆により転覆させないという皇帝の決意の現われだそうです。元は小さな湖だったけど、人が何十年もかけて掘って広げたそうです。掘った土を盛って万寿山を作ったそうです。15分で対岸に到着した。門をくぐってから建物があり、そこから石段をずっと上がっていく。右折して建物を通過して、また先に階段。土台だけでも5階分のビルの高さがある。登り始めて20分で「仏香閣」に到着。朱が鮮やか。中には高さ5mの銅製の千手千眼観音菩薩像。仏香閣は時の皇帝が母の皇太后の還暦を祝い、健康と長寿を祝い建立したもの。

 北京社会科学院歴史研究所の劉仲華さんが案内してくれました。船でしか行くことができないある場所、仏香閣の裏側にあたるある水路に到着。柳の綿毛(柳じょ)が飛んでいる。少し先に行くと柳の並木が消え、建物が並び、橋が続く。ここは「蘇州街」という。江南地方を真似て作れたらもので300mある。商店街が続いている。清の財政基盤を支えたのが蘇州だったので、乾隆帝は6度訪問したそうです。ここに作ったのも、豊かな経済力が国を盤石にするという意志の現われだった。蘇州街の奥には、小さな庭園「諧趣園」は同じ江南の無錫と同じもの。池の周りと建物と橋で囲み、見る位置によって移り変わる池の表情を楽しむ。
 昆明湖の西側を南北に連なる堤防「西堤」は江南の杭州にある西湖の堤、11世紀の詩人「蘇東坡」が作った堤を模したもの。

 乾隆帝は周辺の部族との戦いを進めた。モンゴル、ネパール、ビルマ、ベトナム、台湾など、生涯に10回遠征をした。ジュンガル、ウイグル、チベットの支配を完成したのもこの時期。頤和園の中にチベット仏教寺院「四大部洲」を建築した。最も古い寺院の1つを模して作られた。パゴダという仏塔が4つそびえている。乾隆帝は熱心なチベット仏教の信者だった。当時モンゴル、ウイグル、チベットで信仰されていたので、乾隆帝はチベット仏教を厚く保護したので、彼らから信用を得た。「俗に因りて、以って治む」。チベットではチベット仏教の指導者がチベットを治めていた。聖地ラサを中心とした信仰の自由を受け入れたために、清王朝の支配を受け入れた。
 就任3年目で回族の寧夏で大地震が起きた。黄河でも堤防が決壊し、5万人の犠牲者がでた。乾隆帝は仮設住宅の建設、5ヶ月分の食料と生活費の支給、震災孤児の保護、3年間の税の免除などを実施した。
 頤和園の長さ728mの「長廊」には柱などに14000枚の絵などがある。ここは2000年にわたる漢民族の歴史が表現されている図書館のようなものだった。孫悟空、諸葛孔明などの絵の他に、金との決戦に赴く前の岳飛の絵も描いた。これは敵対していた漢民族の英雄だが、それも敢えて掲載した。乾隆帝は「華夷一同」という考えを推進し、広い国を一つに纏め上げようとした。
 1799年乾隆帝がこの世を去ると、清は衰退を始める。19世紀半ば以降、度重なる漢民族の反乱、欧米列強の侵略、日清戦争での敗北が重なり、1912年清は滅亡し、孫文による中華民国ができた。
 1913年チベットのダライラマ13世が独立を宣言したが、中華民国政府はこれを承認しなかった。1949年中華人民共和国が成立、1951年チベット進駐。1959年、チベット動乱が起こる。チベット問題は今も解決していない。
 仏香閣の近くに小さなお堂「宝雲閣」がある。チベット仏教の僧侶が国の平安を祈る場所として乾隆帝が築いた。正面の額には、4種類の文字が並んでいる。右からチベット文字、モンゴル文字、漢字、満州文字。全てが同じ大きさ。


テレビ番組「中国海南島丸秘リゾート旅」

 2008年6月15日放送。中尾彬、はしのえみ、金子貴俊、吉澤ひとみさんが出演。テレビ朝日製作。

 ビデオが調子がおかしくて、最初の20分程度は入ってませんでした。

●お茶
 ハイナン島最大のお茶専門店「三亜生態茶科苑」で、美容と健康にいい名物「苦丁茶」をいただいた。正しい飲み方は、ずずっとすすって、歯を出して「チュチュチュチュチュ」と舌打ちする。苦いそうです。苦丁茶はお茶の葉を1枚ずつ丸めて乾燥させたもの。煎じ終わった後は、額などに貼って美容アイテムとして使う。しわものばせるし、くまも取れるそうです。苦丁茶は1箱460元(7000円)、10年物普○茶餅茶(○はさんずいに耳)は560元(8400円)。
 夜は11時まで営業している街角にある「旺盛超市」。「超市」はスーパーマーケットの意味。ほとんどの店に、おみやげなどのほかに、本格的に中国茶を売るスペースがあり、苦丁茶も苦いものから苦味が薄いものまである。微?芽苦丁茶は500g300元(4500円)。

●チキンライス
 20km以上砂浜が続く。「海南鶏飯(ハイナン・チキンライス)」があるが、チキンライスは海南島が発祥の地。女性に人気のカフェ・タイプの「風車水岸」でいただいた。鶏を1羽丸ごと塩茹でた後に、氷水で引き締めたもの。32元(480円)。鶏肉はタレでいただく。鶏肉の煮汁で炊いたご飯がチキンライス。文昌鶏という鶏を使っているが、文昌は島の東北にある。脂がうまいといわれる文昌鶏をおいしく食べる方法として生まれた。昔は高級品だった。その評判はシンガポールをはじめ東南アジア全域に広まった。
 ホテル「クラウンプラザ三亜」にはショッピングモールにレストランが10店舗入っている。「三味軒」では一風変わったチキンライスが食べられる。鍋に鶏油に米、香辛料を入れ、じっくり炒めてオーブンで仕上げる。「海南鶏飯○○」は87元で、炒飯のような食感。タレは3種類あるが、チキンはピリ辛のチリソースがお勧め。

●亜龍湾ナショナル・リゾート
 中国が国を挙げてリゾート開発する場所で、5つ星ホテルが10軒並ぶ。まだ建設中のものもあるので、5年後にはハワイの高級ホテルと肩を並べるくらいになるかも。ここの砂は北京オリンピックのビーチバレーのコートに使用予定。
 ここのマリン・スポーツはまず「亜龍湾・海底世界」で、17種類楽しめる。まずは水上バイクで、10分180元(2700円)。バナナボート10分80元(1200円)。スキューバ・ダイビング1時間320元(4800円)。水中バイク1時間380元(5700円)。パラセイリング10分320元(4800円)。
 宿泊は「ヒルトン三亜リゾート&スパ」で、レストラン、スパ、プール、ビーチも充実。デラックス・ルームは1600元(2.4万円)〜。池に浮かぶのはスパ・パビリオンで、癒しの部屋。グリーンコーヒー・ボディラップ730元(1.1万円)。「アイズ・レストラン」はガラスのデザインで庭園に面して、最高級のシーフードがいただける。「○煎○蝦(ロブスターのワサビソース、インゲン豆添え)」1365元(18975円)。「生○三昧(牡蠣の三種風味)」173元(2595円)。ビーチでは波の調べを聞きながらトロピカル・ドリンク「ドラゴン・フルーツ・ジュース」48元(720円)、フルーツサラダ78元(1170円)。

●ハイナン料理
 三亜市街地から車で25分「海南人家」。海南4大料理は文昌鶏、東山羊、加積アヒル、和楽蟹。オープンエアで食事ができる。「○夢鴨○(アヒルの煮込みパイナップル風味)」58元(870円)。一番人気のメニューは「○鶏(○は火へんに考)文昌鶏の丸焼き)」88元(1320円)で、醤油だれに漬け込んだ鶏を丸焼きにしたもの。「炒和楽蟹(和楽蟹の香味炒め)158元(2370円)は、一度油で揚げて、野菜とスパイシーに炒めたもの。「山○○干○羊(羊肉のオイスターソース)」58元(670円)。お店の自慢の薬膳スープ「亀焼鳥鶏湯(草亀と地鶏の薬膳スープ)」388元(5820円)は、なつめ、くこの実、亀、地鶏を3時間以上煮込んだもの。中尾さんは今までで一番美味しいと言って「テンハオ」と言ってました。
 三亜市街にある「海亜餐庁」は家族連れに大人気。伝統的な4大料理がいただける。「清蒸和楽蟹(和楽蟹の姿蒸し)196元(2940円)は伝統的な食べ方。「紅燗東山羊(東山羊の醤油煮込み)35元(525円)。「白切文昌鶏(文昌鶏の塩茹で)53元(795円)
 「利国餐庁」は庶民の味。安くて旨い本場の家庭料理が楽しめる。「清炒四角豆(四角豆のさっぱり炒め)」12元(180円)。「酸爪燗○魚(サメとスイカの煮込み)45元(675円)

●市場
 三亜第一農業市場は一見普通のビルにあるが、ハイナン島最大の市民市場。水族館のような鮮魚売り場。大墨魚(紋甲イカ)、ウツボなどがいました。野菜。豆腐。肉加工品もある。ビルの外には、ハイナン島産南国果実市場がある。龍眼は東南アジア周辺で作られ、形も味もライチに似ている。透明な実に黒い種が入っているので、龍の目と言われる。1房30元(450円)。最もメジャーなフルーツはマンゴーで、1000年以上の歴史があり、60種類以上ある。スターフルーツは3個で20元(300円)。ドリアンは500g7.8元(117円)。世界最大のフルーツ「波羅蜜(バラミツ)」もあったが熟してなかった。
 日用品が買いたくなったら、三亜市街にある「○珠広場」(朝10:30-夜10:30)というショッピング・モール。値段も現地の生活価格。お土産もあるかも?

