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なお、これはわたしが個人的にテレビを見て書いたものであり、各テレビ局や番組とは全く関係はありません。
すべての文章の無断使用・転載を禁止いたします。
またここの情報を使って、何か問題が起こったとしても私は一切責任は持ちませんのであしからず。


テレビ番組「ルネサンス時空の旅人・希望の都 パルマ物語」

 2003年11月3日放送。損保ジャパン・スペシャルの番組で、日本 テレビ製作。

●エミリア地方パルマ
 古代ローマ時代に交通の要所として栄え、12−13世紀頃に町として整 理された。当時を思わせるロマネスク様式の洗礼堂。ピンクの大理石で彩ら れた美しい建物。今でも北イタリア最高の建築と称えられている。14世紀 にミラノやフランスの支配となり、侵略され荒廃していった。1512年フ ランスから開放され、町は再び自治都市として活動を取り戻した。
 パルマ大聖堂に残されている絵、470年前に4年かけて描かれた絵が天 井にある。天に上るような絵。聖母マリアが天に召されていく歓喜と興奮が 描かれていた。まるで天空に吸い込まれるような絵。ラファエロもしのぎ、 100年後のバロック絵画を先取りしたという絵。天国を地上に引き降ろし たと絶賛されたこの作品は、バロック絵画への扉を開いたという。作者コレ ッジョの素顔は謎に包まれていて、直筆の契約書だけが残っている。肖像画 のない画家。しかし、町の中心部にコレッジョの銅像が立てられている。

●コレッジョ
 フィレンツェから北に100kmの人口2万人の街。時間が止まってしま ったかのような町。この地にコレッジョは生まれた。晩年暮らした家が今も 残されている。本名アントニオ・アウレッグ?、1489年に生まれ、恵ま れない少年時代を過ごした。芸術的な環境のないところからコレッジョが生 まれたのは、奇跡だとも言われている。ただ、小さい頃から絵を描くことが 好きだったということ。11歳で絵画を学ぶことになった。北45kmのマ ントヴァで18歳まで過ごした。

●マントヴァ
 当時ボンザーラ家の宮殿はヨーローパ最大級の広さを誇った。ダビンチな どの多くの芸術家が訪れた。宮廷画家アンドレマ・マンテーニャに弟子入り をした。彼の作品「夫婦の間」はドゥカーレ宮殿内に残されている。当時の 宮廷の様子が描かれていて、詩人ゲーテも感嘆したという。天井には丸い窓 がぽっかり空いていた。空から女性と天使達が顔を出してこちらを見ている 。絵を見ているはずなのに、逆に見られている感覚。
 25歳で「聖フランシスコの聖母」を描いた。立体感、愛を持つマリアの 手などが素晴らしい。しかし、これは尊敬する師匠の「勝利の聖母」をモチ ーフにしていた。その絵の左端の人、聖書と白い百合を手にした聖人サン・ アントニオ、これが自画像を残さなかったコレッジョの顔かもしれない。ア ントニオとはコレッジョの本名だった。

●ミラノ
 1508年コレッジョはここでレオナルド・ダ・ヴィンチと会った。光と 影の明暗で表現した「岩窟の聖母」をモチーフにして、「聖母子と幼い聖ヨ ハネ」を描いた。

●ローマ
 二人の天才の作品が溢れていた。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂・ 天井画は宇宙と人類創造の壮大な物語、ラファエロの「小椅子の聖母」。そ れに影響を受けて?「カンポリの聖母」を描いた。ほのぼのした親子の情愛 が溢れている。この作品が話題となり、1519年30歳でパルマに招かれ た。

●パルマ
 最初の仕事はサン・パウロ女子修道院の壁画だった。後にカトリック教会 の怒りをかい、270年も封印された。天井全体が匂いたつような鮮やかな 新緑の蔦に覆われ、青空の窓には裸の子供達。彼は聖書の物語ではなく、人 間的な喜びにあふれるギリシャ神話を描いた。マンテーニャの独創的な構図 、ダビンチの精神性、ミケランジェロの人体表現、ラファエロの調和、偉大 な才能を吸収し、コレッジョはもうひとつのルネッサンス絵画を生み出した 。画面からは人間の素晴らしさや世界の美しさが伝わってくる。
 1519年神聖ローマ帝国皇帝カール5世が即位し、警戒を強めたフラン ス国王フランソワ1世との間に激しい戦争「イタリア戦争」が始まった。こ れから40年もイタリアで戦争が繰り広げられた。またマルティン・ルター による宗教改革がヨーロッパじゅうに拡大した。ダビンチ、ラファエロが世 を去った。
 この頃コレッジョはサン・ジョバンニ・エヴァンジェリスタ教会の天井画 を手がけていた。1925年に35歳で完成した。死を迎えるヨハネの前に キリストと12使徒が現れたという伝説。天井が力強く開かれ、キリストが 力強く浮かんでいる。その下の一角に当時21歳のパルミ・ジャニーノとい う弟子が描いたという部分がある。また、壁画に「聖女アガタの殉教」を残 している。

●フォンタネラート城
 パルマの北西10kmにある。1524年にパルミ・ジャニーノがわずか 40日間で描いたという壁画「ディアナとアクタイオン」が残っている。天 井を覆う緑の蔦、天使がいて、これはギリシャ神話ディアナの物語だった。 サンパウロ女子修道院の天井画の影響がわかる。しかし、天使の体がゆがん でいる。コレッジョの下を離れた彼が自立しようとしていたのか。ダビンチ が画家の目は鏡だと言ったが、彼は凸面鏡を使っていた感じである。その後 、彼はローマに移り、マニエリズムという新しい芸術を生み出した。

●パルマ
 コレッジョは14歳年下の女性と結婚し、2人の子供にも恵まれた。彼は サン・ジョバンニ教会のそばに新居を構えた。その通りは今も Borgo Del Correggio という名前である。「授乳の聖母」、「聖女カタリナの神秘の結 婚」、「籠の聖母」、などはその生活の影響がみえる。
 コレッジョが36歳の時に描いた聖母子像「幼な子キリストを礼拝する聖 母」の絵。これも人物が生きているように描かれている。
 パルマ国立美術館のルチア・フォルナーリ・スキアンキ館長にコレッジョ の話をうかがった。
 1525年36歳の時の作品「十字架降下」はイタリア戦争の影響から描 かれたと思われる。「四聖人の殉教」は100年後のカラバッジョやルーベ ンスを思わせる。
 1527年に3人目の子供が生まれたが、神聖ローマ帝国によるローマ略 奪が行なわれた。1万人以上が死んだ。クレメンス7世は逃亡した。
 パルマ国立資料館にコレッジョのパルマ大聖堂の壁画の契約書が残されて いた。「人物を生きているように描く」と書いている。天井は直径11m。 聖母マリアの昇天を描く試みを行なったが、妻が26歳でこの世を去った。 4年かけて1530年11月に「聖母被昇天」は完成した。降り注ぐ光の中 に現れたのはイエス・キリストで、マリアは天使たちに抱きかかえられて昇 天する。その歓喜と興奮は見る者全てを天に誘うようである。アダムとイブ 、など聖書に出てくる人が全て天国で迎えている。初めてこの絵を見た人は 、茫然と立ちつくし、やがて涙を流したといいます。宗教者はあまりに多い 裸に難色を示したが、この絵に託された希望というメッセージを受け止めた のは、パルマの市民と同時代の芸術家だった。この絵に感動した画家ティツ ィアーノは、「この天井まで金貨で埋め尽くしても、この絵の価値には及ば ない。」と言った。

●コレッジョ
 41歳になって故郷に戻った。パルマ大聖堂の天井画は避難され、愛する 妻も失った。「ダナエ」、「イオ」などのギリシャ神話をテーマにした作品 を残している。しかし、はかなさが漂っている。雲となって妻の下に行きた いという希望が読み取れます。妻の死から5年後、コレッジョは突然の高熱 で亡くなりました。1534年45歳でした。


テレビ番組「行くならどっちスペシャル、世界二大エステ、バリ対イタリア」
 2003年9月28日放送。ベッカムもエステにはよく通っている。そこ でイタリアにかたせ梨乃、中島啓江さん、バリ島は賀来千香子さんと山咲ト オルさんが行って、エステを体験。さらに日本の情報も追加。司会はオセロ で、3泊4日で行くならどっちに行くかという判定は美川憲一。関西テレビ 製作。

●バリ島
 日本から6時間。アジアの楽園。神々が住む島と称されている。到着して からすぐに夕陽の見えるレストランに急ぐが、見えなかった(笑)クタビー チにあるレストラン Penti's 。新鮮なシーフードを自分で選んでその場で 調理する。ロブスター、ハマグリなど。

 バリ島在住の日本人勧めるところ、次のベスト10から()で説明をつけ た4つを選択した。スパ・アット・サキ?(読めない)、モタ・アト・ キンデラン・スパ?(読めない)、ウブド・サリ・ヘルス・リゾート(火山 灰泥エステ)、ヨーガ・サロン?(読めない)、ウサダ・オレス(木くずエ ステ)、ザ・スパ・アット・ザ・レギャン、ザ・リッツカールトン・スパ( 超贅沢カップル専用ヴィラ・エステ)、アロマ・トーク・アラム・ジンバラ ン(ホットストーンエステ)、ヌサ・ドゥア・スパ、アマヌサである。

 あと「Kampung cafe」で夕食を食べたが、場所は、Cekire Tegallalang Gianyar でした。

●バリ島ジンバラン
(1)ザ・リッツカールトン・タラソ&スパ
 2万平方mの敷地に種々のヴィラやマッサージルームを数多く抱えていて バリで一二を争うスパ・リゾート。中でもカップル専用個室ビラ(Spa Villa )は日本人にも大人気。まずはフットマッサージ(お花を浮かべたお湯に足 をつけます)。次はうつぶせに寝て、「トロピカルフラワーシャワー」とい う背中に花を落とし、エッセンシャルオイルが染み込むようにマッサージす る。天然の香りの中で癒されます。チンタ・アバディ(永遠の愛)は160 分で130ドル(税サ別)。
 ホテル内の350平方mのアクアトニックプールも評判。海水ジェットバ ス(足裏や腹部のマッサージに効果的)や水温差プールなどが楽しめる。
 ハイドロセラピーはビタミンとミネラルの多い海草トリートメント。肌に 潤いをもたらし輝きと透明感を与える。マリーン・ウェーブ・デラックスと いい、70分110ドル(税サ別)。
 最近は肌の手入れをする男性も多いフェイシャルマッサージ。エステティ シャンが個人の肌質に合わせて、最適なクリームを選択しマッサージする。 ミネラル分が多いクリームが老廃物を除去する。
 宿泊はオーシャンフロントヴィラで1名1泊700ドル(税サ別)。

●バリ島デンパサール
 市場に行く。市場が乱立している。中で Thamrin Helmet という不思議な お店を発見。不思議な箱がたくさんあるが、これはジャムーというジャワ島 から伝わった漢方薬。いくつも種類があり、頭痛、風邪に効果があるもの、 精力増強、美肌、胸が大きくなるなどの効果のものもある。美肌用ジャムー 1杯 Rp7000(98円)。
 医者のオレス先生にジャムー界の第一人者。PT Larya Pak Oles Tokcer という店で、場所は Jl.Pulau Komodo 38,X, Denpasar。でも看板には Ramuan Pak Oles と書いてあります。オレス先生の調合したジャムーには オレスマークが入る。場所は島の北部のキンタマーニ山(標高1500m以 上の景勝地)にいるというので、シャトルバスで1時間でかかった。帰って きて美川さん用に調合してくれた。胸が大きくなる分はおいしいらしい。そ れ以外はまずいかもしれない。
 馬車?のドッカル(1回Rp25000(340円))で移動。

(2)ウサダ・オレス Usada Oles 木屑エステ(ボカシセラピー)
 日当たりよい屋上に作られたエステ。場所はJ.By Naugurah Rai Kmplek, Ruko Moleque Blok L8。深さ40cm、高さ2m、幅5mの浴槽に独自に配 合された木屑が敷き詰められている。3種類の木くずと300種類以上の ハーブを配合し、それらの自然発酵により40度前後の低温発熱が続く。 15分程入っていると発汗作用をもたらす。天然のサウナ状態ともいえる。 全身ビニールの服を着て入る。ボカシセラピーは30分でRp30000(400 円)。

●バリ島サヌール
 元宝塚トップスターの姿月あさとさんに、Natrabu という店を紹介しても らった。パダン料理の店 Natrabu で場所は、J.By Pass Ngurah Ral 163. Sanur。地元の人なら知らない人はいないお店。パダン料理とは西スマトラ 島の郷土料理。最初に台の上にお皿がずらりと並べられるが、箸をつけたも のだけ清算する。蒸し鶏のサンバルソース添え、チキンカレー、揚げナスの サンバルソースがけ、など辛さが食欲を刺激する。22皿中15皿に箸をつ けて、Rp 152900(2100円)。

 姿月あさとさんのお勧めはウブドのフォーシーズンズ・ホテルのアーユル ヴェーダの体験と、スミニャックのスーザン・ステインさんという有名な マッサージの女性の方。そこで予定変更。

●バリ島ウブド
 ウブドは山間部。ワゴン車の「ベモ」に乗ってウブドのフォーシーズンズ ・ホテルに向かう。サヌール〜ウブド間でRp18000(240円)。ドアは開い たままです。
 森林が生い茂り、緑豊かな町ウブド。棚田(ライステラス)の美しい風景 が見られる。ウブドは芸能・芸術の町と言われ、寺院や宮殿が多く点在して いる。宮殿では毎夜バリダンスの伝統芸能が行なわれている。
 フォーシーズンズ・リゾート・バリ・アト・サヤンは360度の視界に緑 が広がる。お勧めは個室ヴィラ(The Spa Villas)。バリ建築のモダンなデザ インで、蓮池の中に天井の高く作られている。インドネシア工芸の装飾も安 らぎの空間を演出している。外の世界とは隔離されたスペース。スィートで 1名1泊450ドル(税サ別)。

(3)アーユルヴェーダ
 古代インドの蓮池の中にあるスパ・ヴィラでエステ。まずはハーブオイル を使ったトリートメント・ボディ・マッサージ。神経器官を刺激し、身体の バランスを整える。次いでアーユルヴェーダ。額にオイルを垂らすという古 代インドから伝わる自然療法。全身のバランスを整え、心身を自然な状態に 戻すエステ。5000年の歴史を持つ神秘のエステ。スチ・ダラ(アーユル ベーダ・ボディ・マッサージ)は120分130ドル(税サ別)。
 賀来さんは最後のしめにフラワーバスを体験。

●スミニャック Seminyak
 近年クタに継ぐショッピング・エリアとして注目されている。オリジナル のブランド・ショップが建ち並ぶ。いろいろなブティックが点在する。Jari Menari というお店(場所はJ.RayaBasangkasa #47, Seminyak)に姿月さん に紹介されたスーザン・ステイン女史を訪ねるが、海外にいて、明日帰国だ という。仕方なくスーザン女史の弟子の元に行くが、そこにいた。世界各地 のメディアが Dancing Fingers などと称している。スーザンさんは、今は お客さん相手にマッサージをしていないが、弟子を指導しているので、その モデルということでしてあげようということになった。

(4)ジャリ・メナリ (予約殺到カリスマ・エステ)
 まずバリニーズベルを鳴らし、気を静める。彼女のマッサージはお客と呼 吸を合わせることが大事だという。香来さんは「しっかり触っているけど、 安心感がある」。次いで、スーザン女史が発案したフォーハンドマッサージ 。2人のセラピストが息をあわせてマッサージしていく。呼吸とタイミング がピッタリ合わなければフォーハンドの意味がないという。最後はエイト ハンドマッサージ。

●バリ島の夕食
 最後の夜はリッツカールトンの360度海に囲まれた桟橋の先で、夕陽を 望みながらの超豪華ディナーをいただいた。ロマンティック・ディナーは1 名120ドル(税サ別)。バリ島の旅では費用は全部で一人 Rp.464966 1617ドルで、19.8万円。


●イタリア・ローマ
 宿泊はローマ・コロッセオから歩いて5分のホテル・フォルム。遺跡が見 えるホテルとしても有名。
 イタリア在住の日本人勧めるところ、次のベスト10から()で説明をつ けた4つを選択した。アクアヴィルゴ(1日15人限定:ローマ郊外)、 グロッタ・ジュスティ・テルメ(天然洞窟テルメ:モンテカティーニ)、 テルメ・デッラ・サルバローラ(ワインエステ:パルマ)、テルメ・デ・ サルソマッジョーレ(温泉水からの天然塩エステ:ミラノ)、テルメ・ディ ・パピ?(読めない)、ディメィメィ・デ・デュオ?(読めない)、 スタンピメント・デュマン・メロッタ・デュカオス?(読めない)、テルメ ・デ・ティジョージョーニ?(読めない)、ローマ・カミュネ・テルメ? (読めない)、テルメ・デ・アサオ?(読めない)。

(1)アクアヴィルゴ 1日15人限定エステ
 予約が通ってなかったのでダメ。

●イタリア・ティボリ
 ローマ近郊のティボリ温泉駅 Bagni di Tivoli で下車。もともとローマ 皇帝の別荘地だった場所。まわりをテルミニ山脈に囲まれた温泉の街。あち こちで温泉が湧き出ている。温泉水のエステ。アクウェ・アルヴレ。Aqve Albule は大衆的な温泉で家族連れも多く、地元の人の憩いの場で、料金も 安い。温泉を利用したエステも受けられる。温泉の成分を豊富に含んだ泥を 使った温泉泥(ファンゴ)は、血行促進、角質除去の効果だけでなく、女性 に人気で、ファンゴパックは20ユーロ。エステで値段も安くリピーターも 多い。

(1)’ファンゴパック
 温かくて寝てしまいそう。中島さんは顔じゅうに泥を塗られていた。
 温泉を蒸気にして成分の効果を得る機械を使って、肌だけでなく吸い込む のも良い。アクウェアルヴレでのエステは1名28ユーロ。

●モンテカティーニ Montecatini
 フィレンツェの西40kmにある緑に囲まれたヨーロッパ屈指の人気の温 泉地。

(2)グロッタ・ジュスティ・テルメ(天然洞窟テルメ)
 山あいにたつグロッタ・ジュスティ・テルメは18世紀の大きな別荘を改 装して作られたスパ・ホテルで、専用の本格的なテルメ施設がある。グロッ タ(洞窟)でリラックスした後は、オリジナル・アロマオイルを使用した、 指圧マッサージや水圧マッサージやファンゴなどのエステが受けられる。
 隣接のホテル「グロッタ・ジュスティ・ホテル」はクラシカルなムードで いっぱい。1泊ツイン190ユーロ。宿泊施設がついているため、気にせず エステを満喫できる。
 夕食はワイン代を含んで、一人40ユーロだった。

 まず天然洞窟エステ。服の上に白い服を着て向かう。奥行き300mある 天然洞窟。中に入っていくほど、温度が上がり、その奥はゆったりとくつろ げるスペースがある。洞窟内は水蒸気で満ちていて、サウナのような発汗療 法が行なわれている。これは低温浴ミストサウナというローマ式テルメの原 点。水蒸気は地下から湧き出た温泉から出てきた天然のもので、息苦しくな い。温泉の温度で34度に保たれ、様々な成分の水蒸気が満ちている。神経 痛といった症状にも効果的。天然洞窟ミスト・サウナは一人40ユーロ。

●フィレンツェ
 ルネッサンスの花の都。I Sapori del Chianti という店(住所 Via del Servi, 10-50122?)で最高級のオリーブオイルを買おうとしたが売り切れて いた。お店の人にブリッジゲッラを紹介してもらった。

●ブリッジゲッラ Brisighella
 フィレンツェから東に電車で2時間の小さな街。Degustazione に行く。 Terra di Brisighella ではガソリンスタンドのように壁からワインが出て きている。ギャッチオーロという最高級のオリーブだけで作ったオイル。 通常はエキストラ・バージン・オイルが最高級なのだが、それよりも上。 年間生産され、出回る本数は少ない。年間数千本しか作られない。最高級 オイル「ノビル・ドルーパ」Nobil Drupa は1本19.5ユーロ。
 ブルスケッタは焼いたパンにオリーブオイルをかけただけ。生野菜サラ ダにもかけたら高級品。このオイルを持ち帰った。

●モデナ
 エミリオロマーニャ州の小さな街。ランブルスコというぶどうの産地。ラ ンブルスコから作られるワインもこの地方の特産品。ワインの生産量はイタ リア国内ではトップクラス。

(3)ワインのエステであるテルメ・デッラ・サルバローラ
 伝統的な温泉療法から、美容・フィットネスまで幅広いエステが受けられ る。近年では最新のフィットネスセンター設備が充実し、この地域で採れた ブドウやワインのエキスを使用したエステが受けられる。
 浴槽はぶどうの樽。ブドウの液体のエキスと、種を粉末にしたものを後で 入れることで美肌効果が高まる。これにネギやニンジンを入れるのでは?と 中島さんが言っていた。ワイン風呂エステ(ぶどうエキス入り水圧マッサー ジ)1名42ユーロ。次のマッサージはワインのエキスが入ったアロマオイ ルは美肌効果だけでなく、アロマによるリラクゼーション効果もある。ぶど うオイルの全身マッサージは1名78ユーロ。さらに顔はぶどうエキス入り クリームのパック(市販もされている)、殺菌効果があり美肌効果がある。 ぶどうエキス入りフェイシャルパックは1名40ユーロ。

●パルマ Parma
 芸術の都。サッカーの中田選手がいることでも有名。牧畜が盛んなパルマ 印の生ハムやチーズは世界的に有名。中田の行き着けだったレストラン「 ヴィラ・マリア・ルイジア」Villa Maria Luigia で、オペラ歌手の 中丸三千盾ウんと会う。パルマ産生ハムとサラミの盛り合わせ、アノリーニ のブイヨンスープ、豚のホホ肉シチュー(中田も大好きらしい)をいただい た。中丸さんのお勧めで行き先をヴィラ・デ・エステ(最新機器マッサージ エステ)に変更。

●コモ湖 Lago di Como
 ヨーロッパで最も深い湖。古くからの保養地で、湖畔には貴族・芸術家ら の高級な別荘が並ぶ。エレガントな雰囲気が漂う観光地として名高い。

(4)ヴィラ・デ・エステ Villa d' Este
 元は貴族の別荘だったのをホテルにしたもので、王侯貴族が受け継いでき た。室内の装飾も豪華絢爛。庭園の見事なモザイクもイタリアの文化財に指 定されている。客室も貴族が使っていたというので豪華。場所は Vil Ragina, 40-22012 Cernbbio- Lago di Como で、1泊スィート1055ユー ロ。
 ホテル内にあるエステ・ルームには最新エステの設備が整っている。 内容は他に類を見ない洗練されたもの。
 足の空気圧マッサージ(プレソセラピー)は、機械で空気の圧力をコント ロールし、全身の血流を促進し、リラクゼーション効果をもたらす。1名 55ユーロ。
 パワーピーリング&マッサージは、毛穴の老廃物を除去しながら、潤いを 与え、美肌効果をもたらす。1名135ユーロ。
 美川さんはここに7回くらい来たという。

 最後にお洒落をしてホテルのレストランで最後の晩餐。手長エビと野菜の バルサミコ風味。じゃがいものスープ。マグロのたたき・スパイス風味。

 以上3泊4日の旅は終了。かかった費用は全部で一人あたり1730ユー ロ(22.5万円)でした。

●日本
 バリ島の(1)のリッツカールトンの海草トリートメントを日本で受けた いなら、リッツカールトン大阪の「プレース・オブ・ハーモニー」の海藻 トリートメント90分2.1万円をどうぞ。バリ島と全く同じ成分での海藻 トリートメントを受けることができます。体質改善コースという名前です。
 バリ島の(3)のフォーシーズンズのフラワーバス。これを日本で体験し たいのなら、神戸のアレックス・ヌサドゥア・スパ(中央区山手通6−1− 16)で体験できる。インドネシアン・クリームバス90分9000円、 フットマッサージまで全身リフレッシュできる。インドネシアン・クリーム の頭皮マッサージは一度体験する価値があるそうです。
 バリ島の(4)のスーザン女史の直伝のハンドヒーリングを受けることが できるお店が渋谷にある。The Sleeping Lady ASIAN SPA で、渋谷区渋谷 1−1−6 エフエム青山2階。バリニーズボディは90分1.3万円。フ ォーハンドはやってないが、スーザン女史直伝のハンドヒーリングにより、 究極のマッサージが受けられる。


●判定
 バリ島に手があがりました。


テレビ番組「超美味、100年食パワー、博多からイタリアへ!スローフード旅」

 2003年9月13日放送。食べ物にはみなの思いがある。100年先を 見つめる旅。日本にスローフードを紹介した作家の島村菜津さんが、発祥の 地イタリアから旅を始めた。さらに乳酸菌研究の権威・九州大学の園元謙ニ 教授がスローフードの源を解説した。テレビ西日本制作。

●100年食レストラン
 石塚英彦、佐藤藍子さんが食べる。司会は立川志の輔。100年食とは、 100年以上の伝統に裏付けされた製法で作る料理を出すということ。
 今回のメニューは、「元祖チーズぱりぱり揚げ」、「長い眠りからさめた 豚熊チーズ」、「情熱のビーフステーキ半熟卵添え」、「小笠原風お行儀の よい野菜たち」。各々について、世界各地からの情報を集める。

●中国・雲南省
 乳製品のルーツがここにある。少数民族ヘイ族?の2軒しかつくっていな い。まずパパイヤをつぶし、乳酸発酵させたものを温め、牛乳を入れ、ゆっ くりと柄杓で混ぜていく。1分でミルクの固まりがつきたてのお餅のように なる。手でのばし、竹の箸にまきつけて伸ばして、竹に巻きつける。天日で 2時間干して完成。これが乳扇といい、さらりと揚げて食べる。メソポタミ アから中国に伝わり、飛鳥時代に日本に伝来した。乳扇は日本の「酪」「酥 (そ)」「醍醐」と似ている。各々は発酵の程度を示し、醍醐は相当発酵し たもの。ここから醍醐味という言葉が出てきている。

●イタリア・北西部の町ブラ
 スローフード発祥の地。生産者を守るなどの活動を行なっている。ここに はスローフード協会国際本部がある。シンボルマークはかたつむり。現在世 界に6万人の会員がいる。協会の隣には指定のレストラン Boccondivinoが ある。世界中から人が訪問してくる。協会ではなくなってしまいそうな食物 をリストアップした地図を作成している。まだここに掲載されていない絶滅 寸前のチーズ Tombea がある。オーストリア国境の標高1800mのTombea 山の麓の標高1000mの小さな村マガーサ、人口169人。今この村でチ ーズを作っているのは6軒だけ。フィオラヴァンティ・ゴッタルディさん宅 を訪問した。隣村の1軒をあわせても、世界で7軒しか作っていない。
 まず、モミの木のフィルターでこして、1晩置き、脂肪分を取り除く。こ れは絞りたてのミルクと混ぜる。最高でも25度までしか加熱しない。これ で牛乳の味わいがかもし出される。40分置いて、よくかき混ぜる。赤ちゃ んのように取り上げる。彼は最近の飼料を使って作った牛乳で50度まで加 熱して作るのと、このトンベアチーズとは全然違うという。温めすぎるとう まみが減るという。あとは2日毎にオリーブオイルを塗って熟成させる。
 マガーサにはトンベアチーズを出すレストラン Localita 'Cima Rest が ある。7年物、12年物もある。島村さんは作る側の努力に対して、食べる 側の心の問題があると指摘していた。現在の基準に合わないので、流通はし ていない。12年物でも牛乳の風味が残っているという!
 ただ単に豚熊というのはトンベアということだったらしい(笑)

●イタリア・モデナ
 バルサミコは酢としてだけではなく、胃腸を整えたり、喉の痛みを抑える 薬としても重宝されていた。バルサミコ協会では見た目、味を厳しくチェッ クしている。
 マルピーギ社は伝統的な製法を守っている。まずブドウを煮詰め、2年間 寝かせ、毎年樽を移し変えていきながら、12年間熟成させる。100kg のブドウから1kg、ボトル7本分しかできない。1761年製の母なる樽 と呼ばれる樽には240年前のバルサミコが眠っていて、味わうことも許さ れない。樽を守るために、その上から新しい樽をかぶせて使用している。樽 の蓋代わりの石は長年の酢酸発酵のために穴があいている。
 今回はビーフステーキに50年もののバルサミコ酢をかけて食べる。現地 で200ml程度で2万円のもの。

●日本・福岡
 乳酸菌研究の権威・九州大学の園元謙ニ教授がトンデアチーズを分析した ところ、ミルクはスターター(種菌)を加えた後の物から面白い乳酸菌が発 見された。この乳酸菌は、日本の伝統的な食べ物から分離した菌と同じ菌だ った。さらにその菌が腐敗菌を殺す成分バクテリオシンを生産していること もわかった。それが保存力を高め、熟成を促し、うまみの成分となることも わかった。
 園元教授が研究してきた菌はチヅカ菌と命名された。福岡市の千束(ちづ か)というお店の名前から取られた。ここは「ぬか床」を使っていた。この ぬか床の菌は同じものだった。この店はぬか床の診断も行なっている。
 北九州市小倉城の隣の八坂神社に380年のぬか床がある。城主小笠原藩 の初代藩主小笠原忠真がぬか床を好み、広がった。380年このぬか床を混 ぜ続けてきたという。一般家庭でもぬか床を守っている。内尾さん宅でも裏 庭には欠かせない山椒が実っている。必要なのは、米糠、唐辛子、塩、山椒 。さらに各家庭でこだわりがあり、内尾さん宅ではこんぶ汁を加える。奥野 さん、綿貫さんでもぬか床を守っていた。小笠原藩主の菩提寺の広寿山福聚 寺ではビールを混ぜて鉄のクギを入れる。クギでナスの色とかが保たれると 言う。


テレビ番組「永遠美術館、とよた真帆がめぐるイタリア「最後の晩餐」紀行」

 2003年7月20日放送。今から500年前レオナルド・ダ・ヴィンチ が「最後の晩餐」を描いた。とよた真帆さんがその修復の過程を追跡した。 とよた真帆さんは画家としても活躍する。石を使った造形的な絵画作品で注 目されている。テレビ東京製作。

●大塚国際美術館
http://www.o-museum.or.jp/
 鳴門市に大塚国際美術館がある。今から5年前に設立された世界初の陶板 名画美術館。1000点を越える名画が原寸大で再現され、ルネサンス時代 のものも多い。
 システィーナ礼拝堂天井画および壁画(ミケランジェロ)はすごい!壁画 は縦14m横13mを上回る。再び現われたキリストの前で天国か地獄か、 神の裁きを受ける人々が描かれている。天井画は奥行き33m幅7m。ミケ ランジェロは2枚の絵で、旧約聖書の人類誕生からキリスト教の終末世界ま でを描いている。これがこの美術館の最大の特徴、環境展示?といわれる方 法である。
 聖ニコラオス・オルファノス聖堂壁画。ギリシャの中心都市テサロニキに 残る聖堂。14世紀のビザンチンの絵画様式を伝える壁画を建築様式と共に 再現している。「秘儀の間」はポンペイの遺跡から発掘されたもので、紀元 前70−50年頃のもので、当時の神秘的な信仰を描いたもので、「ポンペ イの赤」と呼ばれる赤い色でも知られる。ストゥディオーロは15世紀後半 イタリアの都市ウルビーノを支配したフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ の書斎。古今の名士達の肖像画が寄木細工で飾られている。「ゴヤの家・ 黒い絵」はナポレオン戦争後の19世紀初頭、スペインの画家ゴヤは家の壁 画に激しいタッチで14点の壁画を描き残した。その印象から「黒い絵」と 呼ばれる。「聖マルタン聖堂壁画」は150年前にフランスの小さな村の穀 物小屋から発見された。幅6m奥行き16mで12世紀前半のロマネスク様 式がうかがえた。「スクロヴェーニ礼拝堂壁画」はイタリア・パドヴァにあ り、14世紀にジョットが描いた傑作。ジョットの青が見事である。曲げた 陶板に絵を焼き付けた。単なる複製ではなく、原寸大に再現してある。セラ ミック製の陶板なので永遠にあせないらしい。額縁も再現されたことが驚き である。
 これは大塚オーミ陶業株式会社で陶板を作った。鳴門の白い砂からタイル を焼くために作られた会社で、石油ショックのために売上が減ったので、美 術陶板をやるようになった。実績が認められて、この美術館をつくることに なった。しかし権利交渉がたいへんだったらしい。試作品を持ち込んで、了 解してもらったという。
 「モナリザ」は1503〜1504年にかけて描かれた油絵で、ダ・ヴィ ンチが大事にしていたという。オリジナルの額縁は盗まれたので、当時の様 子を見るのはここだけである。
 エル・グレコが1600年頃に製作した大祭壇衝立は、ナポレオン戦争で 破壊された幻の作品も見られる。
 近代では330点を展示している。モネの大睡蓮は屋外の水辺に再現され た。現代では100点を展示している。ゲルニカもある。全てを見ると4k m歩くことになる。ボランティアの人が説明をしてくれる。手で触っていい というのも人気だとか。

 「最後の晩餐」が向かいあわせに2枚ある。修復前と後である。1943 年修道院が戦争で破壊された。絵は奇跡的に生き残ったが、廃墟の中で風雨 にさらされた。1977年、ピニン・ブランビッラ女史が依頼されて20年 以上かけて、1999年修復が完成した。5周年記念としてこの2枚を比較 展示することにした。そのために、製作するために非常に多くの写真を撮っ て、陶板に焼き付け、その後デタッチという色づけを細かく行なった。
 4月25日の除幕式にはピニン・ブランビッラさんもかけつけた。

 とよたさんは各自の手をずらっと見ると波うっているのがわかり、音楽を 感じるという。修復後にダ・ビンチの言いたかったことがわかってきた。
 千葉大学名誉教授の若桑みどりさんは、傑作だと思っていた「最後の晩餐 」がこれほど原作から違っていた、荒廃していたというのがハッキリした。 18−19世紀に行なわれた、心無い描き直しがよくなかったようだ。