●海鮮料理
 夜になると熱帯魚の水槽?と思わせるディスプレイが続く。お客は水槽で魚介類を選んで、調理方法を指示する。海南島の名店「海港大酒楼」で、豪華個室は50室。名士は必ず利用するという。日本の車海老に似た大角蝦を炒め、大紅蟹(花蟹)を蒸し、百花魚を揚げてもらった。氷凍大和蟹(蒸し花蟹)は500元(7500円)。「○○百花魚(百花魚の唐揚げレモントマトソース)」168元(2520円)。蝦料理は目の前で総料理長の謝文平さんが調理してくれました。卵白とアスパラをからめて、美しく仕上げました。「蒸○大和蟹(大角蝦の卵白包み炒め)250元(3750円)。お店の看板料理「煮アワビとサツマイモの包丁細工」2000元(3万円)。これも今回の特別料理でした。「アワビー」と中尾さんが命名しました。
 「東郊椰林海鮮城」もVIPのお店。常時100種類以上揃うという品揃えが素晴らしい。大墨魚(紋甲イカ)500g75元などと値段が書いてある。これを刺身と炒め物でオーダーした。「○○大墨魚(イカ刺身&イカとピーマンの炒め)」225元(3375円)。「西芹炒爪螺(セロリと巻貝の炒め)」126元(1880円)。「清蒸三刀魚(三刀魚の醤油風味蒸し)」189元(2835円)。

●真珠
 海南島は真珠の名産地。「海南京潤珍珠博物館」に行く。入口の壁は42万個の真珠でできている。2000年前から続くという海南島の真珠の歴史が展示されている。世界最大級といわれている真珠のレプリカ、天然の黄色の真珠もある。併設されている巨大真珠売り場がある。真珠の値段は日本の半額程度。黒真珠のネックレスは750万円、白真珠のネックレス1800万円というのもありました。手作り真珠ネックレス・セットは缶詰で売っていて、中にアコヤ貝が入っている。その真珠をホルダーに入れて、ネックレスにする。38元(600円)。ジェンダ!(本当です)。真珠を使った化粧品は当たり前。古来より島で愛用されてきた「飲む真珠」87元(1285円)。

●お粥
 「長裕養生粥」に行く。2005年にオープンして以来、若者を中心に絶大な人気。14種類のお粥が揃う話題の専門店。男性に一番人気なのは、「天保乳鳩?粥(若鶏の薬膳粥)」10元(150円)。女性に人気なのは、「干し貝柱と銀杏のお粥」8元(120円)。お勧めのお粥鍋がある。「烏骨鶏のお粥鍋」26元(390円)で、これに他の具材を入れていく。スッポン48元(720円)、生ガキ28元(420円)、スルメイカ26元(390円)、キュウリ6元(90円)。まずは具だけをいただく。最後にスープというかお粥をいただきました。

●屋台
 「春園海鮮広場」は夜2時まで営業。1000人以上入る巨大屋台広場。美味しいものが安く食べられると観光客にも人気。まず市場で食材を購入し、お店に持ち込んで調理してもらう。3種類の貝を調理してもらったものは、38元(570円)。「海老のネギ・ショウガ炒め」は50元(750円)。「海鮮炒面(海鮮屋台焼きそば)」28元(420円)。
 海上屋台は船に乗って5分。着いたのは「海上人家」30艘の船をつないで作った屋台で、1000人は収容できる。水槽から食材を選んで発注するシステム。珍しい海鮮料理が食べられる。「海星○○(ヒトデのピーナッツ炒め)」70元(1050円)。「清蒸面○蟹(パン蟹の姿蒸し)」100元(1500円)はミソが濃厚だそうです。「海へびのスープ」173元(2600円?)はなつめ、くこの実、ショウガと煮込んだ薬膳スープ。淡白でおいしいそうです。

●温泉
 海南島は温泉天国で、30種類以上の温泉がある。市街地から車で1時間「珠江南田温泉接待中心」がある。入場料は198元(2970円)、露天風呂は30種類以上。アトラクション・プール型温泉もある。

●マッサージ
 「三亜国芸堂レジャー・センター」に行く。「足裏マッサージ」90分??元(1770円?)はまず生姜の汁に足をつけて血行をよくしてから。「生姜マッサージ」2時間268元(4000円)を足にすると温熱作用で汗がでてくる。新陳代謝とデトックスを促す。


テレビ番組「絶景アジア紀行 中国 心と体のセラピー」

 2008年6月15日放送。多部未華子さんが案内。中国の人たちは生物たちの動きから、私たちの体を整える仕組みを見つけた。それがカンフーであり、太極拳である。また植物から薬膳料理などを作り出した。中国には衣食同源という言葉がある。健康のためにお茶を飲むことも始まった。

●石柱
 雲南省にあるカルスト大地は、石灰岩が剥き出しになっている。岩はその形によって名前がつけられているものもある。象岩など。この下に鍾乳洞の洞窟がある。目が見えない鯉科の生き物がいる。コウモリも足で魚を捕まえる。
 中国では何でも食べた神農という神は120歳まで生きたという。森の中で薬草摘みをしている少数民族ジノー族(基諾族)がいる。森の蟹といわれるカニは貴重な蛋白源。

●北京
 薬膳料理専門のレストラン「薬膳料理・中衛御苑福膳」。「ジンジエのサラダ」はジンジエというシソ科の植物で、血行促進や美肌に効果。「フカヒレと長寿菜のスープ」の長寿菜は肝機能を整え、目にもよい。「アロエの甘酢あんかけ」は体の熱を下げ、デトックス効果と美容によい。「ヤマイモとナツメのスイーツ」で、コースは一人前100元(1500円)から。

●河南省
 禅寺の少林寺で動物の動きを真似て生まれたのが、少林拳。悟りの技術だったが、武術などとして広まっていった。カンフーの型の中には、鶴、サル、カマキリなど。カンフーから発展したのが太極拳。太極拳は禅宗の僧侶たちが始めた少林拳に、道教などの呼吸法をあわせたもので、動きの中に自然をつかさどる陽と陰のエネルギーを取り入れている。ヤン先生が教えてくれました。陽と陰のエネルギーを掴むことが大事という。基本型ダンビエンは毎日繰り返すと睡眠が深くなり、腰痛が治り、体のラインもきれいになる。

●雲南省
 自然保護区には野性のゾウが保護されている。


テレビ番組「絶景アジア紀行 雲南省 不老不死の理想郷を求めて」

 2008年6月7日放送。多部未華子さんが旅をした。TBS製作。

●雲南省
 シャングリラ伝説は世界中に翻訳されて紹介された一冊の本がきっかけだった。1933年、ジェームズ・ヒルトンの書いた小説「失われた地平線」の中に不老不死の村シャングリラが登場する。
 中国には古くから蓬莱伝説がある。蓬莱山という山のどこかに不老不死の仙人たちが暮らしているという。日本でも浦島太郎が訪れた竜宮城は不老不死の理想郷だった。
 シャングリラを求めて、旅は山岳地帯から始まった。高山植物と亜熱帯の植物が咲いている。中には高さ30mにも渡って花を咲かせる珍しい木もある。ベニジュケイという鳥のオスは求愛行動の際は、よだれかけのような皮膚がカラフルになる。
 5月にはインド洋から暖かい風が吹いて多くの雨が降る(モンスーン)。地域によっては250日も雨になる。中国では8000年も前から稲作が行なわれてきた。元陽では標高2000mで稲作が行なわれる。万里の長城よりも古いこの棚田は見るものを圧倒する。水牛を使って続けられてきた田起こし。
 雲南省では25の少数民族が暮らす。彼らは市場で野菜を売る。値段は日本の10分の1から20分の1。誰もが挨拶してくれる。タイ族の人は黒米で炊いたお赤飯を売っていた。1人前が15円。タイ族と日本人は同じルーツの祖先を持つといわれている。
 タイ族の村(鎮曼弄楓村マンエーツン?)を訪ねてみることにした。ゾウがいる。住居は木造、高床式の入母屋造り。標高3000mを越える場所を旅してきたので、ここが楽園のように思えた。ここで暮らしてもいいと思えた。バナナの葉で包んで蒸したお餅は、香りのいいチンズーパという花が塗りこまれている。タイ族の村は最近は夫が妻の家に入る婿入り婚が主流だった。4月には水をかけあう祭り(ボウスイジェ?)がある。この祭りも女性が主役。今では水をかけられると幸せになると信じられている。


テレビ番組「世界!弾丸トラベラーは小沢真珠さんで上海」

 2008年5月3日放送。小沢真珠さんが上海で中国四大料理を食べ尽くす。上海まで1800km、1泊2日の旅。

●予定
 1日目、9:40関西空港発、2時間40分で12:05上海国際空港着。リニアモーターカーで市内に移動。そこから地下鉄で、14:00、「人民公園」駅着。タクシーで四川料理「しょうこうなん」へ行く。15:30、上海最新スポット「田子坊」へ行く。2階建てバスに乗り、19:00、上海料理「上海老飯店」へ行く。食後、20:45、タクシーで移動し、ホテル「ハイアット・イン・ワイタン」チェックイン。
 2日目、8:30ホテル発、タクシーで広東料理「避風塘」へ行く。タクシーで移動し、13:00、北京料理「全聚徳」へ行く。タクシーで移動し、15:45、上海国際空港発で、2時間40分かけて19:25、成田空港着。

 ビデオの調子が悪くて録画できていませんでした。

http://www.ntv.co.jp/dangan/contents/broad/080503/main.html


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 中国の開平の望楼群と村落」

 2008年4月26日放送。鎌倉千秋アナウンサーが案内。2007年、世界遺産に登録。ビデオが不調でHPからの引用。

●開平
 開平は、広東省中南部のデルタ地帯に位置する人口70万の都市。郊外15の村々に林立する奇妙な形をした高層建造物が望楼(中国語では○楼:○は石ヘンに周)。最も高いもので9階建て。下層部が鉄板や厚いコンクリート壁で覆われた要塞の様な形状をしている一方で、上層部には中国風、古代ローマ風、イスラム風の装飾が混じり合った形で施されているという風変わりな建造物である。最盛期には3000以上が築かれ、現在も1833が残っているが、一つとして同じ形のものがない。
 その大半が19世紀末〜20世紀初頭に築かれた。誕生の背景には19世紀半ば以降、西欧列強の侵略によって混乱を極めた時代状況の中で、自分や家族の生活を何とかしようと決死の覚悟で海外へ飛び出した人々、すなわち「華僑」たちの苦闘の歴史があった。2月上旬、春節(旧正月)を迎える時期に開平を訪ね、ユニークな建物の数々を探検。今も内部に暮らす人々を訪ね、人々の願いや、先祖を思う心、さらにそこにある中国近代史の知られざる物語を探る。
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cardr109.html


テレビ番組「中国誘遊紀行 三峡クルーズ」

 2008年4月20日放送。辻村哲郎さんが案内。JIC製作。

●重慶
 長江上流に位置し、3000年の歴史を持つ。高温多湿の町。自由市場「大陽水農貿市場」に行く。香辛料の臭いがすごい。火鍋用の香辛料はみそ、唐辛子、花山椒、子sg方、浜納豆を加工したものが入っている。重慶は火鍋発祥の地で、雨が降ると食べたい人が増えるとか。曇り空が多く、春や秋には霧も多く、霧の都とも言われている。
 対岸に渡るロープウェーに乗ってみた。古い民家が残る地域も多い。路地が階段になっているので、自転車が見当たらない。床屋さんがあるが、散髪は7元(120円)。食事をしている人は戸口で食べて、近くの人と話をしながら食べている。

●三峡下り
 三峡ダムができてから川の流れが安定した。今回は豪華客船「世紀天子号 Viking Century Sky 」号に乗る。全長126m、総トン数:4200トン、キャビン数:153、乗員:157名、乗客:306名。夕方近くなって乗船。欧米からの観光客が多い。3泊4日の歓迎のセレモニー。まず夜を過ごしてから、船は港を離れる。重慶から豊都、三峡ダムのある宣昌まで行くが、2006年3月からこの船は就航している。杜甫や李白の詩にも三峡の景色がでてくる。
 スタンダードの部屋にも全室バルコニーがついている。ジュニア・スイートは北欧調。スイートは5つ星ホテルに匹敵するという。図書室というか閲覧室もあり、チャイナドレスもあつらえることができる。美容室もあり、ネイルアートは大人気とか。フィットネス・ジムもある。医務室には常にドクターが待機している。
 三峡ダムは1927年に孫文が構想を提案し、最終的には1992年に建設が始まった。過去には毎年数千人の人が被害をこうむっていたので、水没した村も遺跡もあるが、おおむね受け入れられている。

 重慶から170km、豊都に到着した。道教の総本山の町。乗客は自由に観光することができる。新しい町だが、水没した村の住民が移転してきたためらしい。人口は現在7万人。
 夕食は「肉団子と香菜の冬瓜スープ」、「ピクルス添え温菜サラダ」、「鶏の胸肉スパイシーソースがけ」、「鯛のひれ肉、四川風」。

 早朝、まわりの風景は山水画に描かれるような神秘的なものに変わってきた。いよいよ三峡。「瞿塘峡(ふとうきょう)」は最も雄大だと言われる。およそ8kmにわたって、切り立った峰が重なり合う。山がそのまま川に落ち込む。
 小三峡と呼ばれる場所を小さな船で訪ねた。まず龍門峡。水が青く澄み、川幅が狭くなってきて巴霧峡となる。奇岩の連なる峡谷として有名。いずれもっと水位が上がり看板が置いてある場所まで川になるという。さらに進むと滴翠峡。赤肌の崖と緑のコントラストが素晴らしい。崖に木でできたものがある。これは船棺で、この峡谷に住んでいた漁師が亡くなった人を棺に入れてここに置いた。400mもの高さがあって、どうやって棺を置いたのかがわからない。高い所から先祖に見守ってほしいという願いがあったようです。
 長江では自動操縦ができないので、船長は15年以上の経験が必要だそうです。
 そして船は三峡の中で最も美しいと言われる「巫山十二峡」に来た。それぞれの峰が自然が生んだ芸術。最後の夜、フェアウェル・ディナー。西洋料理のコース。「鴨の棟肉カシスソースがけ、セロリの根のピューレ、桃のソテー添え」、 宣昌に到着。三峡ダムは黒部ダムのおよそ200倍。発電量は年間800億キロワット以上。


テレビ番組「びっくり法律旅行社 上海」

 2008年4月17日放送。児玉清、黒崎めぐみ、タカアンドトシさんが司会。磯野貴理、彦摩呂、ローラ・チャンさんが出演。

●上海
 南京路は全長5.2kmで歩行者天国で、小籠包、最近話題のフルーツアイスなどの食べ物屋さんも多い。
 浦東(ホトウ)地区は高層ビルが多い。特に東方明珠塔は世界3位、アジア1位の高さ。外灘観光隧道は料金は片道35元(525円)、往復45元(675円)で、トンネルがイルミネーション。外灘(バンド)は西洋の古い建物が並ぶ。特にライトアップされる週末がお勧め。旧香港上海銀行の建物。  世界最速列車として知られる上海リニアモーターカーがある。料金は普通席で片道50元(750円)、往復80元(1200円)。最高速度は時速431km。30kmを8分で結ぶ。上海の地下鉄は初乗りが2元(30円)から。地下鉄の利用者数世界一と言われている。弁護士の袁園筆さんが説明。地下鉄はかけこみ乗車や無理な下車でドアの故障などが相次いだため、かけこみ乗車・下車禁止の法律ができた。違反すると最高100元(1500円)の罰金。車内での飲食は違反ではない。
 自転車の法律違反は、片手運転、自転車で荷物を運ぶ場合も高さが地面から1.5m離れてはいけないし、幅は左右15cm以内で、長さは前方は車体を越えず・後方は30cmを越えてはいけない。片手運転は5元(75円)の罰金。規定外の荷物運搬は警告または最高5元の罰金。
 京劇の法律違反は、口パクや吹き替えで歌を歌うこと。客をあざむく行為として、2005年にこの法律ができた。違反すると、最高で10万元(150万円)の罰金。

 今上海では、上海市民手帳が配布され、2010年の上海万博を意識して言葉遣い、食事、交通マナーなどが説明されている。髪形については、男性は真中分け、横分け、スポーツ刈りが好ましく、女性はストレートのおかっぱ・少しウェーブのかかったロングが好ましいそうです。

 中国茶は数千種類あるといわれる。上海国際茶城は上海最大のお茶市場。ここで一番高いお茶は「大紅袍」500g1.8万元(27万円)で、福建省の武夷山で年間1kg程度しか採れない希少なお茶。茶館がたくさんある。ここには資格を持ったお茶のソムリエがいて、茶芸師といわれる。藤下祐子さんはその高級茶芸師の資格を持っている日本人。龍井茶をいただきました。


テレビ番組「中国誘遊紀行 雲南省」

 2008年4月13日放送。辻村哲郎さんが案内。雲南省は中国で最も少数民族が多い。現在は飛行機などで行くのが便利になった。JIC製作。

●昆明
 ここは春の街と呼ばれ、1年中温暖。海抜1900mの高原の町。紀元前からの古い歴史がある。  明の時代からチベットと物々交換する貿易が盛んだった。チベットの馬や毛皮と交換していたものは、茶葉。昆明市内にある雲南民族茶道館では、茶葉が国の大きな財源だったことを知ることができる。黒く固められた茶葉はプーアール茶。一際目をひくのは、チベットまでのルートが描かれた地図。普○(○はさんずいに耳:プーアール)で取れたお茶を大理?、麗江、シャングリラを通って、チベットの拉薩、インドに運んでいた。茶葉古道と呼ばれていた。

●西山
 西に15km行くと雲南省最大の湖「○池(○はさんずいに眞:ペンチ)」がある。3万年前の旧石器時代から人が住み着いたという。この池を従えているのが西山。道教の聖地。龍門は断崖絶壁に作られた道教の石窟。山頂まではロープウェイもあるが今回は登る。岩を削って作られた階段を登るのはかなりたいへんです。この龍門に登るので「登竜門」と言う言葉ができた。龍門に触ると縁起がいいと言われている。龍門石窟は西山に12ある道教の石窟の中で一番有名。清の時代の1781年から72年間かけて掘られたという石窟の中には、道教の学問の神様「魁星」、関羽、文昌の像が祀られている。中国の受験シーズンである6月には多くの受験者が訪れる。合格するとお礼を言いにまたやって来るそうです。

●麗江
 昆明から北西に向かって600kmの山地にある古い街。世界遺産の街。趣たっぷりの屋根に木の魚がかかっていた。火事よけのお守りみたいなものだそうです。
 高台に上ると麗江古城が一望できた。木府も見える。川が幾筋も流れ、石畳の道が幾筋ものびる。朝早くに営業していた「四方茶庄」に入る。200年前のプーアール茶もありました。麗江ではプーアール茶を飲む人が多いそうです。
 道を歩いているとトイレの案内とかに変わった文字が描かれていた。ナシ族の文字で、東巴文化博物館を訪ねた。東巴(トンパ)文字は世界で唯一現在も使われている象形文字。現在はロートンパと呼ばれる人により継承されている。現在は和如○(○は鹿へんに某)さん。ロートンパはトンパ教の祭司。世襲制でナシ族の人にとっては尊敬されている人。
 かつて市場だった中心広場の四方街では、多くの人で賑わっている。その奥にはナシ族の人たちが住む民家が続く。木造で瓦屋根で何となく懐かしい風景。3つ並んだ井戸は「三眼井」とよばれる、麗江古城の名物。牛の内臓を洗う人もいます。少数民族の衣装を着た人が多い。幼稚園が終ると門が開いて、お爺さんやお婆さんが孫の手をひいて帰って行きました。
 四方街では毎日のように少数民族の人が集まり、踊りを披露している。東巴宮ではナシ族の伝統の音楽と踊りが毎晩楽しめる。夜の四方街ではかつては滅んだといわれていたナシ族の最も古い音楽「ナシ古楽」が演奏されていた。ゆったりした笛や弦の響きには日本の雅楽を思わせる哀調がある。
 宿泊は「麗江格蘭大酒店 Grand Lijiang Hotel ?」。スーペリアは1泊360元(5800円)〜で、126室。

●拉市海
 麗江から北に向かう。山を一つ越えた盆地にある。麗江古城の水源地。周囲には家畜を追う人の姿がある。長江上流の金沙江の流れが遠くから見える。その川が見える標高2250mの山の上には正覚寺があり、チベット仏教の祠が祀られている。金沙江は136度角度を変えて流れる場所がある。ここは長江第一湾と呼ばれる。諸葛孔明やフビライ汗が軍隊を率いて渡った場所でもある。十三雪山は麗江から見えるナシ族の聖山。玉龍雪山の裏側にあたる。

●虎跳峡
 麗江から50km北上した場所。景観が荒々しい姿を見せる。川の流れは激流となる。全長18kmの間に数え切れないほどの暗礁がある。

●香格裏拉
 街の入口にはチベット式の白い塔があるシャングリラに到着。平均標高3500mにある小さな街。人口のほとんどはチベット族。3つある市場で一番大きな「建塘鎮集貿市場」に行く。ヤクバターはヤクの乳でできていて、バター茶に入れる。キノコも多い。果物、野菜、米麺、米餅、生活用品などがある。チベットの人は銅製品が好きらしい。水を貯める甕もある。
 かつて桃源郷として紹介された村。納怕海(ナパハリ)という場所は雨季には湖となり、乾季には草原となる。
 街の中心の四方街には夕方になると人が集まり、踊りと歌で楽しむ。街の人にとって率先して参加する日々の楽しみらしい。
 近代化が進んでいるが、旧市街も残っている。