●フィレンツェ
 ダ・ビンチが数多くの作品を残した街は、修復の都とも呼ばれている。 13−15世紀にかけて経済、政治、文化の中心地となった。ここでイタリ アルネッサンスが生まれた。とよたさんはフィレンツェが好きで毎年のよう に訪れているという。アルノー川は映画「眺めのいい部屋」でも有名で、ど こも絵になる街。
 レストラン Cibreo「チブレオ」はルネサンス期の料理チブレオが食べら れる。鶏のもつ、レバー、腎臓に、細切れのはご?なんかでできている。た だ腎臓は見た目そのまま入ってます(笑)それにクリームソース?みたいな のがかかっているが、熱いうちに食べないとダメだという。ファーヴィオ・ フィッキさんによると、当時の料理は2種類。貴族の料理は中世からのもの であまり面白くない。庶民の料理は料理人によってよく研究された。肉は内 臓で、炒めてからハーブを入れ、ワイン、レモン、卵を入れて出来上がり。
 ウフィッツィ美術館は64の美術館の中でも一番有名。ウフィッツィはイ タリア語でオフィスの意味。16世紀の半ばに天才建築家バザーリによって 建築され、長い間行政事務所として使われていた。若い頃のダビンチの「 受胎告知」の天使や聖母の表情と構図などに才能が見てとれる。ミケランジ ェロ「聖家族」、ボッチチェリ「ヴィーナスの誕生」(裸の女性が描かれた のは古代ローマ以来のことだった)、ラファエロ「ヒワの聖母」。
 1966年11月に大洪水が襲い何万点という芸術作品が被害を受けた。 世界中からいろいろな技術提供を受けた。9年後にイタリア政府はフィレン ツェ国立芸術修復学院を設立した。最初は工房だったが、今は150名の専 門家がいる。修復過程を見せてもらったが、すごく細かい作業です。日本人 の中原恭子、柳下真理さんもいた。入学試験は非常に難しいそうです。
 ゼッキ社にはルネサンス時代の色彩見本表にしたがって作られている、 テンペラがある。顔料に卵とアラビアゴムを混ぜて作っていく。ダ・ビンチ は普通は壁画には使わないテンペラを、「最後の晩餐」で使ってみた。

●ミラノ
 古代ローマ時代の都市として始まり、4世紀にはキリスト教信仰の中心都 市として、14世紀にはヴィスコンティ家のもとに北イタリアを支配した。 ゴシック建築の大傑作ミラノ大聖堂の建築が始まったのもその頃。ルネサン ス時代は繊維産業と軍需産業で発展した。15世紀の後半、街の実権を握っ ていたのは、ルドヴィコ・スフォルツァで、ミラノをフィレンツェ以上の華 麗な都にしたいと考え、芸術家を招いた。1482年ダ・ヴィンチも招かれ た。レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館には彼の業績が残さ れている。30歳から47歳までをミラノで過ごした。芸術家、建築家、音 楽家、科学技術者として活躍した。彼の絵画におけるリアリズムはこういう 科学への探求から生まれた。
 1495年、43歳でスフォルツァ家の菩提所として作られてサンタ・ マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁にたった一人で向かった。 しっくいが乾くまでに描ききるフレスコ技法では、自分の思う最後の晩餐を 描ききることはできないと考えて、繰り返し色を重ねあわせることができる テンペラを使うことにした。当時、漆喰の上にテンペラを重ねると色がはが れ落ちると言われていた。「汝らの一人、我を売らん」と言った瞬間の絵を 描いた。1498年頃までかかった。

 1977年、ピニン・ブランビッラ女史に依頼された。彼女は1966年 からいろいろな修復を手がけていた。mm単位での修復を行なった。オリジ ナルの上に重なっていたものをひとかけら、ひとかけら取り除いていった。 問題は湿気だったという。冷たい食堂の壁に湿気がついて、吸湿性の良い下 地が浮き上がり、絵がはがれ落ちたという。そのためにそれ以前に2回の大 規模な修復がなされた。それが問題だった。絵の色や雰囲気を変えてしまっ ていた。1回目は大ざっぱな修復士だったのがより問題だった。2回目は慎 重な人だったが、加筆をしすぎた。神父はそれに驚き、夜中に足場を外して しまったという。そのために修復は完成しなかった。人物が完全に変わって しまっていた。


テレビ番組「道浪漫」2003年8月31日は三田村邦彦・国生さゆりさんでイタリア・サルデーニャ島

 サルデーニャ島は「最後のイタリア」と呼ばれている。

●エメラルド海岸
 世界中の大富豪が集まるというリゾート。その中でもとびっきりのホテル ・ガラ・ディ・ヴォルペ。1泊3食付き(1室2名)1010ユーロ〜。さ りげない部屋でくつろげる感じ。お客さんの多くはクルーザーでやってくる という。窓を開ければ眼前に広がるのは地中海。
http://www.caladivolpe.it/

●カブラス
 島の西にある小さな港町。ボラの漁場にはカラスミを作っているところが ある。古代ローマ時代から作られているという。海からカメラ・ディ・モル ト(死の部屋)に迷いこんできたボラを捕まえるらしい。漁師のサルド・ ピエトリーノさんが掃除をしていた。ボラを見たいか?と聞くので、手で掴 んで見せてくれた。2週間に1度の割合で漁をするらしい。その卵は、加工 場のフラテッリ・マンカ社で取り出され、塩漬けにされる。50日以上乾燥 させたら黒くなっているが、これはパスタに使うらしい。昔から精力剤とし て使われてきたらしい。1個?約2000円です。サルデーニャ産は世界中 で最高品質と言われているらしい。
 サルドさんは「イワシちゃん」と呼ばれている。150kgの巨体なのに 小さい車に乗っています。だからドアが閉まらない(笑)靴は履いてません (笑)野菜もブドウもトマトも庭で作っている。三田村さんは伊勢エビを使 ったパスタを作り、漁師さんはカラスミを使ったパスタを作った。これを、 みんなで屋外でいただいた。

●ドラマッサ
 物産市サルデニアンディ。特産品を扱い、実演も見られる。
http://www.sardinianday.it/

●カリアリ
 州都で、島の南にある。入口のエレファンテの塔は12世紀に建てられた もので、垂直なので、昔は侵入防止になっていただろう。頂上ではカリアリ の旧市街が一望。
 D.H.ロレンスはかつてここを旅した時に、「世界の果てに出現する カリアリ。ヨーロッパとアフリカの間で迷子となって、時と歴史に取り残さ れた土地サルデーニャ」(海とサルデーニャ)と書いている。

●内陸部
 本当の面白さは内陸部にあるという。11年に1度、皮を半分剥くのがコ ルクの原木コルク樫。工場に行ってみたが、平原に皮が並べてあるだけ。皮 は2年間寝かせる。熱湯で煮て柔らかくしてから加工する。世界一の品質を 誇るサルデーニャのコルクです。

●サント・ルッスルジュ
 カプラスの近く。B&B「アンティカ・ディモラ・デル・グルッチョーネ 」は17世紀の館を改造したもので、昨年オープンした。1泊朝食付き1名 で38ユーロ。ここでは女性だけが作るというカジゾール・チーズがある。 赤牛のフレッシュミルクを使い、面白い形に成型し、塩水の中で回転させて から日なたと日陰で干す。そして吊るして熟成させる。5ヶ月を過ぎると、 クルミの風味がしてくるとか。

●タロス遺跡
 島の西にある。フェニキアや古代ローマの文化が交錯した場所。その多く は海底に眠っている。家ごと内陸に移動したらしい。紀元前の町のメインス トリート跡も残っている。

http://mbs.jp/tv/michi/347


テレビ番組「伊東四朗・貴明の南イタリア爆笑珍道中」

 2003年7月19日放送。伊東四朗・貴明親子の旅。平成13年はオー ストラリア、平成14年はニュージーランド、今回は南イタリア。JALで 飛んでJALエクスプレスで走った。テレビ朝日製作。

●ローマ
 レオナルド・ダ・ビンチ空港に到着。市内まで車で40分。橋をくぐると 右手に紀元217年に造られた、当時世界最大の浴場カラカラ浴場がライト アップされていた。さらに紀元80にできた円形競技場で約5万人を収容で き、戦闘士による凄まじい戦いが行なわれたコロッセオもライトアップされ ていた。バチカン市国サン・ピエトロ寺院はカトリックの総本山。
 全ての道はローマに通づ。2500年の歴史の都のローマ。ヴェネト通り を早朝に歩き、トレビの泉に行く。コインを投げると願い事が叶うという。 早朝は掃除をしていて入れない。コインを回収している。右手で左肩越しに 投げる。一度だとローマに帰れる。二度だと結婚でき、三度だと離婚できる という。
 スペイン広場はローマの休日でアイスクリームを食べた場所として世界的 に有名になった。階段では食べ物は禁止。
 「真実の口」もローマの休日で登場した。教会の中にあるとは思わなかっ たらしい。グレゴリー・ペックの真似もしてみた。
 コロッセオはグラディエーターの舞台となりアカデミー賞を受賞した。甲 冑を着た人がいる。「写真撮ろう!」って日本語で言っていた(笑)「いち たすいちは〜」とも言う。あぁいう服を着るにはアッピア街道に行けと言わ れた。でアッピア街道沿いにひっそりたたずむほったて小屋「グラディエー ター保存会」Scvola Gladiatori Roma という見つけにくい看板の店に行っ てみた。赤いふんどし姿?の男性が迎えてくれた。150人の会員がじばら で参加する研究会。8kgの甲冑を着せてもらった。そして刀で切りつける のを受け止める型の練習をした。
 映画「終着駅」の舞台になったローマのテルミニ駅。ナポリ行きの電車が 1時間遅れているという。仕方なくレンタカーにするが、夕方の渋滞に出会 った。

●ナポリ
 結局夜8時過ぎに到着。
 宿泊はサンタルチア港の近くのホテル・ミラマーレ Miramare 。領事館と して使われたこともある4つ星ホテルで、ベスビオ火山も目の前に見える。 翌朝1281mの火山とサンタルチアの絶景が見えた。漁業も盛んで、市場 に行ってみると魚が多い。アンコウ、カニ、タコ、貝。
 海沿いのレストラン「トランサトランティコ」で朝食。ナポリタンはない という。アサリのボンゴレがお勧めという。スパゲッティ・ボンゴレ9.5 ユーロ。おいしいらしい。貴明さんがナポリタンを作るという。タマネギ、 ハム、などを炒めて、スパゲッティを入れトマトケチャップを入れた。ソー スが少なかったという。イタリア人が同じようにやってみた。普通はトマト ケチャップもタバスコも使わないそうです。おいしいのでスパゲッティ・タ カという名前になりました(笑)
 街を歩くといたるところに洗濯物が干されている。買物もカゴを経由して 行なう。3階からカゴを降ろしている。
 サンタルチア海岸に来たので、サンタルチアを歌うという。四朗さんは、 ちゃんとイタリア語でサンタルチアを歌いました。近くにいたおじさんたち も一緒に歌ってくれました。
 ボートに乗り込んでカプリ島に向かった。1時間。

●カプリ島
 ローマ皇帝からも愛され、ナポリ観光には欠かせない島。青の洞窟にみん な行く。小さい洞窟から入る。ニュージーランドでホタル狩で洞窟ではひど い目にあった伊東さんは、表情が厳しくなった。3人乗りのボートに乗り換 えて、洞窟に向かう。中に入って、後ろを見ると、青く輝く海。
 岩の間から差し込む太陽が海底の白い砂に反射して青色を作りだす。ミル クを流したような青色。伊東さんは感動して「帰れソレントへ」を歌った。 そのまま船でナポリに帰りました。

●ナポリ
 「マリネッラ」はネクタイの有名な名店でみんな集まっている。1本70 ユーロ。
 「カンタナポリ」でピザを食べる。ここは特に安くておいしいと評判。看 板メニューのピザ・マルゲリータは3.1ユーロ。バジリコが香ばしい。も う一つの人気メニューはムール貝、タコ、イカ、アサリなどを使った、ピザ ペスカトーレ7.8ユーロ。
 ベスビオ火山に行く。ふもとのエルコラーノまで車で30分。登山電車 フニクラーレに乗ろうとしたが、駅はもうないという。昔はピリアーノ広場 に駅があってジュノベーザまで行っていた、そこで乗り換えてヴェスヴィオ まで行っていたという。街の写真屋さんのところで、昔の写真を見せてもら った。1880年に開通し、コマーシャルソングとして流行したのが、フニ クリフニクラ。1944年の噴火で破壊された。昔の電車道を見せてもらっ た。1000m地点から歩くと1時間で山頂に到着する。火口には白煙が立 ち上っている。

●ポンペイ
 2000年前にベスビオ火山の爆発により埋もれた街。世界遺産。これほ ど大規模とは思わなかったという。残り20%はまだ地面の下に埋まってい るという。フォーロ広場のまわりには市場などがあったという。道には馬車 のわだちが残っている。2000年前の鉛の水道管もある。パン屋さん(ビ ストリヌム)もある。発掘された時に釜の中から黒コゲのパンが出てきたと 言う。娼婦の館(ルパナーレ)の入口には男性のシンボルのマークがある。 ポンペイ市内に25箇所確認されている。動物や人の噴火の際の姿が化石? になっているので、石膏を流して型を取っている。5000人収容の大劇場 の跡がある。

●チェターラ
 ポンペイよりもさらに南。車で30分。港町。リストランテ「サン・ピエ トロ」で魚醤パスタを食べる。魚醤(ガールム)は味がひきたつという。原 料は地中海のイワシ。数ヶ月から1年かけて発酵させペースト状にして、最 後に布に入れてこす。Spaghetti alla colatura 8ユーロ。一度食べたら、 やみつきになるという。日本人に合うという。ガールムは専門店で買うこと もできる。250mlが11.5ユーロ、100mlが5ユーロでした。

●ソレント
 さらに半島の先に行く。人気リゾートで、花と緑に覆われている。郊外の チーズ工房でトレッチャというモッツァレラチーズに似ているチーズ造りに 挑戦した。お餅みたいな感じで作っていく。貴明さんがチーズ好きな父親の ためにチーズを造った。おいしいらしい。

●マリーナ・デル・カントーネ
 さらに南の村。海の幸も豊富。冬でも海水浴のできる暖かい村。テルミニ のチーズ屋さんに紹介してもらったカルバトーレ・ヴィナッチャさん宅に行 く。漁師さんで朝取った魚を使った漁師料理トルティエラを作ってくれた。 小さなマグロを輪切りにしてフライパンにのせ、にんいくをまぶし、小さな 魚はお鍋の横にのせて、ナイフで唐辛子とミントを刻む。塩を少々入れて、 オリーブオイルとお酢と水をたっぷりいれ、ふたをして10分煮る。これが 村に伝わる幻の漁師料理トルティエラ・ペペロンチーノ。おいしいらしい。 マンマを歌うと、家族の人も歌ってくれました。

 最後に日本語で「夏の終わりのハーモニー」の替え歌を歌った。


テレビ番組「NY&ミラノウエストサイド紀行・ショップ+レストランすべて見せます」

 2003年7月21日放送。高樹沙耶、パンツェッタ・ジローラモさんが 案内。テレビ朝日製作。

●ミラノ
 イタリアではオペラや芝居はミラノから始まるらしい。ドゥオモ広場にあ る世界三大劇場の一つ、スカラ座は修理中だった。2004年に完成予定。 今は郊外のアルチンポルディ劇場で上演されている。300年以上の歴史の スカラ座を変えようという作品が今、上演されようとしている。
 1961年度アカデミー賞10部門を独占したウェストサイド物語は、レ ナード・バーンスタインの音楽でも有名だが、最初はブロードウェイの舞台 で上演された。これの舞台での新作は演出家ジョーイ・マクニーリーによっ て進められている。彼に映画と舞台との違いを聞いたとkろ、今回のは19 50年代のNYの舞台のものとも違って、映画の1957年のものとも違っ ていて、現代に通用するように変えてあるということである。
 この舞台が8月22〜27日に大阪フェスティバル・ホールにやってきま す。特別予約受付番号は06−6776−1660。
 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世・ガレリアでは、交差点のところの下の 舗道の絵の牛の大切なところを靴で踏むと運がよくなるという。

●ヴェローナ
 ジュリエッタの家がある。ロミオとジュリエットはヴェローナが舞台だっ た。二人は実在の人物ではないけれど、Casa di Giulietta には世界中のフ ァンが来たり、ラブレターが来る。落書きも多い。中庭にはジュリエッタ像 があるが、右の乳房は金色に輝いています(笑)みんな触っているためで、 触ると願いが叶うという。
 ジローラモさんの奥さんパンツェッタ・貴久子さんは、ヴェローナ市ジュ リエッタ賞を受賞している。料理研究家としてこの街に貢献したから贈られ たらしい。
 オペラでも有名な街で、ローマ時代のヴェローナ円形劇場がある。200 0年前に完成したもので2万人を収容できる。アイーダの舞台装置が無造作 に置いてあるが、夏には毎日のように野外オペラが行なわれる。カルメンは 夏に行なわれるとか。
 友達とジローラモさんは、ベローナでワイン店「エノテカ・セグレッタ」 Enoteca Segreta (秘密のワインバーという意味?)を経営している。ヴェ ローナはイタリア最大のワイン見本市が開かれている、有名なワイン産地で もある。ワインだけだと少し酸っぱいので、チーズと共に食べたいという。
 近郊のワイナリーを訪問した。ヴィラ・セレーゴ・アリギエーリはアリギ エーリ伯爵家が経営するワイナリーで、ジロラーモさんは推薦してます。普 通はワインの樽はオーク材だが、ここでは桜の木を使っている。そのために 独特の香りがある。アリギエーリ伯爵家がここ(Valpolicella ?)に来て、 今年が650周年に当たるので、特別なワインを販売している。伯爵は神曲 を書いたダンテの子孫だった。ぶどうは3ヶ月スノコの上で寝かせているの で、干しブドウなどのような甘い香りとまろやかな味わいが特徴。

●ガルダ湖
 マリア・カラスなどが別荘を持ってから人気となって、夏の別荘がこの周 辺に集まっている。カーサ・ディ・パーピはジローラモさんの友人ロベルト ・ゴルドーニさんと奥さんのパーピ・パラルドさんが経営する、ちょっとユ ニークなレストラン。黄ピーマンのリゾットのレシピを少し見せてもらいま した。チーズとピーマンがあうそうです。他にはジェノペーゼのマカロニ、 ズッキーニの巻きパスタもいただきました。

●ニューヨーク
 イタリアに行く1ヶ月前に高樹さんはJALでNYを訪問していた。5番 街の西側がウェストサイドと呼ばれる。紀伊国屋書店に行った。店長のジョ ン・フラーさんも日本語は堪能。イラストレーターのReiko Aoki さんの「 ニューヨーク・スケッチ」(主婦の友社:昨年秋創刊)の本は好評らしい。 その中に紹介してあるのは次ような感じ。
 「リュネット・エ・ショコラ」は、メガネとチョコレートを扱うフランス 人の経営するセレクト・ショップで、チョコレートはNYで一番美味しさと 言う人もいる。アールグレイ、シャンパーニュ、シナモン(1個1.5ドル )などが人気。
 「バルツァザール」Balthazar は高級レストランとベーカリーが併設され ていて、自家製のパンがお勧め。NY中の有名レストランがパンを仕入れに 来るという。中でも一番人気はパン・ドゥ・セイグル$4。
 この本を気に入ったので、青木さんに実際に会ってみることにした。メト ロポリタン美術館のルーフガーデンからセントラル・パークが一望できる所 を紹介してくれた。ジョン・レノンのダコタ・ハウスも見える。そこのカフ ェも穴場で、NYのキャリアたちに人気。シャンパンをいただきました。夕 陽もきれいらしいです。
 仕事場を見せてもらった。今は雑誌や広告の仕事を手がけている。本は、 彼女のHPを見た雑誌社の人が創刊を勧めてくれたため。
 ウェストサイドで一番有名なお店は、映画You Got Mailでメグ・ライアン が待ち合わせをする喫茶店の Cafe Lalo。デザートも豊富で100種類以上 ある。ミックス・フルーツ・タルト$5.75、マンゴー・チーズケーキ$ 5.75。
 サックス・フィフス・アヴェニューやバーグドーフ・グッドマンなどのデ パートはオリジナルの商品なども豊富。ブルーミングデールに行ってみた。 日本では10月に公開予定の「恋は邪魔者」という映画で人気がでた Stila is down with love というお店は50年前の服装を扱っている。 ブルーミングデールでは年に2−3回、映画とタイアップして使われた物と 同じような物を商品として販売している。ワンピースで$200程度。次は ヘンリ・ベンデル Henri Bendel に行ってみた。トートバッグ$200など は可愛い感じでした。
 ブティック・ホテルと呼ばれているW・ニューヨーク・タイムズ・スクエ アのバーに向かった。ロビーは水の中にいるような感じ。バーは人気で、従 業員にはモデルや俳優志望の人が多いとか。

 Winter Garden Theater は1957年にウェストサイド・ストーリーを上 演された。演劇界に大きな波紋を広げた。再演されなかったのは、この作品 につながる重要な理由があったからでした。
 天才振付家ジェローム・ロビンスの愛弟子である演出家ジョーイ・マクニ ーリーは22歳でダンサーとしてブロードウェイの頂点に立った後に、振付 師として転職した。ロビンスの振付やバーンスタインの音楽は認められた人 しか、振付や指揮ができないが、彼は認められた人のリストに入っている。 振付や音楽を変更することに厳しい制約があるためだという。
 Music Theater International 社がライセンスを管理している。フレディ ・ガーション会長は次のように述べた。このショーは当初が脚本を書いたと おりに上演されないといけない。但し、ジェローム・ロビンスの振付を使わ ないという選択肢はある。しかし、ほとんどの人がオリジナルの振付を使う ことを選ぶ。なぜなら、この作品では音楽と振付が完全に一体化しているか らで、そのために音楽、セリフ、振付の全てが簡単には変更することが許さ れないからです。
 脚本アーサー・ロレンズ、作詞スティーブン・ソンドハイム、作曲レナー ド・バーンスタイン、振付ジェローム・ロビンスの4人の天才によってなさ れた奇跡の傑作である。

 チェルシー地区は新しく開発された地区。昔は倉庫街だったが、今はアー トとグルメの町に変身した。7年前に工場を改装して作られたチェルシー・ マーケットはレイコさんのお気に入りの地区で最高のグルメが集まる。青木 さんに案内してもらった。「マンハッタン・フルーツ・エクスチェンジ」は 野菜と果物の専門店。「ザ・ジュース・ファクトリー」は人気で、目の前で 好きなものをジュースにしてくれる。「ファット・ウィッチ・ベーカリー」 はチョコレートケーキの一種ビラウニーの専門店。日持ちがする。「エイミ ーズ・ブレッド」はパンの種類が豊富。お客さんの目の前であげてくれる。 一番人気は Semolina Raisin Fennel Mini $2.25。「ザ・ロブスター ・プレース」は生の魚介類を扱っている。調理したものも売っています。 「Chelsea Wine Vault 」はワイン・アドバイザーがいて、最高のワインを 選んでくれます。地元の人が訪れる店。

 チェルシー地区はアートの町でもある。古い倉庫を改装したギャラリーが 多い。高樹さんは写真も興味がある。I-20 ギャラリーなどを訪問した。
 トライベッカ地区はロバート・デ・ニーロがオフィスを構えたことから、 この辺りがニューヨークの映画製作の中心地となった。映画「ディナーラッ シュ」のオープニングにも登場するレストラン・モンラッシェ Montrachet はトライベッカの高級レストランの象徴的な存在。モンラッシェとは世界で 最も高級なフランスワインの名前。デイナーは150ドル程度だが、ランチ だと20ドル程度で「エビとグリーンピースとコーンのリゾット」、「冷製 サーモンのビーンサラダ添え」、「ヨーグルト・パンナコッタ」が食べられ る。ここのオーナーはNYで16店の高級レストランを経営している名物男 ドリュー・ニーポレントさん。彼は9.11のテロの後に、救助活動をする 警察官や消防士たちに、WTC沖に船で無料で食事や休憩所を提供したので 、NYのヒーローとなった。誰もが助け合うことがNYのスピリットだと言 います。

 「ザ・プラザ」に宿泊。プレジデンシャル・スィート1801号室は1泊 15000ドル。ここに2ヶ月宿泊した人がいるとか。マイケル・ジャクソ ンも泊まったとか。寝室は3つ。プラザ・スパは宿泊者は無料で使える。
 ウェストサイド・ストーリーのマリア役を演じるソプラノ歌手チェン・ラ イスさんが訪ねてきてくれた。イスラエルを代表するソプラノ歌手で、リサ イタルやオペラで世界的に活躍中。2002年にはカーネギーホールに出演 し、高い評価を得た。「物語ではアメリカ人とプエルトリコ人が仲良くなる ことが問題だが、イスラエルも同じような問題がある。お互いを尊敬しあう ことが解決方法だと思う。」と語った。他にもエカテリーナ・ソロヴィエワ (ロシア)とモンセラード・マルティ(スペイン)がマリア役を演じます。

●ミラノ
 サドゥレルは注目されているレストラン。シェフのクラウディオ・サドゥ レルさんは素材の味をできるだけ活かして、無駄な調理をせず、従来の料理 にアイディアを加えて、新たなファンタジーを生み出すことを志している。 見た目が美しいだけでなく、胃にもたれず、健康にもよいという料理は世界 的な評価を受けている。今年6月には日本にも支店がオープンし、予約が取 れないくらい盛況だとか。トマトと手長エビのマリネ、ゼラチン固め35ユ ーロ。サーモンのアスピック30ユーロ。的鯛のフィレ、ピスタチオ・ソー ス添え33ユーロ。馬肉のタルタル33ユーロ。

 モンテ・ナポレオーネ通りにあるエトロ Etro は服や革製品が有名。若い デザイナーが手がけているので、どれも鮮やかで美しい色合い。見ているだ けで元気がでるという。イタリア人はオペラとかミュージカルとか見る時も お洒落をする。息子のデザインアーのキーン・エトロさんがいた。お芝居に 行く時のドレスアップを聞いたら、自分に合うものでリラックスできるもの を着るのが大事だという。ガチガチになると楽しめないとか。

 アルチンポルディ劇場でウェストサイド・ストーリーを見た。オペラの殿 堂スカラ座で初めて上演を許された、エンターテイメント作品でもある。バ ーンスタインはマリア・カラスとスカラ座で共演して以来、この作品をスカ ラ座で上演するのが夢だったという。音楽とダンスがここまでひとつになっ て、心に残るものはウェストサイド・ストーリー以上のものはないといわれ ている。


テレビ番組「10歳若返りツアー in イタリア」

 2003年3月15日頃放送。錦野旦54歳、いとうまいこ38歳、杉本 彩34歳が若返りの旅に出た。日本テレビの河村亮アナ、内科医のおおたわ 史絵さんが同行。今回のカリキュラムはおおたわ先生が作った。日本テレビ 製作。

●肌年齢
 まずは東邦大学漆畑修助教授の開発したSKInfo plus で、3人の肌を多角 的に測定し肌年齢を調べた。各自、81.68歳、46.81歳、44.98歳だった。こ れを10歳若返らせる。若さを保つ条件は、美肌、運動、睡眠、ストレスが ない、腸内環境、血液サラサラである。港区の高輪メディカルクリニックで 精密検査を実施した。いとうさんは血液がドロドロで、女性ホルモンが足り ない。錦野さんはストレスがかかりすぎ。杉本さんは腸内のビフィズス菌が 少なすぎ。

●ベネチア
 117の島と177の運河を400もの橋でつなぐ水の都。世界で一番美 しいと言われるサン・マルコ広場が中心で、サン・マルコ寺院は街のシンボ ル。壮大なスケール、おごそかな雰囲気。腸疾患による死亡率は、人口10 万人に対して0.2人(日本は0.8人)。ベネチアはイタリア1の健康都 市。
 市場に行く。魚介類が豊富。野菜市場も隣。トレヴィーゾは健康にいいと いう。食べ方はサラダ、グリル、リゾットにする。ピーマンも大きい。

 ヴィーノ・ヴィーノVino Vino で食事。Vino とはワイン。こういう気楽に 食べるところはオステリアという。欲しいものをデリのように指定してもら って、ワインと共に食べる。グリセリン入りのワインで、ワインの製造過程 でアルコールと一緒にグリセリンができる。ヴァルポリチェッラValpolicella というワインには多く含まれている。グリセリンは浣腸液でもある。まずは イワシのマリネ El saor、EPAと硫化アリルが血液さらさらに効果。イカ の卵巣 Latte di seppie ムコ多糖(肌のみずみずしさとはりを保つ)。 干しタラのペースト Baccala maniecato パンにつけて食べるが、ビタミンD が豊富で、カルシウムの吸収に必要で、ストレスに効果。ヴェネチア風レバ ー炒め Fegato alla Venetiana には、鉄分、ビタミンA、セパエンがあり、 血液さらさらになる。いとうさんはレバーが食べられないが、これは逆にお いしく感じるという。トレヴィーゾのグリル Radicchio alla griglia には イヌリンがあり、肥満や便秘を予防し、ビフィズス菌を強力にする。日本の チコリも同じような効果があるとか。

 ゴンドラを漕ぐと運動になる。昔は物資を運んでいた。1315年から続 くレガッタ・ストーリカは、伝統的なゴンドラ・レースで毎年9月に行なわ れる大イベントである。4種類ある。今回お世話になるジョルジョさんは若 い頃2回優勝して「サンマルコの騎士」と称されている。かいを押したり引 いたりすることで大胸筋、広背筋などが鍛えられる。歌いながらやると有酸 素運動となり、好ましい。30分行なった。

 便について。とぐろ状とバナナ状がよくて、水分を取りすぎると泥状、水 状になり、不足するとコロコロ状になり、腸内環境がよくない。色は赤色に 近いのはよくないらしい。正常なのは薄い茶色からやや濃い目の茶色。黒い のは十二指腸潰瘍などの恐れがある。

 リコッタ・チーズを食べる。賞味期限は3日間。しぼりたての牛乳を直接 使うので、低温殺菌する必要がないため。牛乳を47度まで暖めて、牛の胃 袋から抽出した酵素を入れて固め待つこと20分。職人の腕で取り出し、空 気に触れ、さらに岩塩を加えて、細かく砕き、専用の型に流して固める。チ ーズ嫌いの錦野さんも大きいのを買って帰ったくらい、ヨーグルトの味に近 くておいしいらしい。10人分で10.5ユーロ。

 ヴェーチョ・フリットリン Vecio Flitrin という革命的なレストラン。 17世紀の古い木材をインテリアに取り入れている。ベネチアでも珍しい手 打ちパスタの店。色や形の違う12種類のパスタを扱う。体の内側からきれ いにしてくれる3種類のパスタを用意してくれた。手長エビとトマトソース のバヴェッテ Bavette con scampi alla Busara のエビのアスタキサンチン とトマトのリコピンが体のサビを取り、ストレスと血液によい。車エビのソ ース・ほうれん草入りタリアテッレは、ほうれん草の鉄分とβカロテンが活 性酸素を取り除き、血液に効果。イカスミのタリオリーニ Tagliolini al nero di seppieでは、ムコ多糖ペプチドが整腸作用があり、便秘も防ぐ。 パスタに含まれる食物繊維が効果がある。食物繊維は100g当たり、お米 が0.8gで、パスタが2.7g。腸をキレイにして便秘を防ぎ、脂肪や糖 分の吸収を抑える。

●ブラーノ島
 ベネチアから船で40分の北東。ここには天然のうなぎがある。うなぎに はお肌を若返らせる効果が高い。自分で取って食べるという企画。ダニエレ ・ザーネさんに指導してもらった。脱皮したての柔らかいカニを使用して、 水深2mのところに仕掛けた。3本ずつ仕掛けて、錦野1本、いとう3本、 杉本1本だった。かなり大きかった。調理は、塩こしょうで炭火で焼く。乾 燥肌を防ぐビタミンA、皮膚細胞の成長を促すビタミンB2が多い。次は、 うなぎをぶつ切りにして、オリーブオイル、トマトとたまねぎを入れて濃縮 トマトを入れて、におい消しに月桂樹の葉っぱを入れて、水を少なめに加え て、じっくり30分煮込む。トマト煮込み。これだと日本の食べ方のように ビタミンが油と共に落ちないのでいい。食べる時はホットワインと。これは みかんの皮・砂糖・シナモンを鍋に入れてアルコールが飛ぶまで煮立てて作 る。お酒が飲めない人でも血液がさらさらになるポリフェノールが取れる。

●アーバノ
 ベネチアから車で40分。温泉郷。宿泊はホテル・プレジデント・テルメ で、5つ星。屋外の温泉プールもある。室内も。スポーツジムやエステジム や日焼けサロンもある。温泉流水マッサージは女性に大人気で、温泉水をジ ェット噴射し筋肉をほぐし内臓の働きを高め、血流をアップ。おなかに当て ると腸内を活性化する。
 温泉水エクササイズ。水温33度で行なうと、浮力で関節に負担をかけな いし、身体は温めつつも首筋は冷やすという頭寒足熱的効果もある。夜だっ たので、外気は5度で行ないました。イタリアでは温泉水エクササイズは保 険の適用になっている!血液を温めて有酸素運動が大事。
 ファンゴテラピー(泥エステ)。近くの湖で採ってきた泥に87度の原泉 を6ヶ月間かけ流して泥を熟成し、ミネラルを多く含んだ泥を使用。まずは メディカル・チェックをしてからカルテに従って行なう。泥を塗り、毛布? にくるまって、顔用の泥はきめ細かいものを使用し、余分な皮脂を取り、古 くなった角質を吸着、毛穴の汚れを取り除き、水分とミネラルを供給する。 終了後、温泉で20分入り、血行を促進し、マッサージの専門家による全身 マッサージなどを行なう。かなりお肌が若返った感じ。さらに温泉水吸入療 法で蒸気を吸い込む。蒸気が肌に潤いを与える。錦野さんは鼻の穴に管を入 れて、直接肺に蒸気を入れる。これだと異質物を外に出しやすくなる。

●ベネチア
 ホテル・モナコ&グランカナルは1700年代に建てられた劇場を改装し たもの。昨年ホテルとしてオープン。芸術的なこのホテルのレストランがこ のツアーのしめくくり。
 タコのカルパッチョ Carpaccio di polpo タウリンが肝臓の働きを助け、 善玉コレステロールを増やし、血液をさらさらに。シーフードのタリオリー ニは、貝類のタウリンと、パスタの食物繊維が効果的。あんこうのプチトマ トとオリーブオイルかけ。あんこうにはセレンがあり、超悪玉コレステロー ルを退治する効果がある。オリーブオイルのビタミンEはセレンを強力にす る。あんこうにはコラーゲンがあり、お肌によい。

●まとめ
 チコリを食べて腸をきれいにする
 普段使わない筋肉を意識する
 恥かしがらすに便チェック
 パスタは腸のそうじ役
 血液を温めて有酸素運動
 魚とオリーブオイルは名コンビ

●おおたわ式顔面筋肉トレーニング
 顔を思い切り右に向け、鼻を上に向け、下の歯を出してアゴを出す。その 時に首の横の筋肉が張る。次は正面を向いて、口を大きくあけて「あ」の形 にする。耳の前の筋肉が盛り上げるようにする。

●結果
 帰国して再検査。錦野81.68歳、いとう46.81歳、杉本44.98歳だったが、 61.49歳、26.63歳、30.30歳になった。錦野さんはゴルフしすぎで光老化じゃ ないかという。


テレビ番組「旅サラダ」2003年5月31日は池上季実子さんでモナコ,ニース,サンレモ

●モナコ
 ニースからヘリコプター(69ユーロ)でモナコ公国に入る。ここからリ ムジンをチャーター(4時間880ユーロ)してモナコを一周(30分)、 (運転手つき)「モナコ・アジア・ツアーズ」で観光。モナコ大公宮殿、モ ナコ大聖堂を通って、モンテカルロ地区のカジノ広場に行く。

 宿泊は、「オテル・ド・パリ」。ロビーも豪華です。1864年創業以来 VIPを迎えている伝統あるホテル。ソファーには像が休んでいます(笑) スィートの部屋「シャルル・ガルニエ」はピンクの色調で豪華。1泊237 5ユーロ(約32万円)。テラスに出てみると、ホテルの前の広場に並ぶ世 界の高級車が見える。ここのホテルに宿泊している人はバスローブ姿で中を 歩いてもよいらしい。ホテル内のLes Thermes Marins de Monte Carlo で タラソテラピー(海水や泥などの自然のもので行なうもの)を受ける。海水 のプール。潅水シャワー・マッサージ(25分125ユーロ)。死海の泥を 使った温かいパックで、泥を塗って毛布?にくるんで30分の海泥パックは 他3種類のケア付きで130ユーロ。
 ディナーは「ルイ・ケーンズ」Le Louis XV(三つ星レストラン)。ここ は史上最年少33歳でミシュランの三ツ星を得たアラン・デュカスの店。 ここで食事をするためにモナコを訪れる人も多い。その料理は「舌の上の オペラ」とも言われている。前菜は生野菜のカクテル、ニースのオリジナル ソース。ジェノバ湾の海老のソテー、アンチョビソース、80ユーロ。レモ ンのタルトとオレンジのシャーベット26ユーロ。ここのお店のお花、壁の 絵などもひとつひとつが素晴らしい。特別に地下のワインセラーを見せても らった。25万本のワインが眠っていて、全てコンピュータで管理されてい た。一番高価なのはシャトー・ペトリュス1961年。
 ルイ14世の像の馬の右前足を触るとカジノで勝てるという。

 グラン・カジノ Grand Casino はホテルモナコの左隣。豪華な建物は、パ リのオペラ座を設計したシャルル・ガルニエによる1878年頃の建築物。 豪華なインテリアを見るだけでも来た価値がある。天井のビーナスはタバコ を吸っている。チップは20万ユーロまである。ルーレット、ポーカーなど がある。

 F1は6月1日が決勝!訪問した4月終わり頃から盛り上がる。コースを 案内してくれた。運転手付きレンタカーは半日で550ユーロ。ヘアピンの ローズ・コーナーはホテルの名前を取っている。2車線はほとんどないので 予選でいい成績でないとなかなか抜けない。「F1公道レンタカー」、「 モナコ・アジア・ツアーズ」でどうぞ。

 「カフェ・ド・パリ」でお茶。エスプレッソは3.3ユーロ、名物のオレ ンジクリームのクレープは9ユーロ。住所:Place du Casino, Monte-Carlo

 買物。「ルイ・ヴィトン」のストコフスキーさんという指揮者がオーダー メイドで作らせた机?ストコフスキーは24500ユーロ。バッグは700 ユーロ、1500ユーロ。日本人のデザイナー村上たかしさんとの共同製作 品。350ユーロ、860ユーロ、690ユーロのバッグ。

 旧市街の王宮ご用達のチョコレートの店「ショトラトリー・ド・モナコ」 は1個1.05ユーロ。ヨーロッパでは子供の食べ物ではなく、パーティの 引き出物、プレゼントなどによく使われる。

 ディナーは最近、モナコの若者に人気のレストラン「ゼブラスクエア」。 Zebra Square は最新のコンベンション・センターの中にある。住所: 10 Ave,Princesse Grace, Monte-Carlo(TEL:+377-99-99-25-50)。 軽い食事やドリンクだけでも使える店。奥がレストラン。料理もパリの3つ 星レストランで修行したというシェフが腕をふるう。「グリル野菜のアント レ、温かいごま酢あわせ」(茄子など)13ユーロ、「スズキのグリル・ウ ィキョウ風味、リゾットのつけ合わせ」30ユーロ。デザートは「ゼブラ特 製チョコレートケーキ、木いちごソース」12ユーロ。

●ニース
 紺碧海岸コートダジュールと呼ばれる。海岸に沿って高級リゾートホテル が並ぶ。道路はダウン着ている人がいるが、海岸ではトップレスまでいる。 きれいな青色の海。海岸は砂利。
 旧市街のサレヤ広場では朝市が開かれている。麦わら帽子20ユーロ。い ろいろなお花がある。カブリオグリオ酒店 Caves Capriogrio では、ワイン の量り売りをしている。プロヴァンス地方のロゼワイン1リットル2.3ユ ーロ。
 シャガール美術館。入館料5.5ユーロ。旧約聖書をモチーフにした「 人類の創造」は圧巻。イサクのいけにえ。ステンドグラス「天地創造」は青 色ベースでとてもきれい。

●エズ
 エズ海岸駅 Eze sur mer で降りて、岩の上の町に向かう。異教徒からの 攻撃を防ぐために、岩の上に住んだ。海抜420m。鷲の巣村とも言う。 美しい路地の町で、ギャラリーも多い。ガルニエさんという画家のギャラリ ーに入る。
 ホテル「シャトー・ドゥ・ラ・シェーブル・ドール」で休憩。アイスティ 8ユーロ。テラスから見る空と海は絶景です!白と青のコントラストも!
http://www.chevredor.com

●サンレモ
 モンテカルロ駅から電車でイタリアに向かう。20分で到着。リビエラの にある。音楽祭でも、切り花でも有名。旧市街のサンレモ市場はズッキーニ の花、野菜、葉付きレモン、アーティチョークなどがある。
 青空市は毎週の土曜日の午前中に開催。市場の駐車場で開催される。とて も安いらしいが、靴とかは片方ずつバラバラ(笑)エスプレッソ・メーカー は25ユーロだった。
 レストラン「リストランテ・ラ・ランテールナ」で食事。海の幸のスパゲ ッティはアルミホイル?に包んででてきた。11ユーロ。エビ、ムール貝、 アサリ、など。
 丘の上にある「マドンナ・デ・ラ・コスタ教会」(海辺のマリア様)の中 の彫り物や絵も素晴らしい。かつて海で遭難した船員が、この教会を目印に して帰れたので、御礼に寄進したものがはじまりで、いろいろと寄進されて 今までに至っている。

●モナコ
 メトロポールショッピングセンターで買物。「コンテス・ド・バリー」は 高級な惣菜屋さん。一番有名なのはガチョウのフォアグラ Le foie gras d'oie entier で310g入りで61.3ユーロ。アヒルのフォアグラは 330g入りで32.8ユーロ。缶詰としては、鴨のコンフィ入りシチュー 二人分13.4ユーロが一番人気だとか。ウサギの赤ワイン煮2人分19. 7ユーロは池上さんが大好きとか。

 王室ご用達の宝石店「レポシ」Lepossi を訪問。サファイアのネックレス とブローチもある。20.8万ユーロ。70カラットのサファイアの指輪は 24.8万ユーロ。エメラルドのネックレスとイヤリングと指輪のセットは 63万ユーロ。

 フォンヴィエイユ地区のホテル「コロンバス・モナコ」に宿泊。モナコで 唯一のデザイナーズ・ホテル。オーナーはF1ドライバーのデビッド・クロ サード。903号室。機能性を感じさせるホテル。スィートで1泊400ユ ーロ。ヘリポートが見えるし、テラスの目の前には、グレース・ケリー王妃 が愛したバラ園。

 グレース王妃のバラ園 Roseraie Princesse Grace。国じゅうをバラでい っぱいにしたいという希望で作られた園。グレース王妃に捧げられたバラ Princesse de Monaco もきれいに咲いていた。大きなピンクでした。彼女の 銅像もあります。1982年に自動車事故で亡くなりました。
 グレース王妃劇場、グレース王妃通りなど彼女の名前は残されている。ケ リーバッグにも残りはしているが。今はモナコ大聖堂に眠っている。たくさ んの人からのお花が捧げられている。
 大公官殿の衛兵交代なども見所です。


テレビ番組「たかじん胸いっぱい、祝10周年SP、初めてのお遣い in イタリア」

 2003年3月29日放送。「たかじん胸いっぱい」祝10周年スペシャ ルで、10年目に突入したのを記念した番組。やしきたかじん、奈美悦子、 ガダルカナル・タカさんが出演。今回の主旨は「番組出演者からでる無理難題の指令に対する初め てのお遣いをたかじんさんがする」というもの。関西テレビ製作。

●フィレンツェ
 芸術の都、花の都。シンボルはドォーモ、サンタマリア・デルフィオーレ 大聖堂。140年かけて建築された。第一指令は細木数子さんで、高級ワイ ン「ビオンディ・サンティ社のブルネッロ・ディ・モンタルチーノ85年」 を買ってくること。Enoteca Boccadama を訪問。今回の通訳の寥沼佐和さん はソムリエでもあった。ここにもなかった。85年、88年、90年はおい しいらしい。あったら数十万円から百万円するかも?って言われた。 Enoteca Gusutavino はレストランだが、ワインも多い。ご主人いわく、世 界に100本しかない!というが、所有していた!850ユーロで売ってく れるというので、買った!ここで、キャンティ風ブタフィレ肉のサラダ、 イカ墨とウニのソースのパスタを買った。
 フィレンツェから車で1時間、丘の上のワイナリー Badia di morrona を 訪問。オーナーのガスリーニ・アルベルティさんは公爵で、名門。100年 前からここでワインを造る。ブドウ畑は70万ヘクタールで、15万本だけ を厳選して作っている。貴族のもてなしに続いて、ワインセラーを見学。樽 の中で13−14度湿度80%で熟成させ、ボトルで1年間寝かせて出荷す る。ここにはナンティアとヴィニャルタという高級ワインがある。たかじん さんはナンティアを30本購入。それ以外に50本買ったとか。

 以前関西TVにいた波江野陽子さんに、たかじんが日本からカバンの製作 を依頼していた。ピエロトゥッチ社 Pierotucci ファクトリーショップ「 ロイヤルハイネス」ブランド。オーダーメイドしたバッグは非常に気にいっ た。社長がプレゼントにしてくれた!

 第二指令は桂ざこばさんで足型送るから黒い靴を買ってきてくれという。 Calvaniとか、Mauro Volponi という店に行った。後者のお店ではオーダー メイドが可能で、250ユーロで作ってもらった。

 市場でお好み焼きの素材を購入。郊外のピザ・レストラン「オフィシーナ ・デル・ガスト」Officina del gusto (一番人気はピッツァ・カプリチョ ーザ)で、お好み焼きを作る。オーナーが気に入ってくれて、レシピをくれ たらメニューに加えると言ってくれた。
 前の日の夜に日本料理の「Sakura」という店に行ったけど、料理の味を微 妙に誤解しているようだと言っていた。お寿司はやめた方がいいらしい。

 第三指令はガダルカナル・タカさんで「イタリアの夜はコンパで盛り上が りたい」。バール Bar Colle Bereto の2階に集まってくれたのは、在住歴 7年の広川まきこさん、2年半の出佳奈子さん、8ヶ月の紺野あずまさん、 6ヶ月の小倉ひろこさん、5ヶ月の森奈緒子さん。イタリア人男性は言葉が ストレートで情熱的だけど、マザコンが多いらしい。パンツにまでアイロン をかけてくれるとか(笑)。街中でのキスはカルチャーの一部とか。

 トルナヴォーニ通りはフェラガモ、グッチの本店が並ぶファッション発信 地。Pancaldi & B という店に入る。大人の女性を対象としたシンプルで優雅 なのが特徴の洋服の店。英語が通じます。
 この店長のお勧めのトスカーナ料理店 Buca Lapi (120年前に建てら れた宮殿の地下にあるレストラン)ブーカ・ラピー。前菜はカナッペ「鳥レ バー&トマト」と生ハム&サラミ盛り合わせ、猪肉の幅広パスタ、うどんの ようなトスカーナ名物ペーチ?「仔牛肉とフェンネルソースのパスタ」、メ インはフィレンツェ風Tボーンステーキ。厚さ3cmはあり、レアに焼くの が特徴。

●ベネチア
 フィレンツェのサンタマリア・ノヴェッラ駅からベネチアに向かう。たか じんさんは電車が気に入ったらしい。3時間でサンタルチア駅に到着。静か な運河をゴンドラや船が行き交う風景は幻想的。みんな心を奪われた。
 第4の指令は、やしきさんの奥さんから「リフォームする家に合うお土産 を買ってくる」こと。ベネチアン・グラスの店 Bravo で物色。ムラーノ島 で製造していて、非常に細かい!かつ美しい。
 Livio De Marchi というインテリアの店があった。木製のコートとか財布 とかがあった。最近はベネチアン・グラスとの融合に挑戦している。オーナ ーのリヴィオさんの奥さんは日本人みえ子さん。
 サンマルコ広場はナポレオンが「世界一美しい広場」と絶賛したが、14 世紀から親しまれてきた。カーニバル前なので、賑わっていた。リヴィオさ んが見せてくれたのは、木製のフェラーリで海を渡れる!外海をクルージン グした。少し揺れるらしいが。
 カーニバルの特徴は仮面。世界中から多くの人が訪れる。タカさんは公家 で、奈美さんは姫、寥沼佐和さんは町娘、たかじんさんは町衆の恰好で鬼の 面を頭にかけて参加した。見慣れない姿に人気となった。日本人も多く恥か しがっていた(笑)。顔面メイクしてくれるところで、メイクしてもらって からも大人気で写真の対象となった。

 帰国後にざこばさんに靴を贈呈した。


テレビ番組「二十歳の約束 in Italy 内山理名、ローマ・ミラノの旅」

 2003年4月5日放送。2002年10月6日に関東地方で放送された。 内山理名、こはたあつこさん。洋服のデザインをしたい。ローマとミラノを 旅する。歴史を訪ね、ジェラートを作り、グルメを満喫、花の祭りに参加。 テレビ朝日制作。

●ローマ
 スペイン広場からスタート。トレビの泉は思ったよりも大きかった。ロー マ1華麗な噴水。ここの水を飲むか、コインを後ろ向きに投げ入れるとまた 来れるという。二人はコインを投げ入れました。ローマには噴水や水飲み場 がたくさんある。蛇口の先を抑えて、途中から噴出すのを飲む!
 フォロ・ロマーノは古代ローマ帝国の遺跡で世界遺産。とても広い。コロ ッセオは紀元前80年に造られた。グレディエータの中では紀元180年の 物語だったが、そこで使われた。
 コンドッティ通りで買物。ブルガリ、プラダなどが並ぶ。
 スパジオ・セッテ Spazio Sette は雑貨店。洋服のデザインを得るために 行きたかった店。天井にはフレスコ画。インテリアも面白いものがあるし、 ターコイズまで置いてある。

 バール・ビッティで食事。これをくださいというのは、Questo lo voglio という。イタリアン・ピッツァ(ハム&モッツァレラチーズ)4ユーロ、フ ルーツ盛り合わせ Macedonia 4ユーロ。食後にジェラート。オーナーの Vitti さんに頼んでジェラート作りを体験させてもらう。
 まずはフルーツを選ぶ、いろいろ混ぜてスペシャルにする。細かく切って 牛乳を入れ、大量の砂糖を加えて、ミキサーで細かくする。ジェラートマシ ンに入れて回しながら冷やしていく。もう30年使っているとか。10分後 に完成!理名スペシャル!おいしいらしい!それで店頭にも並べてもらった

 夕食はローマ料理メオ・パタッカ Da Meo Patacca は伝統の味を守る店。 牛や豚の肉をふんだんに使い、見た目にも豪快な料理。プロシュート(ハム )メロンとイチジク添え Prosciutto, Melone e fighi、9ユーロ。豚肉と 豆の煮込み8ユーロ(こんにゃくみたいで笑ってました)。牛肉とマッシュ ルーム煮込み9ユーロ。牛の腸のトリッパ・ローマ風(もつをトマトソース で煮込んだもの)9ユーロ。この店で一番人気のメニューは、オックス・ テールのシチュー Coda alla vaccinara 10ユーロで、おいしいとか。 カンツォーネの生演奏が楽しめる。

 ポルタポルテーゼ Porta Portese(のみの市)は別名どろぼう市と言われ る。アンティークなものや、アンティークぽいものもある。朝6時にはみん な集まってきている。買物ゲームをしてみた。
 体臭を取るクリスタル Cristallo Di Potassio 5ユーロ。サンダル18 ユーロ。まけてって言う場合は、スコント・ペルファボーレ。サングラス5 ユーロ。ピアス6ユーロ、キャミソール5ユーロ、お香セット7ユーロ。

●サン・カッシャーノ San Casciano
 ローマから2時間の豊かな自然の中の街。ホテル・テルメ・デ・メディチ に行く。メディチ家の歴史があるホテル。400年前に使っていた噴水もあ る。3人の女性が水浴びしている絵があるが、この絵はこの地方の紋章。 昔からこの地はよいスパがあるとして知られていた。とても広いホテルだが 近代的かつ機能的で、ヨーロッパ随一とも言われている。プールも多い。  エステとマッサージを体験。ハーブオイルによるマッサージ25分34ユ ーロ。泥パック26ユーロで、足は緑色になりました(笑)。
 ホテルのレストランで豪華なランチ。前菜は野菜のグリル Grigliata di verdura 。パスタはかぼちゃのラビオリ Ravioli alla zucca 。メインは 牛肉のキアニーナ(この地方特産の牛肉)のグリル Tagliata di chianina alla griglia 。ランチコースは40ユーロ。ここにジェラシオ・ガエター ニ・タラゴーナ・ロヴァテッリさんというソムリエが登場。シャロン・スト ーンやマイケル・ダグラスのワインコンサルタントもしている貴族出身。 Campo ai Sassi 2000 モンタルチーノ地方のワインで27ユーロ。まず埃 や水滴をワイン少量で洗い流し、ワインが温かくならないようにしながら、 色と香りを楽しみながら飲む。

●ローマ
 朝、最も活気のあるというカンポ・デイ・フィオーリ市場に行く。細長い トマト、スパイス、オリーブ、ズッキーニ、ラディッキオ、海老もある。買 ってスタッフの泊まっているホテルで調理してもらおうとしたが、近くのレ ストラン Virgilio のオーナーが調理してくれるという。ラディッキオと ベーコンのリゾット7ユーロ。シーフードのトマトパスタ7ユーロ。ヒラメ のグリル12ユーロ。

●ジェンツァーノ Genzano di Roma
 ローマから車で1時間、服装のデザインに役立ちそうなお祭りが開かれて いた。「花の祭りインフィオラータ」L'infiorata di Genzano で、道路に 敷き詰められた絨毯のように見えるものは花!イタリア中から見物客がつめ かける。道路に巨大な紙を敷いて、絵を先に書いておいて、その上に花をの せていく。花びらをばらまく仕事を手伝った。全部が花ではない、お米とか コーヒーで白や茶色を表すこともある。この祭りは1778年から続いてい る。今年のテーマは「平和と共存」だった。この祭りが一望できる頂上に行 って、あつこさんは美しさに感激して涙。
 ローマに帰って、明日のミラノで相談するデザインを絵に描いた。

●ミラノ
 ヨーロッパ・カフェで友人のアレッサンドラ・ビレーチ Alessandra Billeci さん(19歳)を待つ。ミラノ理工学科大学のデザイン学科で勉強 中。絵をいくつか見せたら、発想も面白いという。一番気に入ったのを選ん でもらって、ヴァッリ Valli という店に行って生地を選ぶ。サンドラさん がこれから流行ると言っていた森の色「緑」。サンドラさんの家で最終打ち 合わせをする。
 家に行ってみると、モネの絵が貼ってあったり、日本のアニメが置いてあ った。例えば、想領冬美の「MARS」、矢沢あいの「Paradise Kiss」。でも イタリア語で書いてあった!
 さきほど選んだものをワンピースからツーピースに変更したものを描いて みた。それをサンドラさんが、これならサンドラさんが作って東京に送って あげるという。2日後に日本に帰ると言うと、明日、大学のファッション・ ショーに来ないかと誘われた。夜は運河沿いのカフェ「ライト・ハウス」 Light House で夕食。

 ドゥオモを見学。1386年から500年かけて完成した、世界最大のゴ シック大聖堂。天空にそびえる135本の塔には、ひとつひとつ先まで緻密 な彫刻がほどこされている。
 隣のヴィットリオ・エマヌエーレ2世・ガレリアに行く。このガレリアは 全長200mに及ぶガラス張りのアーケード街。77年かけて建造された。 交差点のところの天井には絵が見える。下を見ると、オスの牛の絵の性器の ところに穴がある。子供が欲しい女性がかかとを置いてくるりと回ると、子 供に恵まれるという言い伝えがある。ここが磨り減っているが、穴の修復は しないそうでうs。

 ミラノ理工科大学にサンドラを訪問する。ファッションショーはテストを 兼ねていて、今回は「働く人のための帽子の創作」がテーマ。サンドラさん がプレゼントがあるというのでお家に行ってみた。
 完成したら東京に送ると言っていた服ができていた!さらに、理名さんは 試着してみました。Sexy かつ面白いし、トレンディだとサンドラさんは言 った。さらに、サンドラさんは服に合わせたアクセサリーをプレゼントして くれました。
 サンドラさんがお別れのパーティを、Blues Canal という店で催しました が、そこに着て来ました。


テレビ番組「道浪漫」2003年1月25日と2月16日は森公美子さんで南イタリア

●ナポリ
 森さんは以前、イタリアに留学していた。市場に行くが、揚げピザを食べ た。バールでエスプれっそをいただく。ナポリの下町では洗濯物が路地の上 の方に干してある。スパッカ・ナポリという通りはナポリを二分していると 言われているが、実に細い路地。その路地の奥にブランディというピザの老 舗。創業1780年。1889年にマルゲリータ女王に捧げたマルゲリータ 発祥の店。マルゲリータ3ユーロ。

●ラヴェッロ
 ナポリの南の小さな街。ホテル・パレンボは5つ星ホテルで、12世紀の 貴族の屋敷を改造して、21部屋しかない隠れ家的ホテル。森さんの部屋は ホテルの最上階。眺めはすごい!今の季節は半額で泊まれるが、シーズン中 だと高い!1泊2食付きで2名で830ユーロ、閑散期は440ユーロ。 電話 39(89)-857-244
 またヴィラ・ルフォロもかつての貴族の別荘だった。リヒャルト・ワーグ ナーが愛した庭園がある。1000年前からある廻廊をめぐると庭園が見え る。オペラ「パルシファル」のモデルとなった。毎年7月には地中海を背景 にワーグナー音楽祭が開かれる。

●アマルフィ海岸ポジターノ
 ソレントからサレルノにいたるアマルフィ海岸は世界遺産。アマリフィの 宝石と言われるのはポジターノ。断崖の斜面にひな壇のように家が建ってい る。夏は観光客であふれかえるが、今はほとんどの店が閉まっている。海に 近いお家では、海に下りるための階段が付いている。
 ジェンナーロ・カプラーロさんは魚の料理(スパゲッティ・ボンゴレ)を 作ってくれるという。作り方は、オリーブオイルでつぶしたニンニクと唐辛 子を炒め、イタリアンパセリを入れ、貝を入れ、ムール貝を入れ、これにブ ランデーをかけて、スパゲッティと混ぜた。別に魚を焼いていて、食べる。

●温泉
 ヴェスビオ火山がある。古代から温泉を愛していた。「テルメ・ディ・ スタビア」に行く。17種類の温泉水に浸した泥はミネラルが多く、それを 肌につけて泥パックして、ハイドロマッサージ。強い水圧!
 テルメ・ステュフェディ・ネローネは「ネロの温泉」、日本でいうところ のラドン温泉。日本人が極楽、極楽という代わりに、イタリア人はパラディ ーソ、パラディーソという。人気の洞窟の蒸し風呂に入る。室内は53度。 電話は39(81)-868-8006
 ナポリから船で1時間、湯治場で名高いイスヒア島に行こうとしたが、港 は大しけでフェリーが欠航。仕方なく、ナポリの郊外ビアチェサーデに住ん でいる美恵子・細島・リッカルドさん宅を訪問した。


●プーリア州ポリニャーノ・ア・マール
 イタリアはブーツ形をしているが、そのかかとの位置にあたる。海に面し た旧市街には中世のそのままの雰囲気が残されている。建物の間に見える青 空が素晴らしい。岸壁の町でもあるが、海を見ているだけでも素晴らしい。 「Caseificio Da modesto カゼイフィーチョ・ダ・モデスト」という小さな チーズ屋さん。モッツァレラ(水牛から作る)に似たブラティーネ(牛乳か ら作る)。切ると中から濃い乳が〜。
 ホテル・グロッタ・パラッツェーゼ Hotel Grotta Palazese 街一番のホ テルに宿泊。一度外に出て別の建物。1泊朝食付で134ユーロ。部屋もい いけど、窓を開けてベランダに出るとアドリア海が目の前に! 電話 39(80)-4240677

●プーリア州オストゥーニ
 丘の上の静かな街。1000年の歴史を持つ美しい街。城壁の中は白い迷 路のようになっている。おみやげもの屋さんがない!街の頂きにある大聖堂 カテドラルは、15世紀に建てられたゴシック・ロマネスク様式。
 毎月第二日曜日に開催されるオストゥーニに骨董市。古本や古い家電も並 んでいました。

●カステッラーナ
 コラヴェッキオ社ではワインを量り売りしている。みんなポリタンクを持 参している。お勧めは2002年できたばかりの若いワイン。赤ワイン1リ ットル1.1ユーロ(150円)!
 宿泊はアグリツーリズモのマッセリア・マルザロッサ。門をくぐって5分 してから建物がある。ここは350年続いた、日本でいえば荘園。部屋は外 に出たところで、かつての馬小屋だったところを改築したスィート・ルーム で、1泊1部屋93ユーロ。でも素晴らしい部屋です。オーナーはマリア・ テレサさん。
 モリーノ製粉所で小麦粉を購入、アネーゼ農園でオリーブオイルを購入。
http://www.aziendaagricolaannese.com/
耳たぶのようなオリキエッティ、もっと巻いたカヴァテッリ、ひらうち麺の タリアテッレを作った。「トマトとルッコラのカヴァテッリ・パスタ」が 完成した。

●アルベロベッロ
 とんがり屋根のトゥルッリで有名。世界遺産。普通のホテルに泊まるのは 意味がないというので、貸しトゥルッリ!2寝室2DKで1泊2名で60ユ ーロ!オーナーはコジモ・クレセンゾォさん。紹介してくれるのはトゥルッ ロ協会で、電話 39(80)-4321059 http://www.iltrullo.it/


テレビ番組「ルネサンス時空の旅人・愛と自由の都・フィレンツェ物語」

 2002年11月3日放送。トスカーナ地方の山あいに花の都と名づけら れた街フィレンツェがある。15世紀、ここはヨーロッパ一豊かだった。街 のいたる処で天才たちが能力を開花させた。旅人は木村佳乃さん。
 損保ジャパン・スペシャルで、製作は日本テレビ。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」、ミケランジェロのダビデ王、 ボッチチェリのビーナスの誕生。彼らが絶賛した1枚の絵がある。ウフッテ ィ美術館を訪ねた。階段を上って3番目の部屋。フィリッポ・リッピの 「聖母子と二人の天使」。画家はこのマリアの姿は自分の恋人をモデルにし て描いたという。マリアとイエスの目も特徴的だが。リッピは修道士であり ながら破天荒な行動を取った。破壊僧と言われたが、後の天才たちの先導者 となった。

 6月の末に開かれる15世紀から続くフィレンツェの祭り。昔の恰好で街 を練り歩き、メイン・イベントはカルチョ・ストリコと言われる古式サッカ ー。1チーム27人で相手ゴールにボールを投げ込むが、大乱闘となる。

 16世紀のジョルジョ・ヴァザール著の「ルネサンス画人伝」によると、 リッピはプラトーで修道士をしながら、一人の女性と関係をもっていた。ま たミケランジェロはプラトーで壁画を模写をしていたという。

●フィレンツェ
 丸い球の模様をよく見かける。メディチ家の家紋である。コジモ・ディ・ メディチは2代目で、金融業を発展させ、ロンドン・ブルージュ、パリに支 店を開いた。財産は豊かになり、フィレンツェに投下した。道はよくなった 。コジモは孤児のための孤児院を作った。リッピは1406年に生まれた。
 職人たちが多く集まる下町でリッピは生まれた。母は生まれてすぐに亡く なり、父は2歳で亡くなった。叔母に8歳まで預けられたが、両親の愛を知 らなかった。サンタ・マリア・デル・カルミネ教会で修道士として歩みはじ めた。祈りや学問に興味を示さず、絵ばかり描いていた。神父はリッピに絵 画の道を勧めた。ロレンツォ・モナコのもとに通った。モナコは「聖母戴冠 」などを描いたゴチック様式の絵画を描いていた。この時代の誰もがその影 響下にあった。きらびやかな装飾、優雅な曲線、たおやかな人物。夢見るよ うな天上人の世界。洗練された色彩がうずまいていた。兄弟子に天使の画家 と言われたフラ・アンジェリコがいた。リッピの目にはモナコの絵画はあま りにもきらびやかで形式的なものと写った。そんなリッピの18歳の目に
 1424年ブランカッチ礼拝堂に描かれた生々しく力強い表現が現れた。 リッピは人物の持つ豊かな表情に驚いた。喜び、怒り、悲しみなどの感情に あふれていた。信仰の中に堂々と表現された人間の偉大さがあった。作者は マザッチョであり絵画の中に登場していた。「絵画の本質は生きている自然 をあるがままに再現することだ」と生涯その真理を貫き通した。人間の表情 を取り入れた最初の画家だった。「楽園追放」のアダムとイブにも代表され る。二人の足元に描かれていた影にもリッピは注目した。見たものをありの ままに描くということを学んだ。
 「芸術は科学的な観察のもとに成立する」というのがルネサンスのもう一 つの流れだった。遠いものは小さく見え、近いものは大きく見えるという遠 近法が画家たちの間で広がっていった。その典型的な作品が、サンタ・マリ ア・ノベッラ教会のマザッチョの「聖三位一体」で、壁に穴が空いているの では、と人々は驚いたという。この遠近法の発展がルネサンスのいしづえと なっていった。
 同じ時期にリッピに影響を与えたのは、ドナテッロ。バルジェロ美術館に 彫刻の歴史を変えたと言われる作品がある。「ダヴィデ」である。あまりに 自然な作品は、生きた人間から型どられたと言われた。リッピも衝撃を受け た。そこには人間の肉体が存在するだけでなく、勇気や尊厳さえ感じられた 。それまでの彫刻は建築物の附属品だった。ドナテッロは古代彫刻からヒン トを得て、彫刻を初めて建物から切り離した。「説教壇のレリーフ」の生き 生きした天使も、リッピの目を奪った。これは後にリッピ芸術の重要なモチ ーフとなっていく。

 リッピが初めて筆をとったのは、カルミネ修道院の「謙遜の聖母」。その 才能に目を留めたのはコジモ・ドゥ・メディチだった。部屋に閉じ込めて描 かせようとしたが、リッピは描かなかった。最後にはシーツを切って窓から 垂らし、女性を求めて街をさまよった。コジモは責めなかった。「芸術家は 天を駆ける馬、荷物を引くロバとは違う」
 1429年、フィレンツェはローマやミラノと闘った。闘うことを避ける ためにコジモはお金で同盟を結んだ。それがフィレンツェの人々にいれられ ず、コジモはフィレンツェから追放され、ベネチアの牢獄に入った。リッピ はそこに訪ねていった。そこでリッピは北方のフランデル絵画と出会う。 ロヒール・ファン・デル・ヴェイデン作「聖母を描く聖ルカ」。風景が丁寧 に描かれていた。
 1434年フィレンツェ市民はコジモを受け入れた。その帰還を祝って、 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラは完成した。サンジョ バンニ洗礼堂の扉は美しい黄金で飾られた。ギベルディ作「天国の門」。こ れはミケランジェロがそう呼んだ。
 コジモは芸術家たちにいろいろな作品を依頼した。フラ・アンジェリコ「 受胎告知」、30歳のリッピの「コルネート・タルクィニアの聖母」。リッ ピのサンスピリット教会のために描かれた「パルバドーリ祭壇画」は聖母マ リアは玉座に座らず、背にしてたったままでいた。天使たちのいたずらっぽ く可愛らしい表情とマリアの初々しい表情が面白い。アンブロージョ教会の 祭壇に描かれたリッピの「聖母戴冠」は35歳の作品で、芸術家としてもひ とつの頂点の作品。王冠をいただくマリアはフィレンツェを象徴していると 当時言われた。
 1439年に東西のキリスト教会議が開催された。ビザンチン帝国からは 皇帝ヨハネス8世、西からはローマ教皇が参加した。メディチ・リッカルデ ィ宮殿礼拝堂に壁画?として描かれている。木村さんはサン・ロレンツォ教 会を訪れた。ここにリッピの祭壇画がある。「受胎告知」。 1459年、53歳でメディチ家宮殿の祭壇画「森の中の幼子キリストへの 礼拝」を描いた。