●松賛林寺
 山の向こうに見えたのは街ではなくお寺。17世紀に5世ダライ・ラマの発願により発足したお寺。シャングリラの人々は毎日ここにお参りにやって来る。


テレビ番組「中国誘遊紀行 大河と大地と古都をゆく 水の街・杭州」

 2008年4月6日放送。辻村哲郎さんが案内。浙江省は長江デルタの南部にあり、東には上海がある。古くから水運が発達している。JIC製作。

●西塘(シータン)
 杭州の北東。1000年の歴史を持つ水郷都市。歩けば9つある川のどれかにぶつかる。橋は100以上ある。
 「煙雨長廊」は代表的な建築で、ひさしが1000m以上続く。船で運んだ荷物を濡らさないためのもの。今でもお店がずらりと並ぶ。川沿いから横に入って街の中に入る。最も栄えたのは明から清の時代。人が一人歩けるくらいの狭い路地は両側は高い壁です。122本ある路地の中で最も有名なのが「石皮ろう(ろうは王の下に升)」で、わずか3cmの薄い石を敷いた道。
 船から街を見る。夜になると違う表情を見せる。赤いランタンが川面に浮かぶ。西塘料理の店「銭塘人家」。中国料理は色、味、香り、形を重要視するが、ここは味が特にいい。「老鴨○(○は食へんに昆)飩○(○は保の下に火)」(アヒルとワンタンの土鍋)40元(640円)。上海蟹は「清蒸六月黄(上海蟹の蒸し物)」75元(1200円)は小さいのが6杯程度。普通は10月とかに獲れるのだが、このものは6月なのでこぶり? 「干炸臭豆腐」5元(80円)は辛い味噌をつけて食べる。
 早朝、西塘集貿市場は海鮮もの、野菜、豆腐、漬物などが並ぶ。

●烏鎮(ウーチン)
 杭州の北東で、杭州と蘇州の間にある街。12世紀の宋の時代に戦乱を逃れた裕福な人が住み着いた町。地元の人の芝居好きは有名で、地元の人が毎日舞台に立つという。運河沿いは水の街だとわかる。東と西に分かれ、東をまず歩いた。「當」の字がある店は質屋。お客が感情的になって中の人を殴ることを防ぐために、棚は2mほどもある高さだったとか。
 「烏鎮皮影戯」は影絵芝居の劇場もある。皮でできた切り絵を使う。明の時代から続く伝統芸能。
 夕暮れ時がもっとも美しい。船に乗って運河を進む。古くからの江南建築が破壊されずに残っている。住居が運河までせりだし、石の柱に支えられる様子は水上楼閣?と呼ばれている。
 夜の運河も美しい。西側の運河沿いにホテル「烏鎮通安客桟」がある。清の時代に建てられた外観やつくりを残しつつ、中を全面的に改築されたホテルで、設備等は高く評価されている。ツインで1泊880元(1.4万円)〜。運河の絵も飾られている。中国の人にとっても水郷は憧れの地。

●杭州
 省都。銭塘江は南側を流れる川。海水の逆流現象が起きることで有名。10世紀後半に川を鎮めるために六和塔が建てられた。現在の塔は12世紀後半に再建されたもの。レンガと木による建築芸術の傑作と称されている。高さは59mもあり、長い階段を登って頂上に達する。灯台の役割も果たしていた。
 河坊街は繁華街だが、歴史の風情がある。都が置かれた12世紀の南宋時代から常に人が集まる場所だったらしい。店先ではお茶を入れるパフォーマンスが見られる。ここに中国2大薬局があるという。「胡慶餘堂」は立派な建物で、現役の薬局。併設する医院で出された処方箋をもとに漢方薬が調合される。調合には今でも天秤皿を使っている。
 河坊街は西湖のすぐ近くにある。呉山は朝早くから人でいっぱい。中には鳥かごを持った人もいる。公園の一角は鳥籠だらけ。これは名物の鳥市で、自分たちの鳥を持ち寄って、鳴き声などを競う。メジロがいい声で鳴いていました。ここの広場でも太極拳をしている人がいた。頂上に建つ7階建の「城隍閣」に上がってみた。景色が素晴らしい。中にある茶室では古典音楽を楽しめる。朝食セットは30元(480円)で、可愛い飲茶でした。お茶は「獅峰龍井」で、お茶の中で緑の茶葉が泳ぐのが目に鮮やか。高級のお茶、ロンジン茶(龍井茶)の栽培地に行くことにした。

●梅家塢
 杭州の南西すぐ。このあたりのお茶農家はレストランのようになっている。広い茶畑はのどか。丁度茶摘をしている女性がいた。お茶の農家に行くとロンジン茶を作っていた。ロンジン茶は蒸すのではなく、炒る。炒ることで発酵が止まり、お茶の成分が葉の中に残るらしい。20分炒たら、すぐに飲めるらしい。炒る時は手でかき混ぜます。
 「茶香居」でロンジン茶をいただく。簡単なガラスのグラスにお湯を注いで出してくれます。お茶の葉が沈むと飲めます。さっぱりしているそうです。

●千島湖
 杭州の南西160km。観光客を乗せたモーターボートは島と島の間を縫うように走る。リフトに乗って山の上にある展望台に行く。中国最大の森林公園「千島湖」で、大型水力発電所を作った時に生まれた人口の湖。

●富陽
 杭州の南西。龍門古鎮は山間の町。黒い屋根瓦に白い漆喰の壁。ここも水郷の街で、路地が入り組んでいる。この街に住んでいる人の90%以上がソンという名字を持つという。孫氏宗祠がある。1000年以上前から孫氏の一族が集まって住む町だった。先祖は3世紀の三国志の孫権。57代目にあたる孫文喜さんに宗祠の中を案内してもらいました。位牌の並び方は杭州湾に注ぐ銭塘江の流れを表している。

●杭州
 中国の湖の中で最も美しいと称えられる西湖。湖面に映る夕陽が素晴らしい。西湖の近くにある「知味観」で、杭州料理を発展させた料理を提供している。湖面に浮かぶ別棟でいただいた。艶やかな盛り付けの料理。「龍井蝦仁」(龍井茶と淡水エビの炒めもの)88元(1400円)。茶葉がエビの臭みを消しているのがポイント。通常は龍井茶は一緒に炒めたところが多いが、このお店では炒めると色が変わるので、一緒に炒めずに上から散らしているだけ。「金牌蟹汁○魚」(クイユーの蒸し物、カニソースかけ)98元(1570円)。「金牌扣肉?」(薄切りバラ肉の柔らか煮)48元(770円)。野菜で煮込んだ小麦粉の皮に包んで食べる。トンポーロの中には甘く煮たタケノコも入っていた。


テレビ番組「藤重政孝の大陸横断1万4千キロ 東京〜ロンドン浪漫鉄道の旅」

 2008年3月20日放送。藤重政孝さん。明治時代に東京からロンドンまでの切符が売られていた。昭和12年にも日本旅行協会で市販されていたという記載がある。東京駅を出て、翌朝、下関に到着。そこから船で釜山に向かい、満州、シベリアを横断してモスクワ、ベルリンを経て、ロンドンまでの2週間の旅があった。当時は船か陸路しかなく、船だと1〜2ヶ月かかった。欧亜連絡乗車券と言われ、運賃は1等795円、2等560円、3等390円。800円は当時の銀行員の1年分の給与に相当した。日本からシベリアまでは舞鶴、下関、門司からの3つのルートがあったが、下関ー釜山ルートが最短だった。それでも1.4万km。これに挑む。テレビ山口製作らしい。

●韓国
 下関から釜山までは夜行の船。ソウルまでは高速鉄道KTXを利用。フランスの技術を導入したもので、最高時速は300kmで、2時間50分でソウルに到着する。
 ソウルは韓国語で都の意味。ソウル駅は2004年にリニューアルされた。市場に行き、のり巻きをいただいた。2000W(240円)。
 ドラサンまでセマウル号で行く。9:25AM発、11:10着。韓国で最北端の駅。イムジンガン駅で強制下車。ソウルから52km、ピョンヤンまで209km。ここで荷物のチェックを受けるが、ドラサンからソウルへの帰りのチケットも必要。ここからドラサンまでの列車は1日3本。列車の横には有刺鉄線が続く。ここまでは1列車300人までという制限がある。
 ドラサン駅からバスで北に向かう。有料の人気観光ルートで、北朝鮮が見える展望台まで行ける。ここからの撮影は許可が必要。
 当時は北朝鮮を抜ける鉄道があったが、通れないので、北朝鮮と中国との国境の街タントン?まで船で行くことにした。東方明珠?という船でした。

●中国
 下関を出て5日目、北朝鮮との国境の町「丹東 DanDong 」に到着。鴨緑江に面していて、鉄橋がある。これは日本が占領時代に建設したもの。2本あるが、1本は途中で途切れていて鴨緑江断橋といわれる。朝鮮戦争の際にB29の爆撃によりこうなったと記されている。当時は真中が90度旋回して船を通すシステムだった。もう1本も爆撃されたが修復された。
 丹東駅からは列車の旅。沈阻北行きの快速列車。3時間半で瀋陽南駅に到着。この駅舎の設計は日本人。宿泊は遼寧賓館で1927年創業。当時は大和旅館という名前で、南満州鉄道直営ホテルだった。当時のセレブたちが滞在した記録が今も残っている。溥儀、松岡洋右の名前もありました。溥儀の泊まった部屋に泊まらせてもらいました。
 南満州鉄道が世界に誇ったスーパー列車が瀋陽蒸気機関車博物館に展示されている。青く塗られたアジア号は大連からハルビンまで1000km近い距離を12時間半で結んだ。最高時速110km。
 瀋陽北駅から高速列車で4時間でハルビンに到着。ここは100年前に帝政ロシアによって作られた街で、ロシア建築が今も多く残る。中央大街は欧風建築物が建ち並ぶ歩行者天国となっている。かつては東方のパリとよばれた。中央大街の端はスターリン公園。地面に絵を描いている人がいた。ユウ・キュウジンさんで、掃除用品で描く。
 国境を越える列車にはハルビンの駅ではなく、チケットはハルビンの旅行代理店で購入。かつ駅での荷物のチェックに相当時間がかかった。列車内では平井晶さんという北京在住の女性に会う。ロシアのチタル?で日本語を教えているそうです。午後4時シーツが交換されたが、ベッド・メイキングは自分でやる。