●プラトー
 フィレンツェの隣町。北西にある。毛織物工業が盛んで、今でもその面影 を残している。大聖堂に壁画が残っている。現在、修復作業中だった。「 ヘロデの宴」では、一人の女性が踊っている。ルネサンスの様々が表現を先 取りしていた。柔らかな線描によって人物に実在性をもたせた。巨大な場面 に大きな人物を個性的に描写した。後のミケランジェロに影響を与えた。 さらに鮮やかな色使い。右側の壁画は「洗礼者聖ヨハネの生涯」であり、女 性はサロメである。向かって左は殉教者「聖ステファノの生涯」遺体が安置 され、集まった人々が祈りを捧げている場面。その群集の中の黒い服を着た のは作者のリッピであった。当時50歳。その視線の先にはサロメの姿。 当時の恋人だった。このサロメの目は「聖母子と二人の天使」のマリアと同 じ目だった。500年の年月を超えてリッピの目は恋人を今でも見つめてい る。
 幅10m、高さ10m、向かい合わせの壁。聖ヨハネと聖ステファノを描 いた。初めて人物よりも大きい人物画を描いた。サロメが踊り、聖ヨハネの 首を捧げる華やかな宴の場面、人々の感情が入り混じっている。
 これが前代未聞の事件として有名となったのは、修道士と修道女との恋愛 であったからである。修道女ルクレツィアにリッピは自分の心に忠実に生き ようとした。神をないがしろにする。それは死であり地獄への道であった。 毎年5月1日は聖母マリアの祭りで、修道女たちは外出が許可される。この 日、リッピの先導で彼女は隠れ家に逃げ込んだが、発覚した。フィリッポ・ リッピへの告発状が今も残っている。フィリピーノと名づけられた子供まで もうけている。コジモはリッピとルクレツィアの助命嘆願をローマ教皇に行 なって、許された。
 リッピは全身全霊で創作を行なった。その中で「聖母子と二人の天使」は 生まれた。聖母の目と表情、マリアのスタイル、天使の表情、背景、全体の 柔らかさ。

●フィレンツェ
 1464年コジモが死去した。リッピは60歳をすぎて、フィレンツェか ら南へ200kmのスポレートという街へ向かった。この街の大聖堂に壁画 を描いた。愛する妻と子供と過ごしたようだ。
 12世紀に建てられた大聖堂は、丘の上にあり、壁画は正面祭壇の天井と 壁いっぱいに描かれていた。鮮やかな色彩に驚かされる。「聖母戴冠」。 しかし壁画が完成する前に病に倒れ、63歳で死去した。マリアの死の場面 に自分と息子の姿を描き加えている。それは死の数日前だったという。
 彼は大壁画の傍らに葬られた。墓碑には「わが絵の名声ゆえに、われフィ リッポはここに安らう」と書かれている。
 繊細で透明感のある美しい表現は、弟子のボッチチェリに受け継がれてい る。例えば、「春」。モナリザの背景などとして、ダビンチにも影響を与え た。ラファエロは「小椅子の聖母」のように精神を受け継いだといわれる。


テレビ番組「今田耕司・藤井隆のお笑い!ワールドウォーカー!マル秘美女とお忍び旅行編」

 2002年10月27日放送。イタリアとハンガリーの旅。関東地区では 5月11日に放送。日本テレビ製作。

●イタリア・ローマ
 今田さんの旅。スペイン広場で大谷みつほさんが登場。ジェラート2.60 ユーロを食べる。コロッセオに行く。期限80年に建てられた円形競技場 でグラジエーターでおなじみ。剣闘士と記念撮影は1ユーロ。
 コンドッティ通りは高級ブランドが並ぶ。プラダ、ブルガリ、カルティエ などがある。入ったのはカッラG。モノトーンを基調としたアイテム。黒の トップが107ユーロ、パンツは137、ブーツは152。値引きはできな いという。高級インテリア・ショップに行く。イスが700〜2000ユー ロなど。冷蔵庫は1100ユーロ。面白いテーブルは764ユーロ。ベッド は1300ユーロで送料が2150ユーロ。
 パンテオンに行く。柱は2000年前のもの。紀元前27年に造られた神 殿で、ルネサンスの巨匠ミケランジェロが天使の設計と絶賛した石造建築。 ローマ最大のドームで、現在は教会として使われている。

 ピザ屋「オーパッツァリエッロ」(イタリア語でおかしな奴という意味) 。イタリア人はランチを多く食べるので夕食はピッツァのような軽いものに するらしい。作りながら生地を投げているし、焼き終わったものにブランデ ーのようなものをかけて、火をつけた!今田さんは生地作りに挑戦。トッピ ングはトマトソースを塗り、モッツァレーラチーズをたっぷりのせる。フン ギポルチーニ(キノコ)をトッピングし、オリーブオイルをかける。バジル の葉をのせて、焼く。500度で5分。これに生ハムをのせて完成。

 トレヴィの泉に夜中に行く。1762年に造られたローマ最大の噴水。 高さ26m、幅20m。コイン投げは1枚だと再度ローマを訪れる、2枚だ と好きな人と結ばれる、3枚だと別れたい人と別れられる。

 タンデム自転車に乗ってカンポ・ディ・フィオーリの朝市。季節の野菜・ 肉・魚などのイタリア中の食材が集まるローマの台所。トマト1kg2.5 8ユーロ(300円)。たまねぎに似たピノッキオという野菜は1kg2ユ ーロ。名物おじさんが野菜を使って実演販売をしている。

 日曜日に開かれるローマ名物のみの市「ポルタ・ポルテーゼのノミの市」 にいく。全長1km。いろいろなものがある。

●イタリア・ネローラ
 ローマの東北。車で1時間。カステロ・オルシーニ(オルシーニ城)は 10世紀初頭にオルシーニという貴族が古代ローマの先住民族の築いた要塞 跡に建てた城。山の上なので、景色がすごい。石造りの建物もすごいが、現 在は5つ星ホテルとなっている。2年前にオープン。ツイン243ユーロ、 シングル155ユーロ。
 ここで泥パックをする。全身300ユーロ、顔は110ユーロ。

●イタリア・ヴィテルボ
 ネローラの西。ローマからは車で1時間。ラツィオ州北部の中心都市。こ こに世界一のパスタ職人がいる。「ラ・カンティネッラ」という店で、シェ フはドメニコ・ヴィットリーニさん、オーナーはチンザ・カロッシさんでと っても若くて美人。ギネスブックに出ていて、パスタの種類を最も多く作る ことができる。245種類!30種類のパスタを30分で作れるらしい。
 実際に作ってもらった!二人でうまくあわせながらすごい速さで作ってい った。1皿目レンティ(エスカルゴ・トマト)、2皿目イザベッラ(小エビ ・トマト)、ナポリターニ(ナス・モッツァレラ・トマト・黒オリーブ)、 サルモーネ(生クリーム・サーモン)、カルトッチョ(あさり、ムール貝、 トマト・生クリーム)、ムール貝のパスタ(ムール貝・トマト)、アラゴス ティーネ(手長エビ)、チコ(赤キャベツ・ゴルゴンゾーラ)、アスティー チェ(伊勢エビ)、ギオットーネ(ソーセージ、フンギポルチーニ、生クリ ーム)、11皿目はマウリッツィオ(ズッキーニ、小エビ)、バロルド(ベ ーコン、ゴルゴンゾーラ、唐辛子、バジリコ)、アッラマトリチアーナ(ベ ーコン、タマネギ、唐辛子、トマト)、フランチェスコ(小エビ、アーティ チョーク)、ルガッティーニ(トマト、ルゲッタ)、クリエーゼ(レバー、 ブロッコリ)、カルボナーラ(ベーコン、タマネギ、卵、ゴルゴンゾーラ) 、ネロ(イカ墨、あさり)、トゥリフォラーティ(シャンピニオンキノコ、 ニンニク)、海の幸(ムール貝、小エビ、トマト)、21皿目はマリアティ ア(ソーセージ、黒オリーブ、フンギボルチーニ)、グラッテースト(ケッ パー、黒オリーブ)、ガリアルティ(ソーセージ、バジリコ、生ハム)、 ポッラソロ(生クリーム、コーン)、アイリオイリオ・ペペロンチーノ(に んにく、唐辛子)、ナポレターナ(プチトマト、ナス、モッツァレラ)、ペ オドーレ(タルトッフォ、フンギボルチーニ)、サラ(フンギボルチーニ、 アーティチョーク)、サラダスパゲッティ(ズッキーニ、ナス、トマト、赤 ピーマン)、30皿目はアッラパウロ(フンギボルチーニ、赤ピーマン)。 本当に32分でした。お勧めは伊勢エビとか。

●ローマ郊外
 穴場レストラン「ヴィーノ・エ・カミーノ Vino e Camino」はイタリア中 のグルメが訪れる。スローフードの店で、スローフードとはその土地で取れ る良質な食材を味わいながら、食事に時間をかけて楽しみながら食べようと いうもの。この店は2001年スローフード協会に参加しているレストラン の中で最も優秀な評価を受けた。家族に代々伝わるレシピも飾ってある。 インサラダリトン・ノアフミカド7.30ユーロ(スモークしたマグロとイ タリア産の野菜をふんだんに使ったサラダ)、バニカラサウ8ユーロ(トマ ト・オリーブ・バジルの混ぜたものをカルタムシカという薄いパンにのせて 重ねていって、オーブンで焼いたもの)、タコとイモとアーティチョークの スープ9.50ユーロ(これらをホールトマトで煮込み、オリーブオイルを いれる)これは日本人も好きだろうということ。メインは鴨の胸肉のフンギ ボルチーニ添え10.33ユーロ。究極のデザートは、ミルフィーユ・エス プレッソ4ユーロ。パイ生地はパラパラなのが特徴。今田さんは過去食べた デザートの中で一番おいしいという。感動もののようです。


●ハンガリー
 藤井さんの旅。6時間遅れでフェリヘシ空港に到着。千秋さんが待ってい た。夜景がとっても綺麗。
 レストラン「フォルトゥナ」で名物料理をいただく。グヤーシェ1000 フォリント(500円)はパブリカをたっぷり入れた牛肉と野菜の煮込み料 理で、高級店から安い店まで置いてある。フォアグラのソテーはワインにつ け込んでオーブンで焼き上げる3000フォリント(1500円)。世界的 に有名なフォアグラの産地なのでできること。「羊肉の冠焼き赤ワインソー ス」4400フォリント(2200円)、「スズキの白ワインソース」30 00フォリント(1500円)。隣でバイオリンの演奏もあった。
 ハイアット・リージェンシー・ホテルに宿泊。橋が見えて夜景が素晴らし い部屋でした。

 朝6時50分にタクシーでマクドナルドに向かう。超美観の建物にある。 世界一美しいマクドナルドと言われている。20世紀初頭に造られた駅の 食堂をそのまま利用して店内のシャンデリアがひときわ目を引く。ベーコン ・トースト(期間限定)190フォリント(95円)。おいしいらしいし、 贅沢です。

 ブダペストには50近くの温泉がある。セーチェニ温泉に行く。20世紀 初頭に建てられたネオ・バロック様式の温泉で、関節炎などに効用がある。 風呂チェスをしている。

 路面電車に乗って市内観光。オペラ座で降りる。音楽大国ハンガリーが世 界に誇るヨーロッパ有数のオペラ劇場で19世紀に建てられた。予約を取り にくいらしい。ドナウ川にかかるくさり橋を渡り、王宮の丘にケーブルカー で行く。眺めがいい。ここは1988年に世界遺産に指定され、中世の面影 をそのまま残す丘陵地帯。石畳の道。馬車を発見して乗る。雪が積もってい る街を散策。マーチャーシュ教会がある。80mの尖塔と彩り鮮やかなモザ イク屋敷がひときわ目を引く教会で、歴代の王の戴冠式も行われた。内部は 荘厳。床のところにお金を入れるところがある。

 国際サーカス・フェスティバルを見る。2年に1度開催される。40年以 上の歴史を誇る。チェコ出身のZee Deneck さんのJuggling の演技に感動。 ジョニー広瀬さんもいた。日本人でただ一人、特別ゲストで出演した。吉本 の林社長も審査員で来ていた。
 ハンガリーのJuggler のRamwelさん、ロシアの vertical rope(空中ブラ ンコ)のSvetlanaさん、ロシアの russian bare のMurzak さん、アルゼン チンの man in the bottle (軟体人間) Hugo Zamoratte さん、中国の hoop acrobats の Hebei Troupe というグループ。このグループが金賞に 輝いた。銀賞はロシアの juggling の Kuristina Kokorina さん、銅賞は ルーマニアの springboard の Catana Troupe というグループでした。


テレビ番組「旅サラダ」2002年8月31日は浅野ゆう子さんでイタリア

●ミラノ
 イタリア第二の都市。ファッション発信の地。
 サンタ・マリア・デレ・グラーツィエ教会(Santa Maria delle Grazie) で「最後の晩餐」(Ultima Cena)を見る。500年前に描かれて、修復が終 了している。入館料:7.5ユーロ(878円、予約した場合は+1ユーロ) キリストの顔は未完成だと言われている。ユダの顔は陰になっている。
 ドゥオモ(Duomo)は修復が始まったばっかり。7ヶ月くらいらしい(笑) 1887年に500年かけて建築が完成。100本以上の塔の上には聖人の 像がある。ステンドグラスも500年かかったらしい。

●Serravalle Scrivia(Alessandria)
 ミラノから50分離れたところにヨーロッパ最大のアウトレット・モール がある。120以上の店があり、まだ増えている。マッカーサー・グレン・ デザイナー・アウトレット・セッラヴァッレで、最新のものではないが、 昨年のものが安く買える。プラダは靴。

 JALユーロエクスプレスでベニスに向かう。ミラノ〜ベネチア〜フィレ ンツェ〜ローマを結ぶ。問い合わせは電話:03-3406-7550

●ベネチア
 ゴンドラが優雅。ナポレオンが世界一美しいと絶賛したサンマルコ広場。 大鐘楼、サンマルコ寺院が有名。
 リストランテ・ダ・ラッファエレ(Ristorante Da Raffaele)で食事。 アドリア海のカニの甲羅盛り16ユーロ(1870円)。イカスミのリゾッ ト(二人分)25ユーロ(2930円)。魚介類の紙包みトマトソース風味 二人分48ユーロ(5620円)でおいしそう。中身は、アサリ・ムール貝 ・あかざ海老・アンコウ・すずき・サーモン。

●ナポリ
 起源前6世紀からの街。風景もすばらしい。
 ナポリピザ。ブランディ(Brandi)はピッツァ・マルゲリータ発祥の店。 生地は手で伸ばし、薪を使うのがポイント。上にはモッツァレラがたっぷり のっていて、30cm程度で5ユーロ。住所はSalita S.Anna di Palazzo
 バッグの店「トラモンターノ(Tramontano)」ハリウッドまで名が響く。 トムクルーズ、ウッディアレン、マルチェロマストロヤンニなどがいて、手 作りが特徴。210〜310ユーロか。ベルトもある。93ユーロ。安い!
 カメオ(ギリシア語で浮き彫りの意味)の店「ドナディオ(Donadio)」 値段は444〜2460ユーロ。掘り具合で値段が違うらしい。作品作りを 見学できる。1個1週間〜3週間かかるらしい。
 カンツォーネを聞きながら料理を食べれる店「ア・カンツンチェッラ(A Canzuncella)」。ディナーショー52ユーロ。生で聞ける店は少ないとか。 食事代込みらしくて、小イワシのフライ、トマトのブルスケッタ、ポレンタ のフライ、仔牛の神経の煮込み、カターニア風イカのマリネの盛り合わせと 春野菜のリゾット、ムール貝のマカロニパスタ、パスタとポテトのポロヴォ ーロチーズソースの盛り合わせ、黒鯛のオーブン焼きの三皿。

 スパッカ・ナポリは旧市街と新市街を二分する通り。ナポリには地下遺跡 がある。まだ発掘は続いている。地下に下りてみた。地下40mのところに 狭い通りを通っていく。ギリシア時代に掘られた水道管。抜けると貯水槽。 27万人がここで防空壕として使っていたとか。ガイドツアー5.16ユー ロ。ナポリ・ソッテラネア(Napoli Sotterranea)という。
 有名なシーフード・レストラン「ア・フェネステッラ(A Fenestella)」 海の見えるテラスで自慢のパスタをいただいた。カラマラータは9.30ユ ーロ。地中海風スキャッファーネ9.30ユーロ。

●アマルフィ海岸
 世界遺産。断崖絶壁。絶景。レモンがたくさんできる。レモン製品が多い という。可愛い街がある。

●ポジターノ
 アマルフィ海岸にあるリゾート。移動手段は徒歩のみ!ケーキ屋さんが あった。「ラ・ザガラ(La Zagara )」レモンケーキは8種類あった。 レモン風味デリツィアケーキ3.5ユーロ、レモン風味のティラミス3.5 ユーロ、レモンクリームのシュークリーム3.5ユーロなど。全て甘いけど 酸っぱいらしい。シュークリームは酸っぱくないらしい。
 ポジターノ焼きの店「チェラミカ・カソーラ(Ceramica Casola)」 シュガーポット120ユーロ、オリーブオイル入れ80ユーロなど。
 宿泊は、「サンピエトロ・ポジターノ・ホテル(Sant Pietro Hotel)」 崖の上に立っている。公園や庭のようなとてもきれいなホテル。いつも満室 で、11月中旬〜3月末はホテルを閉めてしまう。ハリウッドのスターなど もお忍びで来るとか。1泊375ユーロ。バスルームからは地中海が!

●ポンペイ
 1900年前の8月24日ベスビオ火山が大噴火して8mに及ぶ火山灰が 街を埋めた。入場料8ユーロ。パン屋さん宅などを見た。

●カプリ島
 リゾートだが、海岸は芋洗い状態。古代ローマ皇帝の別荘だった土地。 サンダル屋さん「カンフォラ(Canfora)」。いろいろ組み合わせられる。 お客の希望とおりに変更もしてくれる。暇な時で1時間くらいかかる。 今回のサンダルは105ユーロ。
 今回の宿泊は、「カプリ・パレス・ホテル&スパ(Capri Palace Hotel & Spa)で、白をベースでお洒落な部屋。1泊朝食付きで568ユーロ(665 00円)。404号室?スタンダードな部屋だと310ユーロ。スパは、オ イルマッサージだと78ユーロ〜。

 青の洞窟(Grotta Azzurra)を目指した。まずモーターボートで行く。 洞窟見学料8.10ユーロ。てこぎのボートに乗り換えて入る。幻想的な青 でした。


テレビ番組「イタリアグルメツアー史上最強SP!ローマ−シチリア旅!」

 2002年5月12日放送。恵俊彰さん、袴田吉彦さん、こずえ鈴さん。テレビ朝日製作。 赤坂の「リストランテ・ヒロ」ドゥーエのシェフの山田さんも後で登場。 TV番組「イタリアグルメツアー史上最強SP!ローマ−シチリア旅! 伝説の(秘)シネマ料理を探せ! 」

●レストラン
 ローマの休日でヘプバーンが実際に食事をしたレストランがパンテオンの 前のロトンダ広場の前にある。Cafe Restaurant Michele di Rienzo 。ここ でフォカッチャをいただく。塩味で中は空気。ここの名物は薄切り子牛肉と 生ハムのバター焼き(サルティンボッカ・アラ・ロマーナ)35000リラ (2400円)。

●サンタマリア・イン・コスメディン教会
 「真実の口」がある。ここでゴッドファーザーが愛した伝説の料理を探す ようにという指令が出た。

●下町のレストラン
 Il Vicolo はVicolodel Cinque 27 Roma 00153。イカスミのタリオリー ニ、エビソース添えがお勧めとか。13000リラ(1000円)。

●人気のデザート
 Cremeria ottaviani (Via Leone 83/85) はバチカン市国の北東にあり、 今ローマでもすごい人気だという。マリトッツォ・コン・パンナというお菓 子は、シュークリームみたいだが、その生クリームの間にジェラートをはさ んで食べる。大人気でお勧めはブルーベリーのジェラートとの組み合わせ。 Maritozzo Con panna (ブルーベリー)は4000リラ(270円)でボリュ ームたっぷり!これはおいしいらしい。日本にもってくると当たる!とか。

●宝石店
 馬車で「ポメラート」Pomellato (Via del Babuino 63 Roma)はスペイン 広場の北西にあるジュエリーショップ。世界的に有名な人が来ている。シャ ロン・ストーン、デミ・ムーア、マット・デーモンなど。Diva 76万円、 Gliff 53万円、Nude 21万円〜など。割引はしないらしい。Dodo という 動物をかたどったアクセサリーがある。ドルフィンは2000円。

●サッカー
 Soccer point というお店はテルミニ駅の近くで南西? Via Daniele Manin 41-43-45。いろいろな品があるらしい。

●コロッセオ
 グラディエーターで使った。西暦180年なので切り取られていないので フルCGが使われた。古代ローマ時代の恰好をした人がいるが、写真を撮る にはお金がかかる。

●お祭り
 夏の時期にヴェネツィア広場でお祭りRoma Estate Alford Italico が行 われていた。イタリア各地で行われている。チョコピザもある(ピッツァ・ アル・チョコラート)6000リラ(410円)。フェイス・ペインティン グもしている。恵さんは猫の顔になった。体育大学主催のところではエクサ サイズをやっている。24時間耐久エアロバイクっていうのもある。

●チネチッタ撮影所
 最近だとギャング・オブ・ニューヨークが撮影された。フランコ・サヴェ ッリさんは銃撃シーンのエキスパート。リモコンで血を噴出させるシーンに 挑戦。
 社食に行く。衣装を身にまとった人が食べているのも面白い。VIPしか 入れない部屋に行く。VIP用の食事もいただいた。フレッシュトマトとモ ッツァレラチーズのパスタ、鶏肉のソテーにズッキーニなどの野菜を添えた もの。デザートはスイカとメロン。

●カンポ・ディフィオーリ市場
 茄子がでかい。恵さんはペペロンチーノを食べて激辛という。実演販売の お爺さんは面白い!フォルノ・カンポ・ディフィオーリというパン屋さんに 行く。赤ピザはチーズがのってない。13000リラ(880円)。

●高級レストラン
 山田シェフの言う世界一のイタリア料理の店に正装して行く。ホテルの カヴァリーエル・ヒルトンの最上階のレストランの「ラ・ペルゴラ」のシェ フのハインツ・ベックさん。ミシュランの2つ星。「野菜のラヴィオリ、あ さりのイカのソース添え」、「いかすみパスタ、タコのマリネと生ハムの脂 肪の部分を使ったもの」、「舌平目の香草包み焼き」、「小龍包のイタリア 版のような丸い食べ物」。
 デザートの数がすごい。小皿か大皿かを選択するが、この店の名物!で グランデセールというらしい。温かい木いちごのグラタン、レモンのスフ レ、スパイスのムース、ミックスベリーのスープ、マンゴーとスィートトマ トのアイスクリーム添え。軽さを大切にしているという。
 ゴッドファーザーが愛した料理はシチリア島に行くべきだという。

●シチリア島のパレルモ
 ローマから飛行機でパレルモに1時間。映画グランブルーも有名。映画 マレーナも有名。車でまわるのが便利なので、レンタカーを借りる。 マッシモ劇場はゴッドファーザーIII で使われた玄関の階段。この劇場の中 も見るが、建物自体が美術館みたい。
 シチリアの名物といえば、オリーブとワイン。

●トラバニ
 シチリア島の西にあるトラバニという田舎町でワイン工場 Punto Vendita に行く。1リットル1500リラ(100円)!安い!シェフの山田さんは 5リットル瓶を持っていった。
 ダリ・オリーブオイル工場Oleficio D'Ali へ行く。Rustico (750ml/1800 円) Zefiro (750ml/2500円)。様々な賞を受賞している。ちょっとだけ口に 含んで息を吸って舌全体で味を感じるらしい。
 山田シェフがヒメジの田舎風ソース、まぐろのカラスミパスタなどを作っ てくれた。最後にカンノーロというお菓子。ゴッドファーザーでこれを食べ て死ぬシーンがある。

●パラッツォ・アドリアーノ
 シチリア島のほぼ中央の小さな町。ここはニューシネマパラダイスという 映画の舞台になった町。鐘を鳴らしてみた。これに出ていたトト君はまだこ の町に住んでいるらしい。家族がスーパーマーケットをやっているという。 Sisaという店。トト君の兄が経営している?本人はサルバトーレ・カッショ さん。トト君に聞いたら、ゴッドファーザーの料理はニョッキだという。 そこでママに作ってもらって食べさせてもらうことにした。
 やはり、ゴッドファーザーの料理はじゃがいもニョッキのトマトソースだ った。ニョッキはシチリアの伝統料理。シチリアの人にとっては、家族はと ても大事な存在でもあるので、母の料理は思い出深いものだったのだろう。


テレビ番組「南イタリア、情熱!ロカーレの旅(ローカル列車の旅)」

 2002年5月5日放送。とよた真帆、高岡早紀、釈由美子は「生きるための情熱と しての殺人」という番組で共演した。JALで成田から12時間でローマに 行った。テレビ朝日製作。

●ローマ
 スペイン広場でグッチ、プラダ、カルティエ、ジョルジョ・アルマーニ、 ブルガリ本店があるが、サンニョ市場に行って雑貨を見る。サングラスの店 で8ユーロのものを7ユーロに値切る。マニキュアも1ユーロ。
 ディスカウント・システムに行くと、一流品が4−6割引き。プラダのス ポーツバッグが800ユーロくらい。バッグは230ユーロくらい? ベネツィア広場も楽しむ。
 ローマ郊外?ネロラのお城がホテルのカステル・オルシーニHotel Castell 'Orsini。10世紀に建てられた5つ星。室内温水プールなど充実。エステも 充実。泥パック180ユーロ、オイルマッサージは67ユーロ。宿泊は1泊 ダブルで345ユーロ(4万円)〜。ガイドブックにはあまり出ていない。

●ナポリ
 テルミニ駅からナポリに。ロカーレというローカル列車で移動。230k mを3時間。サンタ・ルチア湾。路地裏のPizzaiolo del Presidente ピッ ツェリア・デル・プレジデンテ。ここはクリントン元大統領も来たという名 店。トマトソースとモッツァレラチーズをかけてトッピングをのせて釜で焼 くこと3分!マシュルームで6ユーロ。これが1人前ですごく量がある。
 夕食はレストランで。アンチパスタはチーズ入りズッキーニのミルフィー ユ、アンチョビソース。松の実とパンプキンのパスタ。メインは鯛のフィレ 肉のアクアパッツァ。デザートはクレームカラメル・木苺とブルーベリーの ソース、オレンジのムース、ショコラプロフィッテロール。

●シチリア島ガンジー
 ナポリ中央駅から500km離れたシチリア島のメッシーナに移動。海の 青い色が違う。列車の中でマッシュルームのリゾットで食事。ヴィラ・サン ・ジョバンニ駅で列車がフェリーに収納されて海を渡る。30分でシチリア 島に到着。メッシーナ中央駅に到着。
 ここから車で3時間かけてガンジーに向かう。人口5000人。列車の中 で会ったイタリア紳士にペンションに連れていってもらった。ヴィラ・ライ ーノVilla Raino 1泊ツイン129ユーロ。家族で経営するというアトホー ムな感じ。羊の放牧が行われている。馬もいる。羊の乳でチーズを作ること に挑戦。最後に30分寝かして手作りリコッタチーズが完成。とてもおいし いらしい。高岡さんはここで帰国。
 ナスのトマトソースパスタを作る。ナスもでかい!サイコロ状に切って、 オリーブオイルで炒める。これをトマトソースにからめてパスタとからめて 完成。アウドさん一家が今回の旅で一番よかったと彼女達は言ってました。

●パレルモ
 ガンジーから車で3時間。最も大きな街。キリスト教文化とイスラム教文 化の遭遇した場所。ゴッドファーザー・パート3もここで撮影された。その マッシモ劇場に行く。ここで馬車に乗る。市内観光は26ユーロ。
 ガリバルディー市場は骨董品、食器、ガラクタなどがある。アンティーク ラジオは200ユーロ、ブタの置物は40ユーロ、など中古品が多い。

●マルサーラ
 世界各国から観光客の来る街。マルサーラ教会の前は日曜には活気に満ち る。海水を引き上げて塩を作っている Mozia モッツィア塩田。この塩田の 見学ツアーは1時間からで(クルーザー込み)43ユーロ〜。
 Cantine Florio フローリオ・ワイン工場を見学。ここはマルサーラで一 番有名で、18世紀に作られた倉庫には700個の樽が保存されている。 釈さんの生まれた年と同じ年のワインを特別に飲ませてもらった。

●カポ・リ・リベオ
 イタリアの最先端。ローマから1200km。向こうにチュニジアが見え る。


テレビ番組「石田純一&長谷川理恵,イタリア大好き!買って!食べて!感動の旅!」

 2002年4月27日放送。長谷川理恵さんが料理修業した。テレビ朝日製作。

●ミラノ
 Bar Magenta (Via Carducci13) で喫茶。日本人がほとんどいない。モン テ・ナポレオーネ通りでショッピング。 靴のオーダーをしにいく。Zintala (Via Borgospesso25)では女性用も作ってくれる。既製のブーツ17万円の をお買い上げ。Boutique Biffi (Corso Genova6) で服を物色。Ninette で 150万リラ。ViktorRolfのジャケットは128万リラ。向かいのメンズで、ジャ ケットがGucci 179万リラ。帽子Paul Smith 19万リラ。宝石 Marina B (Via Montenapoleone 27/E) ブルガリの創始者の孫娘がやっているお店。アクセサ リが人気。白金にダイヤを散りばめたものをご購入。
 刃物屋さん G.Lorenzi (Via Montenapoleone 9) はすごい種類の道具が ある。生活雑貨の Alessi (Corso Matteotti9) は色使いが素晴らしい。ま るで前衛アートのギャラリーのようなお店で、ヴェントリーニの作品は動物 の取り込みが面白い。ジョヴァンノーニの作品も素晴らしい。実用的だが、 素晴らしい芸術品!缶切り、スクイーザー、楊枝入れ、など素晴らしい。

●コモ湖
 ミラノから1時間の保養地、デートスポット。木々が紅葉している。以前 二人で来たことがあるという。Marina B で買ったブレスレットを理恵さん にプレゼントした。

●サルデーニャ島
 西部にあり四国と同じ大きさ。港町アルゲーロはスペイン統治時代の様子 を残す。美しい白い砂浜、城壁に囲まれた旧市街。市場は食材の宝庫。野菜 も1kgで110円などらしい。柿を売っていたがカキという!ナカタで盛 りあがる。チーズもでかい!

 アルホレアは農業が中心の小さい町。デルフィーナ・カドーニさん宅で 理恵さんは料理を習う。ここはアグリツーリズモを経営している。場所は Il Corbezzolo Via Gramsci 59 Palmas Arborea Oristano 母屋の裏に6室の建物。20畳の部屋。2食付きで7万リラ!(4000円)。 トマトソースのパスタがマンマの得意料理。乳牛は50頭。理恵さんは、 乳搾りも体験。牛乳を加熱して90分。そしてまた熱してかき混ぜて、チ ーズを作る。これを絞る。プロヴォローネ・チーズの造り方を紹介した。
 夕飯は「スパス・デ・パーネ(固くなったパンの調理法)}はパンで作 ったラザニアというような感じ。翌日、ラヴィオリに挑戦。小麦粉から作 っていく。トマトソースも作っていくが、トマトの種は入れない!
 帰り際にマンマの三人の息子が馬の上で曲芸をしてくれた。涙の別れ。

 オリスターノ地区の名所、タロス遺跡。ボッタルガというカラスミも作 っている。この島は長寿の島。101歳のおばあちゃんの家を訪ねる。家 の仕事をちゃんとやる現役でした。

 アルゲーロを散歩。朝は冷え込んでいた。5kmに渡って続くサン・ジョ バンニ海岸。街のいたる処にスペイン風の建物がある。スーパーでムール貝 とカキなどいろいろ買う。ワインも安い!1本300円から。一番高いので も1800円!ムール貝は白ワイン蒸し。ラビオリなどを作って食べる。カ ラスミを削ってスパゲッティにからませている。


テレビ番組「「フィレンツェ・ルネッサンスの光芒」」

 2002年1月3日放送。製作はCBS Japan などでテレビ大阪で放送。

 500年以上前に群雄割拠のイタリアでルネッサンスが起こった。その中 心がフィレンツェ。それを支えたのはメディチ家で、紋章に浮かぶ6つの玉 がシンボル。その後300年にわたりフィレンツェに君臨し、忽然と歴史か ら去っていった。ボッチチェリ、ダビンチ、ラファエロ、ミケランジェロな どが活躍した。

 ローマから北へ約300km。アルノ川に沿って並ぶ中世の街並み。花の 聖母マリア大聖堂はフィレンツェのシンボルで15世紀に建造された。ヴェ ッキオ宮殿は政治の中心。ヴェッキオ橋は最も古い橋。シニョリーア広場は 宮殿に面している。
 グッチやフェラガモも本店を置いている。ソフィア・ローレンなどに愛さ れてきたフェラガモは2足作り、1足は店に残していたという。職人の町で もある。
 ウフィッツィ美術館。ウフィッツィとは事務所のこと。もとは事務所だっ た。ボッチチェリのヴィーナスの誕生。ダビンチの受胎告知。ミケランジェ ロの聖家族。ティツィアーノのウルビーノのヴィーナス。

 ヴェッキオ宮殿。小さな村で薬屋を商っていたメディチ家は丸薬をシンボ ルとした。コジモ、ロレンツォ、コジモ1世がメインの3名である。 1569年コジモ1世が国王となった。王にはカリスマ、神話、伝説が必要 であり、トルコ海軍を打ち破った。地球儀には日本も含まれている。
 ピッティ宮殿はベルサイユ宮殿の手本となった広大な庭がある。ヴァザー リの回廊はこの2つの宮殿を空中回廊で結んだもの。雨の日も風の日も誰に も邪魔されずに移動できた。1440年ミラノ軍を破り広大な国家を所有し た。フィレンツェは傭兵を用いていた。隊長はバルダッチョだったが、翌年 殺害された。

 ムジェット地方がメディチ家の出身地。13世紀からフィレンツェに進出 したらしい。フィレンツェは経済が発展し、貴族から実権を奪い、共和国と なった。銀行を各地に置いてメディチ家が発展した。コジモ・デ・メディチ はラウレンツィアーナ図書館を建築しルネッサンスを後押しした。ルネッサ ンスは宗教の重圧の元で停滞していた文化や生活を見直し、人間そのものの 価値を問い直そうという運動である。古代ギリシアや古代ローマを再評価し 新たな創造の足がかりとなった。
 サンマルコ修道院の、フラアンジェロの受胎告知は初期の傑作の一つ。ブ ランカッチ礼拝堂にはマゾリーノの「楽園のアダムとイブ」、マザッチョの 「楽園追放」(見事なまでに人間の感情を表現した)などがある。素顔の人 間を描いている。バルジェッロ美術館にはドナテッロのダヴィデがある。
 リッカルディ宮殿。ルネッサンス建築の最高峰とも言われる。銀行以外に もいろいろな商品の取引でヨーロッパ最大の総合商社となったメディチ家。 礼拝堂にはビザンチンの行列の絵がある。
 ロレンツォは命をかけて、1479年圧倒的に巨大なナポリと和平を結ん だ。それによりフィレンツェ市民の絶大な支持を得た。また芸術家を育てて いった。郊外にカレッジにメディチ家の別荘がある。芸術や学問は発展した が、銀行業はどんどん悪化していった。自らも詩を読んだ。ルネッサンスは 最盛期を迎えた。ボッチチェリの春、ヴィーナスの誕生などもはや重苦しい 芸術はなくなった。ヴェロッキオ作ダヴィデ像のモデルは若き日のダビンチ だといわれている。

 サンマルコ修道院の脇にギリシァ時代の彫刻を集め、彫刻を勉強させた。 その中にミケランジェロがいた。1492年ロレンツォは亡くなった。反ル ネッサンスの中心人物サヴォナローラによる恐怖政治が行われた。数多くの 絵画が焼かれた。1498年市民の怒りによりサヴォナローラは弾劾され、 シニョリーア広場で火あぶりの刑に処せられた。彫刻をおくことに決まり、 ミケランジェロのダヴィデ像が作られた。まなざしに美を置いたらしい。
 カッラーラに出向いてミケランジェロは大理石を切り出した。その時に泊 まった家が残っているし、大理石採石場も残っている。
 メディチ家霊廟を飾る作品「曙と黄昏」。ドゥオモ美術館にはパンディー ニのピエタ。キリストを抱くニコデモの顔は自らの肖像だという。
 コジモ1世が権力を掌握し、軍隊は領土を拡大していき、玉座についた。 南の国境の町サンセポルクロではトスカーナ大公国の歴史をひきつぐ祭りが 9月に今も行われている。石弓(クロスボー)に達者な者は英雄だった。今 も競技が行われている。
 外国の王国との結婚を進めた。カテリーナ・デ・メディチはフランス王と 結婚した。嫁いだ時に様々なものを持ち込んだ。特に食事はフランスの食事 を一変させた。ベジャメルソースやフォークなども持ち込んだ。

 宮殿内の王の寝室にある祈祷台も職人の腕がわかる。18世紀になると、 継承する男子がいなくなり、アンナ・マリア・ルイーザが残された。それを オーストリアのハプスブルグ家が引き継ぐことになった。シェーンブルグ宮 殿のマリア・テレジアとアンナ・マリア・ルイーザは、メディチの遺産が散 乱するのを防ぐために交渉し、遺産がフィレンツェから外に出ることを禁止 するように、遺書にも残した。現在でもピッティ宮殿には遺産が多く残り、 美術館となっている。ラファエッロの作品も多く残されている。霊廟の片隅 に彼女の肖像がある。1743年76歳で亡くなった。こうしてメディチ家 は歴史の舞台から消えていった。

 フィレンツェの職人街はこの頃からの伝統である。今回、鉄細工の職人の ジャンカルロ・ジャケッティさんと知り合った。プッチョさんと呼ばれてい る。有名な鉄の芸術家だそうです。でも彼の後継ぎがいない。
 近郊のサンタアガタで、ファリエロ・レプリさんは人形博物館を作ってい る。人形たちは動きます。

 郊外のマルマンティーレでメディチ家の末裔と言われる人が出現した。オ ッタビアーノさんは最近、本を出したらしいが、実際にロレンツォの18代 下の子孫であることが、最近学者により証明された。


テレビ番組「旅サラダ」2001年3月は中田久美さんでイタリア

●ミラノ
 ドゥオモ(大聖堂)14世紀から500年かけて建てられた。横には美し いアーケード街ヴィットリオ・エマヌエーレU世ガレリア。中心にはプラダ の本店があって、その前ではクルリとまわる人が多い。願いことが叶うらし い。
 スピカ通りは高級ブティックがある。ドルチェ&ガッパーナ本店。ブラウ ス4.5万円、スーツ11.2万円、ベルト6万円、パンプス4.5万円で した!
 「ブルガリ」ダイヤ入りの時計2479ユーロ、エメラルド&ダイヤのネ ックレス12.8万ユーロ。真珠のネックレス8600ユーロ。真珠の指輪 1140ユーロ、ブレスレット3565ユーロ。新作バッグ671ユーロ。
 「ファウスト・サンティーニ」で靴とバッグを物色。1.5万〜4万円。 履き易いらしい。

 道で焼き栗を売っていた。230円。殻入れもくれた。シナモン(ニッキ )の皮を売っていた90円。口に入れて噛むらしい。
 スフォルツェスコ城(入場無料)は今は公園で、美術館もある。ヘビの絵 が多い。ヴィスコンティ家の象徴だったらしい。礼拝堂もあり、フレスコ画 は天使たち。有名なのはミケランジェロの「ロンダリーニのピエタ」死の4 日前まで製作していたというもので未完成。
 サンタマリア・デッレ・グラツィエ教会にはレオナルド・ダ・ビンチの「 最後の晩餐」がある。その教会の向かいに有名なバッグのお店「ハイクラス 」がある。日本人の人がいる。280〜380ユーロ程度。9人で手作り!
 宿泊はシェラトン・ティアナ・マジェスティック。お洒落なロビー。100 年前に建てられたホテルを改築したらしい。クラシックな感じ。朝食付き、 28000円(ハイシーズン5万円)。
 「ナブッコ」で食事。前菜「カルパッチョ」1000円(チーズとルッコ ラという野菜と牛肉)、オマール海老(でかい!)のリングィーネ1800 円安い!。スズキのグラタン1800円(スズキの背を半分に分けてあって 海老のグラタンが詰めてある)。デザートはパンナコッタ700円。

●ベネチア
 JAL ユーロエクスプレスでミラノから300km、4時間でベニスに。 水上タクシーに乗る。水上バスもある。ゴンドラもある。サンマルコ広場で はカーニバルをやっている。仮装している人が多い。カーニバル2日目の日 曜日、小さなグループで仮面や衣装をつけて歩きまわっている。音楽をやっ ている人もいる。
 夜には電飾に明かりがつく。ニコラオ・アトリエで衣装をレンタルした。 24時間で17400〜20300円。
 「オステリア・ディ・サンタ・マリーナ」で食事。ショコやタコの「海の 幸の盛り合わせ」2000円。トウモロコシの粉を塗ったトレンタも付いて いた。クモガニのタリオリーニ1300円。フライの盛り合わせ2000円 (脱皮した蟹を皮ごと食べるモレケは名物らしい)
 街の中を歩く。Jesurum とういベネチアン・レースのお店。80年前に作 られたテーブル・クロス(7人で3年かかったという)600万円。150 年前のランチョン・セット6400円もある。シルクスカーフもある3.5 万円。首に巻けるハンカチーフはおみやげに買う日本人が多いとか。シルク のワンピース12万円。
 ゴンドラに乗る。目線がまた違う。13世紀のマルコポーロの家もある。 ため息橋というのもある。

●ムラーノ島
 ベネチアングラスの島。「ペトレリア・トゥカレ」で見てみた。工房の中 を見られる。馬の置物600円。工房の2階はショールーム。箸置きにもな る置物が600円。
「ベレンゴ・ファイン・アート」20−40万円のもの。「ナイト」は290 万円。

●ピサ
 ドゥオモ広場。12世紀のピサの斜塔がある。1990年から入場禁止。 ドゥオモは11世紀から200年かけて作られた。ロマネスク様式の建物。 ガリレオはここで振り子の法則を見つけたとか。

●フィレンツェ
 ピサから1時間。大聖堂(ドゥオモ)。14世紀にルネッサンスが花開い た。ヴェッキオ宮殿、ヴェッキオとは古いという意味。ヴェッキオ橋。メル カート・ヌオヴォ(新市場)。ここに猪の像がある。鼻をなでると商売繁盛 するという。コインを口に入れて、○○するとまた....
 Torre di Bellosguardo 高台にあり、14世紀の塔?と16世紀のお屋敷 をホテルに改造。天井はフレスコ画、案内してもらわないと迷う。エレベー タは家具のようになっている。一人乗り。天蓋付きのベッド。窓からはフィ レンツェの街が見える。ダブルルーム28500円(朝食付き)16室ある。
 夕食はトラットリア・オメロ。生ハムが上から吊ってある(20ヶ月経っ たのがおいしいらしい)。前菜は生ハム3種とサラミの盛り合わせ700円 、リボッリータ550円(豆とパンや野菜7−8種を一緒に煮たもの)、ヒ ステッカ・アッラ・フィレオンティーナ4200円(1200gの肉)。
 JALユーロエクスプレスでフィレンツェからローマに向かう。12000 円 でシエナとサンジミニャーノも寄ってくれる。ベニスとフェレンツェを結ぶ 線はサンマリノによる。フィレンツェからアッシジ経由でローマに行くのも ある。

●サン・ジミニャーノ
 13世紀の街並がそのままの残っている塔の街。地位や勢力を誇示するた めに高い塔を建てた。昔は72の塔があった。この街の名物 La Buca 猪の 生ハム100g550円。

●シエナ
 フィレンツェのライバル。3つの丘の上に立つので坂が多い。カンポ広場 はカーニバルの最中で、ぬいぐるみを着た子が多かった。17の地区の旗が 象徴的。
 ドルチェ・シエナという店で、パン・フォルテという中世からのお菓子を 食べる。100g170円。
 メディチ家の要塞が作られた。エノテカ・イタリアーノはワインを売って くれるイタリア一のワインセラー。試飲できるワインも1000種以上もあ る。ウェルナッチャ・ティ・サン・ジミニャーノはグラス580円(最高級 の白)をいただく。フルーティーとか。

●ローマ
 早朝「ヴィットリオ・エマヌエーレU世の広場」に行く。オレンジ?1kg 1000リラ!イチゴ1盛り75円、洋梨1キロ40円、オリーブの実も1 00g6000リラ。
 トレビの泉、18世紀に作られたバロック様式の泉。コンドッティ通りの つきあたりにはスペイン広場とスペイン階段。近くの Barcacciaという店で ジェラートを買う。小さいので230円。階段の上での飲食は禁止ですので ご注意!
 ヴェネチア広場は旧街道の出発点。「全ての道はローマに通ず」の起源。 フォロ・ロマーノは入場無料。200年前から堀り続けている。丘は歴代皇 帝の住居跡。西暦80年に完成したコロッセオに行く。5万人収容できる。 横には4世紀にキリスト教を公認したコンスタンチヌス帝の凱旋門がある。 8世紀に建てられたサンタマリア・イン・コスメティン教会の塔はローマで 一番美しいという。柱の模様が一つ一つ違う。神殿跡から見つかった一番古 いものが「真実の口」。起源前4世紀につくられた「かわの神様」らしい。
 宿泊は Ateneo Palace Hotel 2000年12月にできたホテル。泊まっ た部屋はジュニア・スィート朝食付きで29000円。中庭に面していて、 明るい。
 テヴェレ川の西側、サンタマリア・イン・トラステヴェレ教会。この場所 は最初に公式の教会が建てられたところ。安くておいしいレストランが多い というので有名。下町情緒が味わえるというので観光客にも人気。今回はピ ザで、Cavecanem カベカネムという店。夜しかやっていないところが多い。 焼き時間は1分半!ピッツァ・カプリチョーザは700円で具たくさん。生 卵ものっている。野菜のカルツォーネ580円は、ピザでオムレツのように して釜で焼く(モッツァレラチーズ)。

●バチカン市国
 サンタンジェロ城。もともと2世紀に城壁などを兼ねて建てられたもの。 そこから伸びる道の先にバチカン市国。正面はサン・ピエトロ寺院で6万人 入れるという世界最大のキリスト教会で、内部の博物館も世界最大。観光客 の立ち入り禁止区域にはスイス衛兵がガードしている。可愛い服はミケラン ジェロがデザインしたもの!
 次第に人が増えてきた。日曜はローマ法王が窓から挨拶をする。


テレビ番組「道浪漫」2001年12月9日、16日は溝口肇さんでシチリア島とマルタ島

 溝口さんはチェリスト。シチリアといえば、マフィアの故郷。イタリア料 理の素材も豊富な島。のんびりした景色と親しみやすい人。地中海の十字路 とも呼ばれている。

●パレルモ
 シチリアの州都。ここに来たら是非訪れたいのはマッシモ劇場。豪華絢爛 たる造りの上に、映画ゴッドファーザーVのラストシーンに使われている。
 バラロ市場。いくつもの文化が混じったシチリア独特の市場。オリーブの 海水漬けなど。市場には男しかいない。買物は男の仕事。女性は2階とか3 階とかにいて、昔の井戸のxxみたいなのに物を入れて上に引き上げている。 フィノッキオっていう野菜も4つに割って、そのまま食べる。セロリみたい な味らしい。
 パレルモ1と言われる食材店「マンジャ」に行く。試食を勧められたのは カッチョカヴァッロというシチリア独特のチーズ。日本人にあうはずだと言 って出してくれたのは、カラスミに相当する「マグロの卵巣」ポッタルガ。 いいオリーブオイルとしてカステルペトラーノ地方のを勧めてくれた。
 グランドホテル・ヴィラ・イジェアは老舗ホテル。tel:(39)091-631-2111 料金は26-78万リラ(15000-46000円)。
 アランチーノはシチリア版おにぎりで1個2000リラ(120円)その まま食べる。こちらの人は1人1日1個は食べるらしい。AVISでレンタ カーを借りる。アルファロメオ156。

●アリア
 いいオリーブオイルとして勧めてくれたカステルペトラーノ地方に行って みる。パレルモから内陸(南)へ1時間。ここに宿泊する。
 アグリツーリズモ(安く泊まれる長期滞在型宿泊所、通常3泊以上する) の「ヴィラダフネ」素朴な宿。料理教室あり。tel:(39)091-821-9174 フルボード(B&B+2食)25000リラ(7000円)。料理教室は8名からで1 人5万リラ(3000円)。
 トマトソースの作り方。(1)トマト、タマネギ半分、にんにく1かけ、バ ジルを茹でる。(2) これを全部こす。(3)タマネギ半分、にんにく1かけ、 バジルをみじん切りにする。(4)オリーブオイルを入れ、さきほどの(2)の トマトを入れる。(5)塩胡椒を少々入れ、20分強火で煮込む。(6)固めに茹 でたパスタを入れて、仕上げにパルメザンチーズとバジルを加えて混ぜる。 これでイタリア人の基本、スパゲッティ・アル・ポムドーロの完成。 トマトは煮込むことで深みが出るんだそうです。

●セリヌンテ
 シチリア島の南西。車で2時間。ギリシア神殿の遺跡がある。多くの民族 の攻防があった。カルタゴに滅ぼされてそのままになっているが、神殿はか なり残っている。

●カステルベトラーノ
 トラーバニ地方はシチリアの西。紀元前8世紀フェノキア人が始めた塩田 造りは今も行われている。アフリカからのシロッコという風が塩造りに適し ているという。TVではインフェルサ塩田が紹介されていたがどこか不明。 ここのミネラル豊富な塩を使ってチーズを作るのがイタリア人のこだわりで ある。
 カステルペトラーノのオリーブ園。夏が終わると実の収穫。ロケッタ社の ピエール・ルイジ・クレシマンノさんに採り方を教えてもらう。オリーブは 幸福の意味も含んでいる。機械を使わない収穫はここだけだとか。ここのオ リーブオイルextra virgin oilはアメリカのホワイトハウスご用達だとか。 一番おいしい食べ方を教えてもらうというので、連れて来られたのは、パン 屋「リッツォ」。オリーブの枝を燃やしてパンを焼いている。その間に溝口 さんはイタリアの家庭には必ずあるトマトをこす器具を購入。パンが焼けた 。大きな黒パン(セモリナ粉)でした。これにオリーブオイルをかけて食べ る。

●エリチェ
 西の端。ノルマン城。西から航海してきて最初に高いところに見えるシチ リアの象徴。ここで演奏する。
 シチリアを旅行したゲーテが書いている「シチリアなしのイタリアという ものはわれわれの心中に何らの表象をも作らない。」シチリアにこそ全てに 対する鍵があるのだ」と。

●メッシーナ
 ゴッドファーザーで描かれたシチリアの大地と同じ。ここで食べてみたい ものがある。羊飼いのニーノさんにサボテンの実でインドいちじくと呼ばれ る。500年前に新大陸からやってきたからインドいちじくらしい。これは おいしいらしい。ダブルフルートで演奏してくれた。2000年も前から 使われている笛である。

●タオルミーナ
 映画『グランブルー』の舞台となった街。ちょっと奮発して泊まったのは 撮影に使われたホテル、「サンドミニコ」。修道院を改築したもの。1泊朝 食付きでダブルデラックス室で1室658000リラ(37000円)。映像では黄金色 に見えました。「こんなホテル泊まったことない」。
 4月9日広場に行く。ここで会ったのはチーコさん。ホテルのバーで70 年以上もピアノを弾いていたのは熟練のピアニスト、チーコ・シモーネさん (90歳)。味のある演奏でした。

●マルタ共和国
 地中海のゆりかごと呼ばれる。英語を使う。城壁で囲まれる首都バレッタ はマルタ騎士団によって作られた町。モニュメントは敵を目と耳で警戒して いるから安心するようにという意味。街ごと世界遺産。海も青くてきれい。
 バスターミナルにあるバスは全てアンティーク。イギリスからの輸入品。 昔懐かしいボンネットバスは70年前のものだが、水色・橙色などカラフル でもある。すごく揺れるのでカメラマンが酔ってしまった。ミニスカの女性 が歩いていた(笑)。家のドアには鍵が差したままでした。
 巨石神殿が残る島でもある。ハジャーイム神殿は紀元前3000年などの 精密さは現在でも謎。

 聖ヨハネ大聖堂はマルタ騎士団の教会。500年前のもの。床には大理石 の400の墓碑。「いつも死を思え」というのが精神だったらしい。
 世界に誇る天才画家カラヴァッジョが描いた絵画「洗礼者聖ヨハネの斬首 」がある。ミケランジェロ・メエリージ・ダ・カラヴァッジョはイタリアの 10万リラ札になっている。凶暴だが、革命的な絵を残した。1607年に マルタ島にたどり着いて、マルタ騎士団に参加した。自らのサインを残した 唯一の作品らしい。この絵の前で溝口さんは演奏を捧げた。
 ここは、月曜〜金曜は9:15-12:30/13:30-16:15、土曜日は9:15-12:30

●ゴゾ島
 マルタ島からフェリーで20分の島。
 ホテル「タ・チェンチ」は奇妙な恰好をした屋根が特徴のコテージ・タイ プのリゾートホテル。円錐型のピラミッドのようにも見える。黄土色のよう なマルタストーンを使ってある。というか、義務らしい。1人1泊朝食付き で28-40マルタリラ(8400-12000円)。プールもいい!

 トマトソースでじっくり煮込んだ代表的なマルタ料理「たこの煮込み」を いただいた。あとオリーブとたまねぎらしい。日本人の口にあうらしい。  大聖堂の近くにある、ゴゾ島の女性が編む伝統的な手作りのレース編み であるバスチョン・レースは tel:(356)21561471


テレビ番組「のぞけ!叶姉妹 ゴージャスイタリア旅行」

 2001年5月13日放送?関東では2月18日に放送された。TBS製作。
 岡本夏生、小森谷徹、見栄晴、と叶姉妹(叶美香、叶恭子さん。パーソナ ル・トレーナーのジョンソンさん。荷物が多い。美香さんは2つ、姉の恭子 さんは10個程度?アリタリアでイタリアに向かう。12時間でミラノのマ ルペンサ空港に到着。

●ミラノ
 叶姉妹はリムジンで Hotel Principe di Savoia に。ここはミラノで一番 高いホテル。すごく豪華なロビー。いつも泊まるプレジデンシャル・スィー ト1001号室はマドンナやマイケル・ジャクソンも泊まったとか。10階は全 てが1001 号室ということ。3室(30畳x3)、リビング(60畳)、ダイ ニング、プール、サウナ、とても広いバルコニーなどからなる。広さは500 平方m。入ると警備の人が出てきた。1泊100〜150万円で1週間以上 の予約が必要。
 お部屋での夕食。「フォアグラのソテー」、「シーフード・サラダ」、「 二色のタリアテッベ(パウタ)・子牛のミートソース」、「マカロンチーニ の手長海老和え」、「そら豆と赤座海老のペンネ」、これらは叶姉妹の好み にしてもらっている。「カニソーニ豆とクラテッゾづめカッペリーニのスー プ」、メインは「お肉のミックスグリル・ポテト添え」、「子牛のスネ肉を 白ワインで煮たオーソブット」、「ミラノ風カツレツ」、「スズキのポテト クリーム」。デザートはピアノを形どったチョコレートケーキ、森の果物の タルト、くるみを添えたアイスクリームの盛り合わせ。この夕食は宿泊代と は別料金です。

 お気に入りのブティック。「ドルチェ&ガッパーナ」、恭子さんはキラキ ラするもの、ピンクや金に弱いらしい。280万円のドレスとか物色。で、 結局224万円。
 翌日ミラ・ショーンさん宅を訪問。彼女は58年デビュー、65年から人気が 出た。デザイナーの考えを伺う。ミラ・ショーンさんの趣味はアジアの漆や 陶器らしい。

 夜、カントーレ広場にあるレストラン「アル・ポルト」Al Portoで食事。 叶姉妹はいつもここらしい。今日のおいしいものを頼むらしい。ここは予約 もなかなか取れないらしい。1週間先まで詰まっているが一人1万円程度で 済むらしい。「タコのスペシャルボイル・ハーブソース」柔らかくて歯ぐき だけで食べられる!イカのイカ墨和え、マテ貝とホタテ貝柱のオーブン焼き 、手長海老のバヴェッテ(パスタ:お店を代表する一品)、スズキの白ワイ ン蒸し・オリーブ添え。
 叶姉妹お勧めの庶民的ランチは、バケッタ通り近くの Paper Moon 値段は リーズナブルで味はいい!沢山のものを注文してシェアする。一押しメニュ ーは15種類あるピザ。中でも菜園風ピザ1000円、ヴァレンティーノピ ザ950円。一番人気はミックスチーズピザ950円。普通はフォークとナ イフで食べるらしい。

 残りの3名が泊まったのは、Antica Locanda Solferino 映画監督のフェ リーニや名優マストロヤンニに愛されたホテル。シングル1.2万円、ダブ ル2万円。
 ドゥオモ(イタリア最大のゴシック建築)、1386年にジャン・ガレアッ ト・ヴィスコンティによって工事が始められ、500年かかった。
 古着専門店 La Specchiio di Alice (プルタディチネーゼ通り)で50 年代〜70年代のヴィンテージものを購入。

●ローマ
 叶姉妹がロベルト・カヴァリのパーティに招待されていた。カヴァリは、 ホイットニーヒューストンとかも使っていたとか。叶姉妹はそこに来ていた 雑誌記者などに囲まれて写真を撮られていた。
 美香さんがローマの貴族のお宅を見せてもらうことになっていた。丘の Palazzo Borghese さん宅。マルカントニオ・ボルゲーゼさんが迎えてくれ た。ローマ法王を歴代輩出してきた。支倉常長を描いた絵もあった。17 世紀の建物で147室ある。こういうお城を97軒ボルゲーゼ家は所有して いるらしい。

 残りの3名は、スペイン広場、トレビの泉、ヴィットリオ・エマヌエーレ U世記念堂など観光。

●フィレンツェ
 恭子さんは映画「ハンニバル」の主人公ハンニバル・レクター博士の大フ ァンで、撮影現場に一度行ってみたいという希望があった。カッポーニ宮の 中のある部屋。アンソニーホプキンス演じる博士が数ヶ月前に歩いていた場 所である。そこに置いてあったピアノは映画の中でレクター博士が実際に弾 いたもの。恭子さんはピアノに座って鍵盤に指をのせて感動。
 美香さんはワインが好きなのでワイナリーに行く。「フレスコバルディ」 のルーチェは好みだとか。ワイン蔵のカビが特徴で、蔵の状態管理にも熟成 にもいいという。イギリス王室ご用達のものもある。14世紀からワインを 製造している。'97 Nipozzano このニッポツァーノという名前は最高のブド ウが採れた時だけつけられるもの。ジャン・フランコ・フェレがデザインし た限定ワインもある。ルーチェは日本では6万円、イタリアでも高級レスト ランでは4万円程度。


テレビ番組「世界の車窓から」南イタリア地中海岸の旅

 2001年3月11日放送。テレビ朝日製作。沢田研ニさん。ローマからナポ リ経由シチリアまでの900km。

●ローマ
 テルミニ駅。ムッソリーニの時代に全ての列車がここに到着するように、 作られたためにテルミニ駅と呼ばれる。11時45分発のシチリア島シラク サ行きに乗り、ナポリで降りる。改札がないので、日と時間をうつ機械で刻 印する。列車は出発した。遺跡を車窓に映しながらローマを後にした。 103kmモンテ・サン・ビアッジオを通過した。同じコンパートメントに 座った人がサンドイッチやワインをくれた。

●ナポリ
 2時間で到着。ヴェスビオ山がある。紀元前5世紀頃からギリシアの植民 都市として発展した。ナポリ王国の首都としても栄えた町。「ナポリを見て 死ね」という言葉があるが、どんな街なんだろう。
 リストランテ「ミミ・アッラ・フェッロピーア」では魚介類を中心とした 料理。魚介類のトマトソースのパスタ。ナポリ湾の魚のアクアパッツァ。
 カンツォーネの店「ジルラ」ではロンディネッラさん一家が出る。紀元前 1世紀には音楽祭がナポリでは開催されていたという。

●ポンペイ
 ヴェスヴィオ周遊鉄道でポンペイに向かう。ナポリから40分。 紀元79年8月24日にベスビオ山の噴火で1日にして消滅した古代ローマ の都市。発掘された遺跡からは昔の時代の人の生活をうかがいい知ることが できる。横断歩道、パン屋、劇場、

●ソレント
 ヴェスヴィオ周遊鉄道の終点のソレントまでポンペイまで30分。温暖で レモンの産地としても有名。ヴェスヴィオ山をはさんでナポリの対岸に位置 する。あるお宅ではレモンの皮をむいていた。リモンチェッロを作っている ところ(レモンのリキュール)。夕陽が海に映えて綺麗!

●ビラサンジョバンニ
 ローマから653km。ここで列車はフェリーに積まれてシチリア島に向 かう。太陽がまぶしい。

●メッシーナ中央駅
 メッシーナ中央駅からシチリアの旅は始まる。シチリアは様々な民族の支 配下におかれた。島の人々は異文化を受け入れながら、自分たちの文化を保 っていった。
 午前11時15分発のパレルモ行きの列車に乗る。5分遅れで出た。島の 北側の海岸線を走る。浜辺を走るときれい。海岸線に巨大な岩山が見えた。

●チェファルー Cefalu
 巨大な岩山のふもとの町。映画ニューシネマ・パラダイスのロケ地として 使われた。「ジェラート・コン・ブリオッシュ」シチリア名物のアイスクリ ームのサンドイッチ。海がきれい。ニーノロータの♪太陽がいっぱいが似合 う海。

●パレルモ
 ヴェルディの「シチリア島の夕べの祈り」は1282年3月復活祭の日、 パレルモの教会のミサの時に起こった暴動から発展した独立戦争の物語。な みなみならぬ郷土愛と自尊心を持つパレルモの人々は今日を生きている。
 手回しオルゴールで人形師ミンモ・クティッキオさんが演奏している。劇 場に誘われた。クーピ・シチリアーニと呼ばれる伝統の人形劇。
 サンタマリア・デッラミラーリオ教会はローマ・バロックの共存型、隣の サン・カタルド教会はアラブ風。歴史の断片に至るところで出会える。 ノルマン王宮・パラティーナ礼拝堂は12世紀にパレルモの栄光の時代を築 いたルッジェーロ2世によって建てられた。いろいろな様式が混在している が、見事に調和している。

●トラバニ
 シチリアの西端を目指す。1両の電車。


テレビ番組「世界TVブティック」イタリアまるごと旅気分!」

 2002年1月6日、毎日放送製作。秋野陽子などが司会。ミラノ、ベネチア、フィ レンツェの街を紹介しながら、商品を紹介し、TVショッピングしてもらう という番組。電話番号は0120−77−1009。1月10日まで受付。

●ミラノ
 5つ星ホテルの紹介、プリンチペ・ディ・サボイヤ、スィートは1泊85 万円。エリザベス女王やマドンナも泊まった。
 食べるものとしては、今日本食が人気、寿司レストラン Zenは回転寿司。 人気のカフェとしては、Sissi プチケーキがおいしい。 Peck は食材が豊富。そこの地下1階にあるエノテカはワインが試飲できる 販売店となっている。ナイトスポットで人気なのはRipa で一番人気のカク テルはダイキリ。
 ダミアーニは1924年創立。宝飾界のアカデミー賞と言われるダイヤモ ンド・インターナショナル賞を18回受賞している。それで、イタリア三大 宝飾ブランドはブルガリ、ダミアーニ、アントニーニらしい。モンテ・ナポ レオーネ通りにお店がある。値札がついてないらしいです。
 食器で人気なのは、Taitu Shop エミリオ・ヴェルガミンさんが推薦。日本 家具は今、イタリアで人気が出始めていて、Urushi が人気。とくにフトンだ とか。
 ピケンズの毛皮は有名。またクロコダイルの皮のバッグ40万円は人気。

●ベネチア
 5つ星ホテルのバウアーホテル。スィートルームは1泊35万円。
 食べるものとしては、居酒屋のオステリア・アラ・ボッテ。チョコレート とケーキがおいしいのは、ポンテ・デレ・パスタ。人気のカフェはCaffe Florian。サンマルコ広場にあり、1720年創業でイタリアで初めてでき たカフェでとても有名。

●フィレンツェ
 5つ星グランドホテル「ヴィラ・メディーチ」。スィートルームは1泊 25万円。
 ブランド品は同じものでもミラノと比べると安いとか。バッグはどういう ものを選ぶのがいいのか、Mi.Mo.Da で聞いてみた。オーナーのモレノさん が言うには白はスポーティ、黒はエレガンスだという。
 食べるものとしては、人気のレストラン・ボッカネグラは高級ではないが 味は抜群とか。人気のカフェは Chiaroscuro 「キャーロスクーロ」、ホッ トチョコレートが特に人気。
 アンティーカ・ファルマチーア・ディ・サンタマリア・ノヴェッラは昔は 13世紀からの薬局だったけど、今は香水や石鹸を売っている。
 ヴェッキオ橋のトッツィーの店(サッカーの人とは別人です)ではシェル ・カメオ・ブローチなどを扱っている。
 車で3時間の陶器の町デルータのお店「デルータ・ネル・テンポ」では、 陶器。イタリアでは卵は復活を意味するが、卵形の陶器に入った時計。

 電話番号は0120−77−1009。1月10日まで受付。
(1)タイツー、テーブルウェアTea for two は7500円、いちご柄かりんご柄
 ディッシュセットは「唐辛子とアスパラ」柄か「オリーブとパブリカ」柄
 かを選択8000円。
(2)アルカディア・牛革バッグ ブラックとブラウン 14800円。
(3)ソリディア・マジックパンツ 2枚組 5800円
(4)バルカポンテ クロコダイルの皮を使ったバッグ248万円。
(5)トッツィー シェル・カメオ・ブローチ 29800円
(6)デルータ アンティック柄ウォッチ 14800円。王子柄か王女柄か花柄。
(7)サンボリの手作りのバッグは1日2個しか作れない。名前入りで通し番
 号も入っている。45000円。ブラウン、ブラック、グリーン
(8)ベネチアンガラスのネックレスとブレスレット。中に金箔入り19800円。
(9)ウィルマ・スパーリの花柄バッグ 9800円。ブラックかブラウン。
(10)ダミアーニは宝飾界のアカデミー賞と言われる
 クロノグラフウォッチ32万円(黒か茶)、Ladies Watch 32万円 (黒か赤)
 キャニオンリング11万円3色。ダイヤ入りキャニオンリング25万円3色。
(11)エトロ・ショール 黒とベージュ 9500円
(12)グッチ二つ折り財布 39800円
(13)フェンディ二つ折り財布 29800円
(14)フェラガモ二つ折り財布 19800円


日経新聞の12月22日の夕刊にイタリアのミラノのバールの記事

【日経新聞の2001年12月22日の夕刊にイタリアのミラノのバールの記事】
 最近、BAR「バール」では「ハッピー・アワー」というのが流行って いる。午後6時くらいから9時くらいまで、割安のドリンクをおつまみ付き で提供するもの。夕食前に楽しむ人が多い。
 例えば、ミラノ中心部の「カフェ・イタリア」では、ドリンクが 8000- 10000リラ(480-600円)で通常の3割引きで、そのうえ一杯飲むだけで、 ハム、サラミをはさんだパニーノやチーズをのせたカナッペ、パスタ、ポ テトチップ、オリーブなどが食べ放題となる。他の店でもこうしたつまみ をカウンターに山積みにして、店ごとのオリジナリティを競っている。
 これで夕食が食べられなくなる人も多いらしい(笑)


テレビ番組「豪華版・魅惑のワイン紀行、川島なお美「ヨーロッパ鉄道の旅」」

 2000年2月13日に関東で放送されたらしい。テレビ東京製作。関西 では2001年?月。

●ミラノ
 ドゥオモ、ガレリア・ビットリオ・エマヌエレを観光。高級食材店ベック は1882年創業、王室ご用達で、体育館ほどの広い厨房がある。300種 のチーズ売り場は圧巻。ワインは地下1階にあり、2万本、2000種が置 いてあるが、あと6万本ストックがあるという。日本でも手に入らないのが 飲みたいというので、Giacomo Conterno (ジャコモ・コンテルノ)'93 を いただいたが、これはイタリアでも手に入りにくいらしい。他より2〜3年 長く寝かせるらしい。
 中央駅から鉄道の旅が始まる。インターシティ(IC)500便(8:05発) に乗ってトリノの向かう(100分)。北部には有名なBaloro ワインがある。

●アルバ
 ワイン・アドバイザーのフランチェスコ・バトゥエッロさんが案内。車で トリノから50km離れたアルバ Alba の街へ行く。10月に行くと白トリ ュフの市がある(9月末〜11月中旬開催)。1キロ3000ドル!
 市に入るとトリュフに匂い。ニンニクに近い匂いだと品質がいいらしい。 半熟卵の目玉焼きにトリュフをかけて食べてみた。おいしいらしい。
 そこで料理の腕比べをする。アルバレット・デ・ラ・レット村のリストラ ンテ Cesare 「チェザレ」アルバの天才シェフのチェザレ・ジャッコーネさ ん、モンフォルテ村の「トラットリア・デ・ラ・ポスタ」のアルバの山嵐と いうジャン・フランコさん。
 前者の作品は、トウモロコシの粉で作ったポレンタに、カルディという野 菜をオリーブオイルを温める。卵黄にカルディをかけ、パルメザンチーズを かける。バターとローズマリーをフライパンで熱して、卵黄にかける。これ にトリュフをかけた。相当おいしいらしい。
 後者の作品は、羊のチーズでフォンデュを作る。生卵をお湯に入れる。80 度で塩と酢を入れて、脂肪を抜く。卵にはフォンデュをかけ、トリュフを かけたおいしいらしい。