●ロシア
 朝、サバイカルスク駅に到着。入国審査があり、列車は線路の幅が違うので、台車の交換をするがこれに7時間半もかかった。列車内の食事は「キャベツのスープ」450円。
 次の日の朝、平井さんはチタル駅で下車。早朝なのに生徒さんが迎えに来ていました。慕われているのでしょうね。下関を出て10日目。バイカル湖に到着。大きさは琵琶湖の50倍、世界で最も深い湖で、透明度は40mで淡水では世界一。

 イルクーツク駅に到着。バイカル湖まで車で1時間。湖畔ではお土産屋さんが多い。ヴァルカンというブリヤードの楽器で口で音を出している女性がいた。バイカル湖にしか生息しないというホームリという魚の薫製を購入。薫製にすると一段とおいしくなるそうです。本当に美味しいそうです。フクースナ!
 バイカル湖に入ると元気になると地元では言われている。曇りでしたが、水温は11度。藤重さんは飛び込みました。
 イルクーツク子供芸術学校に行く。アレクサンドラ・クロバチョワさん(26歳)は3本の弦のバラライカの名手。バラライカの音色は人間の声に近いという。ボディは三角形です。
 イルクーツク国際言語大学の日本語学科の生徒と交流を深めた。

 12日目、ここからモスクワを目指すが、生徒さんたちが見送りに来ていた。5200km3泊4日の旅。食堂車でオーストラリアのツアーガイドのロッド・キャンベルさんと会ったが、日本語で話をした。ビーフ・ストロガノフ1125円をいただいた。
 13日目、クラスノヤルスク駅に到着。残り4100km。主要な駅では15〜20分停車するので軽い食べ物などを購入できる。車内では紅茶を注文すると部屋まで運んでくれる。これで朝ごはん。車内を散策。有料のシャワー室がある。かなり揺れるそうです。お昼はロシアのスープ「ソリャシカ」675円。
 14日目、スヴェルドロフスク駅でロッドさん一行は下車。モスクワまで1777km地点でアジアとヨーロッパの境がある。とても小さな白いイベリスクが建っています。有料のシャワーを利用。車窓は秋真っ盛り。
 15日目、夕方5時、モスクワ・ヤロスラーブリ駅に到着。

 ロシアの首都モスクワ。人口は約1000万人。モスクワ国際バレエ・アカデミーは世界じゅうからバレエを目指す人が集まる。現在は700人程度が学んでいる。日本人は37名在籍。学生寮に岩瀬まゆさん(21歳)を訪ねる。校長のマリナ・レオノワさんに話を聞いた。
 ベラルーシ駅を夜10時に出る夜行列車でベルリンに向けて出発。2泊3日の旅です。

●ドイツ
 フランクフルトオーダーで入国審査。夜1時半、ベルリンのオスト駅に到着。駅は当然閑散としている。v  1961年のある日、壁が一夜にしてでき、28年間き、1989年に壁は崩壊した。1621年創業ベルリン最古のレストラン「ツァ・レツデン・インスタンツ」は、ナポレオンも訪れたという。名物メニューは「アイスバイン(豚の肉)」2610円。
 ベルリンではマンガが大人気。コミック・ショップ「モダン・グラフィックス」には5000冊も並ぶ。ドイツのアーティストや漫画家はマンガのスタイルを学んでいるそうです。人気コミック作家マリー・サンさん(20歳?)に話を聞いた。似顔絵も描いてもらいました。
 1936年、日本が大人気を博したオリンピック・スタジアム。藤重さんと出身地が山口県岩国市と同じ田島直人さんが三段飛びで優勝していた。

 23日目、ケルンを経由してベルギーに到着。ロンドン行きのユーロスターに乗る。車内でフランス人のリズ・アナニさんと話をした。

●イギリス
 夜、ロンドンのウォータールー駅に到着。郷愁という曲が生まれました。


テレビ番組「路面電車紀行 アジア・オセアニア編 長春」

 2008年3月8日放送。番組放送センター配給。トーキョー・ビジョン製作。

●長春
 中国東北部の吉林省の省都で、人口690万人。大陸性の気候で四季の移り変わりがハッキリしている。夏は比較的過ごしやすい。1932年に満州国が成立し、1945年まで首都として新京と呼ばれた。市内には当時の建築物が多く残っていて、今もなお使われていて、長春の見所にもなっている。旧ヤマトホテルは春誼賓館。旧関東軍司令部跡もある。国内初の映画撮影所、国内最大の第一自動車工場もある。

 工農大路電停は路面電車の始発駅。路面電車はここから西安大路を結ぶ路線のみ。7.6kmで運行されている1両。運賃は約15円で、乗車の際に運賃箱に入れる。電停の周辺には飲食店や学校などがあり、混雑している。そのためになかなか運行できない。車掌も乗車していて、乗務員は女性の方が多い。路面電車は一時は営業が縮小され、廃止されるかと思われたが、2000年から本格再開されている。屋根付きプラットフォームも整備されている。環境に優しく、人に優しいので、見直されているのかもしれない。

 文化広場は天安門広場に次ぐ中国で2番目に広い広場。昼は凧あげ、夜は踊りを踊る人などで賑わう。
 新民大街には満州時代の国家機関の中で、最も素晴らしいと評価されている偽満州国務院、偽満州国司法部、偽満州国軍事部をはじめ、数多くの美しい建物がある。
 南湖公園は市民の憩いの場。市の南部に位置する市の最も大きな公園。70万本の木が植えられていて、総面積の半分を湖が占める。夏はボート、冬はスケート場として人気スポット。夜は散歩の人でいっぱいになる。
 黄色い電車は満州国時代に日本が持ち込んだ電車で、今でも現役でがんばっている。車内に今日の気温が書いてあった。
 西安大路電停には駅舎があり、車両の点検や清掃が行なわれる。駅の周辺には個人商店や宿泊施設が建ち並び、観光客などでいつも賑わっている。


テレビ番組「松嶋ブランド in 上海」

 2008年2月23日放送。オセロの松嶋尚美さんは自分のブランドを作って、ファッションショーを開きたいという。2008年1月26日の上海で公演される、日本最大級のファッション・フェスタで、年間2万人以上を動員する神戸コレクションに挑戦する。毎日放送製作。

●製作
 製作委員会事務局の高田恵太郎さんに真剣にやらないと他のアパレル・メーカーに迷惑がかかると要求された。2007年12月3日第一回ブランド会議。上海公演54日前。サポートしてくれるクークス&チェリカのチーフ・デザイナーの吉村優葉さんが相談にのってくれた。2パターンの依頼。1つはGIスタイルでスタジャンのワッペンをつけてフレアスカートで50年代ぽいもの。2つ目はトリコロール・カラーをメインにしたカフェ系で、ローラースケートを履く。ブランド名は NAVY cafe としたい。ロゴの下側には松島の座右の銘「笑う門には福来る」を英語にした「Laugh and grow fat 」の文字がある。
 ブランドコンセプトは、古き良き50年代の港町で、ロックンロールが大好きな女の子の溜まり場「Navy cafe」で繰り広げられるドラマチックなワンシーンをイメージ。トリコロールとセクシーGIスタイルをミックスしたエロエロ可愛い女の子を表現。
 12月17日、新山千春、森下千里、KABA、東原亜希、Mieさんと打ち合わせ。パティシエが水兵の格好をするのはKabaさん、ローラースケートを履いたトリコロール店員は東原さん、などなど決めました。松嶋さんは、ファッション・ショーでは横ではモデルさんがのっているのに、会場に出てくるとクールに歩いているのを、ノリノリと笑顔にしたいという。
 12月26日、30日以内となり中国の会社に服を発注。1月11日あと15日となって、ウォーキング・レッスンをした。歩き方は清水春名さんが指導しました。1月16日、追加メンバーとして加藤夏希さんにお願いした。1月17日、五反田の資生堂ビューティ・クリエーション研究所で、マキアージュを担当する黒木久美子、宮坂和典さんとショーのメイクを打ち合わせした。隈取メイクを納得してもらった。1月19日、サンプルを見て感激。ショーに使う音楽はセックス・ピストルズのカモン・エブリボディ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギブ・イット・アウェイに絞った。1月20日、国内最後のレッスン。

●上海
 ルー大柴さんが案内。リンリーさんは人気があるタレントだが、日本語が話せる。シェラトン・ホテルで人気モデルのAyuki、王翔?、張子萱さんと会った。
 1月25日ショー前日。人民広場近くにある「上海Dモール・プラザ」に最新ファッションを見に行く。ここでの買い物の常識は値切り。意外と上級そうなお店で可愛いブーツが120元(1800円)で、ネギって90元。925銀のイヤリング99元も50元に値切った。ミニワンピースも130元が100元、ニット帽も150元を120元、エナメルブーツは200元を170元、ショートパンツ180元を150元、ベルト120元を90元、ブラジャーストラップ15元を10元などとなった。

 上海で最も人気がある日本人という小松拓也さんは、アイドル発掘番組で大ブレイクした。「Face Pudong」で夕食。「フカヒレのパパイヤ海鮮サラダ」一人前300元(4500円)。「鮑のトムヤムクン」1人前360元。「ワタリガニのシーフード・カレー」1人前600元(9000円)は中にカエルの卵巣が入っている。翌日は肌がプリプリになるそうです。「ツバメの巣のデザート」一人前600元。ツバメの巣は楊貴妃も食べていたという。以上「最高級食材を使った美容コース」は読めなかったが、要予約。
 「非常食客」は若者に人気のお店。名物の薬膳火鍋の「美容○顔女湯?」18元(270円)をいただいた。約20種類の調味料や薬味を自分たちで調合し、オリジナルのタレを作っていただく。お店の人が作ってくれた特製タレは、ねぎ、にんにく、パクチー、辛味噌、唐辛子2種、醤油ベース。「強身健体男湯?」18元の方にはタツノオトシゴが入っていました。

 中国のファッション・モデルは現在5万人。出身が多いのは東北の黒龍江省、吉林省、遼寧省で、背が高くスタイルがいいといわれている。東華大学にはファッション・モデル育成科がある。