●ボローロ
 Boloro ではネッビオーロ種というブドウを使い、長期熟成させる。1つ のワイナリーがジャコモ・コンテルノ。ここでは7−10年、樽熟成する分 もある。土の香りがするという。ブドウだけのタンニンで充分らしい。ボル ドーでは樽のタンニンを使っているという。小高い丘の上の中世のお城は今 はホテルとして利用されている。「ホテル・アル・カステッロ」はスィート ルームで20万リラ。眺めもいい。
 7:52トリノ発ユーロシティ136便でリヨンに向かう(4時間45分)。

●リヨン
 フランス第二の都市。旧市街の食堂街ブッションでは安くて気軽な食事が 楽しめる。レストランはオステルリー・ラ・プラルドでミシュランの2つ星 で、車で1時間のところ。フランスでも2つ星は70軒、3つ星は22軒し かない。「オマール海老のバター焼き、旬のシャンピニオン添え」、「山羊 のロースト胡椒風味、アーティチョークのムース添え」。
 9:13リヨン発の電車でブルゴーニュ地方のボーヌへ向かう(100分)。

●ボーヌ Beaune
 ブルゴーニュでは赤ワインならピノノワール、白ならシャルドネという2 種類で作ることになっている。1年前の11月、一樽分ワインを川島さんは ここで購入している。クロ・デ・ザボーという畑で生まれたもので、クロは 垣根を意味する。ワイナリーのビショー社に川島さんの樽が眠っている。1 樽から300本と言われるビン詰め代込みで150万円とか。
 ボーヌから車で1時間のレストラン「ラ・コート・ドール」。天才シェフ のベルナール・ロワジーがいて、1991年以来、3つ星を獲得し続けてい る。モーツァルトのようだと言われている。「カエルのハムのパセリソース 添えとニンニクのピューレ」など。

●ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ
 小さな畑がワインのワインの香水と言われているワインの聖地。ピノノワ ール種。これに恋した一人の日本人女性がいる。サヴィニー・レ・ボーヌ村 のワイナリー「ドメーヌ・シモン・ビーズ・エ・フィス」の千沙ビーズさん で、夫はパトリックさん。4代続いたワイナリーで、柔らかい水らしい。

●ジョルジュ・ブラン
 3つ星レストラン。「フォアグラ風味のブレス鳥とトリュフ風味のカブの フォンデュ」、「鮭とキャビア入りジャガイモのクレープ」「ミルクのジャ ム風コーンアイス」、フランスの歴代大統領が必ず訪れるらしい。
 ディジョン駅 12:15 発のTGV764便でパリを経て、シャンパーニュ 地方の中心地、ランスに向かう。パリまで1時間40分。

●ランス
 世界遺産のノートルダム大聖堂、世界遺産のサン・レミ博物館がある。 ドン・リュイナールは2000年前の地下の採石場をワイン貯蔵庫としてい る。ポメリー社でシャンパンを味わう。その夜、シャトー・ド・ラ・マルケ トリーで騎士号の授与式があり、川島さんは日仏のシャンパン普及に貢献し たというのでコトー・ド・シャンパーニュ騎士号に任命された。

●ボルドー Bordeaux
 パリを経てボルドーに行く。2つ以上のブドウをブレンドする。車で1時 間以上グランクル街道を行ったところにあるポイヤック村。ここのシャトー ・コルディヤン・バージュにソムリエの石塚さんがいる。
 ワインの銘柄当てをしてみた。石塚さんの出したのは、シャトー・ラフィ ット・ロートシルト '60 、川島さんが出したのは、キュヴェ・ナオミ '98 でした。

●シャトー・マルゴー
 シャトー・マルゴー'90 はとてもおいしいらしい。甘い。ワインセラピー 「スルス・ド・コダリ」のワイン風呂がお好みとか。


テレビ番組「道浪漫」2001年7月8、15日は真野響子さんでイタリア

 トスカーナ州やウンブリア州の小さな町を訪れて欲しいという駐日イタリ ア大使が言う。100万分の1の地図にも出てない町を訪問する。

●ローマ
 フォロ・ロマーノ。「全ての道はローマに通ず」というが、ここからベニ スに通じ、マルコポーロからシルクロードを通して、中国、日本に通じてい ると真野さんはいう。

●トーディー
 ウンブリア州。ローマから車で約2時間北東へ。かつての要塞の町。静か な町で、中世にタイムトリップしたような街。17000人の人口。ピエロ ・ドラッツィオさん宅を訪問。イタリア一の画家らしい。色彩の魔術師と言 われているらしい。30年前は壊れかけた修道院だったところを5年かけて 修復してアトリエに改造した。パレットを使わずにグラスのコップで描いて いる。
 リストランテ・ウンブリアで昼食。茄子、アーティチョーク、赤ピーマン など7種類。アグレッティはこの地方独特のハーブ。景色がとってもいい。

●ラブロ
 ローマから車で約2時間。山の頂上にあり、人口55人!イタリアの人た ちにも知られていない。何が必見かというと、30年前は崩壊寸前だったの が、街ごと修復した。現在修復中の旧フランチェスコ派修道院を訪問。14 世紀の建物で、8年の歳月と4億円がかかっているという。修復しているの は建築家ファビオ・ピトーニさん。
 イル・テアトリノ。客席数90の劇場。ここも修復前は教会だった。幕は オレンジ系でとてもきれい。
 観光客のためのものは何もないが、ホテルだけがある。パラッゾ・クリス ポルティという。中は現代風でオシャレ。1ヶ月前にオープンしたばかり。 白が基調で、1泊朝食付きで125000リラ(8700円)〜。窓を開け ると湖が見える。問い合わせ tel: +39-0746-636135
 その湖の向こうに滝がある。しょぼいけど、1日に数時間しか流れない滝 だった。マルモレの滝は165mでヨーロッパ一。上流のダムが放流した時 にのみ流れる滝でした。ラブロから車で30分。古代ローマ時代からの滝で あり、夏は1日2回、冬は週1回の放水がある。時間は要確認。問い合わせ は tel:+39-0744-549014

●グッビオ
 人口3万人。ロマネスク式の黄土色の屋根が立ち並ぶ街。街中がどことな く浮かれている。みなおそろいの赤いスカーフをしているのはお祭りのため だった。黄色は聖ウバルド、青は聖ジョルジョ、赤?は聖アントニオ。スカ ーフを購入。7000リラ(500円)!
 クーリ祭りは5月15日。街の守護聖人ウバルドに捧げるウンブリア州 最大の祭り。広場には1.5万人が集まった。午前11時半祭りの始まり。 クーリとはロウソクのこと。高さ4m、重さ400kg。鐘が鳴り、教会か ら人が出てきて、3つのロウソクが立ち上がる。そしてお神輿のようにねり 歩く。1本を8人1組で男が持ち上げて、人の海をかき分けていく。そして クライマックスは街中の疾走。だんじり祭りのようで、標高820mの山、 距離5kmの山を一気に駆け上がり、聖ウバルドの眠る教会まで競争する。
 山の上の教会で「シチリアーナ」をリコーダーで演奏した。

●ミラノ
 モンテナポレオーネ通り。アルベルタ・フェレッティ本店。最近人気らし い。この人はモンテ・グリドルフォという古い街を復興しているというのを 6年前に聞いて、真野さんは興味を持ったと言う。

●ファエンツァ
 ミラノから車で2時間。陶器の街。マジョリカ焼き。番地の名前は陶器で 作られている。陶器の博物館では世界の陶器が見られる。9月15日より 大阪・東京・愛知・山口でマジョリカ陶器展がある。Gatti 工房へ。ちなみ に Gatti とはネコのこと。1928年にオープン。ハイジ・オンタニさん の作品もある。

●リミニ
 アドリア海に面するリゾート地。フェデリコ・フェリーニの生まれ故郷。 中心街の下町はサン・ジュリアーノという街があって、2000年前のティ ベリウスの橋が街のシンボル。
 フェリーニの「アマル・コルド」(1974年)という映画があるが、リミニ・ グランドホテルはフェリーニの第二の家と言われるくらいで、この映画にも 出てくる。
 ホテル・カルルッチはモダンでオシャレな空間が若者に人気。1泊朝食付 きで18万リラ(14000円)から。問い合せの電話:+39-0541-954-677

●トルジャーノ
 人口5000人の小高い丘(ウンブリア州)にあるワインの産地。ルンガ ロッティ家へ行く。サッカーの中田も好きなワインらしい。トルジャーノ・ ロッソ・リゼルヴァ・モンテッキオはDOCGワインで品種はサンジョベー ゼとカナイオロでモンテッキオ畑産です。
 アグリツーリズモの体験。農家を改築した長期の貸し別荘で料理を作る。 四色豆のサラダ、アクレッティのごま和え、夏野菜のサラダ、リゾット・ クァアトロ・イゾラ。メインは子羊のウバルド風、あとは夕陽のパスタ。
 ホテル・レ・トレヴァゼッレ(5つ星)はルンガロッティ社経営。こだわ りの料理。1泊朝食付きで22万リラ(15000円)から。問い合わせは 電話 +39-075-988-0447 中田の愛したレストランがある。

●モンテ・グリドルフォ
 たった23人が暮らす箱庭のような村。宝石のような村。お昼休みは1− 3時。パラッゾ・ヴィヴィアーニというホテルしかない。8部屋のみ。壁に フレスコ画が!シングル14万リラ(約1万円)〜。この部屋はフレスコの 間で、天使のフレスコ画が3つ4つもある!
 小鳥とお話できる笛を吹く。この街は13年前崩壊寸前だった。それに私 財を投げ出して6年かかって修復したのが、アルベルタ・フェレッティさん だった。行きかたは、カトリカまで行って、車で20分なので、このカトリ カで行きかたを聞くのが一番らしい。ミラノからだと車で3時間。


テレビ番組「ビートたけし・塩野七生のイタリア三つの都の物語」

 TBS創立50周年特別番組。2001年11月3日放送。ビートたけし・ 塩野七生さんが、ローマ・フィレンツェ・ベネチアについて語る。 ルネサンス、宗教、戦争、お金などを話し合う。TBS製作。

 ホテル・ハスラー(ローマ)、ホテル・サンミケーレ(フィレンツェ)、 ホテル・アトレンテスター(ヴァチカン)、ホテル・ダニエリ(ベネチア) で塩野七生さんとビートたけしが話し合う。
 ルネサンスとは1000年間キリスト教が支配してきて人間の生活は変わ ってこなかった。それなら、キリスト前のようにやりなおそうというのがル ネッサンスだという。金持ちがいて消費が進むのが経済などが発展する基だ と塩野さんは言う。ルネサンスがその後の500年の西洋文明の基盤となっ ている。

●ローマ
 チルコ・マッシモ(円形大競技場)ではベンハーの映画であるような4頭 だての馬車が競技していた。
 サンタンジェロ城は、争いが起こると法王がこの城に逃げ込んだという城。

●フィレンツェ
 レンガ色の屋根と白い壁の街。ベッキオ橋は14世紀に木から石に作りか えられた。サンタ・クローチェ教会はミケランジェロやマキャベロなどの有 名な人のお墓がある教会として有名。ロマネスク様式のサンタ・マリア・ ノヴェッラ教会は内部の初期ルネッサンスのフレスコ画で彩られている。 サン・ジョバンニ洗礼堂の3つの扉のレリーフはルネッサンスの始まりを告 げたという傑作。特にリベルティ作の扉はミケランジェロが「天国の門」と 名づけた。
 街そのものがひとつの美術館とも言える。中でもサンタ・マリア・デル。 フィオーレ教会はフィレンツェ最大のシンボル。周囲の壁は15世紀のルネ サンス彫刻のモザイクで埋め尽くされ、丸屋根の内側も色鮮やかなフレスコ 画で覆いつくされている。

 銀行は力を持ち、イギリス王やフランス王の戦争も左右した。銀行家は 豪邸を構えた。ピッティ宮殿、パッツィ宮殿、コルシーニ宮殿、メディチ・ リカルディ宮殿などがある。15世紀にメディチ家が権力を持つとフィレン ツェは最盛期を迎えた。特にロレンツォ・メディチの時。またプラトン・ア カデミーを創設して学問を奨励した。工房も援助し、その中からボッチチェ リ、ダビンチ、ドナテッロ、ミケランジェロなどが育っていった。金持ちが コレクションをする。それによってミケランジェロとかは庭に置いてある古 代ローマ時代の作品を見て才能を磨いていったようだ。ボッテガ(工房)は 店でもあった。温室育ちは一番ダメで、外の空気が入っていって向上してい ったという。
 つまり当時のヨーロッパは専制君主などがいたが、イタリアは貨幣経済が 主体となり、共和制が敷かれていた。
 ブルネレツキはドウォーモを作ったが、丸屋根を作る技術は古代ローマ時 代からこの時代までは消えていた。持っている知識を全部集めてドウォーモ ができた。
 ウフィッツィ美術館には天才たちの有名な絵画が多くある。ボッティチェ ッリの「ビーナスの誕生」、「プリマヴェーラ(春)」は特に有名。ダビン チの「受胎告知」も。
 ヴィンチ村からきたレオナルド・ダビンチが特に際立っている。ヴィンチ 村のダビンチ資料館にはノートにあるものが形となって置いてある。時計、 自転車、鳥人間、運河と水門などの設計がメインとなっていた。最後に絵も 書けますと履歴書には書いていた。
 サン・マルコ修道院。アカデミア美術館。
 当時の芸術家の報酬はどうだったか。例えば、ミケランジェロのダビデ像 は完成には2年半かかり、総額670フィオリーヌ?が支払われた。当時フ ィレンツェ政府の課長クラスのマキャベリの年収の1.4倍の値段だった。 当時、並ぶものなしと言われたミケランジェロでさえその程度しか報酬はも らっていなかった。サンピエトロ寺院のピエタ像はバチカンの至宝と言われ ていますが、ミケランジェロはマキアヴェッリの年収の4分の3の金額を 請求したが、依頼主の枢機卿は高いと文句を言ったという。
 ロレンツォの死後、メディチ家は追放され、修道士サヴォナローラが登場 した。火を噴くような説教をしたサヴォナローラは政治と宗教を完全に一致 させた。一度信頼を失って、火あぶりの刑に処せられた。それと同時に、そ れまでイタリア人が田舎者と呼んでいたフランス(シャルル8世)とスペイ ン(フェルナンド2世)がイタリアを侵略しはじめ、1494年フランス王 は9万の大軍でイタリアに侵攻した。
 ヴェッキオ宮殿にフィレンツェ共和国の書記官だったマキアヴェッリは、 後にチェーザレ・ボルジアをモデルとして君主論を書く。その頃、ローマ法 王アレッサンドロ6世の息子のチェーザレ・ボルジアは16歳で枢機卿とな ったが、それをうち捨てて野に出た。フィレンツェにはこういう既成をうち 破るような男はいなかった。チェーザレはシーザーの意味であった。149 9年11月、イタリア中部のロマーニア?に進撃を開始した。
 イーモラの城塞、フォルリの城塞、などを次々落としてチェーザレは破竹 の進撃を続けた。またたく間にロマーニアを征服した。ウルビーノでマキア ヴェッリはチェーザレに会った。その後、部下に裏切りで領土を失っていっ た。その時にダビンチがチェーザレのところにいた。またマキアヴェッリは 3ヶ月一緒にいた。そして反乱者と和睦したようにみせて、反乱者を殺して いった。1503年、マラリアに倒れて、イタリア統一の野望は途絶えた。
 1512年メディチ家が復帰し、マキアヴェッリは失職した。彼はフィレ ンツェの郊外の山荘に引きこもって、君主論などを書いた。手書きで広がっ ていったが、印刷物となったのは、彼の死後5年後だった。彼はサンタ・ク ローチェ教会にお墓がある。
 死の3年後、1530年カルロス5世に征服されて、共和国時代は終わっ た。

●ヴァチカン
 日本ではキリスト教というのは聖なる宗教だと思っているけど、聖な状態 ばかりだったら2000年も続かないと塩野さんは言う。古代ローマ人には 現世が全部であって、天国と地獄はなかった。仏教は他の宗教を認めている が、キリスト教もイスラム教も他の宗教は認めていない。今のローマ法王は 他の宗教があることを認めている。

●ヴェネチア
 チェザーレ・ボルジアはヴェネチアだけは意識していて、敵にしないよう にしていた。ベネチア人は強い連帯感を持っている。9世紀あたりから現在 のベネチアは発展していった。聖マルコを守護聖人とし、翼をつけた獅子の 国旗を定めた。異文化との接し方になれていて、オリエントと深い関係を持 っていた。
 今も残るかつての国立造船所(アルセナーレ)は農地がないので、造船技 術と航海術が発展した。14世紀には中世最大の工業生産国となった。最盛 期には1日1隻作っていたらしい。
 ムッソリーニがベネチアの映画祭を始めた。イタリアのよいところは、 よいことをしたらよいことを残す点。本土とベネチアを結ぶ道路もムッソリ ーニが作った。より安全でより早い定期航路が必要だったので、アドリア海 に面する土地を基地としての港として確保していった。ザーラ、ラグーザ、 ドゥラッツォ、コルツなどからギリシャに至る。
 海運交通のためにも海軍力が必要だった。オリエントの物資が入ってきて いたので、他の国からも取引をしていた。外国の領事館があり、現在のNY のような存在だった。駐在大使というのを作ったのもベネチア。
 18世紀のはじめにサンマルコ広場に面したカフェ・フローリアンができ て、コーヒーを提供した。これが初めてで、これが広がっていった。文化人 はこういうサービスに弱かった。また、マキアベッリの本も発禁本だったけ れども、ここでは読めたらしい。
 ドゥカーレ宮殿の大会議場では1500人とか集まって共和制の政治を行 っていた。パオロ・ヴェロネーゼの描いた絵が天井にある。周囲の壁も繁栄 を描いたティントレットの絵になっている。14世紀にはマリーノ・ファリ エルは優秀だったが、君主制に移行しようとして死刑となった。
 元老院などを作り、十人委員会などがあり、アンチ・ヒーロー国家だった ので、個人が突出しないようにしていた。商人も独占させなかった。
 カーニバルの時。誰も仮面をつけてもよく、誰とつきあってもよかった。

●その他
 君主論、民主主義、小泉首相などについて語った。


テレビ番組「ルネサンス時空の旅人・聖なる都アッシジ物語」

 大竹しのぶさん。2001年11月3日放送。ルネッサンスの始祖ジョットの物語。 とてもよい内容でした。製作は日本テレビ。

●アッシジ
 ルネサンスのあけぼのを告げるドラマがウンブリア地方のアッシジであっ た。聖フランチェスコと画家ジョットである。800年前に、ヨーロッパの 歴史に大きなうねりを起こした。
 新しいキリスト教精神の始まりがあった。聖フランチェスコは「自然と共 に生きよ。人間の幸せはこの世にもある。自然こそこの世の平和と愛を与え てくれる。」と教えた。小鳥にさえも教え、それを理解させたという。

 アッシジの西はずれにある聖フランチェスコ大聖堂がある。13世紀の半 ばに建てられたもので、内部は生涯を描いた壁画でおおわれている。中世の 絵画の常識は無視された。「欲望にあけくれるこの世を正して欲しい」キリ ストの声を聞いたという。この絵はジョット・デ・ボンドーネが描いたとい う。生き生きした人物の動きで描いている。画家と聖人の二つの魂を結びつ けた。
 1997年、大地震がアッシジを襲った。ジョットーの壁画も砕けて、 修復は困難と思われた。ジョットの存在がなかったら、その後のミケランジ ェロやダビンチなどが出てこなかったかもしれない。遠近法を取り入れてい る。

●フィレンツェ
 ルネサンスの息吹を伝えてくれる。ジョットの鐘楼は14世紀完成した。 そしてドウォーモが15世紀1436年に完成した。そこでフィレンツェはヨー ロッパの新しい文明を作りあげた。
 ウフィッツィ美術館にはルネサンス時代の最高の芸術がある。廊下を歩い て最初の部屋には、最も大切な品が展示されている。「荘厳の聖母」金色の マリアとキリスト。ジョット作のこの絵、聖母の優しいまなざしの中から人 間性が見えた。当時、疫病で人々は苦しみ、生まれながらの職業に就いてい た。その上に教会にみな従っていた。写実的な表現は否定されていた。この 世とは違うのだというためだった。

●聖フランチェスコ
 アッシジの町は毎年5月、カレンディ・マッジョ祭りがある。1181年 に聖フランチェスコは生まれた。父親は裕福な商人で、彼も街の人気者だっ た。この祭りには彼も参加したはず。
 当時のアッシジは封建領主を追い出して自治都市としていたが、ペルージ ャなどから攻撃を受けていた。聖フランチェスコは捕虜となり牢獄で悲惨な 体験をする。そこで陽気なフランチェスコが目覚めた。キリストの声を聞い た。「崩れそうな教会を建て直しなさい。」それで争いや欲望と決別するこ とになった。街のふもとの小さい礼拝堂にこもり彼の教えを広めていった。 人間同士の争いの空しさを説いた。権力や財産を放棄しなければならない、 と考えた。神の作られたものは全て我々の仲間であり、兄弟である。彼の 実践した貧しさ、従順さ、貞節を重んじるという姿は大聖堂に残る服にも 現れている。何も持たず、全て神にゆだねれば喜びだけではなく平和にもな る。晩年、カルチェリで自然の中で瞑想したという。そこは今も修道院とし て残されている。かつては小さな洞窟があり、雨水を飲み、本を読み、小鳥 と語りあったという。まるで牢獄のような生活であったという。カルチェリ とは牢獄という意味である。
 1225年聖フランチェスコは生涯を閉じた。ジョット自身がその場に 居合わせたかのような絵を描いている。
 サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会。

●ジョットの一生
 大竹さんはサンタ・マリア・ノヴェラ駅から電車でジョットの生まれ故郷 ヴェスピニャーノに向かった。フィレンツェの東へ32キロの農村。生まれ た家も残っている。当時、貧しい羊飼いの子として1267年に生まれた。 熱狂的な十字軍の時代も終わりかけていた。石に木炭で羊を描いていたらし い。チマブーエというフィレンツェの画家がその悪戯書きを見て才能を見出 し、フィレンツェに出た。
 当時のフィレンツェは人口10万人で、ミラノ、パリと並ぶヨーロッパ最 大都市だった。共和制の国で、毛織物産業と金融業で栄えていた。ここで ジョットは2歳年上のダンテと出会い、ダンテの「新生」を読んだ。そして この世界にも喜びがあることを知り、人を愛することは素晴らしいことだと わかった。
 ジョットはサン・ジョバンニ洗礼堂の天井の装飾をまかされた。金色で 作ったが、これは現実のものではないと思っていたのではなかろうか。次に 大きな仕事がきたのは2年後だった。28歳のジョットは現実の喜びを新し い絵筆で表現する機会を得た。1295年。聖フランチェスコの死から70 年が経過していた。ジョットは聖フランチェスコの面影を求めて町の中を歩 きまわったという。壁面の一部はイタリアの芸術家によって作られていた。 そこで地上のフランチェスコを描こうと決意したようだ。
 大地も木々も人間も動物も、それぞれがあるものがあるままに生きている という姿を描いた。フランチェスコの生涯を28枚の絵として表現した。自 然の色彩を入れて写実的となり、現実の世界を描こうとして遠近法を取り入 れていった。ジョットは伝説の物語を現実の姿として描いた。過去の伝統を 価値観を捨てるものだった。
 ダンテは強硬派として政治力を目指していたが、破れ、1301年祖国を 追われ流浪の旅に出た。ジョットはアッシジでの技術を少しずつフィレンツ ェで、ほほの赤みとかとして表現しはじめた。
 サンタ・マリア・ノヴェラ教会で巨大なキリストの十字架像を作った。高 さ6m。一人の人間の姿として描いた。それまでは平面的だったが、顔はう つむき、肉体的であり、見る人に痛み、苦しみ、悲しみを思わせる。左には マリア、右にはヨハネを描いている。本当の人間が十字架にかかっているよ うで、何人も感動させたと言われる。
 ローマに向かった。半ば土に埋もれていた古代の芸術に接した。見事な写 実的な表現、立体感、全てが生き生きとしていた。
 ベネチアに近いパドヴァに、壁画を描いてから5年後にいた。学問の都市 としての名声があった街。街のほぼ中心にあるスクロヴェーニ礼拝堂で彼は ルネサンス芸術の誕生を告げる大壁画を作る。制作に取り掛かりはじめた 1305年、ダンテと運命の再会をした。ダンテはジョットにかくまわれて 意欲を燃やし、「神曲」を書いた。ヨーロッパ文学の最高峰と呼ばれる神曲 は、ダンテ自身が地獄から天国までを旅する物語であり、人間の心のありよ うを問いかける物語であった。
 1306年、壁画が完成した。人々が口々に驚きの声をあげた。壁も天井 も全て絵画で覆いつくしていた。天井は星の輝く青い空、壁は38の場面か らなるマリアとキリストの物語。アッシジで学んだ、聖フランチェスコと古 代ローマの写実主義の集大成となった。聖母マリアの父と母の接吻の場面か ら驚かせた。それまでは接吻は汚らわしいものとされていた。キリストを見 つめるマリアの目は慈愛に満ちている。温かい人間家族の愛が表現されてい た。1301年にジョットの見たハレー彗星も描かれていた。ユダの接吻の 場面のキリストの意味深い目。素晴らしい作品でした。天井の青さも非常に 印象的でした。
 絵を見て帰ろうとすると、入口には巨大な「最後の審判」の図が描かれて いる。祝福される群像の中にジョットは自分の姿も描いた。
 ジョットは1311年フィレンツェで「荘厳の聖母」を描いた。そして この絵の聖母マリアの目はジョットの心を伝えたかったのではないだろうか と番組は言っている。
 1321年9月13日、ダンテが亡命先のラベンナで56歳でマラリアで 死亡した。神曲を完成させた直後であった。神曲の中にジョットについて書 かれた詩があった。「アッシジは命の沸き出ずる場所」と言っていた。ジョ ットはフィレンツェのサンタ・クローチェ教会の壁画を描き始めた。ここで 聖フランチェスコを描いたが、葬儀のところではダンテの死を描きたかった のではなかろうか。それから200年後、毎日のようにこの絵を模写する 少年ミケランジェロの姿があったという。
 この壁画を描いた後に、ダンテが名誉を回復したという。67歳を越えて からジョットは大聖堂に鐘楼の設計を頼まれた。高さ84mでフィレンツェ のシンボルとしてふさわしいものだった。着工して2年後、70歳でこの世 を去った。大聖堂に埋葬された。ミケランジェロもダビンチもラファエロも 熱い思いでこの鐘楼を見つめたことだろう。シエナ出身のピエトロ・ロレン ツェッティはジョットの精神を受け継いで「夕日のマドンナ」を描いた。シ モーネ・マルティーニは聖フランチェスコに従った「聖キアラ」を描いた。 小林古径や前田青邨にも影響を与えた。



「福山雅治・西川貴教のオールナイトニッポンTV」

2001年9月30日?放送。フジテレビ制作。

 ニッポン放送のオールナイトニッポンでリスナーの夢をかなえるというもの。オランダ経由でケニアに向かった。次いでイタリア、ロシア、シアトルを回る、18日間世界一周。9月30日?放送。フジテレビ制作。

●ケニア
 岐阜県の大屋さんのリクエストは「キリンに飛び乗る」。トライしたがダメだった。茨城県の蜷川さんのリクエストは「パラグライダーでケニアを飛びたい」。早朝出発して、写真家のサイモン・コックスさんの案内でキジャベヒルというナイロビから70km離れたところに行く。レストランでコーヒーとチャパティというパンを食べる。荒れた山道を2時間かけて登る。 標高2670m、高低差600m。東アフリカを南北に縦断している大地溝帯である。サポート用の車が300m落下してしまった。仕方なく翌日はメイヤーズファーム(標高2300m)に行く。高低差660m。今回は地元の人に祈ってもらう。しかし風が強くなってフライトはキャンセルされ。3日目のトライ。男の方がケガをして、3年看護して結婚して、初めて夫婦で飛んだ。風速3m、着地点はマサイ族のサッカー場だった。
 Great Lift Valley Lodge に宿泊。ダニが多いらしい。
 愛知県のくみこさんから「ヌーの写真を撮ってきてほしい」。西に160kmのマサイマラ国立保護区に飛行機で行く。土の滑走路。高級リゾートホテルに宿泊。カバがいた。向こうにはナイルワニ。オグロヌーがいた。数百kmを移動してきている。噂では何万頭の大群がいるはず。川にワニがいるので足止めされていた。ヌーは非常に用心深いので、川渡りは地元の人でも一生に一度見られるか見られないかくらいらしい。それが見れた!2列になって川に飛び込んで渡っていた。

●イタリア・ミラノ
 東京都の平井さんからイタリア料理を学びたいという夢。ドウォーモ広場で待ち合わせ。平井さんは5年前にイタリアで修行したが、言葉の壁で挫折して帰国していた。ミシュランの2つ星「Aimo e Nadia」という店へ。取材の約束はランチのみ。後は3人で交渉する必要があった。オリーブ、新鮮な野菜、ハーブとミントを使って独創的な料理を生み出してきた。「バジリコのパスタ、トマトのピューレとリコッタチーズのせ」「ピエモンテ産子牛のカツレツ、アスパラ添え」など。世界中から料理人が集まってくる。3時間及ぶランチの後に、Aimo さんにお願いする。「厨房が狭いし、日本人もるし、働くのは難しい。」ということだったが、「1日だけでも働かせてくれ」とお願いしたらOKが取れた。朝9時からテストを受けることになった。Westin Palace に泊まったらしい。
 朝9時。まずパスタ作りから。塩加減から全部やらされて作ったのは「 モンテロッソ産アリーチ(ひしいわし)のパスタ」アンチョビとイタリア・サラダを使った。Aimo さんは塩が少し足りないという。しかし、可能性を秘めているから今年中にまた戻ってきたら働けるという。
 東京都、佳美さんから「ミラノの日本人学校へ手紙を届ける」。磯先生にす。荘厳な校歌も聞いた。
 兵庫県の吉田さん。「イタリア人でパスタが嫌いな人を探してほしい」。ラカードを下げて探した。47人目に見つけた。20年前から食べてないらしい。
 埼玉県の鈴木さん「ローマ近郊のバレンタイン聖堂でロウソクに火を灯し て欲しい」。日本から持参した赤いロウソクに火を灯した。
 ミラノとローマからオールナイトニッポンを放送した。

●モスクワ
 シェレメチェボ空港。何と38度だった。東京の駒井さんは「ロシア女性 をモデルに写真を撮りたい」という希望。赤の広場、マネージ広場で駒井さ んと待ち合わせ、モデルを街でスカウトしてヌード写真を撮りたいという。 断られるので「クラシーバ」攻撃をする。
 ショッピングモールに移動。ガードマンに撮影中止と言われた。弁護士を 連れていたからOK。国立建築大学で現像するための場所を借りる。明日の 撮影のために花を購入したが、レストランではしゃぎすぎて置き忘れてしま った。仕方なく同じ花屋さんに行って、花を買った。
 ボリショイ劇場の前で待ち合わせ。アンナ・ロマノフさん。アレクサンド ラ・ポジャルスカヤさんの2名。撮影場所はツァリツィノ史跡公園。許可さ れているのは3時間。撮影途中で、たまたまとおりかかった警察の指示で 撮影中止。弁護士の活躍で許可が取れた。ぎりぎりで撮影終了した。フィル ムは10本。古い機材で現像した。福山さんは2時間現像タンクを振り続け た。撮影は大成功だった。それで駒井さんに番組のプロモーション用の写真 を撮ってもらうことになった。
 もしかしたら Sheraton Palace に泊まった。

●シアトル
 宮城県の岩嶋さん「メジャーリーグの佐々木投手と対戦したい」。 小学校の時に最後に勝ったけど、対戦した打てなかった。佐々木の通算300 セーブのかかっていた日だった。相手はミネソタツインズで5対1で勝った 日。佐々木投手と直接交渉する。試合終了後、1時間して登場。しかし、 投げられないとのこと。仕方なく、逆に岩嶋さんが投げて佐々木投手が打つ ことになった。2−3から三塁に打った。ブーン選手のサイン入りバットを プレゼントしてもらった。

テレビ番組「森公美子、羽田美智子のイタリア・リビエラ海岸300kmの旅」

 テレビ朝日制作。2001年9月16日放送。

●ピサ
 朝市、トマトも種類が多い。ドォオーモ広場には奇跡の広場とも言われて いる。配置も絶妙。斜塔は1350年完成。大理石8階建、直径17m、高さ55m で完成当時から傾いていた。大聖堂は1118年完成。ドゥオーモ内部には、 説教壇も有名。天井は格子模様。
 アルノ川。11-14世紀に栄えた。地中海の覇権を握っていた。もともとは 紀元前2世紀に古代ローマの港だった。ドゥオーモ広場のすぐ側に古代ロー マ時代の遺跡もある。当時はセメントを使っていたらしい。
 造船所跡地近くにある Ristro dei Vecchi Macelli で高級トスカーナ料理 をいただく。アピーキウスが古代ローマ時代に書いたヨーロッパ最古の料理 本にあるもの、特にハーブを調べるのが、今回の旅の目的らしい。 前菜は「なすと野菜のグリル・パルミジャーノのバスケット入り」、パスタ は「パルミジャーノとロリフ詰めパスタ・いんげん豆のピューレ添え」、 トリフもアピーキウスは書いていたらしい。メインは「鴨の胸肉バジリコソ ース・人参のスフレ添え」、食後「カントウチーニ」というパンを Vin Santo という干しぶどうで作った食後酒に浸して食べる。デザートは「バル フェのアーモンド・バスケット」。

●ルッカ
 北に20km。高さ12mの城壁で囲まれた街。一度も戦争にあってない 街らしい。城壁の幅も20mくらい?ある。イタリアのほとんどの街はロー マ時代に宿泊した街だった。サン・ミケーレ・フォロ教会はファサードと呼 ばれる建物正面はロマネスク様式の集大成。イタリア建築の中で最も美しい といわれている。大天使ミカエルがてっぺんにある。プッチーニの銅像もあ る。生家もある。ピアノも置いてある。森さんのデビューがプッチーニの 「修道女」だったらしい。彼のよく通っていたカフェ・デ・シーモ(カフェ カゼッリ)も行ってみた。この店は1846年からあるらしい。
 旧市街の古代ローマ時代にできた円形のアンフィテアトロ広場に行く。 歌手の守護聖人のサンタ・チェチリアのお堂を見つけた。

●ルッカ郊外のマイオンキ?
 ルッカ郊外にはブドウやオリーブ畑。ヴィッラ・マイオンキに行く。今は 民宿となっているが、元は400年以上続く貴族の館。ワイナリーもある。 オリーブのアロマつけ、チーズのクロスティーニ。トスカーナでは奇数が 幸運の数と言われ、3つ以上の数が好まれる。豚肉の塩漬け、ブタロースの 生ハム、生ベーコン、サラミの盛り合わせ。パスタは2種類でフィレンツェ 風のスープ(パンと野菜の煮込み)とタリアテッレ・アロマ風味。メインは 鶏肉の煮込みオリーブ風味と野菜のオーブン焼き。デザートはイチジクと クルミのタルト。

●カッラーラ
 大理石の産地。アプアーネ山脈の山肌に白い谷が見える。グランシ広場。 16世紀ルネッサンス時代にミケランジェロが泊まったホテルに行ってみた 。テレコッタや大理石の彫刻がいたるところで見られる。 1395年に完成したドゥオーモも大理石。アルベリカ広場。 採石場近くのレストラン「ヴェナンチオ」でラルド・デ・コロンナータを 食べる。ラルドとはブタの背油を8ヶ月以上つけたもの。そこでまず、 ラルドのカナッペを食べる。職人が塩分を補給するためにパンにはさんで 食べていたらしい。パスタは「平茸とチーズソースのチシャ入りラザーニャ 」、象の耳といわれているパン?、メインはウサギの詰め物。鶏肉に近い らしい。
 平日は大理石を積んだトラックが行き来している。中心地にあるチーボ・ マラスピーナ館美術学校を訪問した。17世紀に完成したお城を利用。古代 ローマ時代の祭壇も置いてある。
 採石場は90あり、年間200万トン産出している。

●ルーニ
 カッラーラから南西に7km。古代ローマ帝国の円形闘技場の跡がある。 13世紀にヨーロッパを襲ったペストでルーニは破滅した。

●チンクエ・テッレ
 リグニア州。世界遺産。5つの村の総称。断崖にできた町。 まず、ヴェルナッツァ村。人口800人。古代ローマ時代にできた。映画に でてきそうな街。レストラン「ガンベロ・ロッソ」。前菜はイワシのレモン マリネとイワシの詰め物フライ。マリネにはイチゴ、揚げ物にはリンゴがか かっているらしい。パスタはスパゲッティ・ボンゴレ。メインはヴェルナッ ツァ風鍋。イワシをジャガイモの上にのせ、新鮮トマトなどを入れている。 デザートはシャケトラ(チンクエテッレ特産の食後酒)と卵のコロッケ。
 あとマナローラ村はカラフルな町。ここはフォカッチャが有名。ピザの 変形らしい。ここからリオマッジョーレ村への断崖がすごい!
 他には、コルニーリア、マナローラの村がある。モンテロッソ村から列車 に乗って、フィナーレ・リグレに行く。リビエラ海岸と言われる。

●フィナーレ・リグレ
 西リビエラ。ニースやモナコの東に位置する。18世紀に建てられた館を 改築したプンタ・エスト・ホテル。ここのテラス・レストランがお勧め。
 フィナーレボルゴは12世紀にできた。サン・ジョバンニ城は山の上にあ る。ジェノバとの戦いで無血開城し、牢獄となっていたので保存がいい。 ガヴォーネ砦はそこから徒歩15分。ディアマンテの塔もある。こういう塔 があるのは、こことスコットランドとロシアで3つしかない。ジェノバとの 戦いでこの砦は徹底的に破壊された。
 街の新しい方はフィナーレ・マリーナと呼ばれ、古いほうはフィナーレ・ ピアと呼ばれる。サンタ・マリア・ディ・ピア教会はバロック様式。フレス コ画が優しい感じを出している。
 ポンチ渓谷は古代ローマ時代の橋、ファーテ橋が残されていて、今も使わ れている。ローマ時代は馬車がとおるので4mの幅がある。

●サンレモ
 高台で一望できる。花のリビエラと呼ばれる。プリマベッラ(愛の女神) はサンレモの象徴。豪華なホテルや市営のカジノがある。G マッテオッティ 通りには高級ブティックがある。アリストン劇場でサンレモ音楽祭が行われ ている。
 旧市街はラ・ピーニャと呼ばれている。路地や階段が複雑に入り混じり、 16世紀の面影がある。マドンナ・デッラ・コスタ記念教会はバロック様式 の可愛い教会。
 海側はポルトソーレやポルト・ベッキオなどリゾートっぽい。イギリス人 によってリゾート化されたらしい。
 レストラン「ダ・ジャンニーノ」は有名。前菜は「カッポンマグロ」魚と 野菜をやまのように盛ったサラダ。パスタは「サンレモ風ペストのラザーニ ャ」。バジリコとポテトとアスパラが付け添え。メインは「タコのマリネサ ラダ・いんげん豆のペースト添え」、デザートは「リンゴのクレープ」と ジェレート。アピーキウスの本によると、卵にはじまってリンゴに終わるら しいが、それが今でもイタリア料理に生きている。


「世界夢紀行」は「陽気なナポリ」

 2001年5月の番組。制作著作JIC。
2004年2月29日にサンテレビで再放送されました。

●ナポリ
 人口300万人。ローマ、ミラノに続くイタリア3番目の都市。石畳とは ためく洗濯物。2600年以上の古い街。ギリシア人に始まる。ナポリとは ギリシャ語で新都市を意味するネオポリスが語源。町全体が世界遺産。

●観光
 ナポリの町を知るには、丘の上に登るのが一番。モンテサント駅から赤色 のケーブルカー(フニコラーレ)で上がる。斜面はハイセンスは住宅街。上 の方が高級らしいです。10分で終着駅に到着。ヴォメロの丘は16世紀に は要塞も建てられた歴史ある場所でもある。丘にたつとナポリ湾と旧市街地 が一望できる。絶景です。恋人の語らいの場所でもあります。
 サン・マルティーノ修道院は17世紀に建てられたもので、バロック形式 で、建物や中庭の美しさも芸術的です。一部は国立美術館になっていて、1 7−18世紀のアンティークが飾られている。しかし一番の芸術品はテラス からの眺め。ヴェスビオ火山、ヌオーヴォ城、ウンベルト1世のガッレリア 、王宮、カプリ島まで見渡せる絵ハガキのような風景が見渡せる。
 ヌオーヴォ城は13世紀に支配したフランスのアンジュ家の城。大理石の 見事なレリーフを施した15世紀の凱旋門で、ルネッサンス様式の粋を集め た傑作の一つ。
 16世紀になるとスペインの属州となった。王宮は17世紀にスペインの 王を迎えるために作られた。その後ナポリ王のものとなるまで、1世紀かか った
 古代ローマ時代の城壁が今も地下に残っている。二千数百年前に作られた という。ちょっと掘り返せば、こういう遺跡がいたるところから出てくる。

●ピッツァ
 ピッツァ発祥の地。トマトがたくさん取れるので、ナポリで生まれた理由とか。現在、一番人気なのは、ナポリの中心スパッカ・ナポリにある「ディ ・マッテオ Di Matteo」。かつてクリントン大統領がナポリ・サミットの時 に訪れたとか。直径30cm以上?のピッツァ各種3000リラ〜(200 円〜)それだけでおいしいといわれる生地に、トマト、モッツァレラチーズ 。生地は少し厚めで、短時間で焼きます。
 もう一つピッツァを揚げたカルツォーネともフリッタとも言われるもので 、生地が風船のようになり、おいしさが中に閉じ込められています。少し低 めの温度でゆっくり揚げるのがポイントとか。ピッツァフリッタ5000リ ラ(340円)。
 1889年イタリアのブルボン家のマルゲリータ王妃が庶民の食べるピッ ツァに興味を持ち、職人を招いて食べておいしかった。名前を聞いたら、マ ルゲリータというと答えたので、ピッツァ・マルゲリータが誕生した。その ピザ職人がいたお店が「ブランディ Brandi 」。老舗だけど気取らないお店 。王宮から贈られた「王妃を喜ばしたという感謝状」がさりげなく置いてあ る。作り方は、以前と同じで、まず生地を12時間寝かしてからのばし、フ レッシュで甘酸っぱいサンマルツァーノ種のトマトソースを塗り、パルミジ ャーノ・レッジャーノを加え、新鮮な水牛のモッツァレラチーズをのせ、バ ジルを無造作にのせ、ライトなクラシック・オリーブオイルをかけて焼くだ け。王妃はおいしさに感激し、統一されたイタリアの国旗の色はバジルの緑 、モッツァレラの白、トマトの赤になったという?ピッツァ・マルゲリータ は8000リラ(540円)です。ナポリではピッツァといえば、マルゲリ ータで、客の9割以上はこれを食べるという。

●カンツォーネ
 カンツォーネとはイタリア民謡のこと。「ア・カンツォンチェッラ A Canzoncella」では食事を楽しみながら、プロの歌声を堪能できる。オーナ はナポリを代表するカンツォーネ歌手アウレリオ・フィエロさん78歳。ナ ポリ音楽祭で4度優勝したイタリアの国民的歌手でもある。フニクリ・フニ クラ、恋する兵士などを歌いました。

●カフェ
 毎朝向かうのが、カフェ。一番有名なのはガンブリヌス Gambrinus とい うお店。創業して110年以上。昔は作家、芸術家、今はビジネスマンや学 生が立ち寄る。どんな高級店でも立ち飲みが基本。エスプレッソ1500リ ラ(100円)。エスプレッソも立ち飲みのスタイルもナポリ生まれ。デミ タスカップに入っているので、1口か2口で飲めてしまうからですね。スプ ーン1杯の砂糖を入れて、一気に飲みます。
 「カフェ・デル。プロフェッソーレ」は新しいエスプレッソを提供してい る人気の店。グラスに入っていてパフェのような感じ。茶色のヘーゼルナッ ツ・クリーム、チョコレートを入れ、その上から熱いエスプレッソを入れ、 さらにスチームで温めて出来上がり。カフェ・アッラ・ノッチェーラと言い ます。2000リラ(140円)。ヘーゼルナッツ・コーヒーです。さらに これに生クリームを加えたのが2001年スタイル。

●カプアーナ市場
 カプアーナ門のすぐ側に、1kmに渡って500軒があるカプアーナ市場 がある。靴やバッグ以外に食材が豊富。中でも黄金のリンゴと言われるポモ ドーロというトマトがある。魚介類も豊富で、映画「太陽がいっぱい」の中 でアラン・ドロンがナポリの魚市場を冷やかして歩いていましたっけ?片口 イワシがこの時期おいしいという。1kg8000リラ(540円)。
 買物は建物の上からバケツをおろして買物をしている風景も見られる。
 ここの周辺のレストランには必ずおいてある料理「ムール貝のスープ Zuppa di cozze」を、ナポリの名物料理をレストラン「ア・フィーア・ド・ ルチァーノ」でいただいた。1.2万リラ(820円)。作り方は、金属容 器に堅く焼いたパンを敷いて、アサリ、エスカルゴ、ムール貝、タコなどを 山盛りにのせ、タコをじっくり煮込んでできた熱々のスープをかける。熱い スープで外が煮えて、中はナマという調理法。唐辛子の入ったオリーブオイ ルをかけて仕上げ。
 もう一つ新鮮な海の幸を使ったボンゴレロッソは1万リラ(680円)。 アサリをたっぷりのトマトで煮てパスタにからめたもの。

●海の幸
 メルジェッリーナ港。かつてギリシァ人が来てから各国に支配されたのも 海が原因。
 サンタ・ルチアはかつては漁港として栄えた場所。水もきれいです。
 海に突き出した城が卵城とも言われるカステル・デッローヴォ・サンタ・ ルチア。5世紀に建てられたもので、城の下には大きな卵が埋まっていて、 その卵が壊れるとナポリも滅びるといわれている。
 卵城のすぐ側にある「ジ・テレーザ Zi Teresa」というレストラン。クリ ントン元大統領も訪れた人気レストラン。新鮮な魚介類をお客が選び、調理 法まで指定できるのが特徴。ナポリの代表的な魚料理を教えてもらった。た っぷりのオリーブオイルにトマトと淡白な白身魚ホーボーを入れ、魚のスー プをたっぷり入れ、塩とハーブを入れてから蒸し焼きにする。約15分で完 成。その魚のスープはパスタにからめて付けあわせ。魚料理は1kg2.8 万リラ(1900円)。ウェイターさんが食べやすいようにとりわけてくれ ます。ロブスターは1kg20万リラ(13600円)。調理法はシンプル に焼いたものが一番のお勧めとか。

●ナポリタン?
 ナポリのスパゲッティといえば、ナポリタンだけど、そういう名前のもの はない。ナポリ風といえば、トマトとバジリコを使った「スパゲッティ・コ ン・ポモドーロ」でしょう。ケチャップには砂糖などが入っているし、新鮮 なトマトが豊富にあるから使わないそうです。

●お菓子
 人気のパティスリーといえば、スカトゥルキオ Scaturchio。人気No.1 はスポイアティラで、貝の形をしていて、2200リラ(150円)。パイ 生地でサクサクしていて、中にはリコッタチーズが入っていて甘さも控えめ 。生地を厚さ1mm以下に伸ばして、それを年輪のように巻いていて、それ を輪切りにしてリコッタチーズを詰め込めば、あとは焼くだけ。焼く前は本 当の貝のようです。元々は18世紀頃に修道院で作り始められたそうです。
 ジェラートも人気で、「ジェラトリア・シンミア」は何度も賞に輝いた人 気のお店。50種類以上ある。


テレビ番組「新田恵利と高樹澪の情熱の南イタリア紀行」

 2000年。もう終わってしまったけど、大阪のスカイビル博物館でポンペイ最後の日の特別展が3日まで開催されていた。その客寄せにこの番組があったようです。毎日放送制作かな。

●ナポリ
 午後8時。夕食前の夕涼み。下町の路地裏のレストラン Osteria da Dora店の主人はギター片手にカンツォーネを披露してくれた。
 Ciro a S Brigida ピザの店。1860年創立。マリナーラ、ディオーロ、マルドリータの3種類。
 朝市へ。Mercatino Antignano トマト、魚、ナス、野菜がすごい。ピーマンもでかい。カポディモンテ焼き。ナポリ王国で1743年に王宮に?釜を開いたところからスタートした。造花である。細かい!
 国立考古学博物館へ。ポンペイのものやファルネーゼ家、ギリシアのものがある。天井もすごい。ポンペイの人の生活用品が置いてある。教科書によくでてくる「アレクサンダー大王」の絵の元になっているのもある。
 ポンペイだけ寄っても足りない。ここに寄らないと。

●ポンペイ
 紀元79年8月24日、ベスビオス火山が大爆発し、6mの灰の下に埋もれた。1748年から発掘開始。ナポリから車で30分。マリーナ門から入る。バシリカ、アポロ神殿、ディアナ像、公共広場が次々と紹介された。公認ガイドのロベルト・デ・カスパーレさんが日本語で案内してくれた。アボンダッツァ通り、パン工場。ファウノ家は、3000平方mの邸宅。悲劇詩人の家、スタビア浴場、体育館、小劇場、大劇場、円形闘技場が次々紹介された。円形闘技場は映画グラディエーターで描かれた剣闘士の姿をした剣闘士が戦ったようだ。

●カプリ島
 「リニア・ジェット」水中翼船で35分。クックルッロという靴を買う。草履みたいなもの。青の洞門へは陸路もある。レモン・チュリオというリキュールを飲んで船を待つ。港を離れて20分、青の洞門へ。入り口は大渋滞。ここで手で漕ぐボートに乗り換える。高さ30m、長さ54m、幅15m。青い光は、強い太陽光線の乱反射によるものらしい。


テレビ番組・藤原紀香的バカンス「ミラノ発モナコ感動記」

 2000年8月26日放送。制作はフジテレビ。

●ミラノ
 ドゥオーモ広場。500年かけて作られたドゥオーモの紹介。1865年につくられたガレリア。そこの十字路になっているところのカフェ。ピザの店「ラルカータス」。ここにピザ生地まわしヨーロッパ・チャンピオンのナジル・ルイスさんがいる。ピザをふくらませて塩・オリーブオイル・オレガノを少々かけた皮だけのピザ、「ホカッチャ」。
 オーダー皮製品の店「ラ・ニュー・ペッレ」店内のは全て手作り。1週間で作ってくれる。今回、仕事用のバッグと台本入れを購入。サンタマリア・デッレ・グラッツォ教会で「最後の晩餐」を見る。1498年完成した。左から4人目がユダです。

●トリノ
 ミラノから160km。工業都市。ポー川が流れている。2両連結の市内電車。夜8時でも明るい。トリュフを食べるために「リストランテ・デル・カンビオ Cambio」へ。ここの店は有名。まずワイン、白トリュフはシーズンオフなので、今回は黒トリュフ。「アスパラガスのラビオリ、トリュフ風味」さらに、「牛フィレ肉のポルチーニきのこソース、トリュフ風味」ほっぺを押さえて、ブオーモ。

●アルバ
 60km。ワインとトリュフと桃がおいしい街。ワイン工場。ピオ・チェザーレ(1881年創業)。広い地下室にでっかい樽(直径2m?)。2000年前のローマ時代の遺跡を利用している。1990年のはさまざまな賞を総なめしたワイン。それをいただく。

●ジェノバ
 アルバから170km。最大の港町。コロンブスの出身地。旧市街のガリバルディ通りを歩く。三浦知良が「ジェノア」にいたときの親友の店「アレックス・バー」。去ってからもう5年になるが、店内にはいろいろと残っている。中心地でイベントをやっていた。自転車レース「ジーロ・ディ・イタリア」の第17ステージ。カーブを曲がるところはカラフルな鳥の集団が通りすぎる感じできれいらしい。

●ニース
 海岸通り。プロムナード・デ・ザングレを歩く。すてきな街並みと海。「ラ・コリンヌ・デュ・シャトー」から街の高台にあがるエレベータ(60円)でとてもきれいな海と海岸線。

●グルドン
 ニース郊外の香水用花畑の街。ラベンダー・ジャスミン・スミレ・ミモザなどが栽培されている。香水博物館、ミュゼ・ドゥ・ラ・パルフェムリィ。グルドン市場も花が多い。
 Galimard 社香水工房。フランスに60名しかいない香りのスペシャリスト「ネ」の一人、ジャック・モレルさんがいる。香水を作らせてもらう。まず、ベースノートを選ぶ。今回、紀香さんが選んだのは、ジャコウ、Ambre Vert Bois de Sautal で、ついでミドルノートは note civetteJasmin musque Rose Orient そしてトップノートは Rose de MaiOranger
Fruit de Bargarrote Lavender これにさらにミドルノートとして Anred Peche と ○ria Fruite を加えた。次にフタを選ぶ。Norika と名づけたネーム入りのラベルを貼って終了。保証書もくれた。

●ニース
 タラソテラピーせんたー「ビオヴィメール Bio Vimer」。タラソテラピーとは、海水・海草・海の泥を使って体の自然治癒力を高める方法。スーパーモデルも使っている。フランスが発祥地らしい。まずは、ドクターチェックがある。海水フォームバス、海水ジェットシャワー。海草入り海の泥パック(ホホ、アゴ、足のみ)。海水プールエアロビ。本来なら数泊してやるのだが、今回は1日体験。
 花とハーブのホテル&レストラン「ラ・バスティド・サン・アントワンヌ」。ほとんど知られていないホテル&レストラン。庭とテラスが気持ちがいい。ホテルを見ると花がホテルにからまっているようにみえる。オリーブ・ハーブに囲まれている山の斜面の小さなホテル&レストラン。ここでお茶。

●モナコ
 ニースから20キロ。人口3万人。モナコ国籍の人は5000人。世界で2番目に小さい国。モナコ・グランプリの時だった。決勝3日前のフリー走行の日。今日は特別にF1エリア内のピットの上から見ることができた。鈴木亜久里がいる。大公宮殿、ホテル・ド・パリ、カフェ・ド・パリ、グラン・カジノが紹介された。街のいたるところにTV取材がある。カジノ広場。
 第58回F1モナコグランプリの決勝当日。バスの列がすごい。観客がいたるところにいる。チケットを持って観客席へ。席に着くのに既に汗だく。3.4キロを78周する。シューマッハーが途中まで独走するが、56周目にトラブル。モナコマイスターと呼ばれているらしい。しかし、デビッド・クルサードがトップにたち、そのままゴール。2位パリチェロ、3位フィジケラでした。ヨットは汽笛を鳴らして祝福していた。
 その夜、第58回グランプリ・オートモビル・モナコの夕べが開催された。翌日は静けさが再びやってきた。


テレビ番組・水野真紀,紺野美沙子「本場イタリア・パスタ修行珍道中」

 テレビ朝日製作,2000年7月16日頃放送。二人がパスタの修行をして,最後にローマでパスタの技術を競う番組。
●ローマ
 「アーガス・エ・ロメオ」という店。人気No.1の店で,オーナーシェフのアーガタ・パリゼッラさんは国民的人気番組「マッティーナ・イン・ファミリア」のレギュラー出演者で,種々の人気メニューを造りだしている。ここで「スパゲティ,車海老フレッシュトマト風」,「フシッリ,フレッシュ・チーズとピーマンのソース」を二人は食べてみる。おいしい。パスタはイタリアには300種以上あるとか。パスタのゆで加減,ソースの作り方,マンテカーレ(フライパンでパスタとソースをからめること)が大切。鍋は口が広く深いものを使用する。塩を入れるのは,沸騰してから入れる。それからパスタを入れる。さし水はダメ!塩は荒塩を使い,量は塩:パスタ:水が1:10:100が目安。かきまわして茹でること!パスタを入れたら蓋をする(理由は家庭のコンロは火力が弱いから)。ゆで汁は捨てないでマンテカーレで使う。ゆですぎないこと!芯が多少残っている状態がよい。というのもマンテカーレがあるから。

 ローマ大教授のカルロ・カンネッラさんにパスタを聞く。マルコポーロが中国から持って帰った棒状のものが,それまでとは異なるパスタを展開させるようになった。セモリナ粉を100%使うことがイタリアでは義務付けられている。ローマ時代のパスタはラザーニァのようなものだったらしい。生パスタ専門店「ラ・スフォリア」では,法律で冷蔵庫で4日間持つものでなければ売ってはいけないと言っていた。先生は空豆と豚のホオ肉で作ったものが古代ローマ時代に食べていたものだと教えてくれた。

●いろいろなパスタ
 プーリア州は「カヴァテッリ」という生パスタを作り,ブロッコリーと混ぜ,ソースはアンチョビーをニンニク,唐辛子,オリーブ油でつくった。
 トスカーナ州は「リガトーニ」。玉ネギ,イタリアンパセリ,ニンジンなどを細かくきざんでオリーブオイルで炒め,ゆで卵,トマトキューレを入れる。
 カンパーニャ州の「スパゲッティ」。唐辛子のオイル漬けをニンニクと炒め,スパゲッティと混ぜる。スパゲッティ,アリオ・オリオ・ペペロンチーノ。アリオはニンニク,オリオはオリーブオイル,ペペロンチーノは唐辛子で,ナポリの代表的な料理である。
 カラブリア州の「フェラッツォエッリ」S字形。ナスをオリーブオイルで炒め,ナスとトマトピューレと玉ネギを入れて煮込む。日本の食材で和風パスタを試みる。山菜を醤油で炒めて,スパゲッティを入れ,明太子を加え,納豆も乗せてみた。

 「イ・プリーミ・デッラ・クラッセ」は130種類のパスタが味わえるパスタ専門店。3種類の盛り合わせで出てくる。「ブカティーニ・アマトリチャーナ風」,「スパゲティ・カルボナーラ」,「トレネッテ・イカスミ風鮭の卵和え」。イタリアでパスタを食べる時のマナーはスプーンを使わないこと。またパスタは前菜として出てくるものだが,今は大人気でメインを抜くようになっている。「イカスミ風ニョッキ」,「ファゴッティーニのキノコ和え」,「バラ・ソースのクオリチーニ」

●ナポリ
 朝市へ。日本で食べられない貝も生で食べた。トマトはイタリア語でポモドーロ。サンマルツァーノというトマトは入手できなかった。かわりにチリエジーノというのを食べたがおいしかった。自分のほっぺたに人指し指を指してくるくる回転させて「ブオーノ,ブオーノ」というとおいしい意味らしい。

●グラニャーノ
 ナポリの郊外。ラテン語で麦という意味。100年前から創業しているパスタ工場「ディ・マルティーノ社」を見学。ここの水も大切らしい。この街の中心のコンチェリーア広場でもその湧き水が飲める。無料。ベスビオス火山から湧き出る水。湧き水と水道水でゆでて差をみた。ちゃんと差がわかる程度である!紺野さんはその湧き水をポリ缶に入れて持ち帰った。
 トラットリア「メディーナ」で「魚介とフレッシュトマトのリングイネ」を食べて魚介との相性を見た。あと「野菜とツナのリゾット」も食べた。ここで質問してわかったのだが,魚介のパスタにはチーズはかけない!!たたいて伸ばした肉にパルメザンチーズをのせて包み,バジリやニンニクと共にオリーブオイルと炒め,トマトピューレとを加えて煮込む。これがラグーソース。トマトソースはグルタミン酸,肉にはイノシン酸が入っている。これらは単独ではそれほどおいしくないが,混ぜると非常においしくなる。これは,日本の昆布のグルタミン酸,カツオのイノシン酸の関係と同じであ る。

●ソレント
 民謡で有名な街。一番人気の「リストランテ・オ・パッルッキアーノ」で昼コース3000円〜。シーフードがおいしいらしい。50センチのカサゴを一匹使ったパスタを食べる。「アクアパッツァ」ぐつぐつ煮炊きするという意味。今回のは「リングイネのアクアパッツァ」

●カプリ島
 ホリディ・インに泊まり打ち合わせをした。またパスタを食べた。「トラーベットーネの胡椒とチーズ和え」,「リングイネのボンゴレ」これでこの旅25皿目らしい。

●フィレンツェ郊外
 オリーブオイルの味も知らないといけない。最近オリーブオイルのオレイン酸が動脈硬化になりにくいというので,オリーブオイルが人気。オリーブオイルはエクストラ・バージン・オイル(茶色が濃い)が新鮮なジュースに近い味らしくて,最高級だとか。「いんげん豆のスープパスタ」にもドッとオリーブオイルをかけていた。

●ボローニャ
 「グランドホテル・バリオーニ」地下のリストランテで「タリァテッレのボロネーゼ(ミートソース)」と「トリアンゴリのハーブ入りチーズソース」をいただく。ミートソースとラグソースの違いは,ニンニクでなくタマネギを使っていることだという。ボローニャのパスタにはパルミジャーノ・チーズを必ず使う。

●ボローニャの西のレッジオ・エミリア地域
 ここで育った牛からできる乳からつくったチーズがルミジャーノ・レジャーノという。パルミジャーノ工場(ロッスィ・フラテッリ社)を訪問。600年前から製法は変わっていないとか。16キロの牛乳から1キロのチーズができる。分離した乳脂肪を20日間塩水につけた後,24ケ月倉庫で熟成させる。1つのチーズの固まりは35キロもある。ボローニャのある,エミリア・ロマーニャ州は各家庭で手作り生パスタを作っている。テレーザ・ベルトゥラーミさん宅を訪問し,生パスタの作り方を教えてもらう。100gの強力粉に卵一つが基本。そして力を入れてこねる。うち粉を少なくする。生地は乾燥させないように紙の薄さまですばやく伸ばす。目的によってはその後が変わる。
 トリテリーノは四角に切って,牛肉・鶏肉・生ハムなどをワインで煮込んだものにパルミジャーノでであわせたものをのせて,ギョウザのように閉じて折る。次は同じ具にほうれん草を入れたもの。フェットチーネやマリタリアーティなど切り方を変えて作っていく。牛肉と鶏肉,セロリと玉ネギでだしを取ったスープにパスタを入れ,うちたて,入れたてを食べる。最後に,パルミジャーノ・レジャーノをかけて食べる。Buomo らしい。
 泊まったホテルは,Best Western の Albergo Dei Medaglioni らしい。水野さんはこのホテルの近くの店でパルミジャーノ・レジャーノを買った。

●ローマ
 「アーガタ・エ・ロメオ」へ帰ってきて,二人のパスタ決戦。審査員は,アーガタさん,ローマ大教授のカルロ・カンネッラさん,主婦のモレーナ・フラティーニさん。料理の時間は買い出しを含めて3時間。
 まず食材を買いにいく。ピアッツァ・ビットーリオ市場。紺野さんはアサリを1キロ,トマト,イタリアンパセリ,など。水野さんは卵,ジャガイモ,イタリアンパセリ,ピーマンなど。
 紺野さんは,アサリをニンニクとオリーブオイル・唐辛子で炒めた。トマトを後で入れる。そら豆をパスタの方へ入れて,それをソースに移し,マンテカーレ。「リングイネのボンゴレそら豆入り」が30分でできた。イタリア国旗をイメージしたとか。ゆで加減,塩加減OK。ボンゴレとそら豆の組み合わせもOK。おいしかったという。勝ちはこちらで決まりか?
 水野さんはジャガイモをゆでて,マッシュポテトにする。卵を入れて,ニョッキを作る。うらごしをした赤ピーマンにも小麦粉を入れて赤ニョッキを作る。さらにイタリアンパセリで緑ニョッキ。それをゆでる。日本の白玉のイメージを用いたという。牛乳と生クリームとチーズでホワイトソースを作る。「真紀風クリームチーズの三色白玉ニョッキ」と「トマトソースの白玉ニョッキ」ちょっとゆで過ぎたか?という意見もあったが,チーズ以外に塩は入れていないし,味もすばらしかったとか。
 二人ともすばらしい料理だったようですが,水野さんが勝ちました。水野さんの写真はこの店に飾ってあるそうです。


テレビ番組「道浪漫」2000年7月9日,16日は山口裕美さんでイタリア

  アートディレクターの山口裕美さん。
http://www.so-net.ne.jp/tokyotrash/
イタリアで日比野克彦さんの手紙を受け取る。それの返事を書くために,紙などを求めてイタリアを巡る。スイス航空でチューリッヒ経由で入ったようである。

●ローマ
 スペイン広場。リペッタ通り。コロッセオの近くの電話ボックスRoma2000が登場。マッシモ・ダレッサンドロ作。緑がかった透明な仕切りのないボックス。
 市内が一望できる丘の上のカフェで日比野さんの手紙を読む。返事を書くためにまずスペイン広場の近くの文具店「カンポ・マルツィオ・ペン」店でアンティック調のペン,アウグストペンのセットを2万リラ(1200円)で購入。封をするためにシーリング・ワックスを購入。3万リラ(1800円)。貴族などが使っていた。伝統的な紙ならフィレンツェがいいという。
 額縁屋「Laboratorio」はポポロ広場から歩いて5分。住所は Via di Ripetta 39-a Roma 00186.

●シエナ
 バスで到着。12世紀に栄えた街。芸術・学問・坂の街。シエナ・カラーといわれる茶色の建物。中心のカンポ広場は中心に向かってゆるやかな傾斜を持つ貝殻のようなフォルム。そこでマンジャの塔に登ってみるが,エレベータはなし。高さ102m,400段の階段。ここから見ると9枚の三角形が扇形になっている。

●キャンティ地方(トスカーナ地方)
 ブドウとヒマワリとオリーブの畑。「黒い鶏の地キャンティ」siete nel mondo del gallo nero と書いてあるたて看板がある。黒い鶏のマークで知られるキャンティ・クラシコの名のワイン。12世紀からワインをつくるワイナリー「バローネ・リカゾリ」。年100万本生産する。地下の蔵には1841年のものもあった。当然飲めないとか。
 ホテルはアグリトゥーリズモ「ファトリア・ラ・ロッジア」中世の修道院を改造したもの。1泊60万リラ(37500円)。アパートメントタイプで,5名用,3泊から。壁に残されたフレスコ画は15世紀。宿泊客は自分で食料を持ってくるのが決まり。隣村(人口45人)で食料を調達。ここのホテルは広大な敷地を持っている。オーナーのジュリオ・バルファルディさんを訪ねる。20年前にここに来て改造したとか。敷地全体が広大な美術館になっている。若い芸術家を無料で住まわせていて,敷地にその作品を置いている。案内書にも載っていない美術館。
 ホテル・テレーノはキャンティのブドウ畑の中にあるアグロツゥーリズモで,住所は Podere Terreno Alla della Volpaia.
tel fax:+39-0577-738312

●フィレンツェ
 市のマークはユリ。それをあしらったフィレンツェ・ペーパーは有名。シニューリア広場。14−16世紀のルネッサンスに花開いたフィレンツェの中心。
 「ジュリオ・ジャンニーニ」は文具店でマーブル・ペーパーで有名。マーブリング・アーティストのマリア・ジャンニーニさんが100年以上の歴史のある工房で見せてくれた。海草をゆでた汁に比重の異なる絵具を浮かべる。紙をのせてさっと引いてできあがり。1枚1枚作っていく,手作り。同じ模様は2つとない。ご主人は5代目ガブリエルさん。

●ペルージャ
 岡の上にある街。11世紀中世の面影を色濃く残す。中心街は岡の上。エスカレーターでずーっと何個も上がっていくと,パオリーナ城の中に入ってしまう。道の途中には観光案内所やアート・ギャラリーもある。
 「カフェ・ペルージャ」Caffe di Perugia の2階へ。ウェイターのゼニ君は中田とワインを飲みにいったこともある仲だった。中田がよく来た店。ここでは言わなかったが2階のそこの席にいつも座っていたとか。今回は「ウンベリア風トリュフのパスタ」24000リラ(1500円)は中田もよく食べたとか。住所は Via Mazzini 10 Perugia

●ファブリアーノ
 イタリアで一番高級な紙。紙作りで知られる。13世紀,紙作りの技法をヨーロッパ仲に広めたという街。「紙とすかしの美術館」でファブリアーノペーパーを見る。すかしが入っている。800年前から作り方は変わらない。木綿のはぎれ,ボロ布を細かく切って,1週間水に浸ける。ふやけたところを水車を利用したハンマーで叩き潰す。布の形がなくなると大きな樽に移してザルですくって作る。すかしはザルにあるフィリグラーナという銅枠によってできる。再現された800年前の工房で,ロベルト・ラパノッティさんが見せてくれた。昔の服も着ていました。
 フラサッシ山渓。この山の中に不思議な世界がある。フラサッシの洞穴。30年前に発見された。中は寒い。全長13キロに及ぶ鍾乳洞。2億年かかってできたらしい。1年に1mmずつ成長している。パトリッツィオ・ベッタレッリさんが紹介。1974年から一部が公開されている。「ローソクを持った悪魔」「2匹の犬」「ラクダ」「サンタクロース」など名前がついている。「ロウソクの間」で「ある愛の詩」を岩を叩いてやってくれた。入場料8000リラ(1100円)。住所 Frasassi le Grotte genga ANCONA.