 1月26日、17年ぶりの大雪。会場は浦東のテレビ塔の横にある百貨店「正大広場」の9階。会場には2000人入るそうです。朝8時半練習が始まっていた。9時40分からリハーサルさせてもらった。松嶋さんは「知っとこ!」?出演後に上海に向かい、午後3時に到着。
 午後3時開場、4時開幕。本番前に松嶋さん到着。本番は隈取が意外で、変身が劇的で格好よかったです。ルー大柴さんも登場しましたが、感激しました。


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 中国」

 2008年2月16日放送。始皇帝陵と兵馬俑坑、万里の長城、故宮は中国の皇帝たちが造ったもの。3つの世界遺産から皇帝たちの夢を解き明かす。

●陝西省西安
 鎌倉千秋さんが案内。かつて長安と呼ばれた。信号機がない。

●兵馬俑坑
 西安の東30kmにある兵馬俑坑は、1974年に発掘が開始された。兵馬俑坑はドーム型の建物に覆われ、博物館として一般に公開されている。現在までに3つの兵馬俑坑が発掘されている。最大は一号坑。東西230m、南北62m、地下5mに掘られた空間に何千人もの兵士が整然と並んでこちらを向いている。総数は8000体で、土で作られた素焼き。全体の2割ほどしか発掘されていない。一号坑でも後ろの方では土に覆われていたり、倒れているものある。32年前に発見された当時もこういう状態だった。
 特別な許可をもらい修復現場に案内してもらった。顔や服装は一体一体細かく異なってかなりリアルに造られている。兵士の背丈は平均180cm、重量は200kg以上。髪の毛も1本1本彫られているものもある。色づけされていたこともわかっていて、本物の人間と見まごうほどの姿だった。
 秦の始皇帝は紀元前221年に即位。王に代わる新しい称号として皇帝を名乗った。

●秦の始皇帝陵
 兵馬俑坑から西に1.5kmにある始皇帝陵は、のどかな田園の中にあり、350m四方、高さ76m。始皇帝が13歳の時に建設が始まり、40年近い歳月をかけ、70万近い人が動員されたという。頂上から四方を見渡せる。発掘は未だ行なわれていない。史記には天井には天文(星がまたたく宇宙)があり、水銀で川を流し、長江や黄河や海まで作ったと書かれている。この記述は誰もが夢物語だと考えていたが、現実だった。4年前に墳丘の土壌調査が行なわれ、水銀だけは外部から観測できている。音の伝わり方で内部を見る方法により、中央に東西168m、南北141m、高さ15mの地下世界があることがわかった。陝西省考古研究所の段清波さんが説明してくれた。中国の国土が再現され、中央には棺おけがあり、金などで囲まれている。緑は翡翠が使われていると考えられている。始皇帝は地下帝国を作ろうとしていた。
 周囲からもいろいろ出土している。地下帝国は墳丘の外にも広がっていることがわかった。外側で発掘された力士俑という力強い俑は曲芸師だと考えられている。青銅製の水鳥も、座った座俑、琴を演奏している俑、銅製の馬車なども発掘されている。総勢8000体の兵馬俑坑も地下帝国の一部だったと考えられる。みな東を向いている。東は中国統一のために滅ぼした国々があった方角。兵馬俑は死後の皇帝を守る黄泉の国の軍団だった。実在した精鋭部隊をそのままモデルにしたからリアルなのだろう。
 始皇帝は今の中国の原型を数多く作った。その一つが文字の統一。共通の貨幣を作った。直径3cmの半両銭は穴があいていて運びやすくなった。最後は万里の長城で、頂点に達するのは14世紀の明の時代。人類史上最大の建造物。

●万里の長城
 曽根優アナウンサーが案内。北京から高速道路で北に1時間。八達嶺長城。山の尾根伝いに高さ8m、幅6mの城壁がどこまでも続いている。修復が重ねられ、500年前、明の時代に作られたものが原型を最もよく留めている。
 歩いてみると、いかに険しいところにできているかがわかる。最大傾斜は40度。ところどころに砦のような「敵台」がある。兵士たちが多数詰めていた場所。長城には軍隊を移動させる道路の役目もあった。兵士10人が横に並んで歩くだけの距離となっている。北京側の壁は低く、北側が高い。全ての距離をあわせると総延長は5万kmを越える。
 北京の北東120km、驚くべき姿を見せてくれる。ギザギザの尾根、万里の長城で最も険しい場所に作られたという「司馬台長城」。標高1000m、両側は断崖絶壁。最大傾斜は60度。歴代皇帝が各自で定めた北の国境ラインでもあった。
 北京の西800km。黄土高原には見渡す限り荒涼とした大地が続く。長城が土に埋もれるように残されたいた。さらに西に行った甘粛省の砂漠地帯を貫く長城がある。らくだに乗って訪れたのは一番立派な関所「嘉俗関」。城門の厚みは15m以上。レンガを幾重にも積み上げ、一際堅牢に作られている。4つの楼閣を備え、二重の城壁に囲まれた関所。異民族に対して明王朝が自分たちの力を見せつけるためのものだった。西に7km、切り立った絶壁で終っていた。

●故宮
 岡田理江さんが案内。明と清の時代に故宮は紫禁城と呼ばれた。映画「ラストエンペラー」は実際に世界遺産の故宮で撮影された。わずか3歳で即位した皇帝に数千人の臣下がひれふすシーンは圧巻。長い赤い壁を伝っていくと天安門に到達した。門の奥行きは27m。当時、故宮は紫禁城と呼ばれていた。この先には庶民は立ち入ることはできなかった。次の門は端門。次は午門で、これが正門。4つ目の門である太和門をくぐると皇帝が政治をつかさどった中心部。映画で使われたのは太和殿広場で、3万平方m(野球場が2つ入る)。
 正面には太和殿、高さ35m、幅60m、現存する中国最大の木造建築。玉座は金ではられていて、龍が彫られている。天井には龍がいて、龍の口には丸い玉がぶら下がっている。もし天命を受けていない皇帝が玉座に座ると、たちどころに龍が玉を落とし殺してしまうという伝説が残されている。屋根は瑠璃瓦で皇帝専用。軒先には不思議な形をした動物などが並んでいる。
 清朝第6代皇帝の乾隆帝は、故宮で暮らした26人の皇帝の中で最も絶大な権力を奮った人物。清は中国東北地方の民族が起こした王朝で、乾隆帝は10回に渡る大遠征を重ね、万里の長城を超える巨大国家を作り上げた。現在の中国+モンゴルほどの領土。文化や芸能も好み、宮廷に暢音閣という舞台を作った。ここで生まれたのが京劇。この時代に北京ダックが生まれた。アヒルを焼く炉は西域のもので、中央アジアから北京に伝わった。脂ののったアヒルは江南地方で盛んに食べられていたもの。食材を小麦粉の皮で巻くのは、山東省の伝統。これらが融合してできたもの。故宮の一角に乾隆帝が好んだという場所「三希堂」がある。わずか3畳ほどの小さな部屋。乾隆帝は宝物の収集にも取り組んでいて、三希堂はお気に入りの宝物を観賞する場所だった。明の時代の傑作の磁器「青花梵文大壷」には、仏や菩薩の名前がチベット文字で記されている。清の時代に作られた花瓶は、二重構造になっている。玉おう(おうは王へんに黄)は赤味を帯びた玉。国家清史編纂委員会の朱誠如さんが説明してくれました。
 1912年、辛亥革命により皇帝溥儀が退位し、清王朝は滅亡した。滅亡後、故宮博物院と名前を改めた。現在多い日には1日10万人の観光客が訪れる。

 現在、中国はGDPでフランス、イギリスを抜き去り、世界第4位の経済大国となった。


テレビ番組「黄山をゆく」

 2008年2月10日放送。黄山は神奇な山として人々を魅了してきた。1990年に世界遺産。黄山三奇は雲海、奇松と怪石。配給は放送番組センター(BSジャパン製作)。

●黄山市
 安徽省南部にあり、上海から350km、人口は142万人。宋や明や清代の遺跡が残り、観光都市として注目されている。
 老街は南宋時代の雰囲気をもつ古い商店街。何代も続く店が独特の軒を重ねている。

●宏村
 南西にある安徽省い県(いは黒へんに多)は最も古く、秦の始皇帝の時代まで歴史は遡る。宏村は桃源郷と称えられる古民家の村落。牛影村落は中国古来の建築思想に基づいて建てられた村落は牛の姿に配置されている。

●黄山
 「黄山を見ずに山を見たとは言えない」と言われる。1800mを越える三大峰を中心に72の峰からなる。黄山という名前は、唐の玄宗皇帝がこの地を訪れた際に、名づけたと言われる。不老不死の黄帝?がこの地で不老不死の薬を得たから、黄山とした。黄山には3ヶ所のロープウェイがあり、まずは東側のロープウェイで上がる。
 一瞬たりとも同じ風景を見せない。それは雲海と湧き上がる霧のせい。ロープウェイを降りると待ち受けているのは、雲海、奇松と怪石の三奇の世界。
 はるか遠くに見えるのは、「十八羅漢」という奇岩。羅漢とは最高の修行をした聖者。その厳しさが伝わる。「丞相観碁」うさ帽?という帽子をかぶった大臣が碁を見ている様子。見事な命名です。「猴子観海」はサルが海を見ている様子。
 全体の石段の数はあまりにも多く数万段といわれている。その石段を年間百万人という観光客が上り下りする。荷物などはポーターたちの人力で運びあげる。それも環境保全のため。石も黄山以外から運ばれて築かれた。
 唐代の詩人李白は黄山を蓮の花に例えた。「黄山四千仭、三十ニ連峰、丹崖挾石柱、○○金芙蓉」(○は草かんむりに園かな?、次の○は草かんむりに刀の下に白?)。芙蓉は美人のこと。なかなか姿を見せないのを美人に例えたのか?