●サンマリノ
 世界一小さい共和国。面積は世田谷区なみ。国境ではパスポート・チェックも何もない。中心部にはロープウェイで1分で上がる。標高750mのキターナ山に広がる国。ヨーロッパのお年寄りに人気のスポット。3つの城塞にある塔で知られるこの街。この国の名物は切手。かつて世界で一番有名だったが,次第に人気がなくなっていって,1993年に国立切手博物館も閉館した。もと職員のドナート・ヴァレンティーニさんがオフィスに広げて見せてくれた。サンマリノ最古の切手(1877年),フェリーニ映画シリーズ(1995),切手の中の切手(1988),クジ付き切手(1999),盆栽フェスティバル(1999)きのこ(1967)など。


テレビ番組・高橋由美子の「イタリア縦断グルメ旅」

 1998年9月20日に関東で放送されたもの。2000年6月11日に関西で放送されました。テレビ朝日制作。

●赤坂のイタリア料理レストランのグランドチーフ石川淳太28歳
 新しくできる店のグランドチーフとなる。味を山本益博,ジローラモ,小林久美子(昔巨人と阪神にいた小林投手の奥さん),アリタリア航空のアウリッツィオ・ディドメニコさんらが味見をした。その背景を探るべき旅。赤坂の店とは,アークヒルズの Valdarno バルダルノ98年9月オープン。

●イタリア料理
 料理研究家の小林久美子さんの話。「フランス料理はメディチ家からカトリーヌ・ド・メディシスがフランスに嫁ぐ際に持ち込んだイタリア料理から派生していった料理」

●フィレンツェ
 イタリア料理発祥の地。石川は19歳から7年間修行した。Trattoria 4 Leon で働いていた。キアナ牛のステーキを新しいレストランのメイン料理にしたいと考えていた。ビステッカ・アラ・フィオレンティーナは塩をふって炭火で焼いただけ。しかし今はこの肉を日本で入手できない。そこでフィレンツェから車で1時間のフォイアーノ・デラ・キアナに石川さんは行く。セルジョ・プレゼンティさんの牧場。キアナ牛は真っ白!
 料理としては,前菜のクロスティーニと生ハム,クロスティーニはフォアグラの原形ともいわれる。ポルチーニのタリオリーニ(パスタ)。そして,キアナ牛のステーキを考えている。

●ナポリ
 タクシーは信号を無視しているが,事故は少ないとか。市場へ。ナポリのGennara でピザを食べる。マルゲリータとここの店の自慢のマラドーナ(具沢山)で10の文字が入っているピザを作っている。当時マラドーナが活躍していたからだとか。アンナ・マリアさんとミモさん。

●ナポリ近郊
 次にナポリから車で30分のメルカート・サン・セベリーノ村へ。ベスビオス火山の裾野でタバコ,ブドウ,トマトを作っている。トマトは細長いサンマルツァーノ種。ヴィツトーレ家で高橋さんはトマトの水煮作りを手伝う。スパゲティ・ポモドーロを作るのも手伝う。
 ナポリから85キロ離れたところで水牛を訪ね,モッツァレラ・チーズを作る。モッツァレラとは「ちぎり取る」という意味。3つ編みにしたモッツァレラをレストラン・バヌッロでいただく。モッツァレラの液の残りから作られるのがリコッタ・チーズ。

●シチリア島
 ナポリから高速艇でシチリア島へ4時間。タオルミナ。映画「グラン・ブルー」の地。8月は1年で一番美しい時。パレルモ。シチリアの中心地。グランド・ホテル・パレルモに宿泊。Da Carogero は海産物を食べさせてくれる。ウニ,タコ,カキ,などを購入。これを Al Gabbiono で調理してもらい,そこで食べさせてもらう。ウニのタリアテッレでは花火をつけてくれた。「サン・ステファノ・ディ・カマストラ」陶器の店は,日本でも人気が出ているとか。壷に絵を描かせてもらう。
 セリヌンテ。シチリアの歴史が始まった遺跡。神殿の柱が残っている。古代ギリシアに占領されていた。紀元前7世紀のものらしい。

●カターニァ
 石川さんが魚を買いに市場に来ていた。黒マグロを買う。1キロ900円でモノは100キロを越えていた。日本の市価の5分の1とか。カジキマグロも一部買って日本で通用するかどうかを,Verga de Gaetano という有名なシーフードレストランで調理してもらう。一つは炭火を使ったグリル。もう一つはスープ。後者には納得。そこで日本でも魚介類のスープ仕立てとして使ってみた。グリルは淡白すぎるので,いろいろ手を加えてロール巻きにしてみた。試食会では,スープはアリタリアの人には辛すぎたらしい。ロール巻きは good と言っていた。
 漁の安全を祈願する祭りのクライマックスの日だった。

●ミラノ
 大聖堂。フェラガモ,グッチ,プラダなどモンテ・ナポレオーネ通りの店を紹介。靴の Sergio Rossi に行く。35000円〜4万円程度のものが多いかな?と思った。La Rinascente はキッチンなどの小物の店。日本でも人気とか。
 近郊?のオルジァーテ・モンゴーラで小林さんは友人の家で料理を作る。
 ミラノから車で1時間。ガルガーニャ・ディ・バルポリというワイナリーにセレーゴ・アリゲェーリ伯爵を訪問。600年の歴史を持つ。ダンテの子孫らしい。ここの地下のワイン倉庫でいろいろ見せてくれた。Serego Alighieri のラベル。Vaio Armaron 1993 と書いてあった。MASIという店?でいろいろと見せてもらう。このワインの試食会の後で飲む。

●ボローニャ
 パスタの店? Paolo Atti Figli で石川さんも1日だけ弟子入り。ジーナ・イウシィ(75歳)さんという女性がメインで作っていたが98年に引退した。ジーナさんにタリアテッレを教えてもらう。

●試食会
 タラテッレをつくった。ポルチーニソース。試食会はうまくいった。その後,デザートをいただく3名の会を催して,Vaio Argaron 1993 ワインをいただく。


テレビ番組「世界いいモノさがし旅」パート2・イタリア

 2000年1月の分にさらにいろいろ追加した分。うつみみどり、岡本夏生、ベティ、松田純が紹介。商品を紹介して販売する番組でした。毎日放送制作。

●ミラノ
 「ジェンマ・ザンザーニ」手作業でペイントしている。特殊なペイントを使っているので、洗濯しても落ちないらしい。1日1枚の服らしい。約2万円らしい。
 「ポルトモーロ」素敵な傘やバッグ、服などがある。傘はローマの大聖堂にあるフレスコ画のエンジェルを使ったもの。レインコートも同じもの。トラベルジャケットが2.5万円、傘が12800円。
 プラダのナイロンリュック6万円、斜めがけボディバッグ3万円、ナイロンハンドバッグ4万円。
 モンテナポリアーナ通り。ブルガリのアルミニウムという時計。17.8万円。男性用は19.8万円。
 「ペリーニ」はアクセサリーが人気。社長はドナデラ・ペリーニさん。フェンディらと一緒に昔は仕事をしてきたらしい。ガラスビーズはベニスから取り寄せた分もある。ブルーのブレスレットを作ってもらった。1.5万円。
 ガレリア内の舗道に描いてある牛さんのナニを踏んで歩くとしあわせになれるという。Elenora Scaramucci の店へ。「サンダース」のコットントートバッグは収納力抜群。このバッグの工場はパルマにある。7800円。

●パルマ
 バッグの「サンダース」のショールーム。社長はジョルジョ・カンナーラさん。パルマの自然を意識して作ったバッグ。自宅で夕飯もいただいた。スパゲッティだけど、ラゴスティーナの2way パスタパンで料理。パスタ・ポモドーロはイタリアの母の味。チーズだけで数万円のものを食べる。このパンは13000円。刺繍入りバッグは7800円。
 市場で買い物。パルメザンチーズとパルマハムの故郷。

●ヴィチェンツァ(ミラノから車で3時間)
 ヴィソナ・イタリーのバッグ。リバーシブルのバッグ(牛革)は約2万円。ジュエリーメーカーが集まる街でもある。「フィフスシーズン」のカルロ・コイン社長。真珠の指輪5万円。ネックレス5万円。

●ベルガモ
 バッグ「バルカポンテ」の社長宅を訪問。400年前の建物。クロコダイルのケリーバッグ24.8万円、オーストリッチのブガッティーバッグ17.8万円で受注生産してくれたらしい。


テレビ番組「地中海マルタ〜アルプス縦断イタリア」

【テレビ番組 橋田寿賀子と泉ピン子「渡るイタリア鬼はなし!」】

 超ドキドキ地中海マルタ〜アルプス縦断大感動2000キロ。TBS制作。
●マルタ共和国
 とても暑いらしくて36度だそうだ。でも北イタリアについたら冬だったから季節は冬なのだろう。
 世界遺産の首都ヴァレッタ。聖ヨハネの教会堂をはじめ通りもきれい。一般の建物も変わっている。海へ出てみると城壁がずっと続いているのが見えた。

●イムディーナ
 マルタで一番静かな町。600年の歴史がある。日本人に会わないとか。馬車も通っている。マルタストーンで作られたバロック様式の建物。450年前の町並みらしい。丘から街を望むと畑が多い。イムディーノとはアラビア語で「城壁の町」の意味。

●コミノ島
 船で30分の「ブルーラグーン」のあるコミノ島へ。面積3平方キロ。ホテル2軒。人口数十人。透き通る青い海「ブルーラグーン」はきれいな色の入り江?

●シチリアのカターニャ
 3340mのエトナ山を望む街。朝食はパンにかき氷をつけて食べるらしい。パイナップル、チョコレート、桃、レモン、ピスタチオ、ストロベリー、コーヒーのかき氷らしい。かき氷には見えないけど、氷は入っているのかねぇ。
 エトナ山は去年の10月18にも大爆発している。ロープウェーで2000m少々のところまで行った。

●タオルミーナ
 エメラルドグリーンのリゾート地。映画「グラン・ブルー」の水の色はこの海の色だとわかった。海女の代わりに男が潜ってウニを取ってくれた。そのまま食る。パスタには20個使うらしい。レストラン「カポタオルミーナ」のお勧めはパスタ。グラン・ブルーでも食べていたのはシーフードパスタらしい。イタリアでスパゲッティを食べる時はスプーンは出てないですね。  映画「ゴッドファーザー」の撮影で使われた家と井戸もあった。車が爆発する場面で、アル・パシーノが「ノー!」と叫ぶところ。フランコ・プラタニーアさんが持ち主。今後パート4を作るらしい。この家は500年の歴史があるとか。

●アルベルベッロ
 円錐屋根の家並みはトゥルッピ。今も人々が実際に暮らしている。入り口にすだれがあるが、蚊や蝿を予防するためのものらしい。外は無茶苦茶暑いけど家の中はエアコンなしでも涼しいらしい。それがこの建物の特徴なのだろうか。  街はずれ。1938年巨大な鍾乳洞が発見された。「カステッラーナ・グロッテ」奥の方にマドンナと呼ばれるマリア様の像?もあった。

●ローマ
 気温はずっと下がっていた。

●アッシジ
 フランシスコさん生まれた家へ行く。道から下へ降りたところにあった。こんな高いところによくこんな町を作ったものだ。サンタ・キアーラ教会に夕陽が沈む。とてもきれい。高台から見る田園風景もきれい。アッシジの朝は静か に始まる。

●シエナ
 中世をそのまま残す街。中心には緩やかなスロープと独創的な扇形で知られるカンポ広場。世界一きれいな広場と言われている。伝統行事パリオのメインは裸馬のレース。横にはマンジャの塔がある。

●サン・ジミニャーノ
 丘の上に70の塔がかつては建っていた。今は12個くらいしか残っていない?「真実の口」に似ているのはバット(ワインの神様?)らしい。中心はチステルナ広場。チステルナとは井戸の意味。今でも残っている。

●ヴェネツィア
 ゴンドラに乗って、35年前に来た時の話をする橋田さん。ユースホステルに宿泊して旅をしたとか。ヴェッキア、ビザンツィオというベネチアン・グラスの工房へ。400年前からやっている一番古い工房らしい。シャンデリアは 1日で作っているが、1個35万円らしい。

●ミラノを通ってスミラゴ
 ミラノ・ファッションのミッソーニの本社で、アンジェラ・ミッソーニさんに会う。

●クールマユールの渓谷
 山は雪。リフトでモンブランの2200m地点まで行く。羊がいる。


テレビ番組「イタリア大好き3人旅「オシャレな国のがんばる社長たち」

 2000年2月5日に放送。よみうりテレビ製作。ミラノ周辺の会社の社長を訪問する旅。大鶴義丹と山田まりや、東ちづるの3人はイタリア初体験。

●コモ湖
 イタリアンシルクの中心地。ウォルテル・ミエリWalter Mieli社の社長のジウリオ・ミエリさん。いきなり自転車で現れる。ここの会社のシルクはすごく有名。湖畔の山の中腹の彼の別荘へ連れていってくれた。庭に自分用の競輪場をつくっている。庭もすごく広い。3人の兄弟とここで住んでいるらしくて、一番上がジウリオさんの別荘。奥さんは陽子さん。地中海の船上パーティで見初められたとか。この日は姪が2人来ていた。ワインを入れたものとかもある。テラスも広い。このあたりの土地は社長のおばさんの持ちものらしい。そのおばさんの家へ行って挨拶。ネッダ・グラッシ。ミエリさんは今年100歳。長寿の秘訣はすてきな絵を見ること。美術館に寄付した残りらしいが、ターナーの絵もある。これだけで数億いく。ラファエロの壁画も敷地内の教会にある。

●ミラノ
 Bijoux(ビジユ)というミラノで人気のお店の社長はマリア・グラツィアムーズィさん。全て彼女のオリジナル。日本でも人気とか。だいたい15000リラ(900円)から30万リラ(17500円)。日本で買うより相当安いらしい。ここのよいところは宝石のようでなくて、子供の頃の飾り?のような感覚。宝石はニセモノでもデザインはいいという感じ?工房へ。
 父親のやっていたバッグの部品会社を発展させたのはアンテナショップの開店などもデザイン以外に重要だったようです。

●メダ
 ミラノの北のプリアンツァ地方のメダ。ここは家具造りで有名。駅を出てすぐ右50mくらい。ランザーニ社の社長ウンベルト・ランザーニさん。6代目らしい。イスの生産で有名で、出荷のためにできたのが駅というわけ。倉庫は奥行き60mだが、椅子でいっぱい。奥のショールームも椅子だらけ。息子のカルロ君24歳は格好いい。5100万リラ(300万円)の椅子に座って気に入る。これは80年経っていて、あと100年いけるとか。希望の椅子を170万リラ(10万円)で購入。どうやって持って帰るの?これは1日2脚しか作れない椅子だから大切に使ってね、と言われた。

●家具の街
 家具の工房Legno2 へ。社長のタスクワレッド・ジャンパウロさん。17個同時に作れるという機械を操作して手作り(^^;;
ちなみに Legno2 は Legno2 s.n.c. di Pasqualetto Angelo e Glan Paolo ABBOZZATURA - TORNITURA E SEMILAVORATI と表に書いてありました。
 次は塗装工房 Guido 。絵は手書き。エミリアーノ・ビアンコさんと父のグイドさん。

●ミラノ
 ある高級マンションにパリシ社社長のマルチェロ・パリシさんと奥さんのパオラさんを訪ねる。布地デザイン制作をしている。ショールームには、布にショウガとかの香りも織り込んでいるとか。3年前までベルサーチとかの布地デザイナーをしていた。工房へ。年配の人もやっているが手作業。何とマルチェロさんの父、叔母さん、叔父さん、娘とかでした。端切れとかもうまく埋め込んだ布地とかも作っている。
 郊外のマルチェロさんの自宅へ。1700年に建てられた家とか。ナポレオンやナポレオン3世が遠征の際に泊まった家だという。素晴らしいホールでは貴族がかつて踊りをしていたとか。壁に描き込まれた柱とかは本物のように見える。どの部屋も天井が高い。だからドアも高い。仏像も集めているというマルチェロさん。夕飯はナポリ出身の奥様のスパゲッティ・ナポリ。イタリアの文化遺産の中で食べる夕食。最高でしょうね。


テレビ番組「地中海三都物語〜アテネ・ローマ・フィレンツェ」

 2000年1月3日のKBS京都制作。
 案内は藤扇里さん。
●アテネ
 ギリシア・ピレウス湾に入るところから。アテネにはギリシアの人口の半分の400万人が住む。アクロ(高い所)ポリス(都市国家)は城壁を意味する。パルテノン神殿は知恵の神アテナイの女神が街の守護神として祭られている。全長12mの巨大な像は戦争で燃えてしまって今はアテネの考古学博物館にある複製で見るしかない。パルテノン神殿は今でも修復されている。ローマ時代にはキリスト教、イスラム教時代はモスクとしても使われていた。丘のふもとに広がるのはアゴラ(集会)、裁判所、図書館、劇場もあったところである。
 アテネ市内で生活に溶け込んだ神話を見ることができる。ヘビのマークで、薬局などにある。アスクレピオスはヘビの毒を麻酔の代わりに使って多くの人を助けたので、それが印となっているらしい。
 日本でも人気のアクセサリ・ショップ Folli Follie は古代からのデザインと現代のを融合させたもの。
 プラカ地区は雨が降らないので、カフェも外に出ている。デミタスカップに入った独特のコーヒー。浮かんだ泡までコーヒー色。砂糖をたくさん入れて飲む。最後は粉が口の中に残る。トルコのコーヒーと同じなのは、占領されていた時のなごりだから。この地区は旧市街でトルコの時代の雰囲気などが残っている。無名戦士の墓はトルコからの独立戦争で亡くなった人。ここの衛兵になることはたいへんな名誉らしい。スカート風の変わった服と木靴。
 食事の中にもトルコの影響が多い。タベルナ「ギエロス・トゥ・モリア(モリアの老兵)」での食事。オリーブオイルとトマト。サラダにはヤギの乳からつくったペタ・チーズが欠かせない。通称グリーク・サラダ(フォリヤティキ・サラダ)、ナスと挽肉を重ねて焼いたムスカ、アルニ・メ・コロキサーキヤとかザジーキ(にんにく、きゅうり、ヨーグルトのペースト)。ブズキヤというレストランでは、民族楽器ブズキを聴くこともできる。ギリシアでは夜9時から2時間かけて食べる。
 街角にいる動物に注目。繁華街だけでなく、遺跡を住処にしている犬や猫が多い。
 ギリシア人は敬謙なキリスト教徒(ギリシア正教)。アテネの首都大主教座「ミトロポリ大聖堂」すぐ横に12世紀建造のミクリ・ミトロポリ教会がある。歴史的にも芸術的にも高い評価を受けている。「イコン」という多くの像も修復している。願いがかなったら金色のお札をイコンにつけるらしい。

●サントリーニ島
 青い海に白い家。夏には観光客が多い。昔は島が円形だったが火山島なので今は三日月形。ここがアトランティスだという人もいる。「アクロティリ遺跡」。
 イヤの街は夕陽を見るのに一番きれいに見えるところとして有名。実際にとてもきれいな夕陽が見えた。

●ローマ
 7つの丘に囲まれている街だった。ロムルスとレムスと狼の像は街のあちこちで見られる。最初はパラティーノの丘から始まった。
 スペイン広場。ローマ市内にSPQRの文字をよく見る。これのオリジナルはフォロ・ロマーノのサトゥルヌス神殿に書かれている。Senatus Populus Que Romanus (元老院とローマの人民)の意味らしい。
 カピトリーノの丘。テヴェレ川の中のティベリーナ島にアスクレピオスの神殿が昔あったらしい。ヘビのマークがやはり街中に見られる。
 サンピエトロ広場とサン・ピエトロ大聖堂(30万人収容できるらしい)。柱は284本。
 ローマ料理とは、前菜はアーティチョーク、ズッキーニの花、タラのフライの盛り合わせ、メインは羊や子牛の内臓料理、Trippa Alla Romana(ローマ風胃袋の煮込み)。

●フィレンツェ
 オリーブとブドウの名産地であるトスカーナ州にあり、ルネッサンスの都。ユリの花が当時多く咲いていたので、花の都フィレンツェと言われた。市章は白ユリ。もうひとつよく見えるのはメディチ家の紋章。ジョットの鐘楼、サン・ジョバンニ洗礼堂(天国の門がある)、メディチ家礼拝堂(ミケランジェロの設計)、アカデミア美術館内のダビデ像は見上げるとちょうどいいくらいに作ってある。ドゥオーモのバルコニーが途中までしかないのはミケランジェロが批判したので途中で中止となったからだそうです。ここの天井の絵がきれいに見えていた。(ちなみに私が訪問したときは修復中でした)。
 レストラン「Paoli」は人気の店。贅沢な食材の数々。
 ステンドグラス修復グイド・ポッローニ。修復だけでなくオリジナルも制作している。有名な Opificio Delle Pietre Dure E Museo (修復研究所)。

 この番組はアテネに力を入れていて、アテネが40分、サントリーニ島が10分、ローマが15分、フィレンツェが25分でした。


テレビ番組「道浪漫」1999年10月は松山猛さんでイタリア

 1954年春,ヘミングウェイはベニスからミラノを経てフランスを通り スペインのマドリッドまで旅をした。その様子が「パパ・ヘミングウェイ」 という本に書いてある。それをエッセイストの松山猛さんが追う。

●ベニス
 ベニスから船で30分のトルチェロ島にあるロカンダ・チプリアーニとい うホテルにアーネスト・ヘミングウェイは1951年の冬の間だけ滞在して いた。ここはヘミングウェイが愛した隠れ家的なホテルで,料理とワインを とても愛したようだ。カニのレモンソース・サラダ,ハムとチーズのホウレ ン草のパスタ,メインはマトダイのフィレット(フライ)のコースがお好み だった。ハウスワインをとても愛して,暖炉の前で2リットル!,部屋に帰 って原稿を書きながら3本あけていたそうだ。
 ベニスのモニコ印刷所で松山さんの名前と印の入った100枚の画用紙を 作成した。100枚で10万リラ(約6000円)。
 ベニスのハリーズバー。ブラディマリーを飲んで旅に出た。使った車はラ ンチャ・アウレリア。

●クレモナのストラディバリウス
 ヘミングウェイがよったわけでもないらしい。1644年〜1737年に 生きたアントニオ・ストラディバリがここに工房をもっていた。現存するス トラディバリウスは約200個。その中でも最高級という1715年作のも の他いくつかがクレモナ市市庁舎にある。毎日使わないといい音が出なくな るので,毎朝試し弾きをしている。しかし弾けるのはアンドレア・モスコー ニという教授のみ。ストラディバリウスが最高級なのは,今でも光沢を保っ ているニスにあるという。このニスは今でも誰にも真似ができていないらし い。ジオ・バッタ・モラッシーさんは現在クレモナで最高のバイオリン職人 である。彼は独自のニスで約40回塗っているそうだ。

●ミラノ
 ヘミングウェイはベニスから直接ここに来たらしい。当時ハリウッドを辞 めようとしていたイングリッド・バーグマンがスカラ座で舞台をしていた。 1954年4月の事である。

●トリノ
 松山さんはトリノへ。ここでヘミングウェイが2000キロの旅で使用し た車,ランチャ・アウレリアを見つけて乗せてもらう。父が1951年に購 入し,今は譲ってもらってもずっと使っているというウォルター・ボノーモ さん。

●アルバ
 街で焼き栗を売っていた。でもこの町はトリュフで有名。10月1日から 31日はトリュフ祭をやっている。最高級と言われる白トリュフがとれる唯 一の町としても有名。100グラムで60万リラ。次の日の早朝,パオロ・ セルッティさんに連れられて車で30分行ったところでトリュフを取る。人 に見られないように夜明けに行っているようだ。トリュフ犬が見つけてくれ る。親指程度の大きさでだいたい1万円。11月でトリュフ取りは終わり。
 ヴァンナ・ベリーノさんがいたみやすいトリュフの料理をしてくれる。香 りを一番生かすのは白トリュフのリゾットだとか。作り方は,まずお米をパ セリとオリーブオイルでいため,白ワインで隠し味をつける。鳥殻スープを 加え,水分がなくなるまで20分間火にかける。そして白トリュフをスライ スしてかける。

●リモーネ
 「パパ・ヘミングウェイ」の表紙になっている場所を求めて山に登る。そ こで記念写真を撮る。
 そしてイタリア国境へ。今は無人になっている。


テレビ番組「道浪漫」1999年7月は真野響子さんで北イタリア

 「ミラノ霧の風景」という本を書かれた須賀敦子さん。現在のイタリアで 知られている日本人というと男性はナカタ,女性はスガさん。須賀さんが書 かれている旅人にはわからない部分に真野さんが探す。
 ミラノ。裏通りにこそ,格式と伝統があるという。訪れたのは看板のない 靴屋さん。メッシーナさんは全て手づくりで15万円以上とのこと。過去の お客の足型が残っている。
 ナヴィリオ運河とそれに沿った道を訪ねる。サンカルロ教会の脇にある, コルシア・ディ・セルヴィ書店を訪れた。
 グランド・ホテル・ドォーモは友人の建築家がお薦めの場所で,ここから ドォーモを見ると2200体の彫刻が目線の高さで見ることができる。

 コモ湖。ベッラージォへ。昔からイタリアで一番美しい街と言われてきた 街で,コモ湖の真珠とも言う?
 ろうそく屋さんへ。2本1400円。自分でカラーを重ねてつくることが できるらしい。
 ホテル・デュラックは1泊1万円程度。

 ティラーノへ。避暑に須賀さんが訪れた町。そこからスイスのサンモリッ ツまでベルニナ特急で向かう。2時間30分の旅で33500リラ。午前中 に乗るのがいいとか。途中パリュ氷河とかが見れる。
 ティラーノとの気温差は10度以上,というのも標高2000メートル近 いところにある。シャンパンのようにさわやかな空気。
 サンモリッツ観光協会の女性とトレッキング。滝がきれい。つくしもあっ た。国境から北イタリアを眺める。女性がこちらは春だが,向こうは夏。北 の人達は南のイタリアに憧れていた,というようなことを言っていた。


神田うの,美川憲一がイタリアを旅行したテレビ番組

 日本テレビ系で日曜1999年4月18日放送。JALの宣伝も兼ねてました。

●ミラノ
 どこかのレストラン タリアータ(これだったか?片面が生だが,とても おいしいとか),ヒレ肉のステーキ
 ビストロ・ドゥオモ ドゥオモをバックニ食事ができる唯一の店らしい。 川マスのムニエル,ミラノ風カツレツ
 Grattacielo グラッタチェーロは女性がオーナーの店でシーフードが多い。 エビとチリ?のラビオリ,まとう鯛の城ワイン風味(ズッキーニ添え),イ タリア産黒鯛のオーブン焼き。デザートはワゴンで来る。量も多いし,おい しそうだった。

 Strenesse ストラネスは10代から20代前半の女性用の洋服の店
 モンテナポレオーネ通りにて買い物。どうもサファイアの指輪3864万 円を美川が2576万円まで値切ったが買わなかったとか。

 ハイテックという店は生活用品。
 Trizio はシルバー中心の宝飾品が豊富な店。

 ホテルはカールトン・ホテル・バリオーニ(5つ星) ここのスィートルーム1泊17万円に宿泊。
 ここのレストランは夜7時からでミラノ風リゾット,子羊のローストセイ.. スズキとポテトのローズマリーとか。あとラウンジバーの紹介もあった。

●コモ湖を越えて
 ミラノからコモ湖を越えてスイス国境を越えたところにあるフォックス・ タウンは有名品のアウトレット。ここはミラノからツアーもでている。グッチ, プラダ,ベルサーチ,エトロ,フェレなど50-60% のものもある。 11am-7pm 休みなし。

●ベネチア
 アンティコ・ドーロというレストラン。イカのイカスミとポレンタ,イワ シのマリネとポレンタ,ニョッキの料理など。
 ヴァポレットで移動。
 ベネチアで一番有名なおじさん,リビオ・デ・マルキさん。彫刻家の紹介。 彼が連れていってくれたバカレットという店。7:30-23:00。tel:(041)5289336
 DA Fiore というレストランはとれたてのゆでたシャコなども出す。

●フィレンツェ
 ヴェッキオ橋,中央市場の紹介。
 ヌーベルバーグという宝石の店。
 Enoteca Alessi というワインの店。
 リチャード・ジノリの陶器,バッグ。
 フィレンツェ骨董街
 La Perla というランジェリーショップ。
 Carga というレストランは人気が高くて,魚料理が多い。

 ホテルはグランドホテル・ラ・メディチ。スィートは広い部屋が3−4つ と,シャンデリア,天井も高い。ここのレストランも素晴らしくて,スズキ のマリネのカルパッチョ,ラビオラチーズの牛肉の燻製包み,こ羊の角切り ミント添え,アンコウのグリルにタマゴのせ,など。

●ペルージャ
 中田選手がよく行く店を2つ紹介していた。
 Lino Ricci という洋服の店。ここでスーツやグッチのズボンなど買った らしい。
 Caffe Perugia というレストラン? ここにはよく食べにくるらしい。 7am-2am。エビと野菜のてんぷら,ヒレ肉にフォアグラ乗せなど。


テレビ番組「旅サラダ」99年5月は高樹沙耶さんのイタリア料理食べる!

5月は高樹沙耶さんのイタリア料理食べる!でした。  ガイドブックに出ていないイタリア,特に料理に注力したらしく,北イタリアから順に南に下がっていった。
●雪深いドロミティ渓谷
 ギザギザになった山々と向こうに見えるアルプスの山々が奇麗。
●真珠のように小さい町メラーノ。
 ドロミティ渓谷の周辺?麓?にある小さい町メラーノ。リンゴの花も咲いている。町で一番古いローマ橋。パッシリオ川沿いに遊歩道がある。エヴァンジェリカ教会,カフェのテラスが紹介された。ポプラの木から飛んでくるワタボウシが舞っていた。ここにはプリンチペスコ城,ティロロ城,フォンターナ城などがある。またお城のひとつがホテルになっていた。ホテル・カステル・ルンデックに宿泊。1泊朝食付きで43万リラの部屋に泊まった。ここは塔にあたる部屋で,各々の窓から異なる景色が見られる。ジムやエステも充実している。中でも干し草のエステは8万リラで,干し草にお湯をかけて蒸して,それを体にかけて体を包んでウォーターベッドの上で蒸す状態にする。メラーノの夕焼けは絵画を見ているようにきれいだった。
●バッサーノ・デル・グラッパ
 フィレンツェを小さくしたような町。グラッパ山の麓。アルビーニ橋は何度も破壊されては再建されたもの。この橋べりにあるお店,グラッペリア・ナルディーニに。ここは食後酒のグラッパをショットなどで飲ませるお店で,ワンショット2500リラ。瓶売りもしていて,1年もので25400リラ,3年もので26900リラ。レストラン・トレビサーニで夕食。塩ゆでした白アスパラ(とても大きい!)とゆでた卵をあわせてオリーブオイルなどをつけたものは2万リラ。とてもおいしいらしい。白アスパラは他では食べられない味だとか。アヒル・ソースのビゴリは12000リラで,太いパスタである。キジの胸肉・ボルチーニ茸とポレンタ添えは22000リラでボルチーニ茸はとてもおいしいらしい。最後はデザートでワイン風 味のザバイヨーネ5000リラ。
●ボローニャ
 アシネッリの塔、500段の石段柱廊ポルティコ。チラットリアなんとかでパスタの紹介ボローニャはボロネーゼのふるさとらしい。
●エミリア・ロマーニャ州の○○
 チーズ工場 産地直産型でパルミジャーノ・レッジャーノ?
●レッジョ・ロッレミリア市?
 ここのマックスマーラ本店を紹介。奥にあるカフェもよい感じ
●カヴァリなんとか
 パルマ市の生ハム工場の紹介
●ペルージャ
 石の階段はゆるやかなカーブを描いていて、長い。ヴァンヌッチ通り。ここのGiuliano (ジュリアーノ)という店の紹介。ここでは黒トリュフの瓶づめを売っていたが、安い!ひとつが2万リラ程度。ここで試食もしていたが、パンに黒トリュフをザバッと塗って、食べていた!贅沢!!
●ペルージャ周辺のぶどう畑の紹介
●トルジャーノも周辺にあたる。
 カンティーネ・ルンガロッティというワイナリー。ぶどうがよくできた年でないとワインは作らないし、10年以上寝かしたものでないと売りにださない。しかし安い。ブルート・メトードゥラシック?2万リラ程度?ホテルは「3つの壷」という意味の5つ星ホテル。朝食付きで42万リラ。86号室に宿泊。2重扉。柱があるが、本棚のように見える絵が書いてある。なかなか。夕食は中田選手も時折来るというレストラン。まず先ほどの10年もののワイン 54000リラ。ズッキーニの花、水牛のリコッタチーズ詰め。○ワインにゴルゴンゾーラの○○。子牛の○○草詰め、ノルチャの黒トリュフソースなどでした。
●トスカーナ地方
 ここは糸杉がシンボル。道の両側にきれい。
●パーニョ・ビニョーニ村
 湯治場としてローマ時代から栄えた村。ホテル・ポスタ・マルクッチに宿泊。1泊朝食付きで105,000リラでペットも泊まれる。温泉プール付き(屋外)。オルトラス・ミラー○○ ハーブなどを使ったスキンケア商品やハーブティを扱っている。
●一軒家ポッショ・ディライヨーネ
 ここでミント、アニス、○○をブレンドしたミントティ 3000リラ。宿泊は3人で12万リラと安い!ここで乗馬コース 1時間25000リラ。馬に乗って着いたのはサトゥルニア温泉。ここは滝のような感じで川のようになっていて、白濁している。無料!本当にお湯がザブザブ沸いていました。

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