 黄山の雲海は見ることはできるが、求めることはできないといわれてきた。まさに雲海に出会うのは運。雲海に出会った人は運のよさに心から感動する。昔は水墨画で描いた。昔から多くの画家をひきつける。明代には黄山画派という流派も創出した。王子江さんは現代の中国水墨画壇を支える。やはり黄山に魅せられたという。王さんは日本語も達者。

 黄山は2〜3億年前、海底が隆起して山になり、氷河期の終わりと共に山肌が削られ、風化しこの景色が現出したと言われている。その峰の頂上で空を見ているのが、「天狗望月」。天狗とは神話上の犬。「夫婦相談岩」。「仙人晒靴」は仙人が靴を逆さに干した様子。黄山で一番有名な岩は高さ12mの「飛来石」。天空に開いた穴を埋めるために仙人が投げた岩のかけらが落ちて突き刺さったという岩。
 登ってきた観光客が必ず足を止めるのが、「排雲亭」。ここの売店で一番人気は、錠前に家族の名前を彫ってくれるもの。これを手すりに止める「遠心鎖」には錠前がずらり。1個10〜20元。錠前を留めたら、カギは谷に投げる。

 黄山の気温は麓と山頂では10度くらいの差がある。麓は亜熱帯、中腹は温帯、頂上は寒帯と大きく変わる。それだけに様々な植物が観光客の目を楽しませてくれる。中でも目を奪われるのは奇松といわれる黄山松。他の地にはない松が岩の間に生えている。根から酵素を出して岩を溶かし、それを養分にしている。その松にも様々な名前が与えられている。筆の先に見える「夢筆生花」は、1970年代に枯れてしまい、プラスチックで修復している。
 黄山三奇はどれか1つが欠けても黄山の魅力を半減させる。

 黄山の北側奥深くには大平ロープウェイがあり、その先にある松谷風景区に行ける。黄山は北と南に流れる川の分水嶺になっていて、北に流れる川は揚子江に合流する。その源流近くにあるのが翡翠池で、岩肌を縫って流れる水は、この池で太陽の光を浴びると翡翠のような色に変化し輝くという。
 さらに北へと下ると、田や畑の広がる中国の原風景のような景色が広がる。
 黄帝源という新名所の誕生を祝う祭りに出会った。主役は黄山の名前の由来となった軒轅黄帝。不老不死の薬を手に入れた黄帝の像ができていました。


テレビ番組「世界ネイチャー紀行 新疆ウイグル自治区」

 2008年2月9日放送。ワールド・スタッフ製作。

●ウイグル
 中国最大の自治区。国土の6分の1を占める広大な大地がタクラマカン砂漠。砂漠は日本とほぼ同じ面積で世界第二位。東にウルムチ、トルファン、砂漠の北西にカシュガル、南西にホータンがあり、砂漠の南はコンロン山脈。東西貿易でシルクロードで栄えた。

●ウルムチ
 ウルムチは世界で一番海まで遠い都市といわれ、2500km以上離れている。馬車タクシーも現役。ロバが力を発揮し、駐ロバ場まである。民族衣装を着ている人が多い。漢民族、トルコ系のウイグル族、カザフ族などが暮す。

●ホータン
 最初の目的地はホータン。ポプラ並木が町の入口。シルクロードで名高い西域南道?最大のオアシス都市。三蔵法師も旅の途中に立ち寄ったという。町の中で一番賑やかな場所がバザール。日曜ともなると1万人の人で賑わう。シシカバブを焼いている。羊の肉はイスラム教徒にとって一番のご馳走。焼き卵のお店もある。肉入りのナンはみんなの大好物。路上の理髪店も大繁昌。古のシルクロードの面影を残す店もある。絹織物は品質も柄もいい。ホータン絨毯は2000年の歴史を持ち、色も柄もいい。

●大河沿
 ホータンからヘイア川?を北上し、タクラマカン砂漠にある村「大河沿」に到着。砂漠に生きる人の限界。住民は3家族15人ほど。家は砂漠に自生するタマリスク?という木の枝と泥で作られている。客用の布団は必ずある。土を掘ると水が出てくる。家畜も羊を飼っている。村の回りには畑にするような場所はない。晩御飯は羊の肉の塩茹。砂漠で大雲という漢方薬の原料を干している。貴重な収入源。村の周辺には「胡楊樹の森」もある。胡楊樹は乾燥に強い柳科の植物で、塩分を葉などに蓄えている。砂漠にはクモ、トカゲ、体重3gのコミミトビネズミなどがいた。

●コンロン山脈
 途中からは車が使えない。ロバの背に荷物を載せて進む。標高5000mを越える峠が最大の難所。ロバの死骸もある。ここを越えると幻の湖がある。標高4600mにある。時速100kmで走るというチベットガゼル、体重が500kgにもなるという野性の牛ヤク、ラサノウサギがいた。湖を囲むコンロン山脈は5年周期で大雨と大雪に見舞われる。その翌年は数多くの湖が姿を現す。湖畔には塩の結晶がでていた。かなりの塩分濃度だが、ヨコエビの一種などが生息している。渡り鳥たちの休憩地でもある。

 さらに下った標高2600mにある秘境の村プル。山岳民族の村で1000年以上住んでいる。ポプラを植林している。家は土でできている独特の住居。人口は1000人で、のんびりした村。滅多に外部の人が来ない。子供たちはハンチン帽のような帽子をかぶっている。女の子はスカーフ。羊の毛を刈って糸を紡いで機を織る。寒さを防ぐために土壁は厚い。家の前には用水路が流れている。体を洗うのも食器を洗うのもこの水。飲み水は一番上流で、女性が毎日運ぶ。1軒の雑貨屋では、人気商品は飴。学校はウイグル語で、外で行なうことが多い。イスラム教徒が多く、毎週金曜日は大礼拝の日で、夕方4時からの礼拝には多くの人が参加する。
 畑では小麦と野菜を作っている。脱穀は牛とロバを使う。一番の収入源は羊で、遠くまで何日間も放牧に行く。村人は歌と踊りが大好き。


テレビ番組「地球街道 村田雄浩さんで九寨溝、蜀南竹海」

 2008年2月2日、9日放送。

●成都
 朝、饅頭(マントウ)は小麦粉に酵母を混ぜ発酵させ蒸したものをいただく。1個5角(8円)。ゆで卵も5角。お粥もいただいて朝食としました。
 公園のような場所でアスレチックをしている人がいる。カラフルな器具です。路地を箱を持った人が自転車で移動している。同じ建物に入っていくので、入ってみた。茶館という喫茶店で、おじさんばかりいる。熊澤諭さん(54歳)が教えてくれたのは、みんな自分たちの鳥の声を楽しんでいるという。中国では小鳥を飼うのは、男性の高尚な趣味の一つ。毎朝、集まって小鳥たちの声を競わせている。中でも人気があるのは、画眉鳥で、目の周りが白い。中国では七色の声を出す鳥として古くから愛されている。熊さんは5年で70羽くらい飼ったそうです。

●路上
 成都をでると風景が一変する。山道を川沿いに走る。標高が2000mを越えた。湖のある景色が素晴らしい。

●茂県
 宿泊をした。広場にみんなが集まって、盆踊りみたいに踊っている。健康のためだそうです。

●路上
 チベット族の村が点在する。チベット仏教のお寺「○米寺(○は乃の下に小)」に寄ってみた。赤い衣を着たお坊さんです。マニ車もある。たくさんの経文が入っていて、1回回るとお経を1回読んだことになる。これで過去の過ちを清める。
 道路にヤクの群れがいた。

●九寨溝
 3つの大きな渓谷があり、114の湖と沼、17の滝が宝石のように連なる。1992年世界遺産。九寨溝の中で最も小さい湖、五彩池。見る位置や太陽の光によって七色に変化する。鏡のようでいて、湖の底が見える。
 雪解け水が長海に溜まり、そこが主な水源となっている。急な流れの中にどうして木々が生えるのかが不思議。九寨溝一美しいといわれているのが五花海。生い茂る藻や湖底に沈んだ倒木が幻想的な模様を作りだしている。五花海は神の池とも言われている。
 幅200mの水面を水が勢いよく流れ落ちる珍珠灘。珍珠とは真珠のこと。その水のしぶきが真珠のようにきらめくことからその名がついた。この斜面の先には、滝となっていた。幅163m、最高落差40mの珍珠灘瀑布。
 こういう物語のように続いて見せてもらえる風景は日本にはないかな。とても良質な物語を見せてもらったかなと村田さんは語った。
 入場制限、車両の制限など環境を保護しています。

●黄龍渓
 成都の南にある町。清の時代に作られて町並みが残されている。町外れの店の前にバーベルが置いてある。上げてもお金はあげないが、上げられなかったら、5角下さいと書いてある。40kgだそうです。挑戦したら5回上げろといわれたが、できました。66歳のおじいさんがやるから20元くれと言われた。
 喫茶店に行く。お茶「竹葉青」はガラスのコップに入ってきた。20元(300円)。表面を葉が覆っているので、飲みにくい。茶葉が沈んでから飲むそうです。その間に、「耳かきいかがですか?」と日本語。結構気持ちいいそうです。仕上げは音叉を使って、振動を耳かき棒に伝えるマッサージ。熟練の技。料金は5元(80円)。
 ここから竹の海までは300km。

●四川省南部の瀧頭鎮
 小さな村。みんな路上で商売しているのが面白い。床屋さんも。活気があるけど、みんな無表情。籠を担いでいる人が多い。

●宜賓
 長江の港町。夜の「自由市場」に行く。マネキンに驚く。魚屋さんには川魚、ザリガニ、カエルまで。四川省だから一番辛いものを食べたいと思った。「燃麺」が辛いそうです。麺と青菜を茹で、そこに唐辛子やラー油などをかけ、混ぜるだけ。3元(50円)。辛くなくて美味しいそうです。

●蜀南竹海
 宜賓の南。ガイドブックによると「中国最美的十大森林」と書いてある。ロープウェーで移動するが、下から向こうまでずっと竹の山。総面積120平方km。三県にまたがって竹が群生している。このあたりは夏は涼しく、冬は温暖、年間を通じて湿度が高く、竹の生育に適している。3000年も前からあることは知られている。「天下の翠」、「竹波の万里」と人々は称えた。
 絶景ポイントに行ってみた。竹の丘が亀の甲羅に見えることから、百亀拝寿といわれる風景。丘の間に田んぼが見えている。とても面白い風景です。
 竹のトンネルを車で通過。幻想的です。

●青龍湖
 対岸に人が住んでいる。竹の筏が並んでいる。自分で漕ぐようです。対岸に着いてから民家を訪ねた。竹でイスを作っていたのは、揚延召さん(55歳)。家具は全部竹でできている。寝室の壁も竹。床には竹で編んだ敷物。天井も竹。通気性がいいそうです。昼食をいただいた。冬に採れるタケノコは春のものより身が詰まっていて甘くて美味しいそうです。竹筒で焼いたご飯。お釜で炊くよりも美味しいそうです。おこげも美味しい。
 竹林の中を歩く。落ち着くそうです。空気も美味しい。


テレビ番組「うどん王子ナンチャンが讃岐うどんのルーツ、中国まで行っちゃいました」

 2008年2月2日放送。南原清隆、松本明子、ゴルゴ松本さんが旅をした。讃岐うどんの小麦粉のDNAと中国の分のDNAが同じらしい。ルーツは弘法大師が中国から持ち帰った麺料理にあるという。KSB瀬戸内海放送製作。

●讃岐うどん
 6つの条件を満たさないと讃岐うどんとは呼べないという。小麦粉は中力粉を使う。「土三寒六」は夏(塩1に対して水3)、冬(塩1に対して水6)の割合で小麦粉の塩加減を決めること。足踏みで腰がでる。数時間寝かせた後に麺棒で伸ばしながら切り、冷水でしめる。シルクロードならぬ麺ロードを訪ねる。

●西安
 城壁は1370−1378年に作られたもの。周囲の長さは東西14km。秦の始皇帝が紀元前221年に都を置いてからの中心地。麺料理は西安だけで30種類以上あるという。
 20年以上前からある市場。麺のお店「麺館」で一番人気の○麺(○は手へんに止)(ツァーメン)をいただいた。小麦粉が主原料で、うどんとの違いは麺の太さとコシ。辛くはないそうです。次の岐山麺はコシもあるし、光もいいが、少し細くて平たいそうです。ラーメンに使うかん水を使っているそうです。
 次の「老魏麺館」では、その日出す麺は全て手打ちで作る。作り方は見える。6種類作ってもらって、「手工麺(ぷどん)」が近そうに思えた。味は西讃岐地方にある「山下のうどん」に極めて近い味だそうです。ほんのわずか違うのは、塩水を使う讃岐うどんと、塩と水を別に使う手工麺の違いのためか、つなぎが違い、ツルツル感がないそうです。
 弘法大師が祀られている「西明寺」、三蔵法師が祀られている大雁塔に行くが見つからない。
 「西安桃季学院」は麺の専門学校で、2000人が学ぶ。讃岐うどんを食べてもらったら、ウルムチのラグマンや西安のマーチャンリャンピーに似ているという。
 自転車で10分の自由市場に行く。自由市場は長さ1km、約1500年前からあるという西安市民の台所。マーチャンリャンピーは似ているが、食感が違うそうです。お米が入っていた。
 別のところで、ウルムチの南山牧場にこの麺があるという。

●ウルムチ
 西安から飛行機で3時間半。中国で一番内陸にある都市。40を越える民族が暮らしている。
 南山牧場に到着。074番地?の家に行く。張樹貴(チョウ・シュウグイ)さんと姉の張メイ春(チョウ・メイシュン)さんがラグマンを作ってくれた。「水に塩を入れ、中力粉の小麦粉を使う」のは讃岐うどんと同じ。塩の量は寒くなると減らすそうですが、これも同じ。手でこねて10分寝かせます。待っている間に、隣の家の呉シュクランさんのお宅に行った。ラグマンの基本は、茹でる時も一度差し水を入れ、もう一度沸騰させてから指で上げる。これも全く同じ。最後に水の中に入れるとコシがよくなると言うのも同じ。
 味わってみた。全く同じだそうです。ラグマンの食べ方は、茹でた麺と様々な味付けの具材をお皿の上で混ぜながら食べるのがウルムチ流。讃岐うどんを食べてもらいましたが、同じと言われました。歌を歌ってくれました。


テレビ番組「探検ロマン世界遺産 中国の九寨溝」

 2008年1月19日放送。鹿島綾乃さんが案内。その水はどこまでも透明。棚田のように並んだ湖。上の湖からあふれ出た水が下の湖に流れていく。水と森の奇跡と言われる九寨溝。NHK製作。

●成都
 四川省の省都。三国志の時代には蜀の都が置かれた歴史ある町。九寨溝はここから北に450km。今回は道路を行った。バスで6時間半で半分。車はあえぎながら標高2000mまで一気に登る。14時間で入口の村に到着。

●九寨溝
 四川省にある。大小100余りの湖が棚田のように続く。自然保護区として守られているのは720平方kmで、東京23区よりも一回り広い。九寨溝とは九つの村がある谷という意味。チベット高原から移ってきた人たちの村が点在していたことから名づけられた。今でも谷のあちこちに少数民族の人々が暮らしている。
 村に到着すると川が2つ合流している。一方は九寨溝からの流れで透明度が高く、片方は白水江で少し濁っている。九寨溝の標高は2000〜4500m。総延長50kmほどのY字型に伸びた谷。  中に入ると低公害車で移動。「樹正群海」は海子(パイズ)と呼ばれる小さな湖が棚田のように続いている。紅葉が真っ盛り。錦繍(きんしゅう)の秋という言葉がぴったり。水は清く、湖の中の倒木が見える。上の湖からあふれ出た水は森を通って下の湖に流れる。漣(さざなみ)に太陽の光が反射して、火花のように見えたことから火花海と名づけられた湖。落差が大きく滝となっているところもある。「樹正瀑布」という滝。
 自然保護区管理局研究員のジェン・代君さんに話を聞いた。元は一つの湖だったが、地震で土砂が流れ込んだ。水には大量の石灰が含まれており、土砂に石灰が付着して長い年月をかけて成長し、湖を仕切る土手となった。土手の部分が白く見えるのは石灰のため。臥龍海は石灰部分が龍の姿に見える。
 谷の一番上流にある長海。標高は3000mで九寨溝で一番大きな湖。このあたりの山は石灰岩でできている。その山を氷河が削ってくぼ地ができ、そこに水が溜まったのが長海。これが九寨溝全体の水源になっている。長海のすぐ下にある窪地で毎年不思議なことが起こる。雨季の夏に長海の水面が上がると窪地のあちこちから水が湧き出す。秋には見事な湖に変化する。これは上季節湖、下季節湖と呼ばれる。さらに「珍珠灘」では水が緩やかな斜面を流れ下る。しぶきの一粒一粒が真珠のように見える。逆に鏡のような湖面から鏡海と名づけられた湖もある。鏡のように対岸の景色を映します。
 九寨溝の近くでは貝やサンゴの化石が見つかる。かつては海の底だった。貝やサンゴが石灰岩となり、地殻変動で押しあがったもの。氷河が流れては止まり、流れては止まりを繰り返し、土手ができた。水が流れ、土手にぶつかると水と石灰が分離し、土手となることを繰り返した。
 五花湖は石灰の影響がハッキリわかる。色が何種類にも見える。水底に生えている藻の種類が違う。九寨溝全体で300種類確認されており、この湖では100種類ある。湖の底に穴が見えるが、ここから石灰を含んだ水がどんどん湧き出している。7年前にNHKは世界で始めてこの湖の水中撮影をした。穴の中が真っ白なものがある。この白いのが石灰。倒木が横たわっていた。その表面を石灰が厚く覆っていた。これは石灰の花「石灰華」とよばれ、この倒木はサンゴのように見える。たくさんの魚がいた。嘉陵裸裂尻魚という魚一種類だけが九寨溝に住む。
 土手には落ち葉がひっかかっているが、流れない。張り付いたまま。石灰に取り込まれている。その結果、水は浄化され透明度を保つ。

 多くの新婚さんが写真を撮っている。行く手に村が見えてきた。流れの中に布がつかっていた。文字が書いてあるが、お経。小屋の中では水車が回っている。裸麦(チンクー)をひいている。マニ車も回っています。回転させるとお経を読んだのと同じ功徳があるという。さらに奥の村を訪れた。村長のマ・ツーさんのお宅でバター茶をいただいた。塩からいそうです。伝説では、「男の神様と女の神様がいた。喧嘩をして男が負けたので、怒って山を蹴飛ばした。崖崩れが起き、たくさんの湖ができた」そうです。
 山の斜面には様々な希少動物が暮らしている。センチクという竹が豊富なのでジャイアント・パンダも生息する。孫悟空のモデルとなったキンシコウもいる。絶滅に瀕している。

 「諾日朗瀑布」の諾日朗(ノーリラン)とはチベット語で大きいとか立派という意味。幅300m、落差25mの九寨溝最大の滝。
 森の木々はどうして生えているのか。研究員の朱忠福さんに教えてもらった。流れてきた種が「石灰か」の中にひっかかって、そこで成長したという。「石灰か」は空間が多いので、一旦根を張ると押し流されてしまうことはないそうです。さらにこの環境に適応するために、体の一部を変化させ、水中根という赤い根がでていて、養分を取り込んでいる。

 「五彩池」はとびきり透明度が高い。水の深さは30m。その底が手に取るように見える。大自然の芸術。太古の海の底で生まれた石灰。隆起し、氷河が削り、豊かな水と植物の力まで加わって完成された奇跡の造形。


テレビ番組「路面電車紀行 アジア・オセアニア編 中国の大連」

 2008年1月19日放送。番組放送センター配給。トーキョー・ビジョン製作。
●大連
 遼東半島の最南端に位置し、東に黄海、西に渤海を臨む大連。地の利を生かし、日本を始め多くの企業が投資し、北の香港として発展している。
 中山広場を中心として町のメイン・ストリートが放射線状に広がっている。広場の回りにはヨーロッパ風の建築物が多く、大連の見所となっている。市内にはロシアの占領時代に建てられた建物が多く見られる。2000年にはロシア街をオープンした。歩行者天国になっていて、両側にはレストランや土産物店が並ぶ。
 一番大きな海浜公園は日本統治時代の1909年に作られた。多くのモニュメントが点在している。周辺にはリゾート・マンションや博物館があり、市民の人気スポットとなっている。
 人民広場は大連を代表する広場。広場の北側に大連市人民政府がある。

 路面電車は昔の上野駅をモデルにしたといわれている大連駅を起点としている。路線は3系統あり、路線距離は14.7km?。運賃は約15円で、運転手はほとんどが女性。路面電車は日本の統治時代に敷かれたもので、今でも日本の車両が走っている。
 最近はヨーロッパ型新型車両が続々と登場している。近いうちに路線も延長されるらしい。最近は専用線路を走っている。
 今では大連は路面電車の成功例としてよく知られるようになった。最近は車体を明るい色にして、広告で収入を得ている。
 大連は中国のシリコンバレーと呼ばれている。


SEO [PR] 冠婚葬祭  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